紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」
以前から「旅籠」というところに宿泊したいと思っていました。言葉の響きがいいですよね、「旅籠」って。
それもできれば中山道沿いにあって、江戸時代から続いているようなところはないかと探していました。

ということで、見つけました。細久手宿の「大黒屋」さんです。

細久手宿は、以前琵琶峠について記事にしたとき少し触れましたが、中山道48番目の宿場で岐阜県瑞浪市にあります。
隣の大湫宿より小さな宿場で、東西に高低差があり長さ410メートルの細長い町並みです。
尾張藩領で1843年時には人口256人、人家65軒で、その内の24軒は旅籠だったそうです。
海抜420メートルに位置した山に囲まれた鄙びた宿場という雰囲気です。

大黒屋さんに予定より少し早く着いたので、琵琶峠まで歩いていくことにしました。

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

歩いて程なく左手の小高い場所に庚申堂がありました。庚申というと「女人請の闇を裂く」で庚申待ちの話が出てきました。
元は宝暦以来の堂だったのですが、寛政10(1798)年の大火で消失。享和2(1802)年に鬼門よけとして再建されました。

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

周辺には、古い野仏様や石塔なども点在していました。300年前に作られたものもあるそうです。
今も近在の方々に親しまれているようで、幟の旗が見えました。

宿場を抜けると舗装された道が続きます。たまに車が通るだけでいつもと同じ、人気がありません。
木立の中、蛇行したり坂を上下したりして中山道は続きます。

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

奥之田一里塚の付近で、車の爆音が山の奥から聞こえてきます。それもかなりの数。標識があり、付近に「モーターランド」があることがわかりました。

一気に現実に引き戻されたような気持ちになりましたが、これも時代の流れなんでしょうねえ。
ちょっと中山道を逸れて見に行きました。色とりどりのレーシング仕様の車がコースをドリフトさせながら走っていきます。
やはりちょっと複雑な気持ちになりました。(モータースポーツは結構好きで、若い頃は鈴鹿にF1を見に行っていたぐらいなんですが……)

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

「弁財天の池」はカキツバタの群生が有名です。花の時期にはまだ少し早かったようです。
スイレンもまだ花はつけていませんでした。
水深は浅く、のぞき込むと私の大好きなメダカの群れが……ホントに平和です。

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

この池は天保年間に作られたようですが、弁天様は天文5年(1740年)に祀られ、祠は天保7年(1836年)に創建されたようです。
天保年間というと、紋次郎さんが街道を旅していた頃です。ここを通る旅人もきっとこの池で一息入れたことでしょう。

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

牛馬観世音様を過ぎると、北野神社の鳥居があります。

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

この神社は慶長19(1614)年の創建で、菅原道真をお祀りしています。

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

参道は長く杉木立が続きます。脇にある馬頭様は見過ごしてしまいそうなほど小さいのですが、しっかりと刻まれたお顔です。

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

本殿の前にある燈籠には享保10年乙巳(きのとみ)(1725年)と記されていました。
学問の神様ということで合格祈念の絵馬が奉納されています。

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

参道を戻りしばらく行くと廻国石塔があります。
塔の側面には安政6年と刻まれており、かなり古いものです。法華経を六十六部写経して、全国六十六州に奉納して廻った巡礼者の記念塔だということです。
江戸時代はこのような巡礼者が数多く、諸国を旅していたようです。

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

やっと琵琶峠の西登り口に着きました。ここは八瀬沢の立場跡でもあります。
立場というのは宿と宿の間にあり、茶屋があって休息所となる所です。
初めて琵琶峠を訪れた時は東の登り口(大湫宿寄り)から登ったのですが、2回目の今回は反対の西側からということで、また新たな気持ちで登りました。

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

峠を越えて東側に下りてから、はたと気づきました。
「同じ距離をまた帰らないといけない!!」
当然です。細久手宿の大黒屋さんに宿をとっているのですから。

この時点で正直、かなり疲れていましたが、昔の旅人はこんなぐらいじゃない。まして紋次郎さんなら苦もない距離と自分に言いきかせて、来た道を戻りました。結局約10キロメートル以上歩いたわけです。途中で写真を撮ったり、道草をしましたので3時間はかかりました。

紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

大黒屋さんに着いたときは、夕刻になっていました。
昔の人は草鞋履きで舗装されていない山道をひたすら歩いたわけです。普通の旅人でも40キロぐらいは1日で歩いたとか……。
それも毎日ですから、健脚ぶりには畏れ入りました。
とても真似できません。
大黒屋さんに着いたときはホッとしましたが、昔の旅人も旅籠が見えたときはうれしかったんだろうなあ、と随分レベルは違いますが思いました。

大黒屋さんについては次回に……。

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Re: 紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

お夕さま、峠散策お疲れ様でした。
お夕さまも十分健脚です!

