紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

Articles

第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

(原作 第38話)(放映 1977.12.7)
ここでとうとう、佐七が泣き叫ぶ。
「おっかさーん!」
大きな口をたたいていた佐七だが、情けない有様である。おまけに、頭に「お前は誰の子なんだ?」と聞かれて、「今須村の庄屋の女房、菊乃の落とし子だ!」とまで明かしてしまう。
本当に根性がない。
佐七の素性を知ってハッとする勘吉。

その後回想シーンとなる。

藤三郎の悪行と勘吉が藤三郎を殺すシーン。
ナレーションで「今から20年前の秋……」と言っているので、佐七の設定は20歳。原作では30歳である。
道理でテレビ版の佐七は、原作より幼いし肝っ玉が据わっていない。ペラペラ喋ってしまうので、本来なら最後のどんでん返しのはずが本人の口からネタがばれてしまった。
おもしろくない。

原作では勘吉が重蔵に喋っている話の内容から、佐七は勘吉が父親の敵であることを気づく。
しかしそのことについては佐七は一切触れないし、人質にとられても菊乃の子どもだとは明かさない。
したがって原作では脅迫文にその旨が書かれていない。

拉致されたテレビ版紋次郎は、人質の三人の身代金を要求する脅迫文を持って行くように命令される。当然紋次郎は断る。
頭が「命が惜しくないのか!」と脅すが「もとより明日をも知れぬひとり旅。今日果てようと明日露になろうと変わりはない」と冷めた口調で答える。

そのやりとりを聞いていた勘吉が、「自分も同じく命は惜しくない。しかし若い二人を見ていると辛い。この老いぼれに免じて、言うことを聞いてやってくれ。この二人の為だったら庄屋も親分も何とか力になってくれるだろう」と言って、紋次郎に頼む。

「てめえの命と引き替えに、他人様を騒ぎに巻き込むのは渡世の筋じゃござんせんよ」
紋次郎の返答に勘吉は、最後の切り札を出す。
「わかった。それ言えるのはお前さん、ただ者じゃねえな。おい、あっしの手甲をめくってくれ」
と言って、めくられた勘吉の二の腕には二筋の入れ墨が……。
紋次郎はそれを見て反応する。
続いて勘吉は周囲の者に命令する。

「このお人の手甲も外すんだ」
なんと紋次郎の二の腕にも二筋の入れ墨が現れる。
それにしても、周囲の悪漢も人質の言うことをよく聞いて、手甲をめくってくれたものである。

そのあと、ナレーションが入る。「二の腕に二筋の入れ墨は重罪を犯して島送りになった者の烙印である……」
ここで、「入れ墨があればすべて島送りだったっけ?」という疑問が起こる。
二筋の入れ墨は江戸での初犯のとき、処されるものだったと思うのだが……。

「佐渡送り」についてはカタカナで「サ」と彫られるのだが、八丈島や三宅島はどうだったのだろうか。
「運良く娑婆に戻れた者は、渡世人仲間に一種の畏敬と恐れをもって……」
このあたりは頷けるのだが……。

二人は顔を見合わせ、暗黙の「以心伝心」。
そして、紋次郎は引き受けることにする……というのが、テレビ版の流れである。

紋次郎は殺人の罪(幼なじみの身代わり)で三宅島に遠島になり、島抜けをした経験がある。(「赦免花は散った」より)
ただ前シリーズでは市川監督の意向があり、紋次郎が島抜けしたという設定は提示されていない。

「暁の追分に立つ」では五郎蔵の子分から「二十年も島送りになっていたとっつぁんの願いというのを……」の言葉に振り返り、「島送り……?」と聞き直す。そして結局五郎蔵の頼みを聞くことになる。

「新木枯し紋次郎」では原作通り、紋次郎は「島抜け」の経験者である。そして今回、二の腕の入れ墨まで見せている。
私の中での「紋次郎像」が崩れ落ちた瞬間である。

かくして紋次郎は縁もゆかりもない渡世人三人のため釈放され、脅迫文を庄屋に届けに行くことになる。
一般人なら届けずに、「関わりのないこと」としてそのまま去っていくだろうが、紋次郎は絶対にあり得ない。
なんせ「地蔵峠の……」では、「自分を殺せ」と書かれた書き付けを、内容を知った上で届けに行くぐらいの人物なのだから……。
菊乃に案内されて庄屋の家に向かう映像は、京都「摩気の橋」。特徴的な石燈籠も後で映し出されるので、これは確か。

