紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第9話「旅立ちは三日後に」(前編)

第9話「旅立ちは三日後に」(前半)

第9話「旅立ちは三日後に」(前編)
(原作 第42話) (放映 1977.11.30)
三日……この言葉で連想するものと言えば「三日坊主」「三日天下」「三日~おくれ~の~♪ 便り~を~のせて~♪」(古っ)
三日という期間をみなさんは長いと感じるか、短いと感じるか?
紋次郎にとっては束の間であったろうか、それとも長居をしたと感じたろうか?

紋次郎の魅力は、なんといっても流れ人であることだ。地縁も血縁もないさすらい人であること。
だれもが自分の置かれている諸々の煩わしさから、一時でも離れたいと思ったことがあるだろう。家族や親類、職場や近所にいる者たちから隔絶した処へ行きたい……。
しかし現実問題、不可能であろう。だからフィクションである紋次郎に憧れるという人も多かったはずだ。

定住が許されず、街道をねぐらとして二十年以上続いた紋次郎の独り旅。憧れはあるものの、多分それこそ三日も私は保たないだろう。

オープニングは信州追分宿での2年前の紋次郎。宿場女郎を痛めつけていた男を、紋次郎が懲らしめている。どういう関わりでそうなったのかはわからないが、宿場の女郎たちは一様にその成り行きを喜んでいる。
店の陰から一部始終を見ていた女郎がひとり……紋次郎の足元に、自分の簪を投げ落とす。胸のすく思いと紋次郎への憧れか、女の情がそうさせたのか……紋次郎は一瞬立ち止まり女の顔を見るが、そのまま行き過ぎる。
この飯盛女役に「佐藤友美」さん。白い首がほっそりと長く面長で、粋な感じの女優さんである。今回のヒロインであることは確か。

今回、紋次郎の心の中にずっと影を落とす人物は三州無宿、「権田の重蔵」という四十ぐらいの乞食渡世人である。
この人物との出会いが原作とテレビ版とでは少し違う。

原作では百姓たちの人垣の中、重蔵が二人の男女を脅している。この男女、かなり百姓の中でも裕福そう。重蔵はこの二人から金を盗ろうとしている。紋次郎は、ただその人垣をかき分けて道を進もうとしたのだが、当然重蔵の悪行を邪魔することになる。
重蔵の長脇差の切先が紋次郎の喉元に向けられ、紋次郎は言う。
「大概にしなせえ。真っ昼間から辻盗人を働いた上に、通りがかりの者に八当たりするとは悪戯も度がすぎるんじゃあねえんですかい」

ここで重蔵は意味深な言葉を吐く。
「他人事みてえに言うねえ。たとえ木枯し紋次郎だろうと、いつまでも流れ者でいてみろい。このおれみてえに、成れの果てになるんだぜ。意地も体面も捨てて、辻盗人になろうってもんよ」
(原作の台詞)

紋次郎はその後、重蔵の長脇差を取り上げ峰打ちで叩き伏せる。と同時に周囲の百姓衆がいきり立ち、紋次郎が止めるのも聞かずに鍬や鋤を振り下ろす。
重蔵は無抵抗なまま滅多打ちにされて、命を落とす。
紋次郎はぼんやりと、肉塊にも似た重蔵の亡骸を見守る。

テレビ版での重蔵は、紋次郎が食べる握り飯を恵んでくれと哀願する。
よほどの空腹なのだろう。ためらいもなく差し出す紋次郎を、「おめえはいい奴だ」としきりに褒め、稼ぎ話があると企みを持ちかける。
もうすぐここに、大金を持った駆け落ち者がやって来る。その二人を脅して金をせしめるから、仲間にならないかというのだ。
この重蔵役は「江幡高志」さん。いつも悪役が多い役者さんだが、何となく憎めない小心者といった雰囲気。多分あの大きな目のせいだろう。
紋次郎は重蔵の長脇差をさっと鞘から抜き取り、「こんな竹細工で人を斬れる訳がない。止した方がいいぜ。」と竹光であることを見破る。

第9話「旅立ちは三日後に」(前半)

しかしこの後、重蔵は計画通り駆け落ち者を襲うのだが、騒ぎを聞きつけた通りがかりの百姓衆に取り囲まれ、滅多打ちにされて殺される。
紋次郎の忠告を聞いておけば良かったのだが、遅かれ早かれ、そういう運命だったのだろう。
紋次郎がたまたま休んでいた寺の墓場に、百姓たちの手によって重蔵は葬られる。
紋次郎はわざわざその場に出向き「卒塔婆の一本でも建ててもらえるのなら、権田の重蔵と書いてやってくれ。」と告げる。
駆け落ちしようとした二人も菊の花を持ってずっと墓穴を掘るのを見守っている。紋次郎はその二人を一瞥してその場を去る。

