紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)
(原作 第52話)(放映 1978.1.11)
原作での紋次郎のノルマは、テレビ版より高額である。

「借金分二十両と、今後のお香のためにせめて十両ぐらい、全部で三十両の金を渡して、それで償いをすませたことにしてもらおう。」と、紋次郎は考えるのである。

テレビ版では、お互いの意地と意地とがぶつかり合い「己に落とし前をつける」と、弓勘に公言する紋次郎。
原作では、素朴で美しい心が共鳴し合い、父娘の心意気に応えようと己に借りを課す紋次郎。
テレビ版も原作もご存知であるファンは、どちらがお好みだろうか。
テレビ版ではこの後、お香との展開や最後の決闘も用意されているので、紋次郎は弓勘の家に姿を見せる必要があったわけである。

私としては、原作の方がより紋次郎らしいと思う。紋次郎としては、弓勘に余計な気を遣わせたくないから、自分が何とかする!と、本人の前で言い切ることはないだろう。

敷居を跨ぐことなく紋次郎は去っていくのだが、その後をお香が追う。「ほっとけ!」と呼び止める父親の言葉を無視して……。
追いついたお香は、紋次郎の少し後ろを歩きながら父親の非礼を詫びる。

「弓勘さんは立派なお人でござんすよ。」

「あっしは足元にも及ばねえ。」

「無宿もんなんて、人様の顔をまともに見られた身分じゃねえんでござんすよ。」

紋次郎にしては雄弁である。
すると今まで背中に話しかけていたお香が、思い切ったように紋次郎の前に回り込み面と向かう。

「紋次郎さん、私にはわかるんです。紋次郎さんが優しい人だって。ね、そうでしょ?本当はとっても優しい人なんでしょ?」

この台詞には引っかかる。「本当は優しい人」と言えるのは、紋次郎が人との関わりを断る薄情で冷たい渡世人……という巷の噂を知っている者だけであろう。お香はそれを知り得ていたか。まず考えられない。

「とんでもねえ、ただ自分勝手な考えで動き回っているだけでござんす。」

「自分が心の優しい人だってことを恥ずかしがっている。山の中で育ったわたしにはその気持ちがよくわかるんです。」

自分が優しいということを恥ずかしがっている……紋次郎をこのように評した人物はいないだろうし、それをストレートに本人に言うとは……紋次郎も面食らったことだろう。

「お香さん、帰っておくんなはい。おとっつぁんが心配しておりやす。」

「きっとまた、来てくれるでしょ?」

「約束のものが都合が付いたら、必ず。」

「そうじゃなくって……私の為に……」

私の為に……これはお香の告白である。お香はどの場面で、紋次郎に心を引かれたのだろうか。金を工面すると、再び会いに来たときか。とすれば、あまりにも告白までがスピーディーすぎる。あと考えられるのは、お香が斬られ倒れたとき、父親から「気持ちのいいお人でなあ、自分の傷よりおめえのことを心配してくだすっている」と言われたときか。
破談になり、許婚を失ってから人恋しくなったのか。
お香が人を見分けるのに長けているのは何となくわかるが、それならあんな許婚の男の本性をもっと早く気づくべきである。
まあそれはいいとして、紋次郎にとっては、苦手なシチューエーションであることは確かである。

それを振り切るように
「ごめんなすって」
と、頭を下げる。

「紋次郎さん、私の傷のこと、心配しないで……」
そんな風に言われると、余計に気になってしまうではないか。
紋次郎はゆっくり振り返り、目礼して歩き始める。
ここで主題歌「焼けた道」が流れる。「新……」でバックにこの歌が流れるのは今回が初めてである。紋次郎は木馬道のような木の橋を渡っていく。

