紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第9話「旅立ちは三日後に」(後編)

第9話「旅立ちは三日後に」(後編)

第9話「旅立ちは三日後に」(後編)
(原作 第42話) (放映 1977.11.30)
原作のお澄はかわいげがあると書いたが、それはあることを実験しようとするからだ。大原村のあちこちを紋次郎と連れだって歩き回り、村人たちに無理に注目されようとする。

「ねえ、みんなが見てるよ」
「でもね、見馴れてしまえば、誰も気にしなくなるさ」
お澄はそう言うと、声を殺して笑うのだ。

「正直に言っちまうけど、わたしは紋次郎さんと一緒に暮らしたい。あの追分宿で見た木枯し紋次郎と、こうして一緒にいるってことだけでも、わたしは夢を見ているような気になっちまうのさ。こんな女の身体を持たないわたしに、妙なことを言われて迷惑だと思っているのかい」

お澄の気持ちはよくわかる。
もし自分がずっと憧れている人が目の前にいて、その人の世話をし、一つ屋根の下で時間を過ごす……誰もが夢心地になるだろう。
お澄は長年の女郎生活のため身体を壊し、女の身体ではなくなっている。しかし気長に養生すれば、元の身体を取り戻せるだろう、と言う。

「そうなったら紋次郎さんだって、女のわたしを可愛がってやりたいって気になるかもしれないよ」
「いまのお澄さんは、もう堅気なんでござんすからね。そんな言い方は、しねえほうがようござんす」

紋次郎はどんな出自であろうと、どんな低位に置かれた人でも、決して差別しないし色眼鏡で見たりはしない。子どもであろうが年老いた者であろうが、同じように接する。
年季が明けた半病人同様の女でも、決してぞんざいに扱わないし尊重する。
ヒューマニストなのである。

テレビ版では紋次郎とお澄の前に、村人と鉄五郎の一家が訪れる。孝太郎を捜しているので、吾作にも力を貸すようにと言うが、お澄はつれない返事。
鉄五郎の子分がお澄に手荒な真似をしようとするのを見かねて、紋次郎は「嶋古井村で見かけた。」と教える。
その日の夕方、孝太郎たちは見つかったようで、吾作は「放っておけばよかったのに……」と機嫌が悪い。

お澄は紋次郎に「気にすることはないし、わたしはあれで良かったと思っている。金が戻れば村の衆も、少しはわたしたちを見直すだろう。」
と呟く。
そして紋次郎に、河原に湧いている湯に行こうと誘う。

河原からは湯気(ドライアイス)が上がり、周囲は白い霧状態の中でのシーン。上半身裸の紋次郎の背中を、お澄が手拭いで流している。混浴でもするのか、とも思ったがここは勘ぐりすぎ。
河原の湯壺に入るという設定だったろうが、「湯煙に月は砕けた」とは違い屋外ロケ……それも本当の湯には浸かってはいないので、きっと寒かっただろう。
これも多分、経費節約のため。「湯煙に……」は大がかりなセットでの撮影だったが、やはり格差がある。

お澄は紋次郎の背中をこすりながら「昼間の話は、忘れてほしい。」と言い、「本当は一緒に暮らしたい……でもわたしはそんな人並みの幸せを望める女じゃない。」と話を一方的に続ける。
身体をこわし、男に抱かれるような女ではなくなってしまった……と三度目の告白してしまう。
自嘲的に「なんてバカなんだろう……こんな話までして……」と泣き笑いで語るお澄に背中を見せながら、紋次郎はただ無言のまま。
紋次郎よ、何も言うことはないのか?
「今夜はどうかしてるわねえ……」と切ない表情で、お澄は紋次郎の背中に身体を寄せ顔を埋める。
紋次郎はかける言葉の代わりに、背中から回したお澄の手に自分の右手を添える。

女性ファンならこのシーンをどう見るか?
私としては一言で言うと「複雑な気持ち」である。

女に心を許す、いや、人に心を許すなどということはあってはならないこと。
「お澄さん、紋次郎の旅をとめることはやめてー!」
「紋次郎の心を惑わすような真似はしないでー!」
「紋次郎は永遠に、誰のものにもならないでほしい!」
簡単に言うと嫉妬である。

もう一つは、お澄と自分をオーバーラップする気持ち。一度しかお目にかかれなかった憧れの人……他の男の名前は全部忘れたのに、ただ一人忘れられない名前の人。
夢の中の人が今、目の前にいて、手を伸ばせば触れられるという信じられない現実。
そして明日は約束の三日目。ここで別れたら、一生逢うことはないだろう。だから、行かないで……。
わかる、大いにわかる。

