紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「茶屋」

日々紋次郎「茶屋」

日々紋次郎「茶屋」
「茶屋」……街道にはつきものでござんす。紋次郎兄貴も何回か、床几に腰を下ろして一息ついておりやす。
印象に残っておりやす茶屋の場面はいくつかござんす。

「六地蔵の影を斬る」は酷暑の中、汗を撒き散らせながら霞ヶ浦近くを歩き、掛け茶屋に寄りやす。
店の老婆が冷やした麦湯をすすめ、ボロボロになった団扇を差し出しやす。

「紋次郎は団扇を受け取った。左手で団扇を使いながら、右手の真黒になった手拭いで身体の汗を拭き取った。……団扇の風が、肌に冷たく感じられるようになった。
冷やした麦湯を飲むと、身体の火照りが消えたような気がした。」
(原作より抜粋)

テレビ版では真夏の設定はござんせんが、こんな日は茶屋がありがたいもんでござんしょうねえ。

茶屋で、からまれることもござんした。
「水車は夕映えに軋んだ」で、兄貴はお鶴という女に悪態をつかれやす。一升徳利で酒をあおりベロベロになってからむお鶴を、紋次郎兄貴は全く相手に致しやせん。
黙々と蕎麦をすすっている兄貴に腹を立てたお鶴は床几を押しこくり、兄貴の蕎麦つゆがこぼれやす。それでも無視、徳利の酒が頬と肩を濡らしやすがそれでも関わりやせん。
しまいには徳利を地面に叩きつけ、割れた破片が兄貴の足の甲に刺さりやす。それでも兄貴は腹を立てやせん。人間が出来ておりやすねえ。
テレビ版での紋次郎兄貴を見ながら、「なんでそこまで我慢しなさるんで?」と、思いやしたねえ。

「暁の追分に立つ」では茶屋で兄貴は酒饅頭、お梶姐さんは五合升で酒をひっかけておりやす。お梶姐さん曰く
「男と女、まるでアベコベじゃないか。」
兄貴は結構甘党なんでござんすねえ。

「雷神が二度吼えた」では、お里が襲われそうになっているのに、知らん顔で黄な粉餅を頬張る紋次郎兄貴にはちょいと驚きやした。

毎年、必ず兄貴が立ち寄る茶屋は「年に一度の手向草」に出てきやす。この茶屋に寄って線香を買い求め、紋次郎兄貴は姉のお光さんの墓参をしやす。
数えたらキリがござんせん。それぐらい、茶屋はしょっちゅう出てきやす。

基本と致しやして、旅籠では昼食を出しやせん。従って昼飯をとるのは茶屋ということになりやす。
また宿場では名物といわれるものを売っておりやす。
代表的なものとして、東海道では安倍川を渡って「安倍川餅」、丸子宿の「とろろ汁」、宇津谷峠の「十団子」、小夜の中山には「飴の餅」、日坂宿の「わらび餅」、桑名には「焼きはまぐり」、草津宿の「姥ヶ餅」等々……他によく出されるものは甘酒、白酒、強飯もありやすねえ。

宿内での旅人相手の商売は旅籠屋と茶屋、店屋がござんすが、協定を結んで住み分けをしているところもあったようでござんす。中山道の追分宿では天保13年に規定を作り、代官所に届けておりやす。

旅籠屋は普通、昼休をささない。茶屋は旅人を泊めてはならない。茶屋、旅籠屋では商い物はしない。なるほど、商売上お互いの枠を尊重し合うってことでござんすね。

ただ茶屋でも「茶屋本陣」と呼ばれる立派な茶屋は、大名が小休に使うこともあったようでござんす。
宿場には茶屋が数軒から十数軒ござんして、家族で切り盛りしているものもありゃあ、給仕女を置くものもござんした。この給仕する娘を目当てに通う客もいたようで、いわゆる看板娘ってもんでござんしょうか。
一軒につき二人までが幕府のお達しだったとか。飯盛女と同じ数でござんすねえ。

日々紋次郎「茶屋」

まあ、あんまり紋次郎兄貴には関係ねえ類の茶屋でござんす。兄貴がよく利用するのは掛け茶屋でござんすかねえ。特に「峠の茶屋」のような所に、よく立ち寄っているようでござんす。
こういう茶屋を「立場茶屋」と言うようで、宿と宿の間……峠の上、滝の前など景色のよい所に多いということでござんすが、紋次郎兄貴には景色を愛でるなどは論外だったでござんしょう。

最近、柳生街道に足を伸ばしやした。

日々紋次郎「茶屋」

日々紋次郎「茶屋」

街道は自然のままで、石畳の上には落ち葉が舞い落ち、どこを見ても今にも紋次郎兄貴が歩いてきそうな雰囲気。
剣豪たちがこの道を歩いたと言われるだけあって、あちこちに史跡がありやす。

