紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第7話「四度渡った泪橋」(前編)

第7話「四度渡った泪橋」(前編)

第7話「四度渡った泪橋」(前編)

(原作 第33話) (放映 1977.11.16)
前作の脚本は、中村氏の実弟であったが今回はご本人がペンをとる。
ペンネームは「白鳥浩一」。中村氏が大の競輪ファンであることは有名な話である。このペンネームは、競輪選手の白鳥伸雄さんと中野浩一さんの名前をシャッフルして付けたもの。
この白鳥浩一さんは、「人斬りに紋日は暮れた」の脚本も書いておられる。
そして監督もご本人。脚本に監督、主演と、文字通り八面六臂の活躍である……と言うか、せざるを得ない状態だったようだ。

この新シリーズと前シリーズとの大きな違いは制作費であろう。予算は前シリーズのフジテレビ制作の半分以下。そんな逼迫した予算なので倹約は必至。中村氏は自費で中古のワゴン車を購入し、運転手をつけてメインの俳優たちを送り迎えしたという。ハイヤーでロケ地までの往復費用に比べると、大きな節約になるのは確かだ。

「倹約しながらやってはみたが、どんどん赤字が出る。しかも、脚本が遅れると追いつめられる。困った挙句、私が毎日原稿を書き、その日の分だけスタッフに渡すようなこともあった。
期日までに監督が決まらないというケースもあり、急遽、私がやることもあった。」
(「俳優人生」より抜粋)

まさに書かれている通りの状態である。既に第6話で弟に脚本を頼み、この第7話で本人が監督、脚本……船出はしたものの、前途多難であったことがうかがい知れる。
中村氏が脚本を……ということで注目してみると原作との違いがかなり見えてくる。
大まかな筋は原作通りなのだが、テーマや登場人物の設定がかなり違う。中村氏が作品を通して何を訴えたかったのかが見えてくる。

今回共演する土屋嘉男さん演じる「白井(しろい)の伊兵衛」には、原作にない哀愁漂う性格付けがなされている。
山中の川縁に咲く白い百合の花。山百合である。
そう言えば、「新……」の主題歌「焼けた道」の歌詞にも百合の花が出てくる。紋次郎の作品の中で花が象徴的なのはいくつかある。
「赦免花」「山桜」「竜胆」「秋海棠」「野菊」「山茶花」……
今回は百合の花であるが、原作では昼顔である。山百合であれば花期は夏であろう。11月が放映時期であるのだが、百合を選択したのはなぜか?やはり歌詞に出てくるからか、それとも「白い」と「白井」をひっかけてのことか(笑)。

谷川で足袋を洗っている紋次郎は、上流で白髪染めをしている初老の渡世人に出会う。伊兵衛と名乗る渡世人と会話する紋次郎は、問われるままに自分の年齢を「36歳」と答える。
伊兵衛は「そろそろ髪に白いものが出てくる歳」だと言う。
ほとんど実年齢であるだけに、この脚色における紋次郎は中村氏自身を投影しているように見えてしまう。

テレビ版の伊兵衛に与えられた台詞は結構重いものがある。

「この歳になるまで生きてこられたが、ある意味不幸なことだ。堅気の者からもなめられ、一宿一飯の恩義に与るにも、喧嘩の助っ人にもならないのでは、草鞋銭にもありつけない。せめて髪でも黒ければ、若くは見られるだろう」
といった内容のことを自嘲的に口にする。

そして川縁に咲く山百合を眺め
「山百合はきれいだ。あんな花を見ながら、行き斃れて成仏するのが自分の儚い夢だ」
と、胸の内を吐露する。
伊兵衛は終始、寂しく笑っている。人生を達観している姿である。

この土屋さんは前シリーズの第8話「一里塚に風を断つ」で 刀鍛冶、北村直光を演じているので、今回で2回目の共演である。
黒澤映画には欠かせない名優で、「七人の侍」がデビュー作であったというのは驚きである。
中村氏とは一回りほど歳の差があるので撮影当時は50歳に近い。
流れ渡世人にしては品がある風情である。
多趣味な方で、特にフラメンコギターの名手である。この作品のBGMは、土屋さん本人の作曲でありギター演奏であるというのも目玉かもしれない。

この伊兵衛とは、その後再会し、展開上重要な位置を占める。
原作では、伊兵衛とは面識がないまま淡々と進んでいく。

第7話「四度渡った泪橋」(前編)