主観的に、客観的に、相反する視点が入り乱れるので複雑な心境になるのだ。

渓谷を流れる白いしぶき、紋次郎の浅黒い背中と顔、紋次郎の背に押し当てるお澄の白い顔、闇が迫る中のコントラストのシーンは印象的である。

その夜、紋次郎は夢にうなされる。嶋古井村の百姓たちに、鍬や鋤で殺される重蔵の姿……お澄の白い顔……重蔵の姿がいつのまにか紋次郎にすり替わる。このまま根無し草のような生活を続けていると、自分も重蔵のような成れの果てになるだろう。

テレビ版の紋次郎は、一度もお澄にこの地に留まることを名言していないが、原作では曖昧だが答えている。
「へい。許されることなら、あっしに異存はござんせん」
紋次郎は二日後の夕刻、家の前でお澄の提案を承諾した。
「本当だね」
お澄の顔がパッと明るくなる。そしてこの日がお澄にとって最良の日となる。

翌朝、組頭の倅の孝太郎は二百両の行方を父親から詰問され、「楊枝をくわえた流れ者に盗まれた。」と、朦朧とした中で言う。視聴者は嘘であることはよくわかっているのだが、この時点で紋次郎に危険が迫ることもわかる。

テレビ版も三日目の朝を迎える。なんと紋次郎は、石臼を回して大豆を粉にひいている。それをじっと見つめるお澄……その視線を感じて振り返る紋次郎の目には今までにない穏やかな光が宿っていて、見ようによってはお澄に微笑みかけているようにも思える。
これがテレビ版の、紋次郎が示す承諾の姿なのか。
ああ、紋次郎よ!そんな穏やかな顔をここで見せていいのか?複雑な気持ちになる。

さて突っ込みを入れることは他にもある。お澄の後ろに玉ネギがたくさん吊されているが、この時代、玉ネギが栽培されていたのか?という疑問である。
調べてみたら、どうも明治以降に栽培されたようであるので、この時代に村では植えられていないだろう。

平和な時間も束の間、遠目に集団で男たちがこちらに向かってくるのが見える。その瞬間、紋次郎は危険を察知して身を翻し、旅装にとりかかる。
脚絆を身につける姿を、お澄は放心状態で見守る。お澄には悪いが、視聴者としては「やっぱり、そう来なくっちゃ!」と思ってしまう。

「娘さん、火の粉が降りかからねえ暮らしなんて、夢のまた夢なんでござんすねえ。」
テレビ版の紋次郎の台詞である。未だに「お澄」という名前を紋次郎は呼んでいない。
お澄は自分の名前を告げなかったのか……。

吾作は意を決したかのような表情で、紋次郎に新しい草鞋を差し出す。紋次郎は礼を言って草鞋を受け取り、家の中を振り返る。お澄のうなだれた後ろ姿が奥に見える。
「お世話になりやした。」
紋次郎はお澄に向かって軽く頭を下げると、戸口から合羽を翻して出て行く。
お澄は無言ではあったが、その寂しそうな落とした肩のシルエットがすべてを物語っている。

紋次郎は野性の勘で危険予知をするが、なぜ吾作とお澄はすべてを悟ったかのようなそぶりなのか。
群衆が何のために、この家を目指してくるのか明かされていないのだが……。

第9話「旅立ちは三日後に」(後編)

原作では三日目に吾作が悪い噂を聞いてくる。孝太郎が二百両を、楊枝をくわえた渡世人に盗られたと言っているというのだ。そうこうしているうちに村の衆たちが押し寄せて来る。
手早く身支度を調える紋次郎にお澄は声をかける。
「紋次郎さん、行っちまうのかい」
「もう、試してみたじゃあねえですかい。やっぱり、火の粉の降りかからねえ暮らしってのは、夢のまたその夢なんでござんすよ」

大原村の群衆は五、六十人。口々に紋次郎を罵っている。
「お世話になりやした」頭を下げる紋次郎に、お澄は未練があるようである。
「何とかならないんだろうかね、紋次郎さん」
「無宿者は、悪事を働く、堅気の衆はどなたさんも、そう決めてかかっていなさるんでござんすよ。叩っ殺したところで、無宿者はたかが虫ケラ一匹でござんすからね」

