紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第10話 「土煙に絵馬が舞う

第10話 「土煙に絵馬が舞う」

第10話 「土煙に絵馬が舞う」
(原作 1971.12月) (放映 1972.4.1)
原作も同じく第10話である。
主演の中村氏がアキレス腱断裂という大怪我のため、約1ヶ月紋次郎の放映は延期された。4月に入り再開された第1回目の放映ということでなにかと注目されたことだろう。その上オープニングときたら、崖から落ちるシーンから始まるとは出来すぎである。

原作での殺伐とした村の様子は、映像で見るそれとは比較にならないほど悲惨である。

「誰もが、痩せ衰えている。土気色の顔をしている。垢にまみれ、乞食以下の身装りだった。中には、気の狂った娘も、まざっている。
鬼気迫るものがあった。陰惨な執念、といったものが感じられた。紋次郎もさすがに、嘔吐感に似たような気分を覚えた。」(原作より抜粋)

貧農の生まれである紋次郎でさえ、吐き気がする程のひどい状態である。読んでいるだけでも異臭が漂い、悪夢にうなされそうな表現である。

テレビ版はそこまで悲惨さを感じないのはなぜか?
その一つ目は茂作の末っ子新吾が、年端も行かない子どもとして設定しているところにある。作品に子どもが登場するだけで、場の雰囲気が柔らかくなり、潤いが出る。
この新吾が何かと紋次郎になつき、面倒を見たり「渡世人はいいなあ」と憧れを持ったりするのである。この子どもが実に健気で、原作にはない明るさがあり、見方によっては健康的にまで見えてしまう。
柱に縛り付けられている紋次郎にヤモリを食べさせたりしているが、これは原作にはない。ヤモリを生で食するという風習はあったのだろうか?ヤモリは「屋敷を守る」という語源があるとされているが、この家の何を守ろうとしているのだろうか、と考えたくなる。
この後、家は焼き払われてヤモリが炎に包まれるシーンがある。ヤモリに象徴されるもの……土地に縛られる百姓を意味しているのかと推察する。

二つ目は、茂作の息子の嫁が紋次郎を盗み見して「それにしても、いい男だなあ」と評する所である。これも原作にはあり得ないセリフである。極貧の上、黒銀にいつ皆殺しにされるかわからないという極限のとき、「いい男だなあ」はないだろう。そんな余裕があるのか、といったところだ。
中村氏が演じる紋次郎はこの時人気が鰻登りで、特に女性からのファンレターが数多く送られたという。正真正銘の「いい男」であるのは確かである。
あの一言は、画面に向かってため息まじりにしみじみと呟いた、数多くの女性ファン代表のセリフなのだ。

三つ目は、気が触れた娘「お花」の設定の違いである。「青柳美枝子」演じるお花は狂っているとはいえ、実に可愛らしく健気でる。
また、紋次郎を死んだ恋人「佐助」と思いこみ、必死にかばったりする。「さすけー!さすけー!」と叫び、紋次郎にしがみつくお花の姿に、純粋な気持ちで人を愛する美しさを感じる。欲も得もない狂女こそが、真の愛の姿を示しているのだ。

茂作一家は、血のつながりのないお花を養い世話をしているというあたり、虐げられてはいるがいわゆる「いい人」なんだなあ、とテレビ版では思えるのだが、原作は酷い。
原作では「お花」は狂っているからということで、黒銀一味の餌食として提供されている。どんなに慰みものにされようと何も感じないお花を犠牲にして、倅たちの嫁を毒牙から守るという利己的なやり方は惨い。そして、お花はあまりにも哀れな存在である。
テレビ版でのお花は、浪人くずれの男に手籠めにされそうになり必死に抵抗する。かみついて悲鳴を上げるお花を助けようと、紋次郎は縄をほどこうともがく。青柳演じるお花の迫真の演技に触発されたのか、その時の紋次郎の表情は真に迫っているように感じる。

第10話 「土煙に絵馬が舞う」

茂作の息子の中で次男だけは、こんなやせた土地にしがみつくなんて無意味だ茂作と対立する。末っ子の新吾は百姓は家の跡継ぎだけが人間で、次男以下は牛や馬と同じだと言う。
「おとっつあんの指図だ、おらたち嫁たちは黙っとればいい」とは3人の嫁たち。
よそ者意識の強い排他的な言動等々、テレビ版では原作にはない設定やセリフを通して、百姓の閉鎖的で封建的な世界を見せている。

なかなか口を割らない百姓に業を煮やして、黒銀一味は茂作一家を皆殺しにすると暴れ回る中、幼い新吾までもが殺される。紋次郎の所までかけ寄り「紋次郎さん……」とすがりながら、息絶える新吾。
この後、紋次郎は黒銀一味を全員叩っ斬る。

「百両なんて金は百姓には二度と手に入らねえ。ありか知ってるのはおらだけだ。誰が渡すもんか」
茂作は紋次郎に恨み言を残し憤死する。テレビ版では百両を隠匿したのは茂作一人ということになるが、原作では
「ここにある絵馬のうちの百枚に、それぞれ一両小判が一枚ずつ仕込んであるのに違いなかった。茂作たちは何か月もかかって、この百両隠匿の作業を進めたのだろう」とあり、茂作の家族はみんな知っていたということになる。