重蔵との出会いに違いはあるものの、共通していることは、「無宿人」の命は虫けら以下であることだ。悪戯(わるさ)をした流れ無宿人を殺したところで、何のお咎めもない。
それどころか手間が省けたと思われるぐらいなのだ。たとえ相手が無抵抗であろうが、過剰防衛だろうが関係ない。無宿人は存在自体が悪と見なされている。

原作の紋次郎は「卒塔婆に名前でも……」までは言わないが、重蔵が葬られた寺の前を通り過ぎるとき、歩きながら瞑目して片手で拝む。

「他人事と思うな。紋次郎であろうといつまでも無宿の流れ者でいれば、年をとっての成れの果てとなる。なりふり構わず、金にありつこうとする――。と、権田の重蔵の言葉が甦り、それが痛いほど深く紋次郎の胸にしみた。」
(原作より抜粋)

辻盗人は悪事であることは確かだし、自業自得と言われればその通りではある。しかし重蔵の成れの果てと、我が身の行く末とを重ねてしまう紋次郎の心内が、この作品のベースになっている。

テレビ版ではこの後賭場のシーンになる。原作では真っ昼間から、「沼田の鉄五郎」の配下の賭場に誘われる紋次郎だが、テレビ版では夜である。
三度笠の隙間ごしに賭場に誘う若い者の顔が見える。この撮影の方法は前シリーズでも何回かあったように記憶している。

紋次郎の懐には一朱金が一枚……一朱は一両の16分の1であるので、換算すると3125円……。これはさすがに懐具合がさびしい。ということで賭場への案内を受けるがあまりツキがなく、ご祝儀を渡したあとの儲けは三百文。しかもその貴重な儲けの内の百文を、見ず知らずの百姓の爺さん、吾作に恵んでやろうとする。吾作は博奕が唯一の楽しみだと言い、胴元に百文でいいから貸してくれと泣きついていたのだ。

紋次郎の行動には鉄則とも言うべき揺るぎないものがあるが、一方気紛れかと思われるものもある。この吾作の件はその後者であろう。
原作にもどういう心の動きで……という注釈はないが、もしかしたら重蔵への供養の意味もあったのかもしれない。

賭場での金の貸し借りはご法度だ、と息巻く胴元だが、恵むのだから構わないだろうと紋次郎は答えて賭場をあとにする。
しかしこの後、予期せぬことが起こる。

吾作爺さんが賭場の入り口から叩き出され、外で草鞋の紐を結び直す紋次郎に体当たりしてしまうのだ。紋次郎の身体は傾き、崖から滑り落ちる。紋次郎ともあろう者が、なぜかわせなかったのかと思うのだが背中を向けていたのだから仕方ないとも言える。

紋次郎が崖から落ちるシーンと被さって、追分宿の飯盛女、佐藤友美さんの顔がインサートショットで入る。
紋次郎は崖から落ち、吾作の家に担ぎ込まれたようである。佐藤さん役の元飯盛女は、吾作の孫娘「お澄」という設定で、紋次郎に付き添ってずっと介抱していたようである。

紋次郎が誰かに介抱されて目を覚ますのはこれで3回目。
「雪に花散る……」では猪に突かれての負傷、「上州新田郡……」では落雷で気を失う。そして今回は崖から落ちる。
そう言えば介抱ではなく拉致される「土煙に絵馬が……」では、崖から岩を落とされたこともあった。この後も何回か、紋次郎は危険な目に遭ってはいるものの、何とか助かっている。

テレビ版は原作にはない、紋次郎へのいたわりを示すお澄の姿が演出されている。気がついた紋次郎の額に手をやったり、起きようとする紋次郎を抱きかかえるようにしたり……。
女性ファンとしては、羨ましい限りである。しっとりした中での会話が続く。

「行かなくちゃ、いけねえ。あっしは堅気の衆にお世話になれるような身分じゃねえんだ。」
「紋次郎さん、あんたも頑固なお人だねえ。」
(テレビの台詞より)

ここで紋次郎はお澄がなぜ自分の名前を知っているのか、疑問に思う。視聴者はオープニングの宿場の場面を知っているので、お澄が何者かはわかっているが、紋次郎にとっては2年前、通り過ぎただけのできごとなのだ。

