紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」
京都の八幡市、木津川の下流に架かる木造の橋で、正式名は上津屋橋(こうづやばし)。
一昨年の秋、台風の増水により被災、しばらく通行止めとなっていましたが昨年の6月復旧、解除されました。
全長356M、幅は約3.3Mで日本最長級の木造の橋です。時代劇のロケ地としても有名な所ですので、だれもが一度は映像で目にしたことがあると思います。

紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

「新……シリーズ」の第7話「四度渡った泪橋」の橋はこの流れ橋です。この橋を紋次郎は、全速力で伊兵衛を目指して走ります。またお清は位牌を持って四度渡ります。
原作では吊り橋ですが、京都ロケ地で有名な橋と言えばこの橋となったのでしょう。真っ直ぐ歩くお清たちの葬列を、俯瞰撮影した映像は印象的でした。

紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

遠くから初めてこの橋を目にしたとき、思ったよりも長く立派なので感動しました。橋脚の造形も堂々としていて、美しいシルエットです。訪れた日は夏の暑い時期でしたので、川遊びをしている若者や日傘をさして歩く人、家族連れで橋を渡る人たちなど、平和な風景でした。

紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

木造なので歴史的建造物かと思いきや、意外と歴史は浅く、1953年に渡し船の代わりに架けられたとのことです。
橋の全損を防ぐため自然に逆らわず、増水すると床板が浮いて流れる造りになっています。
橋は八分割されて流されますが、ワイヤーで床板がつながっていますので回収して修復します。
自然の猛威には対抗せず、受け流すところなどは実に日本的な、防災の知恵だと思います。
2㎞下流には近代的な木津川大橋が見え、その対比は面白いものがあります。

紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

時代劇ファンや映画制作に携わる人にとっては貴重な橋ですし、近隣住人にとっては心の安らぎにもなっていると思います。
維持管理は大変でしょうが、ずっと残しておいていただきたい名橋です。


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この記事へのコメント

昔の橋

お早うございます♪

ほんと、この橋は有名ですよね。
「仕掛人」シリーズでは、この橋桁の下が良く使われていました。

股旅ものには、つきものですよね。
印象的なのは、旧作の「十三人の刺客」で、尾張陣屋の牧野がバカ殿を「通せんぼ」にするシーンです。
牧野の筋を通す姿勢、孤独、怨みが、胸を打つ効果的なシーンでした。

川越市の先の越辺川にもサイズは小さいけれど、似たような橋があります。
機会があったら行ってみたいと思います。

いつもありがとうございます。
では、又♪

Re: 紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

「十三人の刺客」の旧作を、覚えておられるんですね。
印象的なシーンは演技もさることながら、その時のロケ地のインパクトが大きいと思います。
私も旧作を鑑賞したいです。

鉄筋入りのコンクリートの橋がほとんどですので、木造の橋が今も健在というのは希有なことでしょうね。

願わくば、自然災害にも耐えて、この美しく風情ある姿がいつまでも残りますように……。

川越市の橋……またいつかご紹介くださいね。

  • 20110323
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

おばんです!
素敵な橋ですね~。確か、新撰組と、長州藩士の斬り合いで見たような橋ですね。

時代劇には良く似合いそうな橋で、何時までも、残して欲しい橋ですねー!

  • 20110323
  • 荒野鷹虎 ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

出ました!時代劇の定番「流れ橋」。
「女人講」でも、序盤の川の中の立ち回りで、橋脚だけ写ってましたね。  
(違うかな?)

原作に似つかわしい、山里の素朴な橋は、「水神祭」やら「女郎蜘蛛」やらの前作で出てきたので、中村敦夫さんも幾つかはご存知のはずなのに、あえてこれを使われたというのは心意気でしょうね。

でも実際に行って見ると、東側には大きな建物が見え、橋の両端にはコンクリートの車止めがあるので、撮影に使えるアングルって結構限られるんだと思いました。

「探偵!ナイトスクープ」で、この橋板を数えるのをやってた際、無関係の農民や浪人者が出てきて、数えるのを邪魔してたのが大爆笑でした。

それにしてもお夕さんの写真、ありふれた名所でありながら、脇の植物や空の配分などで、見事な一枚絵になっているところが流石です。

  • 20110324
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

鷹虎さま、コメントをいただきありがとうございます。

一度見たら忘れられない橋ですよね。
時代劇のためにあるような橋です。
この橋で殺陣をするのは、ちょっと勇気がいるかもしれません。
手すりも何もありませんからね。

地元の人の生活道路にもなっているようです。
近くにこんな橋があれば、私の散歩コースになるに違いありません。

  • 20110324
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

日本人は災害をあえて受け入れることで、反対に乗り切ってきていますね。
自然には逆らわず、その通りです。この防災の知恵こそが日本人を物語って居るように思います。
意見を述べるとき、自分の意見を貫き通すのではなく、
あなたもyes、私もyes。それが物事をスムーズに進める鍵なんでしょうね。

なんか、記事と関係なかったような・・・?
済みません(笑)

  • 20110324
  • 阿修羅王 ♦QmhNi1cU
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Re: 紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

「女人講……」のシーンは、私もここだと思います。
1974年放映の「おしどり右京捕物車」(敦夫さん主演)でも何回か使われています。

「四度渡った……」でのシーンのアングルは印象的でした。このシーンが、同じアングルで四度も出てきたので、仰る通り、敦夫さんの思い入れが強かったと思います。ロケ地より、映像のイメージの方が先にあったのかもしれません。

「探偵ナイトスクープ」……私も見たかったです。普通には終わらない番組構成ですからね。

写真の件、穴があったら入りたいです(笑)。ありがとうございます。

  • 20110324
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う 「京都ロケ地 流れ橋」

阿修羅王さま、コメントをいただきありがとうございます。

「梅干と日本刀」(樋口清之著)に、日本の堤防作りの祖先の理念が書かれています。

『要するに、計りしれない自然のエネルギーに逆らわず、それを分散させることによって、エネルギーを殺していくという、ひじょうに精巧な氾濫防止法……』
~引用

西洋の防波堤は、自然のエネルギーの力より強い壁を築くという、謂わば自然を征服できるという発想から造られている。
しかし私たちの祖先は、自然のエネルギーは計測できないほど巨大な力と考え、打ち負かせる壁というものを発想していない、とも書かれています。

相手を、完膚なきまで打ち負かすのが、日本人のやり方ではないんですね。

私も流れ橋の構造から、いろんな思いを持ちました。
阿修羅王さんからのコメントで、さらに考えることができお礼申し上げます。
ありがとうございました。

  • 20110324
  • お夕 ♦wikz35BA
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