紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第11話「笛の流れは三度まで」(中編)

第11話「笛の流れは三度まで」(中編)

第11話「笛の流れは三度まで」(中編)
(原作 第29話) (放映 1977.12.14)
対照的にお千代は淫蕩で自分勝手な面が見える。
長ドスを腰に落とし、旅支度を整える紋次郎にしなだれかかって「お前さん、男っぽいね、今度一度抱いておくれ……」と誘惑する。やはり紋次郎は女郎には人気があるようだ。
その様子に「ベタベタするんじゃないよ、お千代!そんな場合じゃないだろ!」とお笛がイライラして怒鳴る。
「お千代はね、生まれつきの男好きさ、そう固いこといいなさんな。」
原作は自分で「淫乱のお千代さ。」とケラケラ笑うほどの低俗ぶり。さすがに「淫乱」という言葉は、公の電波には乗らなかったようだ。
瀕死のお駒を「死に損ない」と呼んで、連れて行くことにお千代は否定的である。お千代のほかの女たちは、お駒を連れて行くのに決まっていると意見する。

紋次郎はお笛の持つ横笛に気づき、名前を確認する。
「笛を吹くからお笛。女郎の名前なんてそんないいかげんなもんさ。」と少しはにかむ表情のお笛。

先頭を行く紋次郎の後ろに女郎たち五人が続く。お駒は巨体のお玉に背負われている。連れはつくらないし、まして女の足に付き合うなどは滅多にない紋次郎である。
複数の女連れといえば「錦絵は十五夜に……」での二人の女。連れではないが二人の女を追った「駈入寺……」があるが、こんなに大勢の女と共に行動することはかつて無い。
場面が切り替わるたびにお駒を背負う女が変わる。交代でお駒を背負っての山越えである。


「さあ、頑張るんだよ!」
お笛が、声で励ましている。
「一日に十人の男の相手をさせられることを思えば、楽なもんじゃないか!」
お笛は、そんなふうにも言った。
「そうかねえ。あたいは三人の相手をしただけでも、このくらいはくたびれるよ」
お千代が、気の抜けた声を出した。
「お前さんは商売っ気を抜きにして、まともに客の相手をしちまうからだよ。抱かれる度にいちいち気を遣っていたら、くたびれるに決まっているじゃないか」
お笛がそう言い返した。
「こっちだって楽しまなくちゃあ、ああいう商売をしている甲斐がないじゃないか」
お千代はエヘヘと奇妙な声を出して笑った。
(原作より抜粋)

この会話は当時の宿場女郎の苛酷な実態なのだろう。「木枯らしの音に……」で、お志乃が紋次郎に聞かせる話にもよく似た内容のものがあった。

「紋次郎さんに置いてかれるよ!」と叫ぶ先には、歩を緩めて振り返る紋次郎の姿がある。
このあたり、やっぱり置いてはゆけないと思う、紋次郎の優しさを感じる。

連れてはいかないが、ついて来るのは勝手……と突き放した言い方をした紋次郎だが、切り替わった映像ではお駒を背負って川を渡っている。
「ほらね、結局こういうことになるんだよね。」(私の独白です)

底の薄い草鞋で、石ころだらけの河原を女ひとり背負い渡るのは容易ではない。映像を見るとかなりふらついているし、ただのかち渡りである女たちでも足元が定まらない。

野天での焚き火……ほたを抱えて来る紋次郎。焚き火の周囲は女たちに譲って、自分は少し離れた処に腰を下ろす。
お玉が「腹が減ったねえ……」という切ない声に反応して、躊躇せず干し芋を差し出す紋次郎。

「こんなもんでも、腹のタシになりやすかい。」
「ありがとうよ、あたいは何よりも、食い気なんでねえ。」

お玉は一切れの干し芋を小さく裂いて仲間に渡す。原作では独り占めするのだが、テレビ版のお玉は民主的だ。みんなに分け与えた後、紋次郎の分をおずおずと差し出すのだが、紋次郎に「あっしの分はおめえさんが食っておくんなさい。」と言われ、お玉はこの上なく嬉しそうな顔をする。
紋次郎はフェミニストである。

一方、追っ手の男たちも焚き火をして話を交わしている。
「女の足で山を越えられるはずはねえ。」
「きっと木枯し紋次郎と一緒だぜ。」
「明日あたり女狐のシッポを捕まえられやすぜ。」

この映像を見る限り、時間的には夜のはずだが、女たちが休息をとっている映像は明るく夜には見えない。
お笛が紋次郎の元に来て「ちょっとだけ笛を吹いてきていいだろう?山の中だし、誰かに聞こえるはずはないもの。」と言い残し、草むらを分け入って行く。

