紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第10話「鴉が三羽の身代金」(後編)

第10話「鴉が三羽の身代金」(後編)

第10話「鴉が三羽の身代金」(後編)
(原作 第38話)(放映 1977.12.7)
テレビ版の佐七は自分一人で峠を下りてくるが、原作の佐七は崖から飛び降りた勘吉を見殺しにすることができず背負って下りてきた。原作の佐七はあっぱれである。
佐七は背負った勘吉の骸をお杉の足許へ下ろす。お杉はびっくりしてその場に尻餅をつき、飲んでいた一升徳利を投げつける。

「おめえみてえな婆に見殺しにされるのが、惜しいくれえにいいお人だったぜ」と佐七はお杉の顔に唾を吐き、「勘吉のとっつぁんのためにも、許せねえんだ!」とお杉に斬りつけ殺害する。
老婆が殺されるのは、あまり気持ちのいいものではない。

しかし原作のお杉は、かなり非道い婆さんである。強欲、守銭奴、金の亡者と言われ、周囲からは冷たい目で見られている。
今須でお杉から借金をしない者はひとりもいないというぐらい、手広く金貸しをしている。
このお杉の丁半博打の腕はかなりのもので、賭場が開かれると必ず出かける。大金は手にしないが一~二両ほど儲けると引き上げ、それが25年も続いた。貯めこんだ金はなんと二千両!?

「無宿なんてものは人のうちに数えられねえものなんだ。世間にとっては、余計者の虫ケラよ。何の値打ちもねえんだから、さっさと冥土へ送られちまったほうが、人助けってもんさ。わしは殺されたって、一文も出しはしねえからな」
と要求をはねつける。

おまけに紋次郎に向かって
「畜生!無宿人ばかり、こうして揃いやがって……。わしは金の亡者でも、お前たちと違って人のうちにはいるんだぞ!」
と喚き立て、紋次郎の顔に唾をカッと吐きかける。
自分は人として存在するが、無宿人は人間ではないというのである。
全く持って許せない婆さんである。
だから殺されても仕方ない、と言われればそれまでであるが……。

その点テレビ版のお杉の人物設定は薄い。そこまで悪い婆さんではないように思えてしまう。
原作と違って、テレビ版の女優さんは少し品が良すぎる。それ故に、佐七に殺されるシーンは残酷に見えてしまう。
もう少しお杉の、血も涙もない憎たらしい守銭奴ぶりを表してほしかった。
この婆さん殺しのシーンで、私はまた心が萎えてしまった。

庄屋を襲う「越前の鬼」の集団。無抵抗の堅気の衆が次々に殺されていく映像も残酷である。
渡世人同士の斬り合いは、お互い刀を持っているのである程度わかるのだが、村人は全くの無抵抗。
次々に越前の鬼集団に襲われるシーンは、気が滅入る。

監禁されている紋次郎のもとに菊乃が駆け込んで来る。
「紋次郎さん!もうこの家はおしまいです。せめて紋次郎さんだけでも、逃げてください!」
長ドスを渡されたとたん悪漢が飛び込んでくるが、紋次郎はすかさず斬りつけ外へ飛び出す。

「越前の鬼」の頭が庄屋の九郎右衛門を追い詰める。九郎右衛門は脇差を振り回している。
さてこの九郎右衛門役は、「田口 計」さん。よく悪役でテレビに出演されていた有名な方。今回はその悪役ぶりがあまり発揮されず、もったいない感がある。

もったいないと言えば、頭役の内田さんも強烈なオーラが感じられず、中途半端な感じが否めない。
「竜胆は夕映えに……」の喜連川の八蔵や「流れ舟は……」の鬼の十兵衛には、強烈な印象があったが、今回は役名すら与えられていない。
残念である。

九郎右衛門がバッサリ斬られたところに、佐七が飛び込んでくる。
「小僧、こんなところにいやっがたのか。」
頭が圧倒的な強さで佐七に襲いかかるが、ここで紋次郎が割ってはいる。
その隙に佐七はその場を逃げ、蔵の近くで菊乃と出会う。二人は凝然として見つめ合う。親子の対面である。
ようやく、菊乃は「佐七かい?」と尋ねるが、佐七が答える間もなく敵が斬りつけてくる。