原作の紋次郎の台詞は、堅気衆への辛辣な言葉であるが、現実なのである。そしてやはり、他所者と無宿人とは境遇が違うのである。

原作もテレビ版も「沼田の鉄五郎」一家が長ドスを振り回して、紋次郎に「二百両の金、どこに隠した?!」と襲いかかる。
「何とか言ったらどうなんでえ!」とテレビ版では胸ぐらを掴まれて、定番の台詞「あっしには言い訳なんぞござんせんよ」を口にする。少しチグハグなやりとりである。
さすがに原作にはない。

テレビ版のロケ地は、一体どこだろうか。山間部の廃村のような雰囲気である。段々畑があり、茅葺きの廃屋や物置があり、屋外ロケ地としては打ってつけの場所である。

荒々しい殺陣ではあるが、以前のような地面に転がって……というシーンはない。その代わり、かなり効果音が多用されてはいる。ただ、あまりそれも多用すると安直に感じてしまうので、バランスが難しいところだ。

「金を返してくれ!」と懇願する組頭に紋次郎は「駆け落ちした二人に、嶋古井の西蓮寺の墓場まで来るように伝えてやっておくんなせえ」と言い残して、村人たちが遠巻きにする中を去って行く。お澄も見守っている。
西蓮寺に村人たちが集まる。孝太郎が「あんな流れ者のことを信用するなんて、どうかしている」と言いふらす中、木枯らしの音……。
「新木枯し紋次郎」では、なぜか紋次郎は楊枝を吹き鳴らさないが、今回は微かに木枯しの音が聞こえる。

紋次郎が厳しい面持ちで孝太郎の元に近づく。三度笠の下から見える顔は、お澄の前で見せた穏やかさはなく、いつもの表情。ちょっとホッとする。

「こいつなんだよ!金を盗ったのはこいつなんだよ!」と往生際の悪い孝太郎の顔ををすり抜けて楊枝が飛ぶ。
しかし飛び方があまり良いとは思わない。一直線にというより、かなりブレ気味。あれでは失速して落ちてしまうだろう。心配をよそに、楊枝は重蔵の墓標に突き刺さる。
墓標はあんなに酷い扱い方をされた割りには立派であり、達筆で墨の色も鮮やかに名前が記されている。

「その墓を掘ってもらいやしょう。」
その後、種明かしをする。

野良犬のようなみすぼらしい男に花を供えたりするのは、堅気の旦那としてはおかしいと思った。
だから自分は残って、この二人のすることを最後まで見ていた、と言うのだ。

「えーっ?!見ていたのー?!あのまま去っていったんじゃなかったのー?!」である。
それじゃあ全然推理でもないじゃないですか?

「さあ、皆の衆、墓を掘っておくんなはい。」
驚いたことにテレビ版の紋次郎は、村人たちを煽動している。そして、二百両が掘り起こされるのを留まって見届ける。その上、父親に罵られ殴打される孝太郎の姿までも、確認してから去っていく。

原作は、そのあたりは粛々と進行する。墓を掘り返してみろと紋次郎に言われ、腰が抜けたように座り込む駆け落ちした二人をそのままに、重蔵の墓標に楊枝を飛ばして去っていく。

私としては、原作の方が好きである。紋次郎にとって、事の顛末はどうでもいいはずである。テレビ版の紋次郎は、墓から二百両が出てくることがわかっているのに、その場に留まるというのがどうしても納得いかない。
自分の正当性を村人たちに示したかったのだろうか。

去りゆく紋次郎をお澄が追いかける。かなりの距離をお澄は走ってくる。
けっこう健脚で、とても体を壊しているようには見えません(笑)。

「紋次郎さん……行っちまうんだね。今度こそホントに行っちまうんだね。」
二人は一瞬見つめ合う。
「お澄さん、旅立ちは三日後にと申しやしたね。その通りになっただけじゃござんせんか。」
(テレビの台詞から)

切ない二人の別れである。紋次郎は初めて「お澄さん……」と名前で呼ぶ。今までは「娘さん」だったのに……。

「御免なすって。」
この時の紋次郎の無表情ぶりと、抑揚のない台詞まわしは良かったと思う。
「紋次郎よ!コレでいいのだ。」と第三者的な見方と、お澄に感情移入して胸が締め付けられる想いが交錯する。

流れ無宿人、重蔵のような辻盗人に紋次郎がなるはずはない。しかしこの先このままの生活では、行く末はあまり変わらないものかもしれない。
紋次郎にとっては、最初で最後のチャンスだったが、やはり世間とお天道さんが許してくれなかった。