紋次郎は歩く。山道には落葉が舞い散る。後ろ姿を少し俯瞰するように歩調に合わせての撮影。珍しいアングルである。
手前にはきれいに耕された畑。向こうには水面が見え、その間を歩く姿はオープニングと同じく、映画のような撮り方である。
落葉した木々と紋次郎の姿は黒いシルエットとなり、水面の反射とのコントラストが美しい。
紋次郎は懐から持ち金を掌に載せる。文銭が5~6枚という懐具合では、三日で七両は程遠い。

第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

一方、下石田の徳之助の賭場では素人の商人が大勝ちをして四十両を手にする。「勝ち逃げですかい?」と嫌みを言われるが、いっこうに気にしていない。案の定、商人は旅先で徳之助一家の者に斬殺され、金を奪い返される。しかしその悪行を目撃していた者がいる。
原作では、その目撃者が誰であるかはずっと伏せてあり、どんでん返しになるのだが、テレビ版ではその後ろ姿から弓勘だと明かしている。
徳之助は子分に、「弓勘に金をつかませて口封じしろ。それでもうまくいかなかったら、殺害しろ。」と命じる。

結局紋次郎は、博奕で金を稼ぐことにする、というか、それしか術がない。徳之助の賭場で有り金を全部駒札に変え、勝負に出る。
テレビ版ではあっさり負けて、駒札を全部取られるのだが、原作はもう少し長丁場である。それに休憩中、弓勘の窮状を耳にし、紋次郎は居ても立ってもいられずまた勝負に出る。
いつもは博奕に冷静な紋次郎だが、今回は違う。それを原作では「これほど勝負に熱くなったのは、恐らく初めてのことだろう。」と記述している。一進一退ながらもジリ貧となり、とうとう夜が明けたときには一文なしになっていた。元手がないと、どうにもならない。

紋次郎が、笛吹川の橋を作る人足となるのは、原作もテレビ版も同じなのだが、原作ではその間に悩ましい誘惑がある。
無一文になって賭場を後にした紋次郎は、雑木林で今まさに心中しようとしている男女に出くわす。声からすると、商家の娘とその奉公人。しかも娘は「おコウ」と呼ばれている。
紋次郎は「お香」と重ねてギクリとなり、雑木林に飛び込む。紋次郎が目にしたのは息絶えた男女の姿と、散らばった小判。胴巻きからこぼれ落ちたものらしく、四十両はあろうかという大金である。

「喉から手が出るほどとは、こういう気持ちを言うのだろう。
 誘惑を感じた。
 自分のものにするわけではない。この四十両で、同じおコウという名前の娘が、少しはしあわせになるのだ。そうした意味で役
 に立つのであれば、死んだおコウの供養にもなるはずだった。
 手を伸ばした。だが、紋次郎は思い留まった。
 やはり、盗みはできない。」

ファンとしては、紋次郎が一瞬でもそんなことを考えるなど思いたくない。しかし、紋次郎も聖人君子ではなく生身の人間なのだ。窮すれば、揺らぐのは当然であろう。
「土煙に絵馬が舞う」では、絵馬に隠された百両もの小判には見向きもしなかった紋次郎。金に対して「喉から手が出る」感覚を持ったのは、初めてであろう。

紋次郎は諦めて博奕の資金作りのため、仮橋作りの人足になる。日当は百文である。百文が現代ではいくらぐらいになるか?米価で換算すると、千円前後。大工の賃金から換算すると、、一万円足らず……さてどちらを採用するか?
原作では「一日だけ働いて百文になるんだから、悪い話じゃあないよ」と噂している記述がある。とすれば、この場合一万円ぐらいの方が妥当だろうか。

テレビ版の紋次郎は原作よりずっと仕事は楽である。原作の仕事は木を切り出す仕事ではなく、冷たい川の中に入っての作業である。十二月の二十日過ぎという設定であるから、かなりの重労働。さすがにテレビ版では、水の中での撮影は避け、杣人風に変更されている。「杣人」と言えば、「帰って来た…`」での紋次郎が頭に浮かぶ。
原作の紋次郎はゾッとする寒さの中、苦労して得た百文銭をじっくり見やり、祈りたい気持ちになる。

