紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」
猿ヶ京といえば、紋次郎ファンの人なら「馬子唄に命を託した」の「猿ヶ京のお政」を連想されると思います。現在、群馬県利根郡みなかみ町に猿ヶ京はあります。
ここで有名なのは、温泉。「猿ヶ京温泉」は、高温の源泉で湯量も多い名湯といわれています。お政の許婚の母「お熊」は、息子の次郎吉に背負われて笹の湯という露天風呂に通っていました。
江戸時代には湯島という字があり、赤谷川の岸辺に湯が湧き出ていたようです。しかし昭和33年にダムができたため、街道の一角はダム湖の底に沈んでしまったとのこと。紋次郎が旅したときとは地形から変貌してしまいました。

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

今、関所の跡には関守の片野家役宅が残っていて、資料館になっています。関所手形、藩札、当時の旅人の持ち物、旅行用心集などが展示されていて、当時の様子を伝えていました。
中でも興味深かったのは、手形の中に「佐渡送り」になる罪人のことが書かれていたことです。
この三国街道の猿ヶ京関所を通り越後に抜け、佐渡に送られた無宿人は、一体何人いたのでしょうか。江戸では享保の頃から「無宿人狩り」と称して、佐渡金山の水替人足の要員として送られていました。

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

さて、この関所を紋次郎は通りません。
女に対しては厳しい関所ですが、男は手形不用。恭順の意を表していれば、咎められず通過が許されます。
しかし紋次郎は騒ぎを起こした上に手負い。関所は抜けられないかもしれません。しかも「金崎の嘉兵衛」の追手も迫っています。

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

お政は紋次郎を馬に乗せて、女坂を通り関所抜けをします。当時、関所抜けが見つかれば磔という厳しい掟がありましたから、それを幇助したとなれば罪に問われるでしょう。
十分に歩けない紋次郎を馬に乗せ、馬子唄を唄いながら間道を行くお政。そのお政の死んだ許婚が好きだった栗の実を、楊枝で落とす紋次郎。作品中一番しんみりとする名場面です。

しかしこの猿ヶ京の関所も、幕末になると手形が無くても宿屋や茶屋の印鑑をもらって、五十文で通れたようです。
天保年間は幕末にはならないかという微妙な時期ですので、このときはどうだったのかはわかりませんが、紋次郎が五十文払って「ハンコください!」(笑)というのは、どう考えても絵にはなりません。ですからこの展開は正解だったと思います。

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

猿ヶ京の里山をウロウロしていますと、お地蔵様が点在してました。田んぼの近くに天保年間のお地蔵様を発見!
喜んで写真を撮っていると、フレームの中になにかがこちらを見ている……。エッ?と思いファインダーから目を外し、よくよく見ると野生のカモシカ?!しばらくお互いは見つめ合い(笑)、何秒かの後カモシカはノソノソと去っていきました。
馬でも猿でもなく、カモシカとの出会い……とても新鮮な驚きでした。

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

車の窓から紋次郎を感じられそうな、雰囲気のある神社が見えました。
「日枝大神」と読み取れました。薄暗い林の中に社殿があります。
大きな神楽殿もあり、これはきっと由緒ある神社だと思い、後日調べましたところ上杉謙信が関東に初めて出兵したとき参拝したという、ゆかりのある神社でした。

この猿ヶ京の近くには三国街道の宿場「須川宿」「永井宿」があります。

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

須川宿は現在「匠の里」と名付けられ、整備されていました。時間がなくて、あまりゆっくり見られなかったのが残念です。
直線道路は昔ながらに三百間(約550メートル)続き、その両側に民家が連なります。駐車場も整備されているのですが、人影も少なく(季節的にだったのでしょうが)静かな佇まいでした。

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

永井宿は、当時は米問屋場に指定され賑わったようです。三国峠に向かう旅人が宿泊や休息をしたり、参勤交代でもいくつかの藩が利用したとのことです。
しかし今はその繁栄ぶりも遠い昔……という感じですが、それはそれでまた趣がありました。

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

「和泉屋」という看板がありましたが、民宿をしていらっしゃるのでしょうか。

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

こちらは「大丸屋」と書かれています。旅籠のようです。
どちらも立派な構えの江戸末期の建物で、どっしりとした風格がありました。
雪が舞い散る中急ぎ足で通り過ぎましたので、いつかはまた訪れたいと思います。

紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

紋次郎とお政は三国峠を越えて行きましたが、私が訪れた日は12月の下旬。新潟から峠を越えて来る車は、大量の雪を載せていました。峠を越えるとやはり雪国という実感がありました。

紋次郎はお熊に刺された太腿の傷をどこで癒したのだろうか、と想いを馳せました。三国峠の周辺はたくさん温泉がありますから、湯にでも浸かってくれていたら……と願っています。

