紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(中編)

第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(中編)

第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(中編)
(原作 第48話)  (放映 1977.11.2)
川の渡し場で再び弥助に出会い、紋次郎と音右衛門は同じ舟に乗る。舟が出る直前に、手拭いを被った姐御風の女と若い男が乗り込んでくる。
原作では女ひとりで、若い男はついていない。
音右衛門はその女に挨拶をする。
「こんなところで出会うなんて、わたしがお上の手先じゃなくってよかったねえ。」

女は楊枝を咥える紋次郎をじっと見つめ、
「失礼だけど、お前さん、木枯し紋次郎さんじゃないかい。」と声をかける。
この「木枯し……」のイントネーションが変である。「木枯し」と「紋次郎」とが別々に聞こえて不自然だが、撮り直しは無かったようである。

「お楽」役に町田祥子さん。襟足から見える首筋や、粋に手拭いを被る風情が色っぽい女優さんである。
お楽は武州小仏の貸元、巳之吉親分の情婦。巳之吉の名代で鰍沢の貸元のところに行き、その帰りだと言う。巳之吉は心の臓が悪くて寝たきりとのこと。

舟から下りて男三人は同じ道を行くが、その後ろにはお楽の姿。付き添っていた子分にお楽は何やら耳打ちをして、別れる。
一人になったお楽は「待っておくれよ。」と先を進む紋次郎たちに追いつこうと小走りになる。
弥助とお楽の会話は、「生涯、急ぎ旅を続けるなんてせつなくなるよ。」とお楽の言葉で終わるが、何となく白々しい感がする。途中で子分と別れたことも怪しいお楽である。
原作では、はじめからひとり旅であるのでそういうシーンはない。

笹子峠の無人の茶屋に人影がある。
紋次郎は気づいたようだが、そのまま先に進む。音右衛門が近づいたとき、バラバラと数人の男たちが長脇差を手に取り囲む。音右衛門の首をねらう黒野田の貸元の身内だと名乗りを上げ、十手をを預かる親分だから刃向かうなと叫ぶ。地元の貸元で十手持ち……いわゆる二足草鞋であるが、所詮二十五両欲しさに現れたのは明白。

やはりこの辺りには、音右衛門の首をねらう輩はウヨウヨいるようである。
先を行く紋次郎は、草鞋が切れたので履き替えようと歩を止めるが、後ろの騒ぎに振り返ろうともしない。
お楽が、「紋次郎さん、お前さん音右衛門さんを助けないのかい!」と走り寄って叫ぶが、その時にはもう勝負がついていた。
子分が4人と音右衛門とは腕が違いすぎる。あっという間に地面には、四つの骸が転がっている。

原作では紋次郎の草鞋は切れないし、お楽に呼び止められもせず歩を緩めることもない。

「叫び声が立て続けに静寂を裂き、その余韻が紋次郎のあとを追って来た。あのような若造が十人や十五人まとまっても、音右衛門を斃すことは不可能だった。勝てるはずはないと、わかりきっている。
鏡新明智流の達人の剣の前には、ひとたまりもない。音右衛門の腕前は、目で見て知っている。紋次郎にしても、自分の喧嘩剣法が音右衛門の鏡新明智流の剣に、通用するとは思っていなかった。」
(原作より抜粋)

紋次郎にとっては、自分の身に火の粉が降りかかってないのだから、関わることはない。それに加勢するまでもなく、音右衛門が斬り捨てるに違いないのである。

一行は御堂で野宿することになる。男三人に女ひとり……と猿。猿を除けば、前回の「雷神が二度吼えた」と同じ組み合わせである。道連れは作らない主義の紋次郎だが、続けての道連れ劇。
しかし今回の道連れ仲間は、緊張感がある。それはとりもなおさず、音右衛門の存在である。音右衛門がなぜ紋次郎を追うのかがわからないし、音右衛門と道中を共にするとろくなことがなさそうである。