原作では後を追ってくるお花に紋次郎は声をかける。
「お花坊、ひとりでここにいても仕方ねえだろう。一緒に来なさるかい」
紋次郎の優しさが見える。
テレビ版ではお花が飾り扇を差し出すのを
「くださろうっていうんですかい?おめえさんの大事な品じゃねえんですかい、大切にしておきなせえ」
と丁寧に断っている。
ラストではお花の手を離れた飾り扇を楊枝で絵馬に留めた拍子に、隠されていた小判が絵馬の裏からザラザラ落ちる。
紋次郎は絵馬を残らず長ドスでたたき壊す。執拗に、怒りを込めて……。そこではたと思い出すのだ。お花の死んだ恋人の佐助は大工だったことを……。そして呟く。「金ってえのは、怖えもんだ」
この設定でいくと佐助はこの細工をさせられた後、鉄砲水のどさくさに紛れて茂作に殺されたのではないか、ということが暗示される。
どこまでも因業な結末だが、それ以上に原作では最後の2行が哀れである。
「三か月後の天保九年八月に、小判百両と娘の餓死死体が見つかり、『その娘は、身重にて候』と記録されている。」
どちらも殺伐とした結末で、乾ききった荒涼とした世界を描いている。

1ヶ月の療養後、再び紋次郎は帰ってきたのだが当然、殺陣や激しい動きは出来ないので代役がアクションをしている。
長い合羽と三度笠のお陰で、上手く顔のアップとつなぎ合わせて作品は仕上がっている。演出は勿論、カメラ、編集とスタッフの並々ならぬ苦労があったことだろう。
これも、作品を心底愛する人たちの心意気が結集した賜である。関わった全ての方々に敬服する。

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Re: 第10話 「土煙に絵馬が舞う

お夕さん、こんにちわ。

1ヶ月の療養後に帰ってきた紋次郎は、運動不足と生涯の伴侶となる女性との幸せな生活でふっくらしてましたが、第2シリーズではすっきりと元の体型に戻っていて、流石に俳優さんは凄いなと思いました。

この怪我が無ければ、どうなっていたでしょうか?人生とは本当に一寸したきっかけで、大きく流れが変わり、予測がつかないからこそ面白くもあり、怖さもあるもので、個人的には怪我がなければ第2シーズンは無かったかもしれないと考えています。

お夕さんもコメント欄をご覧になってもうご存知だと思いますが、gitanさんが拙ブログで紹介してる「木枯し紋次郎のリアリティ」のカーラさんだったと判明しまして、あまたあるブログの中から巡り合えたのは「奇跡」のような感じもしました。これもリメイク効果でしょう。

拙ブログで紹介している方で、まだお二人の方と連絡が取れていないのが残念で、二年もたつとブログを閉鎖している方も数名いて、寂しい限りです。そういう自分も一年余り休止状態で、お夕さんから頂いたコメントで復活できたような物なんですがね。



  • 20090518
  • おみつ ♦aiP0wTO2
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第10話 「土煙に絵馬が舞う

お邪魔いたします。
先日はありがとうございました。

お夕さんの卓越した文章力のお陰で、中村紋次郎の風貌のみをおぼろげに記憶しているだけの私でも
映像が目に浮かんできます。恐れ入りました。

それにしても、荒涼とした環境、陰惨な人間関係などなど、高度経済成長期以前の生々しい日本人の生活を体験した人でなければ演じ得ないように感じます。
そういう意味では、やはり私は中村紋次郎以外の紋次郎は容易に受け入れ難いですわ。江口紋次郎を見ずしてこのような発言は失礼かと存じますが、心の中で伝説レベルまで達してしまった人物は そのままにしておきたいのが人情というもの…

さほど知りもしない者が好き勝手に述べてしまいましましてすみません。
これからも楽しく拝読させていただきます。

  • 20090518
  • マイタ ♦B2BsuZNw
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第10話 「土煙に絵馬が舞う

マイタさん、コメントをいただきありがとうございます。
おっしゃる通り、中村紋次郎の風情は他の方には絶対に出し得ないと、私も感じています。江口紋次郎も良かったとは思いますが、彼は彼なりの紋次郎を演じたわけで……比較するべきではないのかもしれませんね。

また、マイタさんのブログにも遊びに行かせていただきますね。
今後とも、よろしくお願いいたします。

  • 20090518
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第10話 「土煙に絵馬が舞う

おみつさま、こんばんは。コメントをありがとうございます。
敦夫さんの怪我がなければ、お二人はもしかしてご結婚されてなかったかも、とさえ思いますね。「人生万事、塞翁が馬」かも……?
gitanさんの件、私もびっくりしています、というか、筆致から同一人物と当てておしまいになるおみつさんの洞察力に敬服します。
リメイク効果で復活される方々が、これからも増えてくださればうれしい限りですね。

  • 20090518
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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