紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

第38話「上州新田郡三日月村」(中編)
(原作 第27話)(放映 1973.3.31)
もう一つ大きく原作と違うのは、しんみりした雰囲気の中、来訪者が立て続けに現れるところだ。掘っ立て小屋に入ってきたのは「お粂」という女。
「私を覚えているかい?」と馴れ馴れしく紋次郎に声をかける。
紋次郎の姉のお光の友だちだったと話すが、実は与作が捨てたもう一人の娘であるという設定。「えーっ、与作にはまだ娘がいたのか?!」と、原作にはない展開にびっくり。
ということは、お市の叔母にあたるわけである。

「姉をご存知なんで?」
いつもはほとんど無表情だが、このときばかりはさすがに紋次郎も驚く。
よそ者の私に、お光さんはとても優しくしてくれたとしみじみと紋次郎に話す。
6歳のとき三日月村に置き去りにされ、子守として働き、その後亭主と流れ歩いたが別れ、結局舞い戻ってきたお粂。お粂が故郷と言えるのは、捨てられた地であるがこの三日月村しかないのである。
その地に実の父親、自分を置き去りにした与作が1ヶ月前にやってきたというのだ。こんな偶然があるのだろうか?与作とお市、二人だけでひっそりと住んでいてほしかったのだが、なぜ原作にはないややこしい展開にしたのか?

この展開は、生まれ故郷の三日月村に郷愁を与えようとしたのだろう。間引き地蔵といいお光の面影といい、三日月村に特別な思いを視聴者に抱かせよういうことだろう。
原作はもっとクールでドライ。淡々と進められている。

テレビ版は、紋次郎の心の奥にある「間引き」と「お光」をからめて、随分ウエットな展開に変更している。
しかし私は、お粂の出番はなくてもよかったと思う。それより原作のように、静かに粥をすすりながら、言葉少なだが与作との心の交流をもっと描いてほしかった。

お粂は紋次郎に「なんで三日月村に帰ってきたんだい?」と尋ねるが、紋次郎は「あっしは別にここに帰ってきたわけじゃねえ。あっしみてぇな渡世人には、歩く道のほかには何もござんせん」と答える。
「与作さんも無宿だとおっしゃいましたね。だったらおわかりだと思いやす。無宿の渡世人に、故郷なんてものがあるんでござんしょうかねえ」
与作も人別帳外にされて35年も経つのだ。

ここでまた回想シーンが始まる。
赤児を抱いたお光は村はずれの絵馬堂で一夜を過ごし、翌日家に戻って村人たちに「この子は今日生まれたんだ」と告げる。この日は村の祭礼日であり、祭礼は功徳日だから間引きは行われないということをお光は知っていたのだ。賢く勇気のあるお光の機転で、紋次郎は間引かれずに済んだのである。
この村の中で、紋次郎を救ってくれたのはお光だけなのである。

「5人目だし、村の衆にも言い訳がたたねえ」と、テレビ版での父親の言葉が示すように、貧しい村では「間引き」は必要悪として存在し黙認されてきた。
「間引き」がテーマとして展開されたのは、「童唄を雨に流せ」と「夜泣石は霧に濡れた」である。どちらも紋次郎は特別な想いで、深く関わってしまう。

お粂は嫁入りするために村を離れるお光のことを、「ちっとも、幸せそうじゃなかった」と寂しく呟く。
この世で唯一の自分の味方だったお光をテーマにした作品もいくつかある。

初回「川留めの水は濁った」では、お光とそっくりな女お勝と、お光の亭主佐太郎が登場する。
「峠に哭いた甲州路」では「たった一人会いたい人がいるが、会えっこねえ。この世にはもういねぇんだから……」と、お光のことを口にしている。
「飛んで火に入る相州路」では、姉と同じ名前というだけで見知らぬ女を助けに行こうとする。
紋次郎のアイデンティティを形成する大きな要素が、この2点なのである。従って最終回も絶対に外せない。
そのために原作には登場しないお粂がナビゲーター役を果たす訳である。

お市は「根無し草の生活が嫌だ。自分はこの三日月村でこの後も暮らしたい」と言い、お粂に「あんた、好きで流れているみたいだ」と批判めいた口調で責める。
お粂は「好きも嫌いもない。どこの土地にも根の無い者は、流れなきゃならない潮時があるもんだ。どうせ残ったって他所者扱いさ」とあきらめ口調。
お市は根をはる土地を望み、お粂は流れ歩いてこの土地に帰ってきた。そして紋次郎はれっきとした生まれ故郷を捨て、今も素通りしょうとしている。
三者三様の生き様である。そして与作はどうなのか?

