紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第9話 「湯煙に月は砕けた」

第9話 「湯煙に月は砕けた」

第9話 「湯煙に月は砕けた」
(原作 第3話 1971.5月)(放映 1972.2.26)
*写真は、この作品の舞台になった天城の湯宿近くの湯道。紋次郎とお市が肩を並べて歩いていそうである。

三島宿で暴れ馬に踏み殺されそうになったお市という娘を咄嗟に助け、紋次郎は右膝の皿を骨折する。咄嗟の行動に、真の人間性が出るものである。
「あっしには関わりのねえこって……」と人との関係を遮断するのが紋次郎だと思われているが、それは無宿渡世に生きる知恵であって、後天的なものである。咄嗟に出るものはきっと、紋次郎が生まれつき持っていた本来の優しさであり、自己犠牲の精神のはずである。

原作ではお市のことを以下のように書いてある。
「恥らうような笑顔と可憐な口許が、お市の新鮮な魅力になっていた。女っぽく弱々しいお市だったから、暴れ馬に踏みつけられそうになった一瞬、紋次郎も夢中で助けに飛び込んだのかもしれない。そのように男の庇護本能を刺激する初々しさが、お市にはあるのだ。」(原作より抜粋)
お市の役は「岸久美子」である。女っぽく弱々しいというより、明るく闊達なイメージがある。

原作にはないお市の入浴シーン。紋次郎とはほとんど混浴状態である。昔の露天風呂は混浴だったと、どこかで聞いたことがある。
お市が入浴するとき、紋次郎はずっと背を向けたままで一度も振り返らない。紳士的な態度で、女性ファンが惹かれるポイントである。
原作では、上弦の月を縁側から眺める紋次郎に、お市が声をかけるシーンであるが、テレビ版では離れて陰にになっているとはいえ露天風呂に共に入る二人である。そこまで親密になっているということから、紋次郎が湯治場に来てかなりの日数が経過していることが分かる。
露天風呂から月を眺めるとは、いかにも風流であるが、これはただのサービスシーンではなく、ラストに大きく関わってくる重要なシーンでもあるので、この脚色は効を奏している。

この後二人は肩を並べて歩くのだが、この時の紋次郎の表情は、実に柔らかく穏やかである。怪我をしたというものの、湯治場で1ヶ月近く養生するなど、無宿人にとって希有なことである。それも人里離れた静かな山奥である。紋次郎にとって安息できる日々が、乾いて虚無的になった心を癒し、それが自ずと表情に出たのかもしれない。

お市が昔の恋人のことを話した後の紋次郎のセリフ。
「お市さんの気持ちはきっと通じますよ」
原作ではこんな言葉は口にしないだろう。人の恋路など興味もなく、ましてはなぐさめるなど考えられない。
「なるようにしかならねえと割り切らなきゃ、渡世人は生きていけやせん」
「でも、なるようにしかならないと諦めていたら、いつまで経っても歩けませんよ。さあ、歩いてごらんなさい」
とお市は杖代わりにしている紋次郎の長ドスをさっと取り上げる。お市の明るさにつられて、ここで紋次郎の口許がほころぶ。(と、私には見えるのだが)
このあたりも、原作のお市とは大分イメージが違う。演じている女優のイメージからこうなったのか、原作とは違うお市のイメージを創りたかったのかわからないが、庇護本能を刺激するとか、弱々しいというイメージでないことは確かである。

第9話 「湯煙に月は砕けた」

*写真は中山道、奈良井の宿。悪漢たちの首領は「奈良井の兄貴」と呼ばれていた。

原作のイメージとピッタリなのがお市の兄、金吾だろう。原作以上に無宿人や渡世人に対する侮蔑や嫌悪感が見え、意気地がないが故に虚勢を張ってやっと存在しているという男を好演している。

しかしこの回での一番の適役は、湯女のお久を演じる「扇ひろ子」だろう。少しくずれた着こなしや髪型、気丈で健気な湯女を原作のイメージ通り演じている。
原作にはない、お久のセリフをいくつか……。

「あたしが死んだって誰が泣いてくれる訳じゃないけど、このままむざむざ殺されるのも性に合わない。やれるだけのことはやってみるさ」
まさに紋次郎の生き様を代弁している。
「妙な話だね、日頃人並みに扱われない湯女のあたしと無宿者のお前さんが、峰の湯を守る羽目になるなんて……」
所詮、堅気の者は頼りにならず、幾度となく修羅場をくぐった心の強い者が逆境に立ち向かえるのだ。
「ちきしょう、治っておくれ。峰の湯の人たちの命がこの足一本にかかってるんだ」
懸命に、紋次郎の足を揉み続けるお久の顔を見る紋次郎。緊迫した非常事態の中であるのにその気配は感じられず、まるで姉のお光を見るかのような表情である。唯一自分のことを守ってくれたお光と、やれることだけのことはやると、紋次郎のために身を尽くすお久を重ね合わせたのではないだろうか。