原作では、紋次郎と音右衛門は向かい合って壁にもたれて腰を下ろしているが、テレビ版では同じ側の壁にもたれかかり、少し間隔を開けて隣同士に座る。二人の横顔が並び、お互い一度も目を合わすことはない。

綿引氏の音右衛門が原作と違うのは、しゃべり方だと思う。綿引音右衛門のしゃべり方は中村紋次郎とよく似ていて、抑揚はあまりない。
原作の音右衛門は(あくまでも文章表現からであるが)、もっと感情が声に出て抑揚があるように思うのだが……。

御堂の中での音右衛門の第一声「紋次郎さんよ、何とも気に入らねえな。」の台詞は、テレビ版では凄みはあるが静かなトーンである。

原作では違う。
「不意に、反対側の壁際にいた音右衛門が、大きな声で言った。厳しい顔つきであり、言葉遣いも一変している。紋次郎は黙って、冷ややかな目を音右衛門へ向けていた。」
(原作より抜粋)

この後の二人の会話はほとんど原作と同じであるが、音右衛門の台詞の語尾には !(感嘆符)が付いている。しかしテレビ版での台詞まわしは声を荒げる様子はない。
それだけに逆に威圧感があり凄みがある。この会話の台詞は原作とほとんど同じである。
音右衛門は、自分が峠で襲われたとき、紋次郎が関わらずに去って行ったことが仁義に反すると立腹する。

「おめえさんに仁義を尽くすほどの義理は、あっしにはござんせんよ」
「この野郎……」
「あっしにとって、おめえさんは何の関わり合いもねえお人でござんす」

この後も二人の会話は続く。紋次郎が誰かと言い争うという事態は、今までほとんどなかったことなので珍しい。

「身延山道の松野から、一緒の道中を続けて来たってえのにか」
「そいつは、おめえさんの勝手ってもんですぜ」
「何だと!」
「おっしは道連れを作らねえことにしていると、はっきり申し上げたつもりでござんすがね」
「おい、紋次郎。この稲妻の音右衛門に、それだけのことを言える貫禄が、おめえにはあると思っているのかい!」
(原作の台詞より)

第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(中編)

ここで音右衛門は長脇差を引き寄せ、一触即発の雰囲気となる。そこへ弥助が仲裁に入る。
渡世人同士のもめ事なのに、堅気に仲裁をされたということで、一旦音右衛は収めることにする。
しかし、次の台詞。
「だがこの決着は必ずつけさせてもらいやすよ。」

原作ではこの後の紋次郎の心内が書かれている。

「紋次郎は顔を伏せていて、何の反応も示さなかった。だが、気が重くなっていたことは、事実だった。どうしてこう、面倒なことに巻き込まれるのだろうかと、うんざりしていたのである。(中略)音右衛門より更に、紋次郎のほうが面倒に巻き込まれる運命にあるのかもしれなかった。だからこそ紋次郎は常に、連れを作らないひとり旅、関わりのないことには知らん顔、を心掛けているのだった。
しかし、無理に道連れとなった音右衛門から、関わりのないことに知らん顔でいたために、面倒な喧嘩を売られたのであった。その皮肉な結果に、気が重くなるのも無理はなかった。」
(原作より抜粋)

音右衛門との決着というのは、どこかで刀を合わせ決闘するということである。紋次郎も憂鬱になることがあるのだ、と新鮮な気持ちでこの文章を読んだ。
しかし私たちが日常抱える気の重さとは、全く次元の違うレベルである。
命をやりとりするほどの気の重さなどは、普通あり得ない。紋次郎のそれに比べると、私たちに起こる厄介なことなど取るに足らないものであろう。

そして原作の紋次郎は「死」を予感する。

「鏡新明智流の達人の腕前。
 経験。

この二点は、音右衛門のほうがはるかに上回っている。五分五分なのは、度胸だけだろう。あと紋次郎が味方するものは、運命であった。斬り合いの場で起る奇跡、と言ってもいい。」
(原作より抜粋)

