紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第4話「雷神が二度吼えた」(後編)

第4話「雷神が二度吼えた」(後編)

第4話「雷神が二度吼えた」(後編)
(原作  第47話) (放映 1977.10.26)
第一のピンチ、長脇差の目釘が抜けることについては応急修理でクリアしたが、第二のピンチは深刻である。
刀が折れたのだ。

第1シーズン第8話「一里塚に風を断つ」では、折れた刀の代わりに直光が鍛えた刀を紋次郎は譲り受ける。今回は敵から刀を奪えばいいのだが、敵も然る者……原作では刀を奪われないように、落ちている刀を敵は崖から捨てている。
素手で、刀を振りかざした十人ほどの敵に対峙した紋次郎の姿は初めてであろう。
原作ではこのとき、既出の国定忠治の言葉を紋次郎は思い出すのである。その上絶体絶命のピンチが頭上から降りかかろうとする。

「『死んでもらうぜ』
崖の上から、声が飛んできた。九人のほかに、もうひとりいたのだった。それは、崖の上に仁王立ちになった佐十郎であった。佐十郎は両足を踏ん張って、槍を肩に担ぐようにしていた。」
(原作より抜粋)

テレビ版はそこまで切羽詰まっていないように感じるのは、槍の佐十郎の存在が薄いからだ。崖の上から紋次郎を狙ってはなくて、他の子分たちと同じように紋次郎を囲んでいるひとりである。
突然、閃光が槍の穂先に走り、佐十郎の煤にまみれた顔が映る。落雷である。原作では崖の上という、紋次郎より高い位置にいるので落雷することについてはうなずけるが、テレビ版では不自然である。

前シリーズの最終回「上州新田郡三日月村」での落雷シーンは、迫力があるものだったが、今回は火花も何となくチープな感じだった。
「えっ!今のがカミナリ?」というぐらいだったのが残念。
周囲の敵は全員、落雷の衝撃に倒れるが、紋次郎はすぐに立ち上がって走る。
佐十郎とは至近距離にいたのに……である。
「上州新田郡三日月村」で落雷によって気を失う紋次郎だが、免疫や抵抗力がついたとは思えないのだが……(笑)。このあたりはもう少し丁寧に扱って欲しかった。

さて話は変わるが、槍に落雷する展開で私が覚えているのはドラキュラの映画である。
記憶が定かでなかったので、改めて調べてみると確かに「ドラキュラ復活 血のエクソシズム」でクリストファー・リーが演じるドラキュラは刺さった槍に雷が落ちて焼け死んでいる。1970年作であるがテレビでしか放映されていないようだ。
もしかしたら笹沢氏はご覧になっていたかもしれない、などと想像するのも楽しい。

落雷のどさくさに紛れて紋次郎は走り出す。寺の朽ちた堂を見つけて入り込むときには、雨は上がり陽が差している。
堂内には先客がいた。堀田又兵衛である。
紋次郎は又兵衛に刀を貸して欲しいと頼むが、断られる。そして驚くべき真実を話す。

自分が腰に差していた大小は竹ベラであり、使い物にはならないというのだ。佐十郎に槍で突かれたあとなんとかここまでたどり着いた、と又兵衛は血で染まった手ぬぐいを見せる。
自分は生来の臆病者で、若いとき、暗闇から急に飛び出してきた者に斬りつけた。相手は、ふざけて脅かそうとした自分の弟だった。弟は右手の深手のため、未だに不自由な生活を送っている。

父親から「恐ろしさが先に立つ臆病者ほど、闇雲に刀を抜きたがる」と、厳しく叱責され以来、大小の中身は竹ベラである。進んで道連れになったのは心細さから、東海道ではなく秋葉山道を選んだのは、武士同士の争いを避けるためだったという。

又兵衛の顔は次第に苦しそうになる。そして献上の刀を差し出し、「持って行け」という。
「どうせここで死ぬ身だし、武士にあるまじき死にざまということで無縁仏になるだろう。無縁仏とともに、天下の名刀が消えても不思議はない」
又兵衛にとっては命を懸けた、勇気ある決断である。
又兵衛はうめき声とともに上半身が傾き、そのまま横に倒れ絶命する。

