紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第20話「 甲州路の黒い影」(中編)

第20話「 甲州路の黒い影」(中編)

第20話「 甲州路の黒い影」(中編)

(原作 「さすらい街道」第2話)(放映 1978.2.15)

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第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

第20話「 甲州路の黒い影」(前編)
(原作 「さすらい街道」第2話)(放映 1978.2.15)

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日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

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“紋Cafe”でいっぷく「スッポン足袋への郷愁」

“紋Cafe”でいっぷく「スッポン足袋への郷愁」

“紋Cafe”でいっぷく「スッポン足袋への郷愁」

この2年ほど、室内履きはスリッパではなく「草履」を使用しています。以前は稲藁で編まれた草鞋でしたが、フローリングの床に藁クズが落ちると、一家の者が不平を言い出したため、畳いぐさの草履になりました。

鼻緒は、足の裏に力が入って実にいいですね。当然、靴下は「タビックス」。
これまた快適であります。足裏全体で足元が固められるといった感じです。職人の方が地下足袋を愛用される意味がよくわかります。
真夏は裸足に草履ですので、気持よさ抜群です。
日本人は文明開化以来、靴下と靴の生活が始まり、徐々に主流を占めてきました。しかし今一度、裸足と草鞋、足袋と草履の生活を振り返ってもいいのではないでしょうか。

と、ここまで書いていて思い出しましたっ!私の小学生時代の運動会を……。今のようなトレーニングシューズなんて代物は当然ありません。運動靴?!……いやいやそれよりもっと古い言い方、「ズック」。ああ、懐かしい響きです。

紋Cafe”でいっぷく「スッポン足袋への郷愁」

普通はズック靴で通学していたのですが、運動会本番のときだけは「スッポン足袋」というものを履いておりました。
真っ白な布製の足袋で、ちゃんとコハゼもついていて、底が少し丈夫に作られていました。裸足にそのスッポン足袋なるものを履き、走るのです。
これがまた足にフィットして、なんだか速く走れるような気がするんですね。今のように、靴紐で調節できないズック靴でしたから、走ると脱げてしまうことが多々あり……何でも大きめのものを成長期は身につけておりましたから。
それにズック靴の裏はゴム底でしたが、溝が申し訳程度に波々模様にあるだけ。すり減ると、コーナーではズルッとすべるんですね。その点スッポン足袋はすべりませんし、指先に力が入り踏ん張れます。ただ難点は耐久性。布ですから、半日で底が破れてダメになってしまいますので、2足は購入しました。
練習中は履かず、運動会当日だけの本番使用となるんですね。

運動会が近づくと、町のくつ屋さん……というより「履き物屋さん」のワゴンの上に、スッポン足袋が一年に一度並びます。母親といそいそと買いに行ってサイズを言うと「八文半ぐらいやねえ。」とか言われたりして……。懐かしいです。

運動会が終わり、祭の後のような一抹の寂しさ、少し肌寒い夕方の秋風(昔の運動会は10月の中旬頃でした)、そして運動場のあちこちに、何足も脱ぎ捨てられた穴の開いた薄汚れたスッポン足袋……。
郷愁を誘いますねえ。
ちなみに、私の使用期間の後半は、改良されて底がゴム製になり、耐久性も上がったように思います。

でもこの「スッポン足袋」、ご存知の方はおられるんでしょうか?さすがにもう、製造はされていないんでしょうねえ。

日々紋次郎「三年目の言い訳」

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日々紋次郎「錆朱色の鞘」

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第19話「 女郎にはたった一言」(後編)

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(原作 第54話)(放映 1978.2.8)

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