第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

原作での紋次郎は全く疑いもなく書き付けを届けている。

「紋次郎は、金剛ヶ淵の岸辺で、一息入れていたのである。そこへ、ひとりの乞食浪人が現れて、今須の庄屋の屋敷へ届けてくれと紋次郎に書き付けを渡したのだ。断る理由もなかったし、どうせ通り道だからと、紋次郎は使いの役を引き受けた。」
(原作より抜粋)

この原作の展開もどうかと思う。
聡明な紋次郎なら、この周辺で立てこもり事件が起こっているのだから、怪しいと気づきそうなものだろうが……。

紋次郎は何も知らず書き付けを届け、無頼の徒の仲間と見られ、庄屋の納屋に監禁されてしまう。とんだとばっちりである。

庄屋の家に二人が呼び出され、橋を渡って駆けつけるシーン。一人は重蔵の親分「嘉兵衛」。もう一人は勘吉の女房「金貸しのお杉」。
このシーンの時のBGMがひどい。一瞬、耳を疑った。深刻なシーンなのに、まるでおちゃらけの時代劇のような曲調。
がっかりした。

峠に立てこもる牢破りの連中は、「越前の鬼」と名乗って義民ぶっているがその実は全く違う。
テレビ版では内田さんが声高にアジっている映像があるが、これも違和感を持つ。
政治体制に反対して徒党を組み、人質をとって自分たちの要求を通そうとするこの姿はまさに1977年の世相そのままである。この年の9月28日、赤軍派による日航機ハイジャック事件が勃発。犯人グループ5人は、人質の身代金としてアメリカドルで600万ドル(当時約16億円)と、同志の釈放などを要求した。

この回の展開は、まさにこの事件とリンクしている。
中村氏は、ただの時代劇に終わらせることはしない方針なので、彼らしいといえばそうなのだが、私は好まない。
ハイジャック事件は人質が無事解放されるが、こちらは原作もテレビ版も、人質三人は見殺しにされる。

重蔵は、縁組みまでされる信頼関係のはずが、親分から見放される。
勘吉は、昔連れ添った女房から見捨てられる。
庄屋で警護にあたる若い者たちは「どうせ虫ケラ同然の無宿者だ。殺されたって仕方がない」
「もっとマシな人質を取ればいいのに……」
と口々に言ってあざ笑う。
紋次郎はそれを無表情で聞く。今に始まったことではないが、無宿人の命など誰も気にはしないのである。

佐七の存在は微妙ではある。原作は庄屋の嫁菊乃の落とし子とは明かされていないので、ただの通り者。
しかしテレビ版では、菊乃の隠し子という存在で身代金を要求されたが、庄屋からは否定されている。菊乃の主人、庄屋の九郎右衛門は、菊乃には脅迫文をはっきり見せていない。
しかし菊乃は、納屋に監禁されている紋次郎から話を聞き出し、佐七は我が子ではないかと思い悩む。菊乃の存在は、テレビ版での唯一の救いである。
佐七は生まれてすぐ、舞木の知り合いにもらわれていったのだ。
過去にあった不幸な出来事で生まれ落ちた我が子。しかし、我が子には変わりがない。渡世人になっていてもやはり子を思う気持ちがある。

「怨念坂を蛍が越えた」では、実の弟の源吉が無宿渡世人になって、庄屋のご新造さん「お冬」の前に現れた。お冬はこの事実を隠そうと画策し弟を亡き者にしようとした。
今回とシチュエーションが似ているが、原作もテレビ版もそういう展開にはならなかった。ただ、テレビ版の方がずっと子を思う母親の情愛を前面に出している。

テレビ版の佐七の胸には、原作にはない母親が付けたお守りが揺れる。紋次郎は菊乃から、お守りの有無を尋ねられるが「気づきやせんでした」と曖昧な返事をする。
そして菊乃に嘘をつく。
「あっしの知っている佐七っていう男は、両親が三河で百姓をして、いまだに健在だと聞きやした。」

この嘘は紋次郎の優しさから来るものである。紋次郎は菊乃が純粋に我が子の心配をしていると読み取ったからである。
いつもの紋次郎なら、こんな積極的に嘘まではついて否定しないだろう。紋次郎らしからぬところかもしれない。
原作には、監禁されている紋次郎と菊乃の接触はないので、紋次郎がここで嘘をつくこともない。

身代金の件が承諾できない場合は、岸辺の二カ所で火を焚くという手はずになっている。果たして人質三人と「越前の鬼」たちが見守る中、焚き火をする煙が上がる。
絶望的な三人の様子であるが、「お杉ー!」と叫ぶテレビ版の勘吉はいただけない。やはり未練があるのか、見殺しにするお杉を情けないと思ってか。
勘吉にはグッとこらえて欲しかった。