テレビ版の紋次郎は、ゾッとする水の冷たさどころか、ほんのり温かい雰囲気である。
作業場に姿を見せたのはお香。風呂敷包みの弁当を胸に抱き、紋次郎に手を振る姿はまるで新妻気取りである。二人が腰を下ろす河原の向こうには、滝が見える。
この滝は北山、清滝川の支流菩提川から落ちる「菩提の滝」と見られる。

手渡されたわっぱ弁当を開けると麦飯、丸干しの魚、大根の漬物、煮物、梅干し……となかなかの力作。お香は箸を手渡し、長楊枝を紋次郎の口から抜き取り預かる。一連の動きが実に自然で、まるで長年連れ添っているかのように見える。こんなことをしてもいいのか、と尋ねる紋次郎に、おとっつぁんには怒られるだろうが、そっと来たから大丈夫と答えるお香。

人足頭から、ここで働いているということを聞いたらしい。弓勘は、「あの旅鴉、できもしねぇことを本気でやるつもりだな。」と紋次郎を評しているという。原作の金額はちょっと無理かも知れないが、七両ぐらいなら紋次郎にツキが回っていればできないことはない。前回の「白刃を……」では、一晩で四十両を稼いだ(元金は不明)紋次郎の腕である。

お香は毎晩、賭場で勝負している紋次郎の噂も聞き及んでいて、「無茶なお人」と評している。
「でも私、そんな紋次郎さんが、好きです。私のために一生懸命なんですもん。」

果たして、紋次郎はお香のために一生懸命なのか?
私は少し違うように思う。お香への同情もあるだろうが、「自分が動かしてしまった駒は、自分で元に戻す」という信念の方が大きいのではないだろうか。不可抗力とはいえ、お香の将来を動かしてしまった。元に戻すことはとても無理である。せめて金で償えるなら……と七両を稼ごうとする。
しかし考えようによっては、七両では借金を返しただけであるので、償いにはならない。お香の将来という駒を動かしてしまったことに責任を感じるなら、原作のようにもっと金を上積みしないといけないのではないだろうか。

しかしこのお香は、なんて自分の気持ちに正直なのだろう。大胆な内容をあっさりと紋次郎に聞かせている。しかし当の紋次郎と言えば、そんな大胆告白なのに大きな反応もなく、箸を動かしている。まるでそんな言葉は、耳に入っていないかのようであるが、演出はこれで良かったのだろうか。箸をとめて顔を上げて見つめ合う……というシチュエーションはあり得ないが、何らかの反応はほしかった。

紋次郎にとってお香の告白より衝撃を受けたのは、弓勘が命より大事な弓を手放し、金に換える覚悟をした、ということである。それは猟師をやめるということを意味する。
その話を聞かされたとき、驚いた顔のアップとなる。

「私たちとお百姓して暮らしません?……私の旦那様になればいい。」
「とんでもねえこって。お香さんがあっしを憎んでいねえってことだけで、あっしには過分の情けでござんすよ。」
「世の中、やってできないことないでしょ。」

この展開は何となく「旅立ちは三日後に」に似ている。足を洗って百姓になる……温かい家庭を持ち、流浪の旅を終える。それも相手女性からのお誘いである。
「新……」での紋次郎は、前シリーズよりよくモテる。「やってできないことはない」とお香に言われるが、「旅立ちは……」ではやはり安住の地は得られなかった。三日も保たなかったのである。

「お香さん、旅の者にみだりに心を許しちゃいけやせんよ。」
この言葉にお香は、寂しそうな顔をする。実質、断られたようなものである。
「今すぐ返事くれなくてもいいんです。また来ますから……」
お香は紋次郎の背後で言葉を告げる。