佐七はそれっきり菊乃の姿を見ることもなく、屋敷を出たところで悪漢たちに斬り殺されてしまう。紋次郎はそれに気づいて駆け寄るが時すでに遅く、今際の際で赤い守り袋を渡される。
「紋次郎さん……菊乃に、いや……おっかさんに、こいつを渡してくれ……」
逡巡して紋次郎が懐に守り袋を入れると同時に、後ろから襲いかかる最後の敵である頭。
振り向きざまに紋次郎の長ドスが弧を描き、頭の内田さんは刈り取り後の田んぼにバッタリと倒れる。

今回の紋次郎の殺陣の時間は短かった。あんまりいいところはなかったなあ、という印象で、紋次郎の圧倒的な存在感が無かった。
監督業のほうが忙しかったので、それどころではなかったのかもしれない。

原作では、庄屋の周辺に火が放たれ、その中で死闘が繰り広げられる大スペクタクルである。佐七もテレビ版よりずっと腕が立ち、嘉兵衛の子分たちも何人か叩っ斬っている。
原作の佐七が何回か口にしている台詞に「勘吉のとっつぁんの意趣返し」がある。佐七は人質の身から解放されたというのに、自らまた危険な地に足を踏み入れる。
それは「母親に会いたい」などという甘い考えではなく、「勘吉の意趣返し」のためなのである。勘吉は、いわば親の仇である。
しかし親の仇から命を助けられ、人質二人は殺されてしまった。殺した「越前の鬼」たちも憎いが、見殺しにした奴等も憎い。
九郎右衛門にとっては、佐七だけではなく勘吉も死んでもらう方が都合が良かったわけである。
何もかもが怒りの対象になる佐七であるが、テレビ版はその辺にはあまりスポットを当てていないようである。

第10話「鴉が三羽の身代金」(後編)

原作の紋次郎は、佐七が担いで来た勘吉の死骸を見下ろす。

「紋次郎は勘吉の死に顔に、目を落としたままであった。三十年ぶりに地獄を抜け出した男の顔だと、紋次郎は思った。しかし、戻って来た娑婆も、地獄と変わりなかったのだ。」
(原作より抜粋)

このあたりで、紋次郎は佐七に加勢しようと考えたのだろう。
宿場内が炎に包まれる中、紋次郎は長ドスだけでなく、竹槍も使いながら佐七と共に敵を倒す。

テレビ版は予算的には無理であるので、火事になる設定は当初から想定なし。
そして浪人崩れが8人もいるわりには、紋次郎は苦労せずすべてあっさり倒している。多分、予算だけでなく尺も足らなかったのだろう。

佇む紋次郎に菊乃が近づいて尋ねる。
「そのお人は何を言い残して死んでいったのですか?もしや、身の上についてなにか……?」
「おめえさん方とは住んでいる世の中が違うと、ただそう言っただけで……」

テレビ版の紋次郎は、なんの躊躇もなくこの台詞をスラスラと言ってしまうので、視聴者は「えーっ?」である。
今作品、紋次郎がついた二つ目の嘘である。

原作での佐七は今際の際に紋次郎だけに打ち明ける。
自分は庄屋の嫁菊乃の隠し子であることを……。ここがいわゆるどんでん返しである。

重蔵と勘吉の会話から、勘吉は自分の親を殺した男だと気づき、勘吉のことが気にいらなかったという。
しかし身代金を出せないという煙の合図を見たとたん、三人は一緒に死のうと覚悟を決め心が通じ合った。
勘吉は自分が殺した藤三郎の倅が佐七だと知らないまま、崖から飛び降り佐七を逃がしたのだ。
「まだ若いんだから命を大切にしろ」と言って……。
そういえば、紋次郎にも同じ言葉を口にした勘吉だった。

原作とテレビ版は逆だったのである。
原作は佐七が気づいていて、勘吉は気づいていなかった。テレビ版では佐七は気づいていなくて、勘吉は気づいていた。

テレビ版の勘吉は、「借りを返す」という思いで佐七のために命を落とした。
原作の勘吉は佐七の出自を知らないでいる。ただの鼻っ柱の強い若造だと思っている。しかし、どこの誰かとも知らない若者の命を散らさないために、自ら崖から身を躍らせた。
どちらも、勇気ある尊い行為だと思う。

