紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(前編)

第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(前編)

第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(前編)
(原作 第52話)(放映 1978.1.11)
「紋日」と言われてもピンと来ない人が多いのではないだろうか?紋日は物日(ものび)とも呼ばれ、年中行事や冠婚葬祭などが行われる日……「ハレの日」のことである。ちなみにその逆は日常という意味で、「ケの日」となる。
今回のタイトルには数詞は出てこないが、「三日で七両」という言葉がずっと紋次郎に重くのしかかる。

原作とテレビ版では大分テイストが変わっている。脚本は白鳥浩一さん……と言えば中村敦夫さんのペンネーム。
中村氏が脚本を書き、監督は池広一夫さん。「新……」での監督は2回目で、前作は「明日も無宿の……」である。
テイストが違うのは、登場人物のキャラクターとクライマックスの演出である。

出だしは、白い霧が立ちこめる山中。深い霧の中、浮かび上がる紋次郎のシルエットは、映画版のように縦長。池広監督の意表を突く演出でかっこいい。
原作では、紋次郎の首を狙うある一家の子分たちに追われているため、林の中で身を隠して夜を過ごす。
その野宿の仕方が凄いのである。季節は晩秋、初雪も降ろうかという寒さの中、山中で一晩過ごすにはどうすればいいか。

紋次郎はさすがに旅慣れているし、多分今までもそういう経験があったのだろう。ためらうことなく、淡々と作業をする。長脇差を使って地面を掘り、その穴の中に膝を立ててすわるのである。三度笠はかぶったままであるので、地面から頭と三度笠が生えているような感じ……ちょっと森のキノコっぽい(笑)。
穴の周囲に落葉や枯れた枝をまき、人間や獣が近づいたらそれを踏みしめる音で気づけるようにまで念を入れている。まさにサバイバル。これで凍死は防げるとあるので、もしもの時は(そんな時があるかどうかは?)この手を使おうと思う。

穴の中で長脇差を抱き、イモの切干しをゆっくりかじり眠りにつく。しかしかすかな音で反射的に目をあけ、素早く楊枝をくわえる。野性の研ぎ澄まされた能力であるが、こんなときでもまず楊枝をくわえるところが凄い。

弓矢が飛んできて、紋次郎は肩を負傷。霧の中、近づく相手を確認できないままふるった長脇差が誰かを斬る。
テレビ版では穴を掘ったり、一家に追われているという設定を作ったりはしていない。霧の山の中を歩く紋次郎に、いきなり弓矢が飛んできて誰かが飛び出してくる。穴を掘る手間と時間が惜しかったのだろう(笑)。

斬った瞬間「キャーッ!」という女の悲鳴。明らかに敵ではないというのがわかり、紋次郎は驚く。
肩を押さえてうずくまる紋次郎と、胸のあたりを斬られて倒れる娘。駆け寄ってくるのは弓を放った猟師の弓勘。猪と人間を間違えるなんて、と自分の落ち度を詫びながら先に紋次郎の傷の手当てをしようとするあたり、テレビ版の弓勘の律儀さがうかがえる。

紋次郎は「それより娘さんを先に あっしも早まったことをしちまった」「……娘さんを先に、あっしは慣れておりやすから」と傷つけた娘の気遣いをする。
あっしは慣れておりやすから……の台詞が紋次郎らしい。その言葉で初めて弓勘は娘のお香のもとへ駆け寄る。襟元を広げると、傷は浅いが胸に一直線に走る刀傷が見える。
原作のお香は気を失っているが、テレビ版のお香は弓を射られた紋次郎の方を気遣う。さすがに弓勘の娘だけあって気丈である。
「気持ちのいいお人でなあ、自分の傷よりおめえのことを心配してくだすっている」
と弓勘。

弓勘……名は勘太郎。的を外したことがない名物男として、弓勘で通っている。
弓勘役に「鈴木瑞穂」さん。重厚な役者さんで頑固一徹な猟師といった感じである。原作の弓勘は、人のいい素朴な老猟師風で、キャラクターが違う。

弓勘の娘は、お香で「秋野暢子」さん。この時、秋野さんは21歳。紋次郎の相手役としては、今までになくかなり若い(笑)。原作では、17~18歳の色白で、可愛い顔立ちと記されている。秋野さんは今と違って幾分ふっくらとされている。素朴でありながら、キリッとした一途な雰囲気がある。