この二人きりのシーンでの紋次郎の演技は、難しいところだったのではないだろうか。中村氏が書いた脚本のはずだが、彼本人が苦手とする場面のように思えてならない。
中村氏の表情は、「旅立ちは……」のときと同じで、いつもの紋次郎らしさが全く消えている。身につけているものも作業着風だからかも知れないが、純朴な杣人そのものである。(後編に続く)

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Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

原作のこの辺りまでを、私はとても熱くなりながら読んでました。
自分のしたことの始末をつけるため、厳寒の中、下帯一つで水に浸かりながら働く紋次郎。
また、心中現場の大金も、「渇しても盗泉の水は飲まず」と手をつけない。

やはり紋次郎だなあ、私には真似できないなあ…と。
だからこそ、この後の、真逆の意味で私に出来ない行動が…。

テレビ版では、堅気の人が普通にやってる杣仕事で、手作りの愛情弁当もついて、おまけに堅気の生活の誘いまであるんですか。
それって傍の人から見て、羨ましい環境にあるように思えませんか。(笑)

  • 20111028
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

お夕さん お邪魔いたします。

この『お香さんとのからみ』に、どうしても居心地の悪さを感じてしまいます。
数日前に破談になったお香さんが直ぐに告白するのは、やはり不自然な気がします…
(「旅立ちは三日後に」の場合は、お話の流れとして納得できますが)
『エンターテインメント』性の重視とはいえ、どうして白鳥さんはこんな甘ったるくされたんでしょう?
(男性は気にならないのかもしれませんね^^)

『生身の人間』としての紋次郎さんを描いたとてもシビアな内容ですので、原作通りでお願いしたかったです…
(敦夫さん ホントにごめんなさい!)


Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

仰るとおり、原作の4分の3まではいつもの紋次郎でしたね。
でもその後は……。
う~ん、「どうして引き受けちゃったの?」という感じです。

原作の人足仕事は、読んでいるだけで背筋まで凍りそうです。テレビ版とは、手にした百文の重さが違いますね。
紋次郎の、切羽詰まった焦りを感じます。

  • 20111029
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

白さま、コメントをいただきありがとうございます。

ドラマには必ず女性が出てきますが、その扱い方が難しいですね。
白鳥さんは、こういう展開のほうが、女性受けすると思われたのでしょうか。
(女性はすべて、そうではないんですけどね)
私もここは、甘さはいらなかったと思います。

  • 20111029
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

原作小説「見かえり峠の落日」では、お八重は許婚から貰った根掛をなくし、もう婚礼は諦め、命を救ってくれた伊之助に心を許し、弁当を持って一緒に散策に行ったりしてましたね。

ひょっとしたら、お香が紋次郎にくっついてくるくだりは、このあたりが下敷きになってるのかなとも思いました。

意識せず偶然なのかもしれませんが、紋次郎の場合はあまり必然が無いですよねえ。

  • 20111029
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

TOKIさま

いつも深い洞察力には感服いたしております。

さすが何度も読み込まれた作品。
TOKIさんの血となり肉となっているのが、わかります。

心が弱っているときに、身近にいる優しい異性に惹かれるということは、あり得ますね。
(私には、あまりありませんでしたが…笑)

こういう心理まで読み解いているとしたら、白鳥(中村)さんも大したものです。

でも考えてみたら、敦夫さんも、アキレス腱を切ったとき身の回りの世話をした女性と結婚されたんでしたっけ。
そういう経験がある人なら、この展開は自然なのかもしれません。

  • 20111030
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

お夕さん、こんにちわ。

日本TVの実写版「妖怪人間べム」ご覧になりましたか?