紋次郎の姿を、一人の老婆が捉える。この老婆、実に奇怪な姿で、町の者からは「やまんば」と呼ばれ蔑まれている。
多分町から離れた山に住まいする者だろう。
老婆ではあるが、その動きは尋常ではないすばしこさである。
この老婆の設定もテレビ版だけのものであり、原作にも老婆が出てくるが、全く別物である。

「やまんば」は「中津の友蔵」一家まで走り、子分に「木枯し紋次郎が、市助の意趣返しにやって来た」と密告する。なぜか、「赤鬼のように怒り狂って、今にもここに乗り込んでくる」などと嘘をつき子分たちをたきつける。駄賃をねだって「これだけかい」と、文句を言う「やまんば」は、全くなぞの人物である。敵か味方か。

紋次郎は1年前、食あたりで苦しんでいるところを市助たち兄弟に助けられたのだ。謂わば紋次郎の恩人である。

テレビ版では、紋次郎が意趣返しに来るということを友蔵は村はずれの小屋で子分から聞く。
友蔵役に「蜷川幸雄さん」。蜷川さんと言えば、今や有名な演出家第一人者。海外でも評価が高く、「世界のニナガワ」とも呼ばれる大御所であるが、俳優さんだったことを失念していた。

この小屋で友蔵は女と密会していた様子。女の裸身は上半身の後ろ姿のみなので、顔はわからない。ここがミソ。
「亭主が帰る前に戻っといたほうがういいぜ。」という友蔵の呼びかけから、この女、亭主持ちということがわかる。
紋次郎はかなり手強いから、迂闊に手出しが出来ない、と友蔵は警戒している。ここでも大前田英五郎の八人衆、駒形新田の虎八殺しを口にする。
そこで登場するのが友蔵の客人である「管槍の猿太郎」。

この友蔵はあくどい高利貸しで、高額な利子をふっかけ、返せないときは女子どもを売り飛ばす。今までに何人もそれを苦にして首を吊っている。
その悪事を、代官陣屋に訴えに行こうとした惣領の市助は友蔵一味に殺された。続いて次男の梅吉、三男の与作も一緒に連れだって訴人となるが、途中で殺されてしまった。

原作では一人ずつ訴人に行くのだが、なぜかテレビ版では梅吉と与作が連れ立って行っている。
従って、泪橋を葬列が渡る映像は一度目は市助、二度目は梅吉と与作……このままで行くとタイトルの「四度渡った……」には一度足りない。
これは中村氏が脚色したからで、最後に辻褄が合うようになっている。

一部始終を話した後、「市助ら兄弟が友蔵に殺されたのだから、意趣返しをするのだろう?」と「やまんば」は紋次郎に言うのだが、紋次郎は「線香をあげるだけだ」と答える。
薄情な紋次郎に「やまんば」は「意気地なし!」と罵倒するが、動じない紋次郎である。
しかし、市助らが殺されたことを聞いた紋次郎は、少なからずショックを受けた表情ではあった。

この老婆、友蔵に密告したり紋次郎に友蔵の悪行を教えたりと、やはり不可解な行動である。
原作にも老婆は出てきて、薄情な紋次郎を罵倒する。しかしそれは、伊兵衛が理不尽に殺されたのに「不運なことで……」と立ち去ろうとしたので、義憤に駆られて口にしたものだ。
下心はなく、純粋に怒っている。

原作の老婆は茶屋を営んでおり、その茶屋に伊兵衛が立ち寄ったのであった。
伊兵衛は、身許や名前を明かさずその老婆と世間話をする。その中で友蔵の話が出て市助たち兄弟の不幸が語られる。

伊兵衛は泪橋で紋次郎と間違われ、友蔵が放った刺客の猿太郎に槍で殺される。倒れた伊兵衛は、駆け寄った老婆に初めて自分の名を告げて言う。

「『なあに、死のうと生きようと、一向に構わねえ。十五年もアテのねえ旅を続けていりゃあ、いいかげん疲れるぜ。これでもう、どこへ行かずともすむんだ。お蔭で、楽ができるってものよ』

白井の伊兵衛という渡世人は、口許に笑いを漂わせた。

『昼顔が綺麗じゃあねえかい』」

(原作より抜粋)

