紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(前編)

第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(前編)

第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(前編)
(原作 第48話)  (放映 1977.11.2)
アバンタイトルから格好いい。格好いいのは紋次郎ではなく綿引洪氏演じる「稲妻の音右衛門」。現在綿引氏は、本名である「勝彦」と名前を変えておられる。
奥様は女優、樫山文恵さん。樫山さんは前シリーズ「冥土の……」で、お縫(お咲)役として既に出演されている。これでご夫婦揃って紋次郎シリーズに出演された訳である。
他にご夫婦で出演となったのは、「霧雨に……」の目黒祐樹さんと「駈入寺に……」の江夏夕子さん。
さて調べていて少し驚いたのは綿引氏は当時32歳だったということである。中村氏は37歳で5歳年上。しかしドラマで見る限り綿引氏の方が年上に見えるほどの貫禄である。
実際、原作では紋次郎より年上という設定である。

「年の頃は、三十七、八で、赤銅色の肌をしている。精悍な顔つきだが、冷酷さといったものが感じられた。背はそれほど高くないが、骨格がたくましくてがっしりとした身体つきであった。」
(原作より抜粋)

イメージ通りのキャスティングといえよう。眼光鋭く凄みのある音右衛門にピッタリである。
三人をあっさりと叩っ斬った音右衛門だが、刀を合わすこともなく長脇差を振り回して終わったので、凄腕の程がわからなかったのが残念。斬られた三人は浪人崩れが一人、後の二人は弱そうなチンピラ……原作では三人の浪人だったのだが……。

見物人が「お手配中の音右衛門だ。」「礼金首だって言うぜ。」と噂する。
その中に旅の猿回しもいる。猿が赤い口を開け、牙をむいて啼く。
今回は猿がポイントである。第3話は犬であったが、ここで雉が出てくると「桃太郎」の家来が全員集合なのだが、雉の出番は無し(笑)。
紋次郎は三人があっという間に倒れる様を目にするが、音右衛門には一瞥もせず脇をすり抜ける。

「木枯し紋次郎さんで……」と声をかけ、紋次郎の後を猿回しがついてくる。弥助と名乗る四十過ぎの男は、郷土を捨てて20年。猿を相手に旅を続けているが、噂に聞く人と同じ道を歩けるのが楽しみで……と一方的に話し続けるが、紋次郎は無言。
二人が行く先には富士山が見える。明らかに合成であるが、当時としてはこれでも精一杯であろう。身延山道をゆく二人と一匹の後ろを音右衛門が追ってくる。
音右衛門の姿は通常の大きさの三度笠、合羽の丈も通常のものと思われる。普段、紋次郎の姿を見馴れている者にとっては、その姿に違和感を覚える。三度笠の大きさと深さ、合羽の丈の長さなど、ほんの少し違うだけなのに、全体像としてこんなに差が出るものだと改めて思う。この絶妙なバランスの基を作り上げた、市川監督の美的感覚はやはりすばらしい、と言わざるを得ない。

夜になり、野宿となった。紋次郎と弥助のもとに音右衛門がやって来る。

「木枯し紋次郎さんで……。」
「あっしは、稲妻の音右衛門と申しやす。」
綿引氏の声は中村氏と同じく低く、よく響く。渡世人言葉も板についていて、さすがである。

「ご一緒させていただきやす。」
「好きなようにしておくんなはい。」

紋次郎の台詞まわしで時々気になること。
「おくんなさい」「おくんなせぇ」は、今までよく聞いたが、今回は「おくんなはい」で語尾が違う。
原作の台詞は「お好きなように……」となっており語尾がないが、同じく第11巻に収録されている「白刃を縛る……」の語尾はすべて「おくんなさい」である。
細かいことだが、気になる。

虫の声、焚火が燃える音……シンとした中、音右衛門と弥助の話し声が静かに続く。

このあとの行き先を弥助に尋ねられ
「凶状持ちには、あてなんかござんせんよ。」と虚無的に答える音右衛門。
「それじゃあ、紋次郎さんと同様ってことでございますね。」

第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(前編)

紋次郎は二人には全く関わらず、焚火の明かりを頼りに繕い物をしている。
弥助は思い出したように竹の皮を開き、握り飯を取り出して音右衛門に勧める。音右衛門は「頂きやす。」と手にとるが、紋次郎は「せっかくでござんすが……。」と断る。
弥助は猿にも握り飯を与える。一方紋次郎は、竹皮に包んだ豆餅を取り出して食べる。
貫禄ある渡世人二人だが、共に無口であるので、弥助も間が持たない雰囲気である。

「お先に失礼しやす。」と挨拶をして、紋次郎は長脇差を抱いて眠りにつく。

「松野宿の外れで、三人の浪人を手にかけられましたね。」と音右衛門に尋ねる弥助。

エッ、あれで三人とも浪人だったのか?そうは見えなかった。原作では三人の食い詰め浪人となってはいるが……。脚本ミスではないだろうか。

二人の会話で音右衛門の境遇がわかる。
音右衛門の首を武州八王子の和泉屋へ持って行けば、二十五両を手にすることができる。礼金首がついたのは、和泉屋のひとり息子に深手を負わせたためらしい。
自分も人の親だから、和泉屋の気持ちがわからないこともないと言う。音右衛門は武家出身で、かなりの使い手である。原作では23歳で鏡新明智流の免許皆伝となったと書かれている。