昨日録画しておいた一話を見たのですが、懐かしさに胸に迫る物がありましたし、私には主演のべムが、紋次郎の姿とダブって見えて仕方ありませんでした。

あらゆるシーンのアングルに紋次郎をリスペクトしたとしか思えない所を感じたからです。べムの帽子を三度笠に、杖を長脇差に置き換えて見てしまいました。

詳しくは拙ブログに書いてます。

  • 20111030
  • おみつ ♦suWcSb.M
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Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

おみつさま、コメントをいただきありがとうございます。

「妖怪人間ベム」ですか?
アニメは好きで、再放送も含めてよく見てました。
実写でドラマ化というのは聞いていましたが、残念ながら見逃しています。
昨夜、終了前10分ほどは見てましたが……。

おみつさんが、「ベムに紋次郎を見た」というのは、はじめ???でしたがブログにお邪魔して頷けました。

話題づくりのドラマかと思いましたが、なかなかしっかりした映像づくりのようですね。

来週は見ます!

  • 20111030
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

紋次郎と、妖怪人間の置かれている立場も同じ境遇です。コミュニティからは排除されながら、都合の良い時だけ利用され裏切られる。そんな妖怪人間の悲哀と苦悩がよく表現されていた第1話でした。

最後にベムの帽子が置かれているシーンがありますが(画像にもあり)、これって紋次郎のさりげない日常をドラマの中で垣間見せてた印象的な手法によく似ています。

「妖怪人間」を制作したスタッフに絶対「木枯し紋次郎」に心酔してる人がいると感じました。

  • 20111030
  • おみつ ♦suWcSb.M
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Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

おみつさま

主人公のバックボーンも、よく似ているんですね。
無宿渡世人は、一人前の人間扱いをされていませんでしたから、人間ではないベムたちと共通点があるということなんでしょうか。

あの伝説的なアニメを実写にするからには、奇をてらうだけではダメでしょう。
実験的でありながらも、一本筋を通した作品づくりの姿勢が必要です。

リアル紋次郎世代か、再放送世代か(笑)、どちらにせよ紋次郎の魂を受け継ぐ人がスタッフにいたら、嬉しいですよね。

  • 20111030
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

お夕さん お返事ありがとうございました。

『心が弱っているときに、身近にいる優しい異性に惹かれるということ…』
おっしゃるとおりですね。

同性としてどうしても、女性の描き方に捕らわれがちでしたが、
ファンとしては、もっと大らかに作品を観るべきでした。
その方が、よりずっと「紋次郎」を楽しめますネ。

おかげさまで、敦夫さんに、心の中でお詫びをしなくて済みそうです^^



Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

白さま、コメントをいただきありがとうございます。

「新……」シリーズの方には、どうも批判的な見方をしがちな私です。
紋次郎は、こうあるべきだ!という先入観を持って見てしまうんですね。

しかし制作者側の意図もあるわけで、それを推し測ることも必要かと……。

いろんな方からコメントをいただくことで、再度作品について考えるチャンスを頂戴しています。
ありがたいことです。

これからもよろしくお願いしますね。

  • 20111101
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

お夕さん、Gutenn Abend !でございます。
久しぶりにお夕さんの紋次郎世界を読ませていただきました。
原作とTV版を比較しての紋次郎の台詞、
感情表現の違い、経済観念とやらの違い
にまで発展させていくお夕さんの語り口は
まさにお夕節としてますます確立されているようです。

お香さんもやはりこれまでの行きずりの女性の一人ということで、
紋次郎の人生に関わることはできないのは、
同じ女性としてなんとも空しい男はんどすなぁ~・・・笑

最初の写真の短冊赤紙が狛犬からはかれる炎、いや血のようでとても印象的です。


  • 20111102
  • 淡青 ♦pDmV/urE
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第15話「 人斬りに紋日は暮れた」(中編)

淡青さま、コメントをいただきありがとうございます。

お香さんに新たなキャラクターを与えたことで、テレビ版の作品には切なさが生まれました。

紋次郎サンは、いつも女性を置いて行きますよね。そしてその場を去ると同時に、すべてが過去になり、昨日になり消えていきます。

ホンマにつれない男はんどすえ(笑)。

写真は、私の故郷のお祭の写真です。
山車に飾られた赤紙が特徴的です。

  • 20111102
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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