弓勘はお香を背負って、紋次郎と共に道まで下り別れを告げる。

「ここでお別れさせていただきます。」
「詫びても取り返しのつかねえことでござんすが、あっしになんかできることがありやしたら言っておくんなはい。」
「とんでもねえ、こっちが殺されても文句を言えねえような間違いを犯したんでごぜえますから、どうか後のことは心配なさらねえでおくんなさいまし。」

「お香さん、どうぞお達者で……」
「紋次郎さんもお達者で……」
(ドラマの台詞より)
背負われている弓勘の肩越しに、紋次郎を見るお香の目には、はにかみと甘えが感じられる。秋野さん、若いながらなかなかの演技力である。

テレビ版の紋次郎が、お香に初めて声をかけた言葉は「どうぞお達者で」という別れの言葉。この台詞がいつもながらいい響きであるし、温かみのある言葉である。
お香も同じように返しているし、紋次郎の名前まで口にしている。紋次郎はどうも名前を明かしたようである。原作では

「では、そのお言葉に甘えさせて頂きやす。堅気の衆にお聞かせするような名は持ち合わせておりやせんので、名乗らずにこの場から引き取りやす。ごめんなすって……。」
と名前を明かさないまま、一旦別れている。
そして、お香には一言も言葉をかけていない。原作のお香は気を失ったままであるので、仕方ないが……。

この三人は、お互いを気遣っている。誰も相手を責めようとはせず、へりくだった物言いである。
原作でも弓勘は、お互いさまの災難だったということで、忘れたほうが気が楽になるから案じるな、と言っている。
今の日本では、考えられないことであろう。「訴えてやる!」(笑)とばかり、お互いの非を罵り合いそうな例である。

笛吹川の橋作りのため、人足たちが忙しく働く作業場をすり抜ける紋次郎。「人手が足りないから働かないか?」と声をかけられるも、「先を急いでおりやすんで。」と断り行き過ぎる。細かい雪が斜めに降っていて、足元にもうっすら雪が見える。伐採する映像や丸太が積まれたりしているので、北山あたりの撮影かもしれない。

ここで芥川氏のナレーションが入る。
冬の間だけ使われる笛吹川の仮橋作りが行われ、橋が完成したら3日間笛吹川神社で祭礼が行われる。その期間は殺生禁断ということで狩猟と漁獲が禁じられ「紋日」とされた。

祭礼の幟や太鼓、酒樽が見え、笛吹川神社とされる映像。一目でわかったが、この社は「鳥居本八幡宮」である。全く当時と変わっていないロケ地であることがうれしい。

第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(前編)
*上記の写真はロケ地 京都「鳥居本八幡宮」

実はお香は大きな旅籠を営む甲州屋の跡取りとの祝言が控えていたのだったが、胸の傷で破談になってしまう。
テレビ版の弓勘は、わざわざお香の胸の傷まで甲州屋に見せ、包み隠すことをしない。潔いとは思うのだが、お香の気持ちを考えると残酷な筋の通し方である。甲州屋は、疵ものになった娘を嫁に迎えるなど言語道断、即刻破談とし、いたわりの言葉もない。それどころか、弓勘に貸していた十両を4日以内に返せと言う。

「金の切れ目が縁の切れ目」とよく言うが、これはその逆、「縁の切れ目が金の切れ目」である。主人の横には跡取り息子が控えてはいるものの、強く父親に反抗もしない。急に十両を返せと言われ、おまけに紋日は狩猟ができない……弓勘は苦渋の表情を浮かべる。
元はと言えば、自分が紋次郎と猪とを見間違ったために招いた不幸である。

テレビ版では借金は十両となっているが、原作では二十両。弓勘は家族の者が流行病に冒され、その薬代に、ということで甲州屋から金を借りた。甲州屋は、お香と息子とが祝言をあげるという前提で出した金だが、破談となり赤の他人になったのだから返せと言う。原作も同じく薄情なものである。