原作で紋次郎は与作との語らいの中で生まれ故郷についての思いを語っている
「何かを思い出せるうちは、まだ心が繋がっているんでござんしょう。生まれ故郷もほかの知らねえ土地と同じものになっちまえば、もう思い出すようなことさえありやせん」
「そうだなあ、その通りだ。わしの生まれ故郷は伊勢の松阪だが、いまになって振り返ってみても思い出すことはなにもねえ。懐かしいとも、思わねえ。
無宿人とは、そんなものかもしれねえなあ」(原作より抜粋)

与作も紋次郎に同調している。与作が故郷と繋がっているのは、地元の救荒粥である「骨董粥」だけなのかもしれない。
原作はテレビ版より、ふたりは同じ境遇であるということを強調している。

第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

もう一人訪問者がいる。戸をたたき「お頭、いなさるんですかい?手配りはすべて済ませやした」と声をかける男。緊張が走るが、与作は「間違えちゃいけねえ。ここをどこだと思ってやがるんだ?」と落ち着き払っている。お粂は「泥亀だ!」と恐れおののく。
果たして押し入ってきたのは冒頭部、紋次郎に道を尋ねた山本一郎さん、あの商人だった。お粂は隙を見て外に逃げ、与作は家の隅で頭を抱えてうずくまる。脇差しを抜いて襲ってくる男と紋次郎はもみ合うが、男は腕を斬られ逃げていく。

この展開もテレビ版だけである。通りすがりの商人だと思っていたが、どうやら泥亀の一味だったようだ。
「紋次郎さん、怪我はなかったかい?大した腕だ」と与作は感心して、「泥亀一味がこの村を狙っているのは本当かもしれん。困ったもんだねえ」と静かに呟く。
この後また訪問者が現れる。短時間に連続しての訪問者で、落ち着く暇もない。

原作では訪問者はなく、紋次郎は一晩与作の小屋で静かな夜を過ごし、翌朝明け六つに小屋を後にする。

「大層、お世話になりやした」
「もう二度と、会うこともねえだろうが、達者に過しなせえよ」
「ごめんなすって……」

生まれた土地を故郷とも感じないひとりの渡世人が、その村を素通りするように去って行く。逆にそこへ仮住まいを設けた老いたる流れ者が、その渡世人を見送るのであった。
(原作より抜粋)

別れは至極あっさりしたものであったが、それだけに無宿人同士の言葉にはならない心の触れ合いを感じる。
この後のどんでん返しが信じられない、静かな別れである。
原作ではこの後お市が見送りについて行き、その途中に三日月村の村人たちに出会い、紋次郎は行く手を遮られるのである。

しかしテレビ版は時間的に余裕がないのか、その夜の間に組頭の徳左衛門と善蔵が与作の家に現れる。「泥亀一味が三日月村に寄進された大金を狙っている。なんとか、力を貸してもらえないか」と紋次郎に頼む。しかし紋次郎は、自分は他所者だしただの通りすがりの者だから力は貸せないと断る。徳左衛門と善蔵は、紋次郎の薄情な答えに驚く。
「お前の家族だって、村ではいろいろ世話になったはずだ」「なんで水くさいことを……」「食いたい物をたらふく食わせ、地酒も飲み放題。女も何とかするし、1両か2両ぐらいの礼も出す」と、いろいろと口にするが紋次郎は固辞する。
このやりとりはほとんど原作通りだが、原作の方がずっとインパクトがある。