原作のお久は紋次郎に対する気持ちに恋情があったかは明らかでなく、死に際に簪を預けたり
「やっと紋次郎さんが、あたしを抱いてくれた」
とは言わない。
「紋次郎さんの役に立って、わたしは嬉しいよ」
とだけ言ってあっさり死んでしまう。
この回にはもう一人、紋次郎の長ドスを取り戻しに行く途中に殺されるお島という湯女がいる。テレビ版では存在が薄いのだが、原作では秘かに紋次郎のことを慕っていたという設定であり、悲しい最期である。
テレビ版ではお久とお島のディテールを混在させたものと思われる。
瀕死のお久の頬に手をやり見つめる紋次郎の眼差しに、女性ファンの心はわしづかみにされたのではないだろうか。

クライマックスの立ち回りは、露天風呂であり原作と同じだが、お市と紋次郎の会話が違う。
お市の「やめて!」の声と同時に紋次郎は弥七を斬り捨てる。
お市が「あの人を…」と呟いたのを受けて
「お市さん、『あの人』というのはこれで二度目でござんすね」
と弥七の正体が分かっていたことを告げる。
そして自分が斬ったのはべっ甲職人の弥七ではなく、ただの人殺しで、けだものの弥七だと表情を変えずにお市に言う。
「知っていながら殺したの?人殺し!何も殺さなくてもいいじゃないか!お前なんかここに連れてくるんじゃなかったよ!人殺し!」
とお市は湯壺で弥七の遺体にすがって紋次郎を罵る。

つい2~3日前までは、この湯壺で月を見ながら紋次郎と親しく語り合っていたのに、このお市の変わりようには驚かされる。テレビ版ではオープニングとラストで、この露天風呂でのシーンを取り入れ、180度ひっくり返った紋次郎とお市の関係を強調した。
これが女心…と言われればそうかも知れないが、峰の湯を命がけで救ったのに罵声を送られるとは……。
湯壺で弥七に取りすがるお市のシーンは原作にはなく、宿を立ち去る紋次郎にお市は罵るだけである。

原作では、死んだお久の頭にとまった蛾を楊枝で落とすが、テレビ版では簪を楊枝で樹に留めて紋次郎は去っていく。
形見の品であるが、紋次郎にとっては昨日も明日もない身である。当然、簪と共にこの湯宿での過去は置いていくのだ。
ここで女性ファンは二派に分かれるのではないだろうか。
「紋次郎はなんて薄情な男なんだろう」か、「良かった。お久の簪をずっと懐に入れているなんて、許せないもの」か。
ちなみに私は後者の派である。紋次郎を慕った女の形見をずっと持ち歩くなど、絶対に考えられないので安堵した。

前回の「一里塚に風を断つ」の撮影中にアキレス腱を断裂した中村氏が、療養のために宿泊していたのがこの回の舞台となった天城である。
また大けがをしたと報じられた後の作品が、同じく脚を痛めた紋次郎の話ということで、この回はかなり注目されたようだ。
この作品の約1ヶ月後、再び紋次郎は戻ってくる。

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Re: 第9話 「湯煙に月は砕けた」

こんばんわ、お夕さん。矢継ぎ早の更新で、文章量の多さに敬服します。

2年前の拙ブログ「閑話休題?・キャラクター設定」に書いた

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紋次郎が唯一思慕を抱く女性が、恋愛、性愛の対象とならない姉である設定も、ストイックな紋次郎の生き様をより際立たせ、女性ファンの深層心理を巧みにつき、紋次郎に対する恋心、思いを満足させている。

これが「別れた恋人や、死んだ女房の面影を追い求めている」という設定であったら、どうだったであろうか?
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に通じるところがあって、書いた当時はいささか不安があったのですが、賛同者がいて心強いですね。有難うございます。

これはやはり男性ファンには計り知れない心情でしょうね。

もちろん私も、「良かった。お久の簪をずっと懐に入れているなんて、許せないもの」派です。許せないというより、「考えられない!」ですかね(笑)

  • 20090509
  • おみつ ♦aiP0wTO2
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Re: 第9話 「湯煙に月は砕けた」

アクション好きの私としましては、この回と次の「土煙に・・・」は紋次郎があまり動かず、つまんないなぁと思ってました。ですが今、観て読んでみますと味わい深いです。

おっしゃる通り、扇ひろ子、いい味出してます。金吾も。

Re: 第9話 「湯煙に月は砕けた」

おみつさま、コメントをありがとうございます。

いつも悪女が出てくる確率が高い中、このお久は裏切ることなく紋次郎に尽くすめずらしいタイプです。
原作は、湯宿だというのに相変わらず乾いた感じが
あり、お久の亡骸に蛾がとまるところなど、しんとした静けさの中に、はかなさと哀しさを感じます。

テレビ版ではストーリーの違いで、しっとりした感じがして風情がありますね。

この回はやっぱり、女性ファンを意識してアレンジされたものだと思いますね。
この回も「大江戸…」も、紋次郎はさらりとかわしてくれて私としては良かったです。

  • 20090510
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第9話 「湯煙に月は砕けた」

桐風庵さま、コメントをありがとうございます。

そうですね、この回と次回とは1ヶ月、間が開くのですが、ご指摘で初めて気づきました。
紋次郎は自由の身ではなく、動けないという設定が続いたんですね。
体が自由にならないじりじりした焦りを、観ている者も一緒に体感しますね。