原作の佐七は「人質になっても菊乃の子どもだということは一言も言わなかった。そんなことを喋ったら九郎右衛門と菊乃に迷惑が及ぶだろうから。」と胸の内を語る。そこまで考えていたなんて、やはりこちらの方が大人である。
しかしその仕打ちがこの有様である。薄情な奴等に怒り狂った理由は頷ける。

「だが、仕方がねえやな。住んでいる世の中ってものが、まるで違うんだ。死ぬまで、いや死んでからだって……」そう言って、佐七は息を引き取る。
同じような台詞が胸をよぎる。
前シリーズ、第一シーズンの「女人講の……」に出てくる巳之吉の台詞。お里への最後の言葉である。

「……生まれて来たときから、そう定められていたんだからな。お前とおれが、どうしても一緒になれなかったのと同じさ」

佐七も巳之吉もよく似た出自だった。陵辱されて生まれ落ちたこの二人には何の罪もないのだが、運命は容赦なく哀しい結末を用意するのである。

原作でも、菊乃は佐七の事を尋ねる。
「初めて顔を合わせたのに、いきなり「菊乃さんかい?』と笑いかけた。この人の氏素性についてなにか言い残したのでは」
と問う菊乃に
「おめえさん方とは……」と答えるのである。

住んでいる世の中が違う……原作では佐七だったが、テレビ版では紋次郎の口から出た言葉である。
テレビ版では、佐七の最期の頼みである守り袋を菊乃に渡すことはしない。
「住んでいる世の中が違うのだ」という台詞を自らの言葉として、紋次郎は佐七に引導を渡した。

「紋次郎さんはなぜ隠し立てをなさるんです?」菊乃はお守りを探しながら、紋次郎に詰問する。
「あっしには言い訳なんぞござんせん」

また何となくちぐはぐな感じである。
原作にはこの決め台詞は書かれていない。

街道を往く紋次郎。歩く道が何となく舗装されているように見えるのは気のせいか?
ヒメジョオンが咲く道ばたのお地蔵さん。
ヒメジョオン……?帰化植物だったはずだが……。調べてみると、明治の初めに観葉植物として日本にやって来たようであるので、時代を先取り(笑)している。

お地蔵さんの首に佐七の赤いお守りをかけて、楊枝を飛ばす紋次郎。
佐七の最期の願いを聞いてやれなかった償いのようにも思える。

原作の紋次郎は、風に舞う書き付けを、本陣の板塀に楊枝を飛ばして縫いつける。書き付けは「越前の鬼」からの脅迫文である。

最後のナレーションは原作と同じで「今須の騒動についての記載はないが、5年後の弘化3年に今須宿の西、金剛ヶ滝の底より甕につめた二千両を引き揚げたが、金貸しのお杉婆のものであったかは定かでない」という内容のものである。
それはそれでいいのだが、BGMがない中でのナレーションなので余韻もなく殺伐とした感じの中、紋次郎は去っていく。

今回は中村兄弟の初の作品というふれこみがあったと思うのだが、正直落胆する部分が大きい。

その一 風景の美しさや映像美がなかった
その二 首をひねるリンチシーンが多い
その三 紋次郎の二の腕の入れ墨
その四 その当時の世相を意識しすぎ
その五 BGMが不適切

これもひとえに、制作日数と予算の少なさのためだと思っている。
今回は大分辛口になってしまった。

印象に残るところは、勘吉の腹の底から振り絞る魂の叫びと、初めて菊乃と出会ったときの佐七の表情……。
しかし、凝縮するとテーマはこの二つだったのだから、それで良かったのかと自分に言い聞かせている。

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Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(後編)

う~~~む、死ぬ間際の人間の頼みのお守りを受け取りながら、約束を果たさず、ウソを言って終わるとは。
他の色々な点も含め、私よりもずっと寛大に「新」を見ているお夕さんをも落胆させるほどでしたか。

私は、これは制作日数や予算の少なさ 以前の、「紋次郎ワールドへの愛」の欠如だと思ってます。
「新」の制作サイドは、初期の原作小説に耽溺して、好きなフレーズを暗誦できるくらい熟読したり、前作紋次郎に憧れて歩き方や喋り方を真似、自分で楊枝を作って咥えたりした経験が、ほぼ無かったのではないかと思っています。