まず頼みに来る人数が違う。テレビ版ではふたりだが、原作は十数人が強風と土煙の中で紋次郎を取り囲み、口々に昔話を持ち出しては頼み込む。挙げ句の果ては、村人の家にまで紋次郎を引っ張り込み説得しようとする。極めつけは、老婆が紋次郎の頬を平手打ちして怒るところだ。

「この小僧が……」
老婆が、唸るような声で罵った。
「知ったふうなことを、吐かしおって……、やい、紋次郎!この婆アはな、痩せこけた餓鬼の時分のおめえに何度も、粥の残りや芋のシッポを食わせてやったことがあっただ。その度におめえは、涙を浮かべてガツガツと喰らいやがった。それが、何でぇ!見も知らねえだの、通りすがりだのって……。いまでこそ行方知らずになってこの土地にはいねえが、おめえの親兄弟だって昔は何かと村の衆の世話になっていただあ。ひとりで生きのびて来たみてえな、でけえ口を叩くんじゃねえ!」

「何と申されやしても、あっしのような無宿人には、人と人との繋がりがござんせん」
紋次郎は、軽く目を閉じるようにした。

「通りすがりの者でも、他人さまの難儀を黙って見ちゃあいられねえって男は何人もいるだよ!この情け知らずめが、とっとと出て行きやがれ!」
老婆はペッと、紋次郎の顔に唾を吐きかけた。

「へい。ご免を、被らせて頂きやす」
(原作より抜粋)

何とも威勢のいい婆さんである。普通、老婆がまくし立てたことは正論であるし道理である。
紋次郎のことを「小僧」と呼べるのは、この老婆だけであろう。
今までの時代劇のヒーローが、薄情な奴に向かって口にするような台詞である。ところがこの作品は、ヒーローが婆さんからこの台詞を投げつけられ、横っ面をひっぱたかれている。
最後まで、型破りな時代劇のヒーローぶりをアピールするのなら、ここはやはり原作通り、老婆の出番がほしかった。
「堅気、女、年寄り」、三拍子揃った者からの頼みでさえあっさり断る、紋次郎の頑なさを見せてほしかった。
(後編に続く)

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Re: 第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

今回はふたつの箇所が気になりました。
ひとつ目は
>「姉をご存知なんで?」
いつもはほとんど無表情だが、このときばかりはさすがに紋次郎も驚く。

そしてふたつ目
>「この小僧が……」
老婆が、唸るような声で罵った。
「知ったふうなことを、吐かしおって……、

どちらも木枯し紋次郎の人となりをうまく表現しているように思います。

実は前回、カミユの異邦人のことを書いて、どうだったのかなー?と文庫本を買ってきて開いているんですが、これは紋次郎とは違うかななんて思っていたところでした。

ところが、今日の記述を読むと私にはやはり似た人間像を感じます。紋次郎にしろ異邦人のムルソーにしろ本人にとっては、ごく当たり前の自分の物差しで物を言っていたり振る舞っているんだけど、一般世間の尺度との間に差があるんですね。異邦人の方はまだ読み終えていないんですが、一層興味が沸いてきました。

Re: 第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

「異邦人」は未読ですのでわからないんですが、価値観が世間一般と違いところは似ているかも知れませんね。
今回は、原作の展開も大変良くて、脚本家の方はどこを切ってどこを使うか、かなり苦労されたのではないかと思っています。

「異邦人」を読まれた後は、是非とも「木枯し紋次郎」をお読みください。
【宣伝部長より】…(笑)

  • 20100801
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

姉光の機転でこの世に生をえることができた紋次郎(まぁ~望んだことじゃござんせんのでしょうが、)
世を捨てた渡世人ではありますが、命を捨てないという彼の本髄に流れるものは、
姉光の生命への無償の愛というものへの感謝のような気がします。

カミュの異邦人に通じるものが確かにあると想います。突っ込みですんまへん!