この紋次郎の心中を表す映像として、テレビ版では夢の中で音右衛門に斬られる紋次郎が出てくる。
必死で長脇差を抜こうとするのだが、どうしても抜けない。
その紋次郎に音右衛門が迫ってくる。焦る紋次郎の顔、音右衛門の迫り来る脅威……。

夢の中で斬られるシーンは前シリーズの「無縁仏に……」でもあった。あのときも今回と同じく、長脇差が鞘から抜けないという設定だった。
夢の中ではあるが、紋次郎が焦る姿や、音右衛門に斬られる様を見るのはファンとしてはショックである。

夢にうなされて目覚めるテレビ版の紋次郎と違い、原作の紋次郎はその緊張感から何度となく目を覚まし、五度目に目を覚ましたとき異変に気づく。

眠っているはずの弥助の姿がないのだ。
弥助は猿を連れて、脇差を片手に音右衛門に近づいている。紋次郎は咄嗟に長脇差を抜いて、猿がつながれている縄を斬る。弥助は同時に天井の梁まで飛び上がる。
このシーンはテレビだから可能であって、原作にはそこまで忍者のような姿はない。弥助は堅気ではなく「猿(ましら)の弥助」と名乗り、二十五両がお目当てだと叫ぶ。
飛び降りた弥助を紋次郎は斬り捨て、無言で壁にもたれてもうひと眠りという体勢。音右衛門もまた無言である。人をひとり叩き斬って、眠りにつく神経はいかがなものか。

原作ではここで起き出して、出立の身支度をする。霧が流れる夜明けに紋次郎と音右衛門は肩を並べて歩く。今回の映像の霧は自然に見える。回によっては明らかにスモーク……というときがあるが、今回は広範囲に霧が出ているので良かった。

肩を並べて歩くシーンは珍しい。紋次郎が左、音右衛門が右に並ぶ。相手の右側に立つ、というのは危険なことであるが、音右衛門ほどの腕があればそれも問題ない。
言い替えれば、後ろから近づき相手の左に立つと、斬られても文句は言えないということである。
これは刀を左腰に差して右手で抜くからであるということを、どこかで読んだ記憶がある。

二人の会話は原作通り。
印象的な会話を原作から抜粋する。

「弥助の手にかかるようなおれじゃねえとわかっていて、どうしておめえは助っ人の真似事をしたんだい」
「好きなように、受け取っておいておくんなさい」
「おめえには、関わりのねえことだろう」
「多分、弥助の猿を道具に使うってやり方が、気に入らなかったんでござんしょうよ」

ちょっとここで突っ込み……猿を道具に使うやり方が云々とあるが、紋次郎は「四つの峠に……」で、赤犬の紋次郎を使ったではないか?あれはいいんですね。

「いずれにしても、貸し借りはなしだ。今日のうちに決着をつけるって考えには、何の変わりもねえぜ」
ああ、まだ紋次郎の憂鬱は続きそうである。
なぜ、音右衛門ともあろう者が、こんな些細なことで決着をつけたがっているのか。
(後編へ続く)

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Re: 第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(中編)

腕前が桁違いに上の相手と対峙し、斬られて死ぬ運命を受け入れる。
「鬼首峠に棄てた鈴」と同じ展開ですね。

紋次郎が平然としてちゃドラマにならないけど、夢の中とはいえ焦る姿は見たくないですね。

なお「鬼首峠」で、伊三郎は原作では眉が濃くて鈴など似合わない、いかつそうな感じでしたが、線の細い松橋登にしたのは正解だと思います。
こんな優男が、格段上の相手と対決するのに顔色一つ変えていないからいいんですね。
K-1の角田さんみたいな強そうな男なら、ドラマになりません。(笑)

  • 20110110
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(中編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