一方、ここ大原村では大変な事態に陥っていた。村の組頭の倅が二百両という大金を盗んで逃げたのだ。この金は、村人たちが血のにじむような思いをして貯めたいわゆる「賄賂金」。
以前格下げされた大原村を、元の宿場町に引きあげてもらうための大事な袖の下なのだ。それがあろうことか組頭、吉右衛門の倅「孝太郎」が持ち逃げしたというのだ。
村人に知れたら大事になる……何とか秘密裏に孝太郎を見つけ出し二百両を取り戻してくれ、と吉右衛門は沼田の鉄五郎に懇願している。

組頭と地元のヤクザ……結構持ちつ持たれつの仲のようである。
賄賂金がらみといえば、前シリーズの最終回「上州新田郡三日月村」を思い出される。あのときは三日月村の田に引き水を……というための賄賂金だった。

紋次郎は身体を起こし、やはり旅立とうとする。左肩を大分痛めているようで、立ち上がろうとするがよろけてしまう。そこへ吾作が駆け寄り出立を止める。
「命の恩人をこのまま旅立たせる訳には行かない。どうしても行くのなら、自分を叩っ斬ってからにしてくれ。」
と強い口調で押しとどめる。
お澄は「せめて三日でいいから、ここにいて。三日あれば傷も元通りになるだろうから。」と提案する。二人の強い言葉に紋次郎はしぶしぶ承諾する。

「お言葉に甘えて、三日後に旅立たせていただきやす。」
この台詞から今回の作品名が生まれた。(中編に続く)


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Re: 第9話「旅立ちは三日後に」(前編)

ご無沙汰しております。
久しぶりの流れるようなお夕節
楽しまさせていただいています。

峠の茶屋には確か一度行ったことが・・・
でもあまり思い出せなくお夕さんの記事で
情景を思い出しておりますがあやふやなものですわぁ~・・・汗

あといくつか記事を楽しまさせてくださいねっ!

  • 20110502
  • 淡青 ♦pDmV/urE
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Re: 第9話「旅立ちは三日後に」(前編)

淡青さま、ようこそおいでくださいました。
ありがとうございます。

私にとって「峠の茶屋」のインパクトは、結構強かったですね。
こうして写真や記事に残しておくと、記憶に残ります。

とにかく私自身、記憶ほど曖昧なものはありません。
都合のいいことはよく覚えていますが、悪いことや興味のないことは、見事に忘れていますね。

でも言い替えれば……だから生きていけるんだと思います。
記憶は優しくもあり、残酷でもあります。

  • 20110503
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第9話「旅立ちは三日後に」(前編)

紋次郎が堅気の世話になる理由として、作者がよく使っていたのが「腹を壊す」「崖から落っこちる」でした。

崖からの転落は、「新」の頃の原作にあと1回。
それと、映像化されていない「七日の疾走」と、映画版「帰って来た木枯し紋次郎」がありますね。
とくに「帰って来た…」では、それを境に草鞋を脱いでしまうという…。

原作の重蔵は、すさみきった凶悪な感じで、誰が演じるのかと思ったら江幡高志さんでしたか。
この人、「横溝正史シリーズ」でコミカルな脇役をよくやっていたので、握り飯をねだる風なアレンジになっているなら納得がいきます。
この人が追い剥ぎなんかやっても、ちっとも怖くないでしょう。(笑)

佐藤友美さんも、横溝正史シリーズでは犯人役で出てましたね。

中村敦夫さんはじめ、丘夏子さん、菅貫太郎さん、太地喜和子さん、鰐淵晴子さん、小山明子さん、島米八さん、暁新太郎さん、浜田雄史さん…。
横溝正史シリーズと紋次郎の出演者は、かなり被っているんですね。

  • 20110507
  • TOKI ♦nhNJg39g
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  • 編集 ]
Re: 第9話「旅立ちは三日後に」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

堅気衆は無宿人に冷たい……とはいえ、紋次郎はよく助けられたり世話になったりしていますね。
腹痛、崖落ちの他に印象的なのは、一太郎に刺されて、老婆に世話になるところです。
(「無縁仏に……」)
原作では三日も意識不明で、堅気の老婆に介抱してもらった紋次郎でしたが、テレビ版では一人でキズを癒しますね。
ヨモギや硫黄を塗ったりしてましたが、あの治療法でよかったんでしょうか(笑)。
「怪我をしてもひとり」(どこかで聞いたような……)といった感じでした。
テレビ版の紋次郎は、孤独な一匹狼を強調していましたね。

あの当時、活躍されていた方々のお名前に、懐かしさを覚えます。
みなさんそれぞれ、個性のある方ばかりでしたね。

  • 20110507
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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