一番に重蔵が銃で殺され、あっけなく崖下に落下。その瞬間、勘吉が銃を持った男に体当たりして佐七を逃がす。
「あっしに無駄死にさせるんじゃねえ!おめえの親父を叩っ斬ったのは、この勘吉だ。借りを返させてもらうぜ!」
勘吉は後ろ手に縛られたまま、暴れるが殺されてしまう。市村さんの鬼気迫る演技である。
この俳優さんの表情もさることながら、振り絞った叫び声は胸に迫るものがある。
佐七は驚いて呆然となるが、後ろ手のまま刀を口にくわえ(こんなことできるのだろうか?)逃げ出す。

原作の紋次郎は監禁されている納屋の小窓から、合図の焚き火を目にする。
紋次郎は勘吉のことを考えていた。
勘吉は三十年も八丈島で暮らし、運良くご赦免となり自由な身になった。しかし島帰りの老渡世人の生きる道は決して幸せなものではなかった。白髪の流れ渡世人としてしか生きる道はなく、せめて死ぬ前に生まれ故郷に……という想いで帰ってきたのに
この災難……。
だれも救ってはくれないし味方はいない。紋次郎は勘吉と自分とを重ね合わせる。もとより覚悟はできているし、悟っている自分の行く末ではある。
しかし哀しい。
(後編に続く)

トラックバックURL

http://kogarashi1940.blog10.fc2.com/tb.php/152-c938d943

この記事へのトラックバック

この記事へのコメント

佐渡送り

こんばんは♪

月一の「読書サークル」を終えて、「反省会」と称しての「飲み会」も終えて(笑)お邪魔いたしました。
原作も、DVDも手元に無い状況で、コメントもおこがましいのですが・・・
カタカナの「サ」の刺青に反応してしまいました(笑)

「サ」の刺青・・・
紋次郎以前の笹沢氏の「新股旅」シリーズ。
その幕開け「中山峠に地獄を見た」で、どんでん返しに使われた事を思い出した次第です。
さすがに、お夕さん、ちゃんと「カタカナ」のって入れてある。
こんな些細な描写にも、手を抜か無い技量が、ファンにとっては嬉しいものですよね。

テレビは分かりやすくが命なのでしょう。
小説は納得がいくまで、繰り返し読めるのが、根本的に違うのでしょうね。
ただし、主人公の性格まで変えて欲しくはないですね。

ますます快調の「お夕節」後編が楽しみです。
では、又♪

Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

え~~っ!?
えええ~~っ!?
えええええ~~っ!?
も、紋次郎が島帰りの刺青~~ぃ!?

な、なんちゅうことをしてくれるんや。このスタッフ…。
これまでのお夕さんの文章を読んでいて「もう何が出てきても驚かないぞ」と思ってたのですが、読みが甘かった…。

当時、私は最初の数話で、「これ以上私の紋次郎像にヒビを入れたくない」と、見るのを止めたのですが、お夕さんは見続けられたんですよね。
この一件の後も当時見続けられたんでしょうか。

前回のコメントで、紋次郎が使い走りに出た理由を「原作では最後まで描写されませんね。 」と書いたのですが、有ったんでしたね。
でも「断る理由もなかったし、どうせ通り道だからと、紋次郎は使いの役を引き受けた。」ってのは納得行きません。
「引き受ける理由がないから」と断るのが紋次郎なんですから。

ところで作者のネーミングって、年代による傾向がありますね。
四十がらみの渡世人なら「伊兵衛」。(遠州路・泪橋・生きている幽霊)
五十がらみなら「勘吉」(鬼首峠・鴉が三羽)
老婆なら圧倒的に「お熊」が多く、あとは「お鹿」「お杉」など、いかにも年寄りっぽい名前。
まあ「お杉」と聞いて婆さんを思い浮かべるのは宮本武蔵の影響かもしれませんが。

別に、18歳の勘吉や16歳のお熊さんが居たっておかしくはないんですけどね。(笑)

  • 20110605
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

ぶんぶんさん、コメントをいただきありがとうございます。

「中山峠に……」もお読みになっているんですね。
さすが、ぶんぶんさん!

入墨については一応調べてみました。
しかしながら、三宅島への遠島の場合はどうだったのかは、わかりませんでした。
小説内にも書かれていなかったように思いますので、「新……」だけの話のようです。

テレビ番組の限られた時間内で、一話を完結させるというのは難しいものでしょう。
原作を、どこまで踏襲してどこを脚色するか……悩ましいところだったと思います。

「新……」の撮影については、時間も予算もない中でしたので、いつも綱渡りだったようです。
脚本がなかったら、撮影できませんものね。
このあと中村敦夫さんが「白鳥浩一」となって、脚本を書かれる作品も出てきますし、実弟の勝行さんも何本か書かれています。

まだまだ先は遠いですが、よろしければおつき合いくださいね。

  • 20110605
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

TOKIさんの驚かれようが目に浮かびます。(お出会いしたことないのにね)
中村兄弟はここまで、思い切ったことをされたんですね。

「だから言ったでしょ!『新』なんだって!」
と言われそうです。
そう「続……」ではないんです。あくまでも「新……」。
ソロバンでいくと
「ご破産で~願いまして~」で始まった訳です。
(たとえがややこしいですか?)