「おいおい、こんな時に悠長な……。追っ手に聞かれたらどうするんだよ!」(私の独白です)

か細い音色で笛の調べが流れる。お千代以外の女たちは涙を浮かべながら耳を傾ける。

原作でのこのシーンは、大変情趣深く描かれている。

「弱々しく澄んだ笛の音は月光の中を流れ、はるか遠くのほうへ吸い込まれるように消える。夜気を震わせ風に乗り、その音色は無常感とともに広大な空間を響き渡った。」
(原作より抜粋)

どうもロケ地では、月光の中での撮影は無理だったようである。

「重なり合った山に、黒々とした樹海が縞模様を描いている。そこへ月光が、銀色の雨を降らせていた。見渡す限り、青白い原野だった。」
(原作より抜粋)

こんな月光に照らされた美しい映像を見たかったのだが……。

第11話「笛の流れは三度まで」(中編)

お笛がいない間に、お千代が紋次郎にもたれかかるようにして関所封鎖の経緯を話す。

佐久の代官所元締、高島新之丞が多量の硝薬を勝手に何十人もの買い手に売りさばき、代金を手にする前に露見して自害。買い手は大儲けをしたのだという。

お千代は、山越えには瀕死のお駒が足手まといだと、きわめて現実的である。お駒にいつも寄り添っているお澄は「あたいは、引きずってでもお駒ちゃんを連れて行くよ!」と声高に怒る。

山間の細い道を一列になって歩く女郎たち。
一番後ろのお笛は前を行くお澄を呼び止める。そして、髷に付いている赤い布がほどけそうなのを締め直してやる。
なぜかその時のBGMが、衝撃的な曲調。「何かある?!」と誰でも思うだろう。

険しい崖伝いの道を恐る恐る進む一行だが、一番後ろのお澄が悲鳴と共に崖から谷川に落ちる。紋次郎は谷川に下りてお澄を助け上げる。お澄は息があるものの、顔面蒼白、紫色の唇。身体には紋次郎の合羽がかけられている。
お笛とお千代はお澄が落ちた件で、一触即発状態である。お笛はお千代を怪しんでいる。

紋次郎のもとに、お玉が泣きそうな顔でやってきて、合羽を押しやる。
「もういらなくなったんだよ!」
紋次郎はお澄が死んだことに気づく。
お玉は容貌はよくないし、色気より食い気といった感じの女郎だが、気持ちは一番純粋で人がよく好感が持てる。

お笛はお澄の髷にあった赤い布をお駒の髷に結ぶ。「お澄ちゃんの形見だよ。いっしょに相州まで連れて行っておやり。」
またもや不安気なBGM……紋次郎の視線の先は赤い布を結ぶお笛の姿。

「ふん、おためごかし言いやがって!」
お千代がふてくされて文句を言い出した。

そのうち一人ずつ死んでいくのだ。山越えが簡単にできるはずはない。苦界からあっさり抜け出せたお澄は幸せ者。泣こうがわめこうが救われることはない。
女郎はそういう因果な生まれなのだ、とやけくそ気味に不満をぶちまけるお千代についにお笛はキレた。
横っ面を平手でひっぱたくと、あとは二人のとっくみあい。このキャットファイトは、男性諸氏には大サービスだろう。「暁の……」以来だろうか。

着物の裾はかなり乱れ、太腿までチラリと見えたりする。その二人に「やめて~!」と大声を出して割って入るのが巨漢のお玉。「邪魔するなよ!」の声と同時に、お玉は草むらに転がされる。裾が帯の下あたりまではだけて、お玉の太腿が露わになるが、こちらは艶めかしいというより生々しい(笑)。ホントにお玉さんはいい味を出している。

組んずほぐれつの二人の乱闘を尻目に、紋次郎は先を急ぐ。
「置いてかれるよ~!」とお玉の叫び声。

時々チラチラと映る、赤岩の源太たち一行。お笛たちを追っている。その頭上をかすかに流れる笛の音色。源太たちはニヤリと笑う。

原作では、二度目の笛も月夜である。

「岩に凭れて、笛を吹いているお笛だった。遠くから聞こえる笛の音は、強弱があって繊細に響き渡る。
 哀調をこめた曲であり、あるいはお笛の胸にお春とお染の冥福を念ずるものがあるのかもしれない。笛の音は沢を渡り、夜空に浮かび上がった山々に響き、月光の中に消えた。月夜と笛と宿場女郎がいま、自然と音と人間の不思議な調和美を見せていた。」
(原作より抜粋)

