紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第9話「旅立ちは三日後に」(中編)

第9話「旅立ちは三日後に」(中編)

第9話「旅立ちは三日後に」(中編)
(原作 第42話) (放映 1977.11.30)
翌日はテレビ版では雨だが、原作はうららかな春の空にちぎれ雲というのどかさである。
原作の一日目、紋次郎の姿は終日縁側にあった。柱にもたれかかり、川と渓谷と山の景色を眺めるという、日頃の紋次郎の生活では考えられない平和な時間が流れている。

「敵というものがいない。常に背後を警戒し、眠っていても物音を気にするといった神経の消耗がなかった。安心して、息ができる。飢えることもない。そして常に、話したり笑ったりする相手がいるのだ。」
(原作より抜粋)

普通に生活する者にとっては、何の不思議もなく変わりばえのない日々なのだが、紋次郎にとっては夢のような生活なのだ。

テレビ版の一日目は秋雨。縁側にはつるし柿がぶら下がっている。紋次郎の肩の湿布をお澄が張り替えている。ここで紋次郎は昨日疑問に思ったことを尋ねている。

「娘さん、一つだけ訊きてえことがあるんだ。」
娘さん?ちょっと引っかかる。佐藤さんは当時36歳……悪いがどう見ても娘さんには見えない。
原作のお澄は「二十六、七だろうか。洗い髪にしていて、化粧っ気はない。病人の顔色をしていた。身体が骨と皮だけみたいに、痩せ細っている。顔立ちの整った美人だけに、凄惨で痛々しいくらいであった。」と記述されている。
原作ほど痩せ細ったり顔色が悪かったりはないが、憂い顔で声が魅力的なのはいい感じ。年の頃としても、紋次郎とはお似合いかもしれない。

「おめえさん、なんであっしの名前を知ってなすった?」

ここでお澄の過去が語られる。
オープニングで、紋次郎が追分宿で女衒の為吉を叩きのめした話が語られる。

「上州三日月村の 人呼んで木枯し紋次郎……2年前信州追分宿の宿場女はみんな、あんたの名前に胸をときめかしたもんさ」
紋次郎に憧れる女がそんなにいたのか……と、テレビ版での紋次郎のモテ度には驚きである。
よほどこの女衒は嫌われていたようだが、それを往来の真ん中で痛めつけたのだから「ざまあみろ!」と溜飲を下げる思いだったのはわかるような気がする。
当時宿場には飯盛女が200人はいたという。その誰もが、紋次郎の名前を知っていたということになる。大したものである。

紋次郎は遠い目をする。お澄の話を聞いても、あまり覚えていないようである。

あのとき簪を投げたのが私だが、あんたは振り向きもせず行ってしまった。十五で売られて二十五で年季明け。その後、おい働きで二年を女郎として過ごし、何千もの男に抱かれたが誰一人名前を覚えていない。だのにあのときのあんたの名前だけは、忘れることができなかった……ばかな話だねえ……。

雨脚が白く光る映像、お澄は坐って縁側から外を眺め、その後ろには紋次郎が視線を落として黙っている。
ある意味、お澄の告白である。紋次郎としては黙って話を聞いているより仕方がないだろう。
雨という設定もあるのだが、何となく湿っぽい感じがして閉塞感がある。

原作は二人きりのあいだで、話はなされていないし簪を投げたという事実もない。お澄と吾作が会話をしながら、自分たちのことを紋次郎に聞かせているので、あまり深刻には感じられず、むしろ明るく屈託がない。

組頭に頼まれて、沼田の鉄五郎一家の者は孝太郎を捜しているが以前見つからない様子である。

吾作がお澄に、孝太郎とお秀が駆け落ちをして村の金を持ち逃げしたことを話している。もう噂が広まったらしい。おおかた、賑やかな町ででも暮らしたかったんだろうよ、と返事するお澄に紋次郎は尋ねる。
「あれは村の金だったんですかい?」

お澄にその二人にどこで出会ったのかを訊かれ「嶋古井村で……」と紋次郎は答える。お澄は居場所を組頭に教えてやろうと吾作に勧めるが、吾作は渋い顔である。
吾作は村の者たちに恨みを持っている。
二十年前に畑を鉄砲水で流されたとき、誰も助けてはくれなかった。もともと村の中でははぐれ者だったが、村のつきあいはちゃんとしていた。だのに畑を流されたのは罰が当たったんだと言って誰も助けてくれなかった。だから娘も婿も死んでしまったし、孫のお澄を売らなければならなくなった。そんな憎い村の奴らの金なんかどうでもいい。
ざまあ、見ろだ!
と恨み辛みを一気にまくし立てるテレビ版の吾作。

第9話「旅立ちは三日後に」(中編)

原作は違う。
吾作は博奕狂いがたたり、本家から見放され、村中に不義理を働いたため村八分になる。村のはずれにある地主のいない、やせた土地に移り住むも、一家は餓死寸前となり、仕方なくお澄を女郎に売ったというのである。
原作の吾作やお澄は、村人たちに憎しみは持っていない。村八分ということを甘んじて受けている。