テレビ版は弓勘とお香が帰るのを、甲州屋の息子が呼び止めて謝るのだが、それは口先だけのことだった。お香は「私と駆け落ちして。」と迫るが、「それはできない。」と跡取り息子は断る。好きだ、惚れたとは言っても、所詮それくらいのものだったのだ。お香は「あなたのところに嫁がなくてよかった、」と、自ら別れを告げる。

一部始終を聞いていた弓勘は、「おめえは立派だった。やっぱりおめえは俺の娘だ。強い強い娘だ。これぐらいのことで泣くような弱虫じゃねえぞ……俺の娘は……。」と一言一言をかみしめるようにお香に言う。しかしそれを聞いた途端、お香は木の陰で涙を流すのである。あんな強がりを言ったものの、やはり若い娘としては身体の疵とそれに伴う精神的ショックは大きい。

テレビ版の紋次郎は、茶屋で「紋次郎喰い」をしている最中、弓勘の噂を聞く。お香が破談になったこと。弓勘は借金で困っていること。お香の怪我は、転んだ拍子に山刀が刺さった事になっていること。
紋次郎の箸が止まり、三度笠の下から見える表情には複雑な思いが読み取れる。客の噂話を聞きながら、紋次郎は猛烈なスピードで食べ終わる。そしてすぐさま金を置いて外へ飛び出し、弓勘の家に急ぐのである。

戸外で声を発する紋次郎。
お香の「どなたさんで?」の問いかけに
「霧の中でお会いした紋次郎でござんす。」と答える。「霧の中でお会いした………」なかなか粋な言い方である。
「紋次郎」と名前を聞いてお香は嬉しそうに戸を開ける。

先日の詫びを入れ、お香が「どうぞ中へ……」の言葉に、敷居を跨ぎかける紋次郎に鋭い弓勘の声。
「入っちゃならねえ!」
「一端の渡世人ならわかるはず。ヤクザが堅気の家の敷居を跨げるはずがない、甘ったれるな!」……の厳しい言葉に、紋次郎ははじかれたように顔を上げる。
そして「失礼しやした。」と、まるで叱られた学生のように深々と頭を下げる。
「お互いの傷のことは決着がついているはず。貧しい造りだがここは堅気の猟師の家。無宿者にこれ以上、用はない!」
と、取り付く島もない。

毛皮を売っても足りないという七両を何とか工面したい、と申し出る紋次郎に無宿もんにそんな金ができるはずがない、と断る弓勘。
「自分の責任でなってしまったことで、お前さんには何の関わりもないこと。おめえさんみたいな輩のことは信じられない。とっとと帰ってくれ!」

弓勘は、紋次郎を頑なに拒絶するが、それは相手に対する思いやりの裏返しだと思う。狙った獲物を外したことがない、と言われるほどの自分がしくじったのである。自分に対しての怒りが感情を支配しているのであって、紋次郎に怒っているのではないのだ。
原作にはない、頑固で自分に厳しい誇り高き男として、テレビ版の弓勘は性格付けされている。その姿はまるで孤高の武士。俳優、鈴木瑞穂さんが纏う佇まいが為せる業であろう。

「わかりやした。あっしはあっしで己に落とし前をつけさせていただきやす……ごめんなすって」

この台詞は、テレビ版オリジナルである。紋次郎と弓勘の意地と意地がぶつかり合う、なかなかいい台詞である。

原作の紋次郎は噂を耳にはするが、弓勘の家を訪ねたりはしていない。何とかしなければならないと、弓勘には秘密裏で償いの金を作ろうとする。

弓勘はお香の祝言のことは一言も紋次郎に言っていない。そしてお香は、山で転んで自分の山刀で怪我をしたと言って、紋次郎に斬られたことは伏せているようだ。

「そうした父娘の心意気に、知らん顔をしてはいられない。
 他人のせいにして責任を押しつけたり、償いを求めたりする連中と、心の中の美しさが違っている。だからこそ、余計に紋次郎の胸は痛むのであった。これまでにない大きな借りを、 返さなければならなかった。
 金で償いきれるものではないが、ほかに方法がなかった。」
(原作より抜粋)

紋次郎は、人の美しい心に共鳴する。それは、紋次郎も同じ波長の心を持っているからだと私は思う。同じ波長の心が共鳴し合うことで、紋次郎はより確固たる目的を持って行動を始める。(中編に続く)

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Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(前編)