これから映像化するということで、「新」の頃の原作は熟読したとは思いますが、この頃の原作は自然描写が激減し、また作者のマンネリ打破が裏目に出たために、紋次郎としてどうなのか、首を傾げたくなる箇所が少なからず有ります。
そのためか、「新」では紋次郎というものを、「アウトローの話」としてしか見ていないようなフシが感じられます。

>凝縮するとテーマはこの二つだったのだから、それで良かったのかと自分に言い聞かせている。
やっぱりお夕さんは寛大だなあ。
私なら制作サイドを小一時間説教し、「これは『新』だから」とでも言うのなら、「でも『紋次郎』だろ!?」と、紋次郎の魅力について一晩説教をしてやりたいです。(笑)

~追伸~
これほどガチガチに紋次郎の紋次郎らしさにこだわる私ですが、ほりのぶゆきの漫画「江戸むらさき特急」に出てくる、中村敦夫さん似の紋次郎は好きです。
楊枝を飛ばすのではなく、楊枝の先から変な液体を出して相手に吹き掛けたり、ギャグですが、ここまで突き抜けると、却って別物として捉えられて楽しめております。

  • 20110616
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(後編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

大体、今際の際の頼みは聞くのですが、今回の紋次郎は事実を封印しました。
佐七は報われませんでしたね。

原作の佐七は、自分が菊乃の息子であることを知らせて欲しいとは一言も言いませんでした。ですから紋次郎もその気持ちを酌み取り、菊乃に事実を伝えませんでした。
こちらは正しい選択だと思います。

敢えて、原作とは違うテイストに変更した意図はなんだったのでしょうか。
母子の情愛を絡めて、悲哀感を演出しようとしたのでしょうか。
しかし最後に、紋次郎が守り袋を渡さず佐七の願いを却下したことで、悲哀というより残酷という言葉の方が相応しくなってしまったように思います。

原作通りの方が良かったんじゃないかと思います。

TOKIさんのご指摘にもありますが、原作もいろいろですね。
私もやはり初期の頃の作品が好きで、より紋次郎の魅力が凝縮されているように感じます。

「紋次郎ワールドへの愛」……まさにその通りだと思います。
紋次郎そのものだけの愛ではなく、根底に流れる美意識(映像も情趣も含めての)を大切にする人々が、市川監督周辺にはたくさんいたように思います。

しかし「新……」には、「紋次郎ワールド」というより、紋次郎を素材とした作品作りをしているように感じてなりません。

このブログが、原作の紋次郎と中村紋次郎の比較と銘打っているだけに、「寛大なお夕さん」(笑)ではありますが、「贔屓の引き倒し」にはならないようにしたいです。

《追伸》
「紋次郎」のオークションをのぞくと、「トンデモ商品」が結構あって、噴飯ものですゾ。

  • 20110616
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(後編)

こんばんは、初めて書き込みをさせていただきます。
子供の頃から憧れの紋次郎。遅ればせながら今回ようやくスカパーe2に再登場とあって慌てて契約にこぎつけ、今月から毎日楽しんでおります。
放送当時まだ幼かった事(このドラマで、『死』と云うものの存在をはじめて意識したように思います)や、『新・・』がどのような感じ(先日Youtubeで初めて観て愕然としました)のドラマだったのか知らなかった者として、原作とあわせてこちらのブログを拝見しながら、自分も日々着々と『紋次郎気質』となっていくのを感じます(笑)
さてこれから、今日録画した第十話『土煙に絵馬が舞う』を観ます(『新・・』シリーズが始まるのがちょっと憂鬱です・・笑)

Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(後編)

ケンシロウさま、初めまして。
コメントをいただきありがとうございます。
ようこそおいでいただきました。

ケンシロウさんも、長い間憧れていらっしゃったんですね。
お仲間ができてうれしいです。

良い作品というのは、何年経っても劣化しないものだとつくづく感じます。
それどころか、新たな発見や味わいが深まり、熟成していくように思います。

紋次郎になりたい!紋次郎に会いたい!と想う人が、どんどん増えていけばいいなあと、スカパー!放映には期待をしております。

「新……」の方が好きだ、とおっしゃる「通」の方もおられますので、いろいろなファン層が広がるのもいいなあ、と思っています。

これからもどうぞよろしくお願いしますね。
過去の記事でのご感想も、よければお寄せください。
ありがとうございました。

  • 20110618
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(後編)