紋次郎は錦織の袋から刀を取り出し、白鞘から少し白刃を抜いて確認する。映像で見る限り、冷たく光る名刀である。
堂は既に追っ手に囲まれている。紋次郎は急いで草鞋の紐を締め直す。

このあたりは緊迫感の中、リアリティーがあり、紋次郎の覚悟のほどがわかる。
破れ障子から外の敵が見える。堂の戸を開け紋次郎は飛び出すと同時に、もう一人を斬っている。
鍔がなく柄も白いので、まるで座頭市が持つ仕込み杖のような感じである。従って刀の持ち方も座頭市のようである。
一瞬のうちに10人は叩き斬っている。スローモーションながら30秒ほどの早技である。

原作では名刀の切れ味の鋭さを表現する言葉が随所に出てくる。
一番はじめに斬られた男の首は、宙に飛んでいるほどである。テレビ版ではさすがに無理だろうが、あまりにもあっさりと殺陣が終わり、名刀を手にした感慨もない。

第4話「雷神が二度吼えた」(後編)

原作はここでまた、忠治の言葉を入れているのだ。
「頼れるものはただひとつ、己の腕と腰のドス」
有名な紋次郎のコピーであるが、ときどき聞かれる意見「ただひとつと言っておきながら、腕とドス……ふたつあるではないか」
その答えが原作の忠治の言葉にある。

以下は原作の台詞である。話の相手は、浅次郎である。

「抱き寝をするだろう」
「長脇差をですかい」
「そうだ。どうして長脇差を抱いて寝るのか、おめえにはわかっちゃあいねえんだろうよ」
「見損わねえでおくんなさいよ。そのくれえのことは、百も承知でさあ」
「だったら、言ってみねえ」
「わかりきっているじゃあねえですかい。寝ている間も、用心のために長脇差を手放さねえってことでしょう」
「やっぱり、わかっちゃあいねえよ」
「何か、ほかにあるんですかい」
「寝ている間も用心するなんて、そんな心構えは当たりめえのことじゃあねえかい」
「だったら、どうして長脇差を抱いて寝るんです」
「おめえは寝ている間、、腕や脚をはずすのかい」
「冗談じゃあねえですよ」
「長脇差だって、同じことだろうよ。腕や脚と変わらねえんだ。長脇差は、手めえの五体の一部なんだぜ」
「へい」
「腕や脚をはずして寝ねえのと同じように、長脇差を抱いて寝るんじゃあねえかい」
「わかりやした」
「おれにとっちゃあ長脇差は、親子よりも深い間柄なんだ。情も湧くぜ」
(原作より抜粋)

自分と結びつきが一番強いのが長脇差であり、親子以上の間柄とは、いかに過酷で安らぎのない人生であるかがわかる。
忠治の言葉をかみしめる紋次郎も、同じ人生であるのは確かだ。

原作でのお里は、紋次郎と共に行動し斬殺されるが、テレビ版ではこのあと小川の近くで紋次郎に再会する。
ここでお里は意趣返しの為苦労した5年間を話し、自分のために亀吉が死んだことを悔やむ。

そのとき敵の残党が現れて紋次郎の背後から襲いかかるが、紋次郎は斬り捨てる。しかしその男の刀がお里の体を貫く。お里は紋次郎の腕の中で「嘘をついてごめんなさい」という言葉を残して息絶える。
紋次郎はお里の髪から割れたツゲの櫛を抜く。そして拾った櫛の破片と共に川に投げ込み、楊枝を飛ばす。

さて、また話が飛ぶが三重県亀山市に関という宿場があり、「関の小万」の話が残っている。鈴鹿馬子唄にも謡われる関の小万は、女の身で父の仇討ちをしたという。
小万は女の身でありながら剣術の稽古をし、仇に巡り会って見事本懐を遂げる。
今回のお里とは境遇も違うが、彷彿とさせる話である。

エンディングのナレーションでは、「堀田某、主君への名刀を奪って逐電。堀田某の縁者に切腹、閉門の裁断がなされ、当人は行方知れず。名刀は志津三郎兼氏の作」とある。
ちなみに志津三郎兼氏は南北朝期の名刀工。正宗の門人で、美濃国志津で作刀したので志津三郎と称されている。