じっとしているが故、周囲の人間観察を、自分もしていたような錯覚を覚えます。

  • 20090510
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第9話 「湯煙に月は砕けた」

お夕様。こんばんは。
えらく、遡ってのコメントでごめんなさい。(@_@。
この回のゲスト女優の扇ひろ子、実にいいですね。大好きです。崩れた感じも色っぽいし、泥の中に咲く花のように心はけがれていないと言うか、純情を感じます。紋次郎が女性を見る中であんな風に優しい顔をするのは「峠にないた甲州路」の足の悪い少女と今回の扇ひろ子だけみたいな気がしています。違ったらすみません。釈迦に説法みたいですね。( 一一)たぶん紋次郎がお久に対して好意的な態度なのは、他の女性はいつも紋次郎を利用しようとしたり、か弱さを武器に頼るばかりなのに、このお久は最後まで諦めずに、自分でもやれるだけの事はやろうとする態度に共鳴したからのような気がします。
しかし、こんな風な役が出来る女優さんて今は、なかなかいないですね。大人っぽいです。

  • 20090820
  • sinnosuke ♦U3ZltWCQ
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Re: 第9話 「湯煙に月は砕けた」

sinnosukeさま、コメントをいただきありがとうございます。
この作品の魅力には、扇ひろ子さんの存在が大きいと思います。
自立した女性という観点で考えますと、紋次郎の姉、お光に匹敵するぐらい凛としたものを感じますね。
私も彼女が大好きです。

  • 20090821
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第9話 「湯煙に月は砕けた」

お夕さん お邪魔いたします。

本当に、お久さんは素敵ですね^^
彼女には、とても強い精神性、紋次郎さんと同様「生きる覚悟」を感じます。

『原作のお久は紋次郎に対する気持ちに恋情があったかは明らかでなく、死に際に簪を預けたり
「やっと紋次郎さんが、あたしを抱いてくれた」とは言わない。
「紋次郎さんの役に立って、わたしは嬉しいよ」とだけ言ってあっさり死んでしまう』

お久さんが簪など渡すはずがありません。
お久さんは、原作通りであって欲しかった…そうであれば、紋次郎さんと渡り合えるくらい素敵な女性でした。

Re: 第9話 「湯煙に月は砕けた」

白さま、コメントをいただきありがとうございます。

シリーズに出てくる女性で、私の中ではお久が、一番のお気に入りといってもいいぐらいです。
湯女という立場でありながら、凜としていて気高さまで感じる女性ですし、何よりも受け身でなく能動的なのが格好いいです。

テレビ版では、中村紋次郎の人気が高まっていましたので、女性ファンを意識したお久さんでもありました。
原作とテレビでは、対象者が違いますから頷けます。

私もどちらかというと、原作のほうが好きですが、お久の亡骸に蛾がとまりそれを楊枝で落とす……というシーンは、テレビ的には儚すぎたのかもしれません。

ラストの立ち回りやお市が弥七に取り縋るところは、うまく露天風呂を使っていて印象的でした。
あれは映像の為せる業だと思いますね。

いつもご訪問ありがとうございます。

  • 20110820
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: スポンサーサイト第9話 「湯煙に月は砕けた」

はじめてコメントさせていただきます。

本当に幼少の頃に放映中でした。学校で例のセリフや楊枝くわえ、三度笠スタイルも話題でした。原作も読んだことのない私ですがBSの再放送で見始めました。

お夕様のサイトでこのように詳しく解説をいただき感謝しております。

笹沢先生が晩年の世相を嘆き移り住んだ三日月町も割と近くで親近感があります。

毎回見てますがいつも面白い。
マドンナ?が寅さんのようにストーリー毎に変わるのも見どころですね。

最初のころは割としゃべる紋次郎ですね。中村敦夫氏のまさにはまり役と思います。

これからもお夕さんの解説にお世話になります。
よろしくお願いいたします。

  • 20170701
  • まさし ♦-
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  • 編集 ]
Re: 第9話 「湯煙に月は砕けた」

まさしさま、コメントをいただきありがとうございます。

長らく更新ができず、また、まさしさんのコメントのお返事もせず、申し訳ございませんでした。ご連絡いただきありがとうございました。

ご幼少の頃とおっしゃいますと、私より大分お若い方と推察いたします(笑)。

当時は視聴率が上がるにつれて、出演希望する女優さんがたくさんおられたようです。
また放映時間になると、銭湯の女風呂がガラガラになったとか……。様々な伝説が語られています。

何度再放送されても色あせない……そして新しいファンが生まれる魅力……今なお伝説が作られているのかもしれませんね。

拙い解説ではございますが、放映と共に楽しんでいただければ幸いです。
また、コメントをお待ちいたしております。

  • 20170712
  • お夕 ♦wikz35BA
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