なんて美しい描写だろう。
青白い月光に照らし出され、お笛の横顔が白く儚く浮かび上がる。青い色調の中、笛を吹くお笛のシルエットの美しさが目に浮かぶ。
月光の淡い輝きとコバルトブルーの影。一幅の絵のような趣がある。

しかし残念ながらテレビ版の映像は、とても月夜には見えず明るい。
時間設定がどうなっているのかわからないが、夕刻ということだろうか。
上記のような幽玄美は感じられなかった。

お玉とお駒は眠っている。紋次郎は岩陰に腰を下ろしているのだが、そこへ男好きの(淫乱の)お千代がにじり寄ってくる。
目的は紋次郎を誘惑するため。

テレビ版ではホーン・ユキさんがかわいくコケティッシュに演じているが、原作はより生々しくハードである。


「……抱いておくれ。可愛がっておくれな」

「女郎が銭もとらずに、可愛がってくれって頼んでいるんじゃないか。恥を、かかせないでおくれよ。このままでは、無事にすみっこない。どうせ、長くはないんだよ。だからさ、せめていい思いをしてから、あの世にいきたいのさ」

「さあ、見てごらんよ。あたいの肌だって、まだ捨てたもんでもないんだ。ねえ、二人一緒に極楽にいこうじゃあないか」
(原作の台詞から抜粋)

一連の台詞と共にお千代は大胆な行動をとる。
着物の襟元を緩めて胸を露わにする、着物の裾を左右にはねのけ太腿をむき出しにする、蕩けるような目で紋次郎を見上げる、しまいには紋次郎の手を太腿に挟みつける。

「お願い、何とかしておくれ!」と言うお千代に紋次郎の言葉。


「いいかげんにしておくんなさい」
「いや、このままじゃいやだよ。ね、頼むから火を消しておくれ!これだけの女を、触れもしないで死なせることはないじゃないか!
あたいはもう、気がおかしくなりそうなんだよ」
声を震わせ喘ぎながら、お千代は紋次郎に縋りついた。
「まだ、死にはしねえんで……」
紋次郎は、お千代を突き放して立ち上がった。
(原作より抜粋)

男性にとっては「据え膳食わぬは…」という状況なのだろうが、紋次郎は食わない。
あっぱれ紋次郎である。
(後編に続く)

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Re: 第11話「笛の流れは三度まで」(中編)

「夜の笛」
この取り合わせは古くから好まれ、李白の「春夜洛城に笛を聞く」、今昔物語の「袴垂」、「宮本武蔵」で沢庵和尚がお通さんに笛を吹かせて武蔵を絡め捕るシーン、それに五条の橋の牛若丸、などなど。
昼間と違い、静寂を笛の音が一瞬打ち破り、音が消えた後にまた静寂に包まれるところに情緒があるのでしょう。

幾つかは月光の演出も取り入れた描写がなされています。
この紋次郎の原作も、読んでいて、やはり月下の笛の描写が印象に残りました。
で、ちゃんと視覚化してくれるのかと思ったら…やっぱりでしたか。

まあ、旧作の「月夜に吼えた遠州路」ですら、原作の見事な月光の演出の描写が成されていなかったのですから、CGの無い当時では仕方なかったのかもしれないのですが。
前の「鴉が三羽」のBGMはいただけなかったとのことでしたが、この笛のメロディーはまともでした?

紋次郎がお駒を背負ったり、お玉さんが干し芋を分けたり、「新」では珍しく(失礼!)ヒューマン路線にアレンジが加えられてるんですね。

関係ないですが、私はアンデスの笛・ケーナも好きで、まわりに民家が一切無い近所の遺跡で夜に吹いたりしてました。
が、ネット掲示板を見たら、「あの場所で笛の音がどこからか聞こえる」と、ミステリースポットにされており、ずっこけてしまいました。

  • 20110707
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第11話「笛の流れは三度まで」(中編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

「夜の笛」の興味深いお話、ありがとうございました。

私は、夢枕獏さんの「陰陽師」に出てくる源博雅を連想します。
夜の静寂に流れる笛の音……幽玄の世界を感じます。
笛を吹くシルエットも優雅でいいですねえ。

今ならどんな映像でも撮れるでしょうし、現代版はどういうシーンになるか想像します。

お笛が吹く笛の旋律……あまり印象がなかったのでナントモ。

紋次郎、あんなに苦労したのに結末は……ですね。

遺跡に響くケーナの音。
ミステリーですよ、やっぱり。今でも吹いていらっしゃるんですか?

私は幼い頃、「夜に笛を吹くと蛇が出る」と母に言われたことが
あります。
私のへたくそな「たて笛」に、辟易していたのかもしれませんが……(笑)

  • 20110708
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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