紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)
(原作 第32話)(放映 1977.10.5)
「この男の生き方は変わっていない。が、やはり歳月とともに多少の変化はある。渡世人らしく土地の貸元のもとに草鞋を脱ぐ。かつて、この男にはない習慣であった。」
と芥川さんのナレーションが入るが、原作でも多兵衛親分のところに草鞋を脱ぐ。テレビ版でこのように断っているのは、やはり前シリーズの縛りがあるからであろう。
前シリーズでは、貸元の所には草鞋を脱がないことになっているからだが、原作では全くないということはない。

テレビ版だけの紋次郎の仁義。形式に則ってはいるが、楊枝をくわえたままで口上を述べてよいものだろうか。親分不在ということなので、そのまま立ち去ろうとする紋次郎を子分が必死で止める。
結局草鞋を脱ぐことになるのだが、ここで人斬りを目撃された小天狗の勇吉と再会する。勇吉は現場を見られたことがばれないか、紋次郎に探りを入れるが、紋次郎は全く無関心。

二人は揃って膳部の前に座り夕食をとる。一宿一飯の作法に則って粛々と食べ進む。原作通りであり、市川雷蔵主演映画、「ひとり狼」でのシーンと同じである。
テレビドラマであっても、その部分は省略せずに見せているのはリアル感があっていい。当然、いつもの「紋次郎喰い」ではなく美しい所作で食べ終わる。

この後多兵衛に二人は呼ばれて酒を勧められ、紋次郎は茶碗酒を口にする。原作には酒のことは何も書かれていないので、脚色したようであるが、前シリーズを知っている者にとっては「おやっ?」である。
紋次郎は酒を飲まないことにしていたからだ。親分に勧められて、客人として酒を断ることはできないだろうが、この点もナレーションにあった「歳月とともに多少の変化はある」の内の一つか。

多兵衛の娘「お七」が入ってくるが、この娘、村はずれで見たお六と瓜二つ。それもそのはずで二人は双子。双子は当時忌み嫌われていて、お六は村の百姓にもらわれたのである。
お七は来月、「駒形新田の虎八」と祝言を挙げることになっている。虎八は大前田の英五郎の懐刀。多兵衛が喜色満面なのも当然である。
お七は嫁入り前なので、追分まで行儀見習いに毎日通っている。お七も届いた着物を嬉しそうに手にして、祝言を待ち遠しそうである。

境遇があまりにも違う二人だが、部屋を出た紋次郎は廊下でお七に呼び止められてなじられる。
追分に行く途中でお六に出会った。楊枝をくわえた旅人に助けを求めたのに、断られたと言っていた。なんて薄情なのか、とお六と同じ言葉でお七は非難する。
お六にも非難され、お七にもなじられ、一介の通りすがりの流れ者に過ぎないのに、損な役回りである。
詰問するお七のライティングは、障子からの明かりに照らされ、鬼気迫るものを感じる。照明の中岡さんの職人技である。

勇吉が担ぎ込んだお政が、手当のかいもなく離れで息を引き取る。
その夜、紋次郎は珍しく夢を見る。
夢を見ると言えば、第1シーズンの「無縁仏に……」での悪夢。死神のような不気味な男が出てきて、紋次郎は長ドスで刺されるという不吉な夢。

しかし今回はお七。打掛けを羽織りスローモーションで走り、脱ぎ捨てた姿は全裸。逆光の後ろ姿であるが、なぜお七の全裸が必要だったのかは疑問。大胆な演出だが、女性ファンとしてはショックである。男性から言わせると、紋次郎の人間くささが垣間見え、親近感を持つというものか。
放送時間が夜の9時……。お色気シーンを流すにはちょっと早いような気がするのだが……。

お七とお六が振り返るシーンが何回か繰り返される。「癖?」「癖?」と第3話「峠に哭いた……」のお妙の台詞が繰り返されたシーンとよく似ている。
夢の中の二人の恨みのこもった目にうなされる紋次郎。口ではああ言ったものの、後ろめたさを感じているのだろうか。
原作にはそういうシーンはない。

テレビ版でもう一つ気になったところは、紋次郎と勇吉が二人とも、抱えた長ドスを右下にして寝ているところだ。渡世人なら、左を下にして横向きで寝るはずである。そうでないと、右手でドスがすぐには抜けない。前シリーズのタイトルロールで、社の舞殿で紋次郎が横になっているシーン。あのときは、ちゃんと左が下になっている。
なぜ誰も監督に言わなかったのだろう。あの時のスタッフも残っているのに……。