  • 20100801
  • ヘルブラウ&淡青 ♦pDmV/urE
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Re: 第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

<「「通りすがりの者でも、他人さまの難儀を黙って見ちゃあいられねえって男は何人もいるだよ!この情け知らずめが、とっとと出て行きやがれ!」<コレまで言われても、楊枝を加えて流れていく
紋次郎産の頑な人生観は生まれがさせているのでしょうかねー!好きなところですが・・ニヒルな男は意外に、心が優しいものです。!☆

  • 20100801
  • 荒野鷹虎 ♦-
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Re: 第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

ヘルブラウ&淡青さま、コメントをいただきありがとうございます。

「通りすがりの見知らぬ皆さん方の頼みに、いちいち耳を貸していたんじゃ、命がいくつあっても足りねぇんで」
三日月村の村人に、紋次郎が言った言葉です。
誰も助けちゃくれないし、誰にも助けを求めたりしない紋次郎ですから、この言葉は頷けます。
他人の難儀にいちいち力を貸していたら、とっくの昔に紋次郎は死んでいたでしょう。
ご指摘の通り、姉のお光に生を受けた紋次郎ですから、進んで死ぬような真似はしないでしょう。

>姉光の生命への無償の愛というものへの感謝のような気がします。

私も同感です。
しかしお光は、もうこの世にはいない。
紋次郎が求めるものは、形としてはどこにもないのです。あるとすれば、心の中だけ。そして生きている自分という存在だけが、お光とのつながりなんでしょう。

  • 20100801
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

鷹虎さま、コメントをいただきありがとうございます。

お加減いかがですか?
タイガース、ギリギリですが勝ちましたね!

「情け知らず!」と罵倒された紋次郎ですが、原作ではこの後、一晩だけ縁があった与作を助けに疾走します。
紋次郎にとっては、地縁というものは存在しないんですね。
日本人は地縁を大事にしますが、紋次郎の行動規範には全く関係ありません。
思い出の地などと、悠長なことは言っていられないのです。

しかしそんな中でも紋次郎は、心の命ずるままに行動します。
根底にあるのはやはり「優しさ」なんでしょうね。

  • 20100801
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

紋次郎の世界はまだまだ素人な僕ですが、
渡世人である紋次郎の気質を垣間見ることのできる
一篇ですね。冒頭の藁ぶき屋根の朽ちた家が
この物語の舞台のような気がします。

  • 20100802
  • 雪天 ♦4euuRMTk
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  • 編集 ]
Re: 第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

雪天さま、コメントをいただきありがとうございます。

さすがに最終回だけあって、中身が濃い作品です。
紋次郎をご存じない方には退屈だろうなあ……と文才のない身を嘆いております。
お付き合いくださってありがとうございます。

1枚目の写真、自分ながら気に入っています。
時代劇のロケ現場のような所です。
未確認ですが、紋次郎の撮影にも使われたらしいという噂も聞きました。
こういう場所に心惹かれます。

  • 20100802
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

こんばんは。
姉光の無償の愛への感謝・・・生きることが姉との繋がり・・・。
胸がしめつけられるような言葉の数々に、また紋次郎の心の奥に秘められた、姉への思いを教えてもらいました。
お夕さん、そしてコメントを書き込んでいらっしゃる皆さん、ありがとうございます・・・!!
これからも紋次郎気質を楽しみにしています。

  • 20100803
  • 百合子 ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第38話「上州新田郡三日月村」(中編)

百合子さま、コメントをいただきありがとうございます。
いつもあたたかいお言葉をいただき、恐縮しております。

みなさんよりいただいたコメントから、もう一度紋次郎について考えることができ、本当に幸せです!

また、紋次郎を通していろんな世界が広がることも、私にとっては大きな喜びです。

今、最終回の後編をチマチマ書いていますが、書き上げるのがうれしいような悲しいような……複雑な心境でダラダラ引っ張っておりまして申し訳ないです。
写真を選ぶのも、「これでもない、あれでもない」と駄作ばかりなので時間がかかります。(それはそれで楽しいのですが……)

これからも遅い更新になるかと思いますが、よろしくお願いしますね。

  • 20100803
  • お夕 ♦wikz35BA
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