昔の人は本当に歩いていたんですよね。。。
今よりも歩きづらい道を、足に優しいウォーキングシューズもなしに。

疲れて疲れて、そんなときに見つけた野仏様に
手を合わせたんでしょうね。

  • 20100814
  • ナラリーノ ♦SJMMuUIM
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Re: 紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

ナラリーノさま、コメントをいただきありがとうございます。

紋次郎さんのように長い脚で、歩幅大きく歩けるといいんですが、残念ながらすべて真逆……。
コマネズミのようにチョコマカ歩く姿は、ちっともさまになりません。

草鞋で山道を歩くって、大変だったでしょうね。何足も履きつぶしたことでしょう。

道中、難儀なことも多かったでしょうから、旅の無事を祈る気持ちも今より大きかったでしょうね。

  • 20100815
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

こんばんは、お夕さん!、
記事を読んでるとご一緒に歩いたような感じで爽やかな気分です。
足の疲れがないだけにもっと爽やかですねぇ~・・・笑

交通手段が自分の健脚頼りとなるとやはり旅をする人は限られていたのでしょうねぇ~、
その中でも紋次郎さんの旅姿が最高に様になってるような気がします。

大黒屋さんで早く横になりたいですねっ!

  • 20100817
  • 淡青 ♦pDmV/urE
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Re: 紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

淡青さま、コメントをいただきありがとうございます。

バーチャル道中でも、ご一緒できてうれしいです。
お付き合いくださってありがとうございます。

たどり着いて、大黒屋さんに琵琶峠まで往復したことを話すと、
「連絡いただいたら、車でお迎えに行きましたのに……」
とおっしゃっていただきました。
が……ここはやはり、紋次郎の影は歩いて追わねば……と思いました。
(相当、やせ我慢ですが)
足腰が丈夫というのは、何をするにも大事ですね。

  • 20100817
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

旅日記と写真読ませていただきました。

v-237えっと思いましたのは、

>色とりどりのレーシング仕様の車がコースをドリフトさせながら走っていきます。
やはりちょっと複雑な気持ちになりました。(モータースポーツは結構好きで、若い頃は鈴鹿にF1を見に行っていたぐらいなんですが……)

ありゃー、お夕さんはなかなか幅広い世界をお持ちなんだということです。
確か最近首位に時々いる阪神タイガースにも明るいですよね。

菅原道真を祀った神社っていったいどれほどあるんでしょうかね?82歳になる兄貴に言わしむると九州に流されて、たった2年ほどで亡くなってしまって情けない(笑)となるんですが、この祀られ方は尋常ではない気もします。

Re: 紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

こんばんは。
お夕さん、お疲れ様でした・・・!お写真、どれもタイムスリップしたみたいに素敵で、時の流れを感じました。
健脚の人って男女を問わずかっこいいですね。
先日の新聞に先代の市川染五郎さんの記事が載っていて、こんなお話をされていました。
「役者という仕事はまことに儚い。芸は一瞬で消えていく。しかし私の演じた弁慶が、お客様の心に残ったなら、役者は永遠に生き続けることができるのです」
そのようなことをおっしゃっていました。
原作もドラマも終了してしまいましたが、紋次郎は今も人々の心の中を旅している・・・そう思いました。
あっ、それと・・・私もメダカが大好きです!

  • 20100818
  • 百合子 ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

幅広い世界というより、興味を持つ方向は全くバラバラ(笑)です。

タイガースは、子どもの頃からファンでした。暗黒時代も知ってますので、最近の好調ぶりは夢のようです。

道真を祀った神社は本当に多いですね。
道真の霊を、かなり畏れたんでしょうか。

最近のゲリラ豪雨や落雷、竜巻、猛暑など、昔なら「祟り」と考えられたかもしれませんね。

自然破壊に対する人間への報復だとしたら、ある意味正解ですが……。

  • 20100818
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 紋次郎の影を追う「細久手宿より琵琶峠に向かう」

百合子さま、コメントをいただきありがとうございます。

百合子さんもメダカお好きなんですね!
我が家ではメダカが、大繁殖中です。(商売にしているわけではありません)
数えたことはありませんが、300匹以上はいるかも……ほとんど捨て育ちなんですが……。

>お客様の心に残ったなら、役者は永遠に生き続けることができる

含蓄あるお言葉ですね。
惚れた人の姿は、永遠に心の中で生き続けます。
それも色褪せず歳もとらず、そのままの姿で……。
形として残るものより、心に残る形なきものの方が、鮮やかに輝くのだと思います。

  • 20100818
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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