第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

夢にうなされて目を覚ました紋次郎は、隣で眠っていた勇吉がそっと寝床に帰ってきて、金が入っている巾着を布団に落とすのを目にする。

翌朝、出立するとき見送る子分から、昨夜お六とその養い親二人が焼け死んだことを聞かされる。焼け跡から骸が三つ、見つかったという。紋次郎は驚きの表情を見せるが、草鞋銭を懐に入れると無言で立ち去る。

原作では霧雨が降っているのだが、テレビ版では日が差している。申し訳程度にスモークで靄のようなものが少し流れるが、とても霧雨という風情ではない。霧雨はタイトルにもあるぐらい重要なアイテムなのに、なぜ?である。

お六と最初に出会ったあたりで、お七がうずくまって泣いているのに出会う。お七は紋次郎に恨みがこもった目を向け「なぜ、お六の頼みを聞かなかったのか」と再度罵る。
無言ですり抜けようとする紋次郎の足許にしがみついてお七は意外な言葉を口にする。
「待って、私を連れて逃げて!」その上真相まで口にする。
お六たちは多兵衛たちに殺された。骸には刺し傷があった。多兵衛が三人を殺させたのだと……。推理部分が早くもネタ明かしである。
祝言もあげたくない、虎八や大前田の目の届かない所に連れて行って欲しい……届いた晴れ着を多兵衛に見せに来て、あんなに嬉しそうな顔をしていたのに、どうしたことか……。

「あんたが助けないからみんなが死んだんだわ。その罪滅ぼしのためにも私を……」
「あっしには罪なことをしたって覚えはござんせんよ」
道理である。罪なのは殺した下手人であって、紋次郎には関わりはない。

そこへ多兵衛と子分の京助が息を切らせてやって来る。
「虎八親分がやって来たからすぐに家へ戻れ」と言うが、お七は頑として聞き入れずに「私は紋次郎さんと行きます」と叫ぶ始末。
その物言いに、京助はお七を殴りつける。あろうことか親分の娘に手を上げるとは……。原作にはないことだが、このあたりからお七の正体が少し見えてくる。

とにかく紋次郎は、このゴタゴタに早くケリをつけて去りたいのは山々なのに、また人が増える。
「待ちやがれ!」と声をかけたのは駒形新田の虎八……子分を3人連れている。
虎八役に今井健二さん。この方、よく悪役で出演されていた。三度笠から顔が覗いたとき、思わず「ザ・ガードマン」と「キイハンター」を思い出した。数え切れないほどたくさん悪役で出演されていた。
虎八の顔アップから紋次郎の顔にカメラがターンしたとき、中村氏の面長を再確認する。

虎八は「恥をかかせた」と立腹。ひざまずいて言い訳をする多兵衛に向かって、長ドスを振り下ろす。血しぶきと共に多兵衛の首が一刀両断で転がり落ちる。えーっ!である。
残酷シーンは今まであまりなかっただけに、驚きであるが、実際は原作とほぼ同じ。原作はもっと虎八は凄腕で、なんと首の皮1枚だけ残すという離れ業を見せる。
子分の京助は虎八の凄腕に恐怖の色を見せ、お七は声一つ上げず呆然と座り込んだまま。

親分の仇とばかり斬りかかっていく下っ端を、軽く斬り捨てて虎八は
「大前田八人衆の一人を敵に回すとは、不運な男だなあ」と紋次郎に言う。
「何から何まであっしの知ったこっちゃあござんせんよ」
原作と同じ台詞。新シリーズの決め台詞か?

立ち去ろうとする紋次郎を、虎八の子分たちが取り囲む。
この決闘の場、原作だと濃い霧の中で繰り広げられる。視界5メートル、足元は濡れて滑りやすい状態。まるで雲の切れ間から、急に敵が襲いかかってくる感じが読み取れる。
しかし、テレビ版はピーカン状態。多分撮影日数が足りなかったのだろう。思わしい天候になるまで待てなかったと見える。そんな中で、いくらスモークを焚いたところで無理。霧雨の風情はあきらめた。(後編へ続く)

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Re: 第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

お夕さん、こんにちわ。

「新・木枯し紋次郎」の解説はなかなか難かしいと思いますが、鋭く考察されていて、さすがお夕さんだなと感じました。

この「霧雨・・・」で目黒さんが助けた艶っぽい壺ふりの姐さんは、あの三船敏郎さんの愛人で三船美佳さんのお母さんの北川美佳さんですね。「木枯し紋次郎シリーズ」の「女人講の・・・」では可憐な商家のお嬢さんを演じられていました。老けて年齢を重ねただけの私と違って、いい女の数年での変貌ぶりには驚くばかりですね。