ああ、とうとう怖れていた日がやってきてしまいました。
私の中で、無かったことになっている話をお夕さんが書かれる日。

この時期の原作者は、従来に無い紋次郎を描くことに頭を占領され、紋次郎とはどんな人間か、しばしば見失ってしまう傾向に有りました。
これはその中でも、もっとも手元の狂った作品でしょう。
私は原作のこの回を、「これは紋次郎ではない」と封印してしまいました。

いつもはお夕さんのブログを読む時は、私自身も原作に目を通し、映像も見るのですが、今回はそれはパスさせていただきます。
が、お夕さんのブログは今までと同じく読ませていただきます。
この話、お夕さんも辛い部分が有ると思いますが、それでも筋を通すために今一度原作を読み、映像を見られるのですね。
本当に頭が下がります。

ただ監督が、旧作のいくつかを手がけ、「新」でも「次男坊」を重厚な佳編に仕上げた池広一夫さんですから、「ひょっとしたら」という期待も描いております。

  • 20111021
  • TOKI ♦nhNJg39g
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  • 編集 ]
Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(前編)

お夕さん お邪魔いたします。

このお話は、かなり難解でした…

TV版で「え?」、原作を読んで更に「え~???」。

でも結果、原作のほうが、私は好きです。
お夕さんの解説も楽しみです^^


Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

更新が遅くなりがちで、申し訳ないです。
正直、難しいです。
お香さんとのからみもありますしねえ……。

笹沢さんもこれだけ回を重ねると、悩まれることも多かったんでしょうか。
それとも読者である私たちが、紋次郎に幻影を見過ぎていたのでしょうか、

本当の紋次郎は、もっとダークな面もあるはず……?
いやいや、本当のってこれはフィクションですから、あり得ない話です。

テレビ版の出だしが、映画のように縦長で撮られています。
「この作品は、いつもとは違うんですよ。別シリーズと思ってください。」という告知のように思ってしまいます。

つたない内容になると思いますが、広いお心でこの先もお読み下さい。

いつも応援くださって、ありがとうございます。

  • 20111022
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(前編)

白さま、コメントをいただきありがとうございます。

この回の、紋次郎のキャラクター設定は難解ですね。

読者としては、この回を映像化してほしくなかったんですが……。

敢えて脚本化しようとされた、中村氏のチャレンジ精神を感じます。

テレビ版はいろいろと詰め込みましたね。
そのため、いつもと違う紋次郎をつくらざるを得なかったという感じがします。

原作のほうは、より乾いた非情さが出ていますが、エンターテインメントとしてはこのままでは放映できなかったでしょうね。

いつもありがとうございます。

  • 20111022
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(前編)

紋日という言葉は初耳でした。
相変わらずの優しい心ずかいの紋次郎さんは人間的です。
それに引き換え北海道の山林作業員が鹿と間違えられたという事件は余りにも、非情な悪行です。未だに未解決ですが、二人組みの逃走者は目撃されていますが、狭い田舎での出来事です。
紋次郎さんの爪の垢でも呑んで欲しいと感じました。!

  • 20111023
  • 荒野鷹虎 ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(前編)

鷹虎さま、コメントをいただきありがとうございます。

そんな事件があったんですね。
お気の毒です。
山中は見通しが悪く、そういうことも起こりうるのでしょう。
猟が行われているということは、周知されていたのでしょうか。

山歩きをする人は、注意しないといけませんね。
悔やんでも悔やみきれない哀しいことです。

  • 20111023
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(前編)

ご無沙汰しております。
遅まきながら寄せていただきました。
この度のお話しがそれほどまでに「らしくない」作品だということが、私には 今ひとつ理解しきれないようです。
TOKIさまとお夕さんの会話から察するに、それが相当なことなのだと感じることは出来ますが…。
続きを楽しみにしております。

  • 20111027
  • マイタ ♦B2BsuZNw
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(前編)

マイタさま、コメントをいただきありがとうございます。

この作品については、複雑な思いをするファンが多いようです。
紋次郎はこうあるべきだ……と、各々が心に描く紋次郎像があるんですね。
そこから少し外れると
「えーっ!?」
ということになるわけです。

ファンというのは、ホントやっかいなものです(笑)。

  • 20111027
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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