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Re: 紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

どうもお久しぶりです。
久々に写真を追って紋次郎の足跡をたどらせいたきましたら、
小旅行をしたような気分です。
素朴な関所跡の石碑はいいですねー。
関所抜けって命がけであったにもかかわらず、案外
容易かったのでしょうかね。

>紋次郎が五十文払って「ハンコください!」

ちょっと情報部の諜報員みたいでずっこけてしまいます。

地蔵もこうっやて見つけると立派な歴史遺産ですね。
おーっ犬にしてはでかいなと思ってました。
カモシカとの出会いはきっと気分が高揚されたのでは。

下のお社の写真は、映画「椿三十郎」のワンシーン
を思い出します。
織田裕二のを観て、TSUTAYAに走り、やっと三船敏郎
版のVHSを見つけて観たこともありました(笑)

三百間の直線道路は、車道用に広げたものでしょうね。

紋次郎が湯治場で傷を癒すというシーンは絵が浮かびます。
刀も手の届くところにあったのでしょう!

いい山歩きをさせていただきました。

  • 20110522
  • 小父さん ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

宿場のあちこちに訪れて気づくのですが、ほとんどと言っていいほど、大火で何回か消失していますね。
この永井宿も万延元年(1860年)に火災で消失しています。
当時は火事が多かったようです。

この猿ヶ京関所跡のずっと下に、昔は温泉地や集落があったのですが、ダムの底に沈んでしまったようで残念です。
昔の人は、集落が水の底に沈むなんてことは考えも及ばなかったでしょうが……。

それだけに、何百年もその地にあるものに出会うと感激しますね。
さりげなく、埋もれるようにおられるお地蔵さまなんか、その最たる存在なのかもしれません。

  • 20110522
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

私は入浴剤の「猿ヶ京の湯」のパッケージを手に取ると、今でも政吉(お政)の姿が浮かんでくるのです。(笑)

有名な温泉地なのに、俗化されていないようなのは意外でした。
とくに旅籠。
つげ義春の漫画に出てきそうですね。

TV版の「馬子唄」、温泉で全裸の男児が出てますが、あれって今では児童ポルノ法にひっかかって放映できないのでは。(笑)

  • 20110523
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

猿ヶ京温泉は、残念ながら通過のみでしたので「手湯」だけ……。
機会があればゆっくり温泉に浸かりたいものです。

「和泉屋」さんや「大丸屋」さんは、営業されているのでしたら、泊まりたいですねえ。

最近、古民家や昔からの旅籠に愛着を感じます。近代的なホテルやおしゃれなペンションは落ち着きません。
今も営業を続けている宿は、どんどん減っているようですが、なんとかがんばって欲しいものですね。

「馬子唄……」の露天風呂から慌てて出てくる人たちの中には、褌姿のおじいさんもいたような……。
なかなかみんな、リアルに必死でした(笑)。

  • 20110523
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
はじめまして。

ブログを拝読しているうちに
なんだかタイムスリップしているような感覚にとらわれます。

その時代に確かに人が生きていたと
その息づかいが聞こえてくるようです。

また訪問させていただきますね♪

Re: 紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

建岳さま、ようこそ。
コメントをいただきありがとうございます。

「紋次郎の生きざまは、修行僧に通じる」と評された方がおられました。
私も同感!

建岳さまからも、いろいろと教えていただきたいと思っております。

今後もよろしくお願いします。

  • 20110525
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

こんばんは♪

猿ヶ京温泉、いいですね。
群馬県水上町なら、私の方が近いですね。
和泉屋さん、大丸屋さん、営業してたら是非、
泊まりたいですね。

以前、木曽路・妻籠宿の「松代屋」さんに泊
まったことがありますが、往時の面影を残す
良い旅館でした。
宿泊総数20人以下の旅籠でお風呂も2人用の
小さなものです。

ですから、いつでも入れるというものでは無く
都合を聞いて順番に入ります。
古き良き時代の旅籠といった趣でした。
木曽路を旅した折には思い出していただけたら
幸いです。

いつか旅の空の下で、お夕さんとお会いしたい
ものですね。

では、又♪

Re: 紋次郎の影を追う「三国街道 猿ヶ京」

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

まず、江戸時代から営業されている旅籠が、今も続いていることに敬意を表したいと思います。
長い年月の間、ご苦労や躊躇されたことが数々あったと思います。

私たちが応援できることは、この風情を愛し、宿泊することでしょうか。

妻籠宿は、私も一度は宿泊したいと思っています。ご紹介いただきありがとうございます。

早朝や夕暮れ、雨にしっとり佇む宿場……想像しただけでワクワクします。

お出会いできることを、私も楽しみにしております。(出会っていてもわからないですかね)

  • 20110526
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
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