日々紋次郎「茶屋」

この「首切地蔵」は、荒木又衛門が刀の試し切りをしたと言われておりやす。
この地蔵さまは、身の丈が六尺はあろうかという長身。なるほどちょうど首に一文字の亀裂が……
日本刀で石が切れるのか、という素朴な疑問はありやすが、この地蔵さましか真偽の程は知らない訳でござんすねえ。

日々紋次郎「茶屋」

お目当ては「峠の茶屋」。天保年間よりこの地にあるとか……。当時の風情が伺われやす。
親爺さんと老犬の姿が茶屋の中にありやした。
おでんとわらび餅と草餅をいただきやした。なかでもわらび餅はビックリするほど大きくて、空腹を満たすには十分でござんした。

日々紋次郎「茶屋」

旅人風に「親爺さん、ここに置いとくよ!」と、床几にお代を置いていきたかったんでござんすが、さすがにそれはできず、結局、座敷にも上がらせていただきやした。
街道を往く武芸者が、飲食代として置いていった言われる槍や鉄砲、襖には書家?が書いていったのか達筆の書……平成の世の中とは思えない時空を感じやした。

日々紋次郎「茶屋」

日々紋次郎「茶屋」

天保年間というと、紋次郎兄貴の姿が街道にあった時代。一緒に床几に座る妄想が膨らんで、感慨深いものがござんした。
「連れはつくらねえことにしておりやす」
わらび餅をモグモグしている間に、置いていかれそうでござんす。

へい、御免なすって。

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Re: 日々紋次郎「茶屋」

こんばんは♪

さすがに見事ですね。
茶屋の歴史を導入部にして、街道に入り
茶屋の床几に腰を掛ける、奥に見える品物
を紹介して、食事をしながら紋次郎を偲ぶ。

立て板に水、流れるような街道模様に感服
いたしました。
文章のお手本のような流麗な表現の余韻に
浸っております。
眼福でした、ありがとうございました。

では、又♪

Re: 日々紋次郎「茶屋」

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

過分なるお言葉をいただき、恐縮しています。
構成など何も考えずにダラダラ書いている駄文を、ぶんぶんさんが分析されて、初めてそうなんだ……と思いました。

これから季節も良くなってきますので、この街道にもたくさんの人が往来することでしょう。
私が行ったときは、人影は皆無でした。
また、そこが良かったんですけどね……。

これからもよろしくお願いします。

  • 20110424
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「茶屋」

いつも「こんないいところ、あるんだ~。」と写真をみて思っています。今回の茶屋もいってみたい~と思いました。思わず「○○でござんす。」ってしゃべってしまいそうです。

  • 20110424
  • てのりぱんだ ♦C/Rcg83E
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Re: 日々紋次郎「茶屋」

ぱんださま、コメントをいただきありがとうございます。

この茶屋は、究極の『レトロカフェ』だと思います。
今と違い、昔の旅は大変過酷だったでしょうから、苦しい中こんな茶屋があったらホッとしたでしょうね。

また貴ブログにもお邪魔すると思いますが、よろしくお願いします。

  • 20110424
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「茶屋」

「飛んで火に入る相州路」では、茶屋そのものがキーワード、そして舞台になってました。

「帰って来た木枯し紋次郎」の冒頭も茶屋でしたね。
ナレーションの日下武史がそのまま茶屋の親父になって登場し、紋次郎の墓から物語が始まる、という。

紋次郎における茶屋の効用はまだありました。
ほら、「豆餅事件」。
(苦笑いした話なので、みなまで書きません 笑)

見覚えのある茶屋だと思ったら、柳生だったんですか。
お夕さんの行動エリアが、ますます私と重なってきましたので、これは本格的にダイエットして「病的に痩せた」ボディに戻らねば。

  • 20110424
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎「茶屋」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

茶屋がらみの話は、尽きませんね。

「流れ舟は帰らず」の、お藤が何回も運び込まれる茶屋。
マカロニウエスタン張りの演出が面白かったですね。

「豆餅事件」……反魂丹の効き目は見事という件ですね。
まさに「締まらない話」(笑)と言えるでしょう。

TOKIさんも「柳生街道」はご存知なんで?
同じ街道を往くご同輩とお見受け致しやす。
♪どこかで誰かがきっと待ていてくれる♪の心境でござんす。
御免なすって。

  • 20110424
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「茶屋」

紋次郎さんの《クールな生き様》は無私の典型だと思います。!

現代に欠けた魂を呼び起こす強いメッセージがこめられていますね^^

光景写真の美しさは又格別ですねー!

並々ならぬ、努力に感服する次第です。!

  • 20110501
  • 荒野鷹虎 ♦-
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Re: 日々紋次郎「茶屋」

鷹虎さま、コメントをいただきありがとうございます。

「少欲知足」
敦夫さんがよく口にされる言葉ですが、それはそのまま、紋次郎の生きざまの一つでもあります。

そして今こそ、私たちへの戒めから来る「名言」と、認識しないといけないように思います。

悪代官はいつの世にもいるんですね。
そして金をばらまく奴等も必ず……。
この悪循環は、断ち切れないものなんでしょうかね。

  • 20110501
  • お夕 ♦wikz35BA
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