当時の私はTOKIさんと同じく、初めは見ていたように思います。
記憶があいまいです。

で、時々思い出したように見ては、「ああ、やっぱりあかん。見てられへんわ~」
の繰り返しだったような……。

TOKIさんのユニークな着眼点にはいつも驚かされます。
名前から受ける印象って、確かにありますね。
優男タイプ、三下タイプ、大商人タイプ、ひとかどの渡世人タイプなど、それぞれ名前でなんとなくわかりましたね。

ところでこの「鴉が……」に出てくる「越前の鬼」の頭には、名前がありませんでしたね。
珍しいことだと思いますが、笹沢さんはどうして名前を与えなかったんでしょうねえ。
(でも台本にはチラリと名前が出ているんですけど……)

  • 20110605
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

こんばんは♪

やっぱ、気になって(笑)
「ご破産」・・・

「ご破算」ですよね。
ご破産だと、全滅じゃ~
あはは、
お夕さんにも、こんなことがあるのですね。

スルーしようと思ったけど、楽しいので(お夕さん
とじゃれたいのかも)余計なひと言で、ゴメン!

後編を楽しみに、では、又♪

Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

ぶんぶんの親分、ツッコミいただきやしてありがとうございやす。

お恥ずかしい限りでござんす。
破産と破算……似て非なるモノでござんした。
が、考えようによっては「新……」シリーズの低予算ぶりは「ご破産」状態だったかもしれやせん。
(いやいや、正当化するのは渡世の道に外れやす)

お夕さんにもとありやしたが、実際のところお夕さんなのでの方が正しいのかもしれやせん(笑)。

以前、心蘇生法のところを心蘇生法と記述して、「心配を蘇生させてどうするんじゃー」と、心配されたことがありやした(苦笑)。

元来そそっかしい若輩モンで、これからもあちこちにそういう類が落っこちていると思いますんで、どうぞみなさま、遊んでいっておくんなせえ。

それではどちらさんも、ご免なすって。

ぶんぶんの親分、ご指摘いただきやして御礼申し上げやす。

  • 20110607
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

お夕さん、お久しぶりでございます。
いくつか記事を読んでいて、一段とお夕節が冴えておられるようで、
次々に紋次郎ワールドへ引き込まれております。

一の糸?、いや線でしたわねっ、この刺青の数で前科が
どれほどあるのかがわかるとは・・・なるほどでした。

でもなぜかドイツのユダヤ人収容所で番号を刺青されていた
子どもたちのことがふと浮かんできましたのよ・・・

今日は少し時間があるのでもう少しこの気持ちが落ち着くブログで休憩させてくだしゃんせ・・・笑

  • 20110608
  • 淡青 ♦pDmV/urE
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

淡青さま、コメントをいただきありがとうございます。

紋次郎に入墨が……これはファンにとっては、ショックを受ける部分であります。
幼なじみの日野の左文治の身代わりとして、殺人の罪で三宅島へ……。
小伝馬町の牢にも3ヶ月いました。

その様子は詳しく書かれていませんが、映画の中では映像化されているのかもしれません。(菅原紋次郎版は未見ですので、知りません)

とにかく入墨は、いろいろ種類があったようです。

今はファッションとしてタトゥーと呼ばれ、身体に入れている人もいますが、本来入墨と刺青とは違うようです。

ユダヤ人収容所にも、そんなひどいことが行われていたんですか。それも子どもに……。哀しいですね。

またよければ、お寄りくださいね。
ありがとうございます。

  • 20110608
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

何時もお世話になっていると聞きました。ありがとうございます。!お礼の、応援に行きました。!
叔父は未だ暫く療養します。宜しく!!

  • 20110621
  • 荒野鷹虎「代筆甥っ子の響です)詩部門(てけつつうらい) ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(中編)

響さま、コメントをいただきありがとうございます。

叔父さま譲りの義理堅さ……。
わざわざおいでくださって、畏れ入ります。

鷹虎さまの一日も早いご回復をお祈りいたします。
また、よろしくお伝えください。

  • 20110621
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
コメント投稿フォーム

管理者にだけ表示を許可する

Paging Navigation

Navigations, etc.

About This Website

/