話は変わりますが拙ブログに、40年越しの紋次郎への思いを実現させたOff&Walk さんにコメントを頂いています。

http://blogs.yahoo.co.jp/monnjirounoaneomitu/57993109.html#61723720

このページのコメントからフォト蔵に飛べます。お夕さんにも是非ご覧頂きたいです。

  • 20100922
  • おみつ ♦suWcSb.M
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Re: 第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

おみつさま、コメントをいただきありがとうございます。

北川美佳さんの情報、ありがとうございます。
「女人講の……」のお嬢さんと、同一人物とは思えませんね。
妖艶な風情は、演技というより、内から輝きを放っているように思えます。

もう一つの貴重な情報、楽しませていただきました。
Off&Walkさんの執念とまでいえる飽くなき探求心……頭が下がります。
私もこの地がそれだと思います。
否、違っていても、その地に紋次郎の姿や息遣いが感じられたら、そこは聖地になり得ると思います。

ありがとうございました。

  • 20100922
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

前編と中編に目を通しましたが、「新・木枯し紋次郎」はリメイク版のように違う気がしました。

近年観た映画では、2007年の「椿三十郎」なんか1962年の黒澤明監督の脚本からカメラアングルまで瓜二つのものを創りあげていたのとは大きな違いです。

藤田敏八監督が、自分の「紋次郎」を創りあげようとしたんでしょうね。

お夕さんとしては原作と前作とあわせて三つめの「紋次郎」をご覧になっているように想像されます。視聴者においても、この変化に慣れるまで少し時間がかかったんじゃないでしょうか。あるいは、こちらの方がいいと思う人も出てきたかも知れません。

なんか、そんなことを想いました。

Re: 第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

「新……」はやはり、「続……」でもリメイクでもないように思います。

市川監督監修の紋次郎作品を一新して制作するという姿勢ではなく、原作からどのように新しい視点で紋次郎を生み出すか……。
「新生」という言葉の方がしっくりいくような気がします。

たまたま?紋次郎を演じたのが前作と同じ敦夫さんなので、旧作に対する新……と考えがちですが、「新解釈」の新……とも言えるのかもしれません。

はたまた、より原作に近い「原理主義的紋次郎」かも……。
監督によって違うようにも思われますので、それはそれで面白いかもしれません。

小父貴さまのコメントに触発されて、色々考えられました。
ありがとうございます。

  • 20100922
  • お夕 ♦wikz35BA
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ちょっとだけ、違う?

こんばんは♪

原作と映像化の違い、こだわると「引っかかる」事って、ありますよね。
私は、紋次郎のテレビはリアルタイムで観ていました。
もう一回観たいとも思いますが、繰り返し観るとも言えません。
だから、BOXを欲しいとも思いません。

「思い出しもしませんが、忘れる事も無いでしょう」という、心境でしょうか(笑)

テレビを観てて、ひとつ気になった事を思い出しました。
どのシーズンかは、憶えていませんが、紋次郎が長脇差を、親指と中指の二本で操って斬り合いをするシーンを観た事があります。
刀をあんな軽々しく扱った映像は初めてでした。
急に、醒めてしまいました。
リアルが持ち味の作品なのに、ガッカリしました。
紋次郎で、「これは違う」という思った、今でも気になるシーンです。
細部にこだわる「お夕さん」には、ご理解いただけるかと思います。

ず~と、引っかかってます(笑)

では、又♪

  • 20100923
  • ぶんぶん ♦KWOxclv.
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Re: 第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

ご指摘通り、殺陣の中にそのシーンはあります。腰を落とし、長ドスを片手で横に構える紋次郎独特のものですね。

実際には絶対無理ですが、これを言いかけると芋づる式にまだまだありますよね。
まず、あんな大きな三度笠、長い道中合羽はあり得ません。(特注でもしない限り……)

「リアリズムより、リアリティを優先」と、市川監督のインタビューにもありましたが、そのあたりの匙加減は難しいものがあると思います。

私は殺陣の中で、長ドスを落として慌てて拾うシーンが好きです。
実際そんなことはあっただろうと思いますが、このリアリティを表現したのは紋次郎が初めてではないでしょうか。

問題のあのシーン。
私は女性ファンなので……かもしれませんが、中腰に構え、楊枝をくわえたままの口許から食いしばった白い歯がのぞく、あの表情は好きです。(スンマセン)

  • 20100924
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

素敵な紋次郎さん!!