いくら場数を踏んで、修羅場をくぐり抜けてきた紋次郎といえど、やはりきちんとした剣法の達人には勝てないでしょう。

「死ぬときが来たら黙って死ぬ」覚悟はあっても、こんな理不尽な命のやりとりは納得いきません。

「峠シリーズ」に出てくる渡世人のキャスティングの中でも、この伊三郎だけは少し雰囲気が違いますね。
松橋さんの渡世人姿は、珍しいのではないでしょうか。

負けるとわかっていても、むざむざ死なない。万に一つをかけて、何千回も長脇差を壁に投げた伊三郎の姿は、胸に迫るものがあります。

やるだけのことはやってみる……「湯煙に……」の、紋次郎と湯女のお久の心境にも通じるものがあると思います。

私は個人的にお久が好きですねえ。

  • 20110110
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(中編)

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 シリーズのなかで紋次郎は何度かいわゆる剣客とよべそうな達人たちと長脇差を交えています。そのたびに運の良さで勝った、というような感じで決着がついています。実際、剣客と場数を踏んだ渡世人、どちらが強いのかというのは興味のあるところです。

 以前、何かで読んだことがあるのですが、実戦では道場剣法はほとんど役に立たないもののようです。実戦で使えるのは、突きと袈裟がけくらいで、ほかの細かい技は使えないという記述を読んだことがあります。

 実戦で一番難しいのは距離の取り方だということでした。たとえば高いところにいる相手は遠く見えて、低い場所にいる相手は近くに見える。さらに、普通に打ち込んだのでは、絶対に相手に届かない。鍔元で相手の脳天をかち割るつもりで打ち込んで、切っ先がようやく相手に届く。そういうものだそうです。

 日々実践で鍛えていた紋次郎は、実在すればものすごく強かったと思います。並みの剣客では太刀打ちできないほど強かったのではないでしょうか。稲妻の音右衛門は正当の剣術修行の上に実戦経験もある強者ですが、道場で戦うなら紋次郎に勝ち目はなかったでしょうが、実戦ともなれば互角だったのではないでしょうか。

Re: 第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(中編)

le_gitanさま

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

実戦を見たことがないので私もわかりませんが、紋次郎の臨機応変な戦い方はかなり有効だと思います。

殺し合いとなったら、型だとか流派だとかは関係ないでしょうね。
あとは動物的なカンと、生命力の強さではないでしょうか。

距離の取り方……紋次郎には無用なのかもしれません。
とにかく動き回り、走り回る剣法ですから相手も面食らうでしょう。

しかし音右衛門と対峙した紋次郎は、あまりに相手に隙がなく、しばらく動けなかったんですね。
動けない紋次郎は実力半減です。

予期せぬ展開で勝負がつくのですが、本気で戦ったらこの後どうなったのか、と思いますね。

これからもいろいろとお教えください。
よろしくお願いします。

  • 20110110
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(中編)

是からゆっくり読ませていただこうと思いましたら、又糖尿制なのか、足のむくみが着て、緊急入院と成りました。非常に残念ですが、頑張ってきますので、お許しください。お夕さんの紋次郎は凄い見方で感激しています。
紋次郎の、格があがっていると思います。又フアンも、きっと増えたことでしょう!では又の機会まで宜しく頑張ってください!☆!

  • 20110111
  • 荒野鷹虎 ♦-
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  • 編集 ]
Re: 第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(中編)

鷹虎さま、ご体調がすぐれない中、コメントをいただきありがとうございます。

またお元気なコメントをお待ちしております。
お大事になさってくださいね。



  • 20110111
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(中編)

明日から又暫く検査入院します。挨拶抜きで失礼します。では又!

  • 20110111
  • 荒野鷹虎 ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第5話「賽を二度振る急ぎ旅」(中編)

鷹虎さま

お早いご回復をお祈りします。
病院でもまた、新しい発見や出会いがあるかもしれませんね。

お帰りをお待ちしています。

  • 20110111
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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