名刀は紋次郎の腰に落とされ、体の一部となった。命を落とした三人の生き様も、刀に染み込んでいるのだろうか。
しかし紋次郎にとっては、過ぎたことはなかったことに等しいのかもしれない。
紋次郎は心の中でも道連れはつくらないのだから……。

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Re: 第4話「雷神が二度吼えた」(後編)

テレビ版は覚えてないので、原作を読む時は、槍を投げようと高く掲げた穂先がアップになった瞬間に雷鳴が轟き、閃光が走る絵を思い浮かべてました。
原作と違って同一平面なら、投げるんじゃなく腰にためるわけで、他の長脇差に落雷しそうなもんですが…。

素手で大勢と対決するのは、後に書かれた「悪党のいない道」で7年前の回想としても出てきますが、今回のほうが遥かに危険で、それを何万分の一かの偶然が救うんですから、突っ込みどころを作らないようにしていただきたいところです。
投げヤリに作った、ってシャレのつもりかもしれませんなあ。(笑)

なお、ここで長脇差の大切さを身にしみた筈なのに、「悪党の…」で長脇差を抱かずに寝ていて盗まれ、無腰で歩く紋次郎は、ちと情けなかったですな。

原作のこの回は、紋次郎のトレードマークを捨てた姿を最後に見せたかったようで、楊枝を目釘代わりに使った後はもう楊枝を咥えず、唯一楊枝が飛ばないんですよね。
テレビ版では飛ばしてたんですか。

それと原作を読んでいてわからないのは、最後の紋次郎の姿です。
白鞘しか腰に差していないような描写ですね。
「じゃあ、あの錆朱色の鞘はどうしたんだろう」と疑問なのですが、テレビ版では白鞘と、いつもの鞘と、二本差してたのでしょうか。

  • 20101212
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第4話「雷神が二度吼えた」(後編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

紋次郎シリーズの中には時々、サービス過剰な作品がありますね。
今回はかなりのサービス展開です。

か弱き女が剣の使い手であったり、大ピンチが一転、神風のごときいかづちが天から降り、貫禄ある武士が実は臆病がゆえに竹光を腰に差し、無宿の渡世人が天下の名刀を譲り受ける……。
すごく濃い内容ですね。

どんでん返しのオンパレードですが、こんなにたくさんのプロットを一話に押し込めなくても、二話ぐらいに残しておいても良かったのに(笑)と思います。(ケチな性分でして……)

原作ではその後、楊枝をくわえない紋次郎ですが、確か何本かストックがあるはずなんですけどね。

ご指摘通り、原作での紋次郎は白鞘を腰に落としていますが、次作品ではいつもの錆朱色の鞘です。
全く謎です。
もし二本も鞘を腰に差していたら紅白になり、おめでたいでしょうが……(笑)。

テレビ版の紋次郎は、ポーンと白鞘を投げ捨てます。
そして新しく入れ替えた刀身がしっかり固定されているか、二度柄を叩き、一振りして確かめます。
錆朱色の鞘と、反りも長さも合ったようです。
よかった、よかった。

余談ですが「反りが合う」というのは、ここから来ているようです。
「鍔ぜり合い」「切羽詰まる」「鎬を削る」も日本刀から来る言い回しとか……。
奥が深いです。

  • 20101212
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第4話「雷神が二度吼えた」(後編)

長岡忠次郎はさらし首になりましたが、任侠はりありました。紋次郎さんも、劣らず、任侠の人に違いはありません、しかし二人とも、博徒扱いになるのでしょうか・・かわいそうではありませんか!人間的に、忠治は、散々悪いことはしていますが、紋次郎さんは、悪いところが見当たりません。何か、泣けてきますねー。泣き)☆!

  • 20101218
  • 荒野鷹虎 ♦-
  • URL
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Re: 第4話「雷神が二度吼えた」(後編)

鷹虎さま、コメントをいただきありがとうございます。

国定忠治の評価は分かれるところですが、時代を超えて今もファンがいるということはやはり魅力があるんですね。

笹沢氏は忠治の小説も書いていらっしゃいますし、忠治役でこの後、テレビにも出演されています。忠治のこと、好きだったみたいですね。

博徒の中でも実力者は、明治の政界にも影響を及ぼしたようです。前面には出ませんが……。

紋次郎とは同じ博徒と呼ばれても、全くの異世界ですね。

  • 20101218
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
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