甲州や武州には音右衛門の首を欲しがっている者が大勢いるらしい。
敢えて危険な地に向かうのは、逃げ回ることに飽きたし、凶状持ちとして死ぬまで人を斬り続けることに疲れたこともある。
この気持ちは、大前田親分の回状が全国に回っている紋次郎には、わかってもらえるはずだろう、と音右衛門は呟く。
ここでも大前田一家を敵に回している紋次郎の存在が出てきたが、原作ではそのことは触れていない。テレビ版はどうも、第1作目の駒形新田の虎八の意趣返しを引っ張りたいらしい。

嬶やガキのことはもうどうでもいいことだし、戻ってもどうにもならない……と自嘲的に呟く音右衛門だが。合羽の下では、曰くありげな守り袋を手にしている。
音右衛門の合羽は、大分手のこんだ物である。布の補強の為に刺し子が施されているが、すり切れた部分も見え、かなり年季の入った様子が表されている。

夜も更けて、秋の虫の代わりにフクロウの声。三人が眠りについている静寂の中、突然猿の甲高い声が響く。礼金目当ての男の夜襲である。音右衛門はその声に目覚め、襲ってきた男の足を薙いだ。映像の切り替えが早いのでわかりにくいが、足が切断されてゴロリと落ちたようにも見える。
その後音右衛門は正面から男に長脇差を浴びせ、斬り捨てる。音右衛門の厳しい表情とは対照的に、楊枝を咥えた紋次郎は無表情である。血が滴り落ちる刀の切っ先……非情さが漂う。

「もう少しで不覚をとるところでござんした。弥助さんには大きな借りができやした。」と礼を言う音右衛門に、「猿が起こしてくれたんでごぜえやす。」と、弥助は恐怖に震えながら答える。
おちおち眠ることもできない凶状旅の厳しさである。

翌朝、三人と一匹は同じ方向を進む。先頭は紋次郎、その後ろに音右衛門、弥助と続く。
間道を選ぶ紋次郎は、「あっしは、道連れを作らねえことにしておりやす。」と暗に同行を拒むが、「同じ方向に足並みを揃えて歩く分には、差し支えねえんでござんしょう?」と食い下がる音右衛門。この台詞は原作では弥助の台詞である。
テレビ版で見る木馬道はすばらしく、ロケ地はどこだろうと思う。今もあるのだろうか。
弥助は通常の道を行くようである。なぜ音右衛門は、紋次郎を追うのか……笹沢氏の仕掛けた謎である。
(中編へ続く)

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Re: 第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(前編)

ここからは、もう観ていなかったのです。

「大前田英五郎の回状」まだ付いて回ってるんですか。
「桜が隠す嘘二つ」を映像化しなかったのは、桜の季節じゃないので撮影が出来なかったためかと思ってましたが、こっちの原因も大きいみたいですね。

「おくんなはい」、原作では「帰って来た紋次郎」からはこう喋り、越堀の浜蔵もこう言ってましたが、このテレビ版が先だったんですか。
それから笹沢左保も小説で使うようになった…というわけでしたか。

木馬道が出てるんですね。
80年代半ばまでは、京都のあちこちで見かけました。
車で近くまで行ける立派な木馬道、というと、雲ヶ畑の松尾谷か大森東、井戸祖父谷が考えられます。
映像を見ることができたら、どこなのか特定できるかもしれないんですが。

もう木馬道は、私の知る限り京都北山には残ってなく、90年代初頭までなら、まだ形を保っているものが2箇所。
ほかに数箇所に朽ちた残骸が有った程度ですが、もうそれも自然に還元されていることでしょう。

  • 20110106
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

大前田英五郎については、いつまで引っ張るんでしょうねえ。その後の絡みもないんですけどねえ。

「桜が隠す……」のメンバーは圧巻です。
あの大親分たちを相手に、紋次郎が発する言葉の格好いいこと!

「失礼さんにはござんすが、親分さん方に三下呼ばわりされる覚えはありやせん」

シビレます。
普通の者なら顔面蒼白、声は震え、まともに顔も上げられないでしょうが……。
「いつだって死んだ気でおりやす」という者の強さですね。

「おくんなはい」……少し野暮ったく聞こえるのは、私だけでしょうか?
歳を重ねると、そうなるんでしょうかね。

木馬道……私は実物を見たことがありませんが、ほとんど残っていないようです。
当時はまだあったんですね。
一度歩いてみたいです。

  • 20110107
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(前編)

>「おくんなさい」「おくんなせぇ」は、今までよく聞いたが、今回は「おくんなはい」で語尾が違う。

突然失礼します。
訳有って上州に移り住んで20年になりますので、上州弁を総て理解している訳では有りませんが、「おくんなさい」と言う言葉は、私が住む西毛地区では「おくんない」と言う使い方をします。例えば「良かったらコレ使っておくんない」と言う感じです。年配者(70歳以上)はよく使いますが、中年以下の人の口から聞いた事は有りません。

>「おくんなはい」……少し野暮ったく聞こえるのは、私だけでしょうか?
歳を重ねると、そうなるんでしょうかね。

「おくんなはい」と聞いた事は有りませんが、飽くまでも私個人としては、年配者が使う言葉としては自然な感じがします。




  • 20170815
  • 鉄馬再生人 ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(前編)

鉄馬再生人さま、コメントをいただきありがとうございます。

「おくんなせぇ」「おくんなはい」「おくんない」
いろいろあるんですね。
関西では「おくんなはれ」「おくれやす」とかもあります。

笹沢氏は、紋次郎に齢を重ねた雰囲気を語尾で表現されたんでしょうかね?

また良ければ、コメントをおくんなはい(笑)。

  • 20170816
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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