息を引き取った後に紋次郎が通りかかるのであるから、存命中の伊兵衛を知らない。
唯一伊兵衛との接点は昼顔の花であろう。テレビ版では山百合である。

原作の紋次郎は珍しく綺麗だと思って一輪だけ手折ったのが昼顔の花。そして見ず知らずの渡世人が、今際の際で綺麗だと言ったのも昼顔の花。
この不思議な一致だけが、紋次郎と伊兵衛とをつなぐ糸である。

茶屋の老婆は伊兵衛の死に際の潔さと昼顔の話を訴え、紋次郎に食ってかかったのだ。伊兵衛は紋次郎に間違われ、何の関わりもないのに見ず知らずの者に殺されたというのに、無視して通り過ぎるのか!
人情から言うと、老婆の抗議はもっともである。しかし紋次郎には人情は通じないし、人と人とのしがらみで行動しようとはしない。

紋次郎に間違われて殺されたと言えば、「無縁仏に明日をみた」に出てくる所帯持ちの渡世人「力蔵」がいる。結果的には力蔵の意趣返しになったが、このときの紋次郎は力蔵の忘れ形見の「一太郎」の純粋さに少なからず心を動かされている。
今回はどうか。

テレビ版での紋次郎は今際の際の伊兵衛を看取っている。泪橋を一直線に伊兵衛目指して疾走する姿は力強く、とても37歳には思えない。
この泪橋、原作では吊り橋なのだが、ロケ地は京都、木津の流れ橋。時代劇に出てくる橋の中ではもっとも有名であろう。

抱き起こされた伊兵衛は「紋次郎に間違われたらしい、おめえさんだけでも白髪になるまで生き延びて欲しい、山百合の花を見ながら往生しておくんなせえ」と、紋次郎に「白髪染め」を手渡す。
遺品が「白髪染め」とは全く予期しなかった。

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Re: 第7話「四度渡った泪橋」(前編)

「新」の裏話は知りませんでしたが、予算がそんなに逼迫してたんですか。
逆に言えば前シリーズの魅力は、豊富な予算による一面もあったのでしょうね。
「新」と同じ予算で「流れ舟は帰らず」を作ったら、燃え落ちる橋はミニチュアになったかもしれません。

で、この回の原作との変更点ですが、お夕さんの文章を読んでオヤッと思ったのは、伊兵衛の立ち位置です。

後年書かれた「帰って来た木枯し紋次郎 生きている幽霊」にも、同じ伊兵衛という年配の渡世人が出てきて、紋次郎に、渡世人の老後について話をします。
名前も同じで、行動も酷似してますよね。

これはもしかしたら、作者はこの中村版伊兵衛を観てヒントにしたのかもしれません。
そして、このキャラを創り上げた中村敦夫さんに敬意をこめて、名前も同じにした、ということは考えられないでしょうか。

  • 20110228
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第7話「四度渡った泪橋」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

前シリーズも船出はしたものの、放映直後に大映が倒産し、大変な中での撮影でした。
今回も制作費不足の中での撮影……厳しい背景があったようです。
撮影はロケが多いので、出演者のスケジュールを拘束することが、資金繰りからも一番大変だったようです。
ギャラが発生しますからね。

伊兵衛のご指摘、私も賛成です。
年老いた渡世人の末路は哀しいものがありますね。
この後の「鴉が三羽の身代金」でも、老渡世人が出てきます。

実際史料(「江戸のアウトロー」より)などで調べても、無宿人や流れ渡世人の多くは三十歳代が多く、(縛についた者ですが)四十歳以上はあまりいなかったようです。
長生きはできなかったんですね。

紋次郎の末路は永遠にわからずじまいですが、シリーズ後半では定住願望も見え隠れしますね。板橋でも永く仮住まいをします。

また映画「帰ってきた木枯し紋次郎」では、杣人として暮らしかけました。

しかしやはり定住はできず、草鞋を履く渡世の道へ……。

街道しか紋次郎の生きる世界は無かったようですが、そこが魅力でもあります。

  • 20110301
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第7話「四度渡った泪橋」(前編)

家から出てくるシ-ンの向こうの山の下を車が二台走ります。気づかないのかな。

  • 20140902
  • どこかのだれか ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第7話「四度渡った泪橋」(前編)

どこかのだれかさん、コメントをいただきありがとうございます。

そうなんですか!?
見逃しておりました。
イノシシじゃないですよね(笑)。

  • 20140902
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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