貧しい村では金のために娘を女郎に売るということは、親や家族のためと思われがちだが、女郎であれば一応衣食住は保証される。餓死させるよりは女郎で働かす方がましだ、と考える親もあったとされる史料を読んだことがある。
苦界より苦しい貧村での生活が、実際にあったことに胸が痛む。

二日目、紋次郎は杖を突きながらお澄と村はずれを歩いている。着物の裾を下ろした着流し風の紋次郎の姿も珍しい。
お澄は紋次郎に「百姓は嫌いかい?」と尋ねる。
「べつに……ただ、十の時に村を飛び出してから鍬を握ったことがござんせんよ。」
「旅が好きなんだねえ……そうだろ?」

お澄は何もわかっていない。好きで紋次郎が旅を続けているのではない。続けざるを得ないのだ。紋次郎は無言である。
お澄は静かに話す。
うちの畑は蕎麦しかできないやせた土地だが、自分は百姓が好きだ。十二年、宿場を流れ流れやっと生まれ故郷に帰ってきた。どんな辛いことがあってもこの畑にしがみついてここで生きていく。身体が元に戻ったら、肥やしを担ぎ、水を引いて米も作ってみせる。そう覚悟している。
女は強い……と感じる。この強さは「上州新田郡三日月村」で見せるお市の姿と重なる。

腰を下ろしお澄を見上げて話を聞く紋次郎の表情は、およそいつもの紋次郎ではない。凄みもなく、毒気を抜かれたような、ただの男の顔である。言い方が悪いが、ちっとも魅力的ではない。
「百姓は嫌いかい?どうしても明日行っちゃうのかい?紋次郎さん……」
逆光の中、振り返って紋次郎を見つめるお澄。お澄としては、二回目の告白である。
紋次郎は答えないが、代わりにくわえた楊枝が微かに動く。

原作ではこういうシーンはない。
原作の二日目の紋次郎は、自然にできた河原の湯壺に浸かり目を閉じる。お澄と二人きりとも書かれていないし、実に淡々と書かれている。貧しいが、平和な三人の昼飯のときに、吾作から、「ここに住みついて、百姓をやる気にはならないか?」と勧められている。
「大原村の村人たちと関わりを持たなくても生きていける。それに大原の村の衆は、揃って心が広い者ばかりだから、一年もすれば誰も気にとめなくなるし、もう他所者じゃなくなるだろう。」

テレビ版とは逆で、吾作たちは村人を憎んでもいないし恨んでもいない。吾作とお澄との会話もほのぼのとしていて、テレビ版のような暗さやとげとげしさはない。
さらに吾作の「お澄と夫婦になれば、もう他所者だなんて思う者はないだろう。」との言葉に、「およしよ、爺ちゃん。気が早すぎるじゃないか。」とお澄が止めに入る。
原作のお澄はかわいげがある。
二人に交互に勧められる紋次郎だが、「お情けだけをちょうだい致しやす。」と断ってしまう。

「ただの他所者と無宿人じゃあ、天と地ほどの違いがありやす。たとえあっしがここに暮らしの根をおろしてえと望んだところで、世間とお天道さんがそいつを許しちゃあくれやせん。それが無宿の流れ者ってものなんでござんす」
(原作より抜粋)

無宿の流れ者に対する世間の冷たさを、紋次郎は今までに何度となく味わってきている。(後編に続く)



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Re: 第9話「旅立ちは三日後に」(中編)

この頃の原作は、以前のパターンを踏襲したと見られるのを嫌ってか、「紋次郎にしては珍しい」がしばしば登場しますね。
今回は、「平穏な堅気の暮らし」の想定。

このテレビ版は見ていないのですが、紋次郎の表情からも、いつもの凄みが抜けてるんですか。
それだけで、お夕さんが魅力を感じないということは、中村敦夫さんの演技力の賜物なのでしょうか。

紋次郎の着流し姿、初期の「地蔵峠」や「甲州路」では見られましたが、以降殆ど出てきませんでしたね。
「甲州路」で、朝の川原で塩を使って歯を磨く、着流しの紋次郎の姿は印象的です。
着物の裾から脛が見えることから考えて、股引も脱いでいるんでしょうね。

  • 20110508
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第9話「旅立ちは三日後に」(中編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

紋次郎の穏やかな日々の顔……と言いますと、「湯煙に……」でお市と肩を並べて歩くシーン。
お市との語らいの中で、紋次郎の顔にふっと笑みが見えるんですね、一瞬ですが。
で、今回もあるんです。
後編をお楽しみに(笑)。

原作の「着流し」となりますと、「大江戸の夜……」ですね。
テレビ版ではありませんでしたが、原作は湯屋で着替えていますね。
「紺色の着流しに白っぽい角帯、雪駄ばき」
想像しますね、中村紋次郎のかっこいいお姿を……。
映像にはならなかったのが残念でした。

とはいえ、やはり一番かっこいいのは「三度笠に道中合羽」という定番の旅姿です!

  • 20110509
  • お夕 ♦wikz35BA
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