私も大好きです!がんばってください!ぽち!

  • 20100924
  • mike(T/K) ♦-
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Re: 第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

mike(T/K)さま、初めまして。

応援をいただき、ありがとうございます。

またよければ、おいでくださいね。
これからもよろしくお願いします。

  • 20100924
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

こんにちわ。

ぶんぶんさんの言われてるシーンは「飛んで火にいる相州路」の浪人との殺陣シーンですね。それに紋次郎と浪人が組み合い、床に刀があたり浪人の体重が乗って鋼鉄の筈の刀がしなるシーンもありますよね。

私は、こればかりは個人の感覚で「ありえなくても許せる」範囲の幅があるでしょうから、その人がドラマを楽しく見れればいいのかなと思います。

実際、大奥の美人のお化粧法をTVで検証しているのを見ましたが、白塗り、鉄漿、眉は剃り落し殿上眉(お公家さんお眉)で「お化け」の様でした。あれではせっかくの美人女優も誰かわからずドラマが成り立たないでしょう。

そういえば、昔はドラマや映画でもきっちり既婚女性は鉄漿をしていた記憶があります。「紋次郎シリーズ」でも「和田峠に地獄火を見た」で市原悦子さんがやってました。

>私は女性ファンなので……かもしれませんが、中腰>に構え、楊枝をくわえたままの口許から食いしばっ>た白い歯がのぞく、あの表情は好きです。(スンマセン)

いつも真面目なお夕さんが、ここで見せた可愛い女心が私は好きで共感します。






  • 20100925
  • おみつ ♦suWcSb.M
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  • 編集 ]
Re: 第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

おみつさま、コメントをいただきありがとうございます。

刀がしなるシーンありました、ありました。
でも、あの狭い室内での激しい殺陣のほうが印象に残っているので、あれはOK!だと思います。

リアルと言えば、市川監督の「股旅」でしょうか。
同じ渡世人を扱っていても、これほど違うかというくらい、かっこ悪い三人でした。
でも面白かった!

リアリズムとリアリティの狭間で、作り手は悩むんでしょうね。観る側は気楽なものですが……。

可愛い女心と言われ、ちょっと照れてしまいます。日頃、言われたことないんで……。

  • 20100925
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
細かくて・・・

お夕さん、おみつさん、こんにちは♪

問題のあのシーンで、小さな胸を悼めてしまったとしたら、ゴメンなさい!
特にこだわっている訳では無く、物理的に無理があると思った次第です。
確かに、それを言ったら楊枝を飛ばす事の方が、至難の技でしょうね(笑)

ドラマの映像美に酔い、ストーリーに没入する。
観劇者としての至福のひとときです。
最近は、なかなか巡り会えませんが・・・
紋次郎を愛すればこその「独り言」とご容赦下さい。
鉄漿=おはぐろ・・・
確かにしなくなりましたね。
昔の映画の奥方は武家から庶民まで皆していました。
あの顔で笑われと、怖いものがありますよね(笑)

「股旅」・・・確か、ATGでしたよね。
日劇地下で観ました。
紋次郎を観て同じような旅人ものと期待して出掛けました。
しかし、内容は貧乏農家の口減らしが三人、食うや食わず、着のみ着のまま、やくざ修業に明け暮れる。
そして、最後はあっけなく死んでしまう・・・

時代でしょうね。
「イージーライダー」「俺たちに明日は無い」のような「アメリカン・ニューシネマ」と同じ空気を感じました。
70年代の若者の明日を模索する姿とダブリます。

長くなってしました、では又♪

  • 20100926
  • ぶんぶん ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第1話「霧雨に二度哭いた」(中編)

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

「おはぐろ」と言えば、昨夜「13人の刺客」を観たんですが、「おはぐろ・眉なし顔」のアップに観客はギョッとしたようです。

映画の方はかなりリアルで、血しぶき飛び散り首はゴロンゴロン。
出だしの切腹から十文字に切るリアルさで、うひゃーっでした。
正直、戦闘シーンは疲れました。13人対200人以上ですから、端から無理があります。嘘やろー!の連発でしたが、娯楽映画ですからいいんです。

ロケ地の「庄内映画村」には、行ってみたくなりました。

  • 20100926
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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