「女人講の……」では、紋次郎はお筆と夜道を歩き、講の寄合に加わる自分の姿を想像するが一瞬に打ち消す。(原作)
「年に一度の……」では、姉お光にあてのない旅に結末をつけ、じっくりと腰を落ち着けたいと告げに来たと梅吉に言う。(テレビ版)

そして今回、条件は揃いすぎるほど揃ったのだが、やはり旅を終えることはできなかった。紋次郎の平和な日々は三日も保たなかった。
私たちは、普通の生活を享受することを当然と思っている。しかし日常生活の大切さを振り返るべきだと、最近特に思っている。

テレビ版のエンディングのナレーションは原作の締めの言葉と同じだが、最後に付け加えがある。

「その後紋次郎が、この地に立ち寄った形跡はない……」

この付け加えは必要だったのだろうか。エンディングに、紋次郎の消息を伝えるというバージョンは他にあっただろうか。
私としては蛇足だと考える。

紋次郎にとって、ただの通過点となった大原村とお澄。
大原村の申し出は代官から却下され続け、お澄は吾作と百姓を続ける。紋次郎が来る前と去った後では、何も大きくは変わらなかった。

敢えて言うなら、お澄の心に、紋次郎への切ない想い出だけが残ったぐらいだろう。

紋次郎にとってお澄のことは、「思い出しもしないが忘れもしない」存在となったのだろうか……。

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Re: 第9話「旅立ちは三日後に」(後編)

初期原作の紋次郎は、時折人間臭さが顔を覗かせてました。
「一里塚」でお加代が心に残り、「もし自分が堅気だったら」と、ありえない想像をし、「雪燈籠」で「関わりのねえことに、目を向けねえ性分だったはずだぜ」と、行動しながら心中で呟いたり。
私はこれがたまらなく好きでした。
が、こういうのは匙加減を間違うと、キャラそのものが崩壊する危険を帯びております。

原作を読んでいて、最初はお澄のプロポーズに「へい」と答える紋次郎を、「無碍に断るのが億劫なのか、社交辞令だろう」と思ってました。
が、さらに読み進むと、『紋次郎は、いつの間にかその気になりつつあった。』とあり、我が目を疑いました。

そして、『紋次郎の脳裡には、血まみれの肉塊と化した権田の重蔵の姿があった。いまのままでいれば紋次郎もやがては権田の重蔵と同じような運命を辿ることになる。』と書かれているのを見て、「ちょっと待て~~い!そんな運命をも受け入れるつもりで生きてきたんじゃなかったのか!?」と突っ込んでしまいました。

そして、TV版では、お澄の手に自分の右手を添えたうえ、石臼で粉引きですか…。
男性ファンの私は「嫉妬」感情は起こらないのですが、「紋次郎なら紋次郎らしくして欲しい」という思いをいだきます。

撮影に使われた廃村のような場所、非常に気になります。
京都から車でそう遠くなく、棚田ではなく段々畑という場所はいくつか心当たりがありますから、映像を見ればわかるかもしれません。

今回の廃屋の写真も素晴らしいですね。
ワイエスの「アルバロとクリスチーナの家」か、トトロの井戸の部屋のようです。
これはどこなんでしょう?

  • 20110516
  • TOKI ♦nhNJg39g
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  • 編集 ]
Re: 第9話「旅立ちは三日後に」(後編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。
お返事が遅くなりすみません。

>こういうのは匙加減を間違うと、キャラそのものが崩壊する危険を帯びております。

おっしゃる通りだと思います。紋次郎も人間ですから、迷いもあれば人並みのことを感じることもあるはずです。
ただそれは一瞬であって欲しいし、具体的に考えることは紋次郎らしくありませんよね。

夢にうなされる……何回かありますが、「深層心理」ということでしょうか。
小説と違い、紋次郎の心内は、ドラマではなかなか表せませんからね。脚本家も苦労するところでしょう。

今回のロケ地、今はどうなっているのでしょうか。多分京都の郊外だとは思いますが……。

農家の室内の写真ですが、「庄内映画村」の屋外セットです。
セットとはいえ、生活臭を感じる廃れ感がたまりません(笑)。
機会があればまた訪れたいのですが、やはり遠い……。
「奥州路・七日の疾走」ぐらいの覚悟が必要でしょうか(笑)。

  • 20110517
  • お夕 ♦wikz35BA
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