またごぶさたでした。
いやー、よくこれだけの記事が書けますね~。

やはり物語には殺しが必要なのでしょうか。
最近読んだ高村薫 の『マークスの山』にもどんどん殺しが出て来て、出来うることならそんな残虐性の
殺しは避けて通りたいと思いましたし、ジョニー・デップの映画「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」は見ましたが、先ほど観ていた、とても古いブロードウエイの、このミュージカル解説を聞いていたら劇場の観客はもっと、衝撃的な印象を受けるお客でもあったようです。


>「無宿なんてものは人のうちに数えられねえものなんだ。・・・

云々と前後のお杉の人生観なり生きざまは絵になりますね。
ある意味では、紋次郎の引き立て役なんでしょう。

落胆の五項目は、なかなか面白いです。
これだけのことが書ける、お夕さんで尊敬ですね。

小生のコメントにはこのページにも限界を感じます(笑)
これだけの評論は他に類例はないでしょう。
ありがとうございました。 

  • 20110618
  • 小父さん ♦-
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Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(後編)

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

殺しが無いと話が始まらないか……。
笹沢氏もそのあたりを考慮してか、シリーズの後半はめっきり死人の数が減ります。

降りかかった火の粉を払うというのはわかりますが、もともと無益な殺生を紋次郎は好みませんからね。

お杉は金に執着して人間性を失い、最期は畳の上では死ねませんでした。
強欲と無欲の対比としては、よく考えられていましたね。
心が貧しい者は、いくら金を持っていても幸福にはなれないという教訓を感じます。

こちらこそ、いつもおつき合いくださってありがとうございます。

これからもどうぞヨロシク!

  • 20110619
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(後編)

お夕さん、こんばんわ。

いよいよ佳境に入ってきましたね。コメントされる方も楽しんで拝読されておられるようで、紋次郎ファンとしては、うれしい限りです。

実は、今日気づいたのですが、私のブログの画像を無断使用している不届き物が居て、少々戸惑っています。

ヤフー動画のこのページ
http://player.video.search.yahoo.co.jp/video/33b351257e7bc0b0e37ee26c777c5a37?p=%E6%9C%A8%E6%9E%AF%E3%81%97%E7%B4%8B%E6%AC%A1%E9%83%8E&b=1&of=&dr=&st=&s=&pd=&ma=&rkf=1&from=srp

ほかにもYOUTUBEにまで・・・。

ご丁寧に「自分の秘蔵のスナップ」とか書いていてあきれます。ヤフーブログの設定は転載不可にしてあるのですが、OSがWINXPでは以前はできなかったマウスの右クリックで「名前を付けて画像を保存」がWIN7では出来る様になっているんですね。どうなっているのかわかりません。

九子さんのブログの紹介で載せた加工した画像や、「必殺仕置屋稼業」の画像まで使っているので間違いありません。

まあ、自分も版権を持っているわけでもないので、偉そうには言えませんが・・・。思い入れがある画像なので少々憤慨している所です。





  • 20110622
  • おみつ ♦suWcSb.M
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第10話「鴉が三羽の身代金」(後編)

おみつさま、お久しぶりでございます。
コメントをいただき、ありがとうございます。

どこの世界にも仁義を欠いた輩はいるもんで……。
おみつ姐さんのお腹立ちはよくわかりやす。
どんなシステムであろうが、心根の問題でござんしょうね。

うちの家族が開設しているブログでは、描いたイラストが海外の不届き者に使われていやした。
「自分が描きました。5時間かかりました。」などと、しゃあしゃあとコメントまで入って……。

ブログで書いた私の拙文が、そのまま転載されているのを見つけやしたことも……。
丁重なお言葉でそのことには触れず、ご挨拶コメントを入れやしたが、お返事はいただけやせんでした(笑)。
ゾッとされやしたでしょうねえ。

  • 20110622
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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