紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

(原作 第45話)(放映 1978.1.18)
「木枯し紋次郎」の生みの母(父?)は、言わずと知れた笹沢左保氏であるが、今回の大物ゲストはまさにこの人。それも実在した大侠客「国定忠治」役である。これはこの「新……」シリーズでの超目玉と言えよう。今でこそ作家が、芸能界に顔を出しても不自然さはないが、当時はかなり異色作家だったのではないだろうか。

笹沢氏は、それまでにも映画やドラマには出演されている。興味深いのは、東映映画の「木枯し紋次郎」。1972年作品の「赦免花は散った」で、主演は菅原文太さんである。

「やがて、映画の一作目に、ぼくが出演することになった。宣伝のために協力するという程度だから、ほんのチョイ出である。冒頭のシーンに数カット、姿が見え隠れするだけだった。
雨の中の乱闘で四人か五人を斬り、そのあと菅原紋次郎に刺し殺されるアップがあって終わりである。もちろん、役名など不要であった。
だが、形だけの役名をもらった。春霞の紋太郎という男で、木枯し紋次郎をもじりながらおよそシマリのない名前だった。しかし、演技は真剣そのもので、ズブ濡れになる雨の中の数時間だった。」
(笹沢左保著 「紋次郎の独白」より抜粋)

この「紋次郎の独白」には、この一年、本業以外にどんなことをしたかが書かれている。その中で映画出演が3本、テレビドラマ出演や文士劇、ステージ歌手までつとめている。作詞を2作品、展覧会に書と油絵を出品、テレビやラジオにゲスト出演10回等々……マルチな才能ぶりには舌を巻く。

笹沢氏は、その中でも役者になることは、ストレス解消法だと述べている。睡眠時間を削り、肉体を酷使してまでも役者を引き受けるのは、演技をしている間作家を忘れることができるからだというのだ。本業ではないので無責任でいられるし、無責任でいられるほど楽しいものはない。ストレス解消の良策は、無責任になりきれる時間をつくることだと記述している。
裏を返せば、それだけ笹沢氏は、作家としての重責を人一倍感じていたということだろう。

しかし笹沢氏の演技力はなかなかのもので、無責任どころかしっかり演じきっておられるといえよう。この忠治役も、なかなかの貫禄である。

テレビ版は原作とほぼ同じ展開であるが、細かい箇所は違う。
原作では、「まぼろしの銀次」という十手持ちは誰か?というミステリーに重点を置いてあるのだが、テレビ版ではその点は薄い。
テレビ版の出だしは、峠の頂で構える関八州取締出役の中山誠一郎と捕方たち。そこに駆け寄る密偵の男、十手持ちの「銀の字」。褒賞金二百両がかかる大物が、明日にも上州に足を踏み入れると報告に来る。既にこの時点で「銀の字」が姿を見せている。

そこへやって来るのが「お銀」と呼ばれる女。今回のヒロイン役に「江波杏子」さん。ちなみに江波さんは、笹沢氏が出演した映画「赦免花は散った」でお夕役で出演している。江波さんはさすがの貫禄。画面に姿を現しただけで、オーラを感じる。大映出身の女優さんで、「女賭博師」シリーズでは「昇り竜のお銀」として看板をはったヒロイン。お銀つながりというのも、何かの縁か。

堅気には見えない姐御風。銀の字はお銀を見て驚く。どうもお互いは知り合いのようである。お銀は銀の字をしがない十手持ち、とあざ笑う。八州さまの中山が「斬れ!」と命じるのを、銀の字は必死でかばい立てする。どうもこの二人は曰くありげな仲のようである。
原作は「まぼろしの銀の字」はずっと伏せられているので、このような場面はない。

さて、テレビ版ではこの関八州取締出役たちが追っている大物は一体誰か、ということになる。

紋次郎は茶店で、二人の男たちと同席している。この二人は行商人風。原作では、茶店で同席する前にも、道祖神の祠で一緒に野宿をしている。二人の会話で国定忠治がこの近く、信州の中野あたりに潜伏している噂があることを紋次郎は知る。
忠治は信州にいくつか隠れ家を持っており、上州で取り締まりが厳しくなると信州に逃げ込み、ほとぼりを冷ます。八州が権限を持つのは、関八州のみなので、信州に逃げ込まれると手出しができない。したがって、何とか忠治を上州におびき寄せたいと、画策しているらしい。

この二人の男、喜助は「蟹江敬三」さん、伊作は「大和田獏」さんが演じている。蟹江さんと言えば、前シリーズを含めて三度目の出演である。大和田さんはまだ初々しくて、当時は28歳。茶店で二人は会話しているのだが、どうも紋次郎を意識している様子である。明らかに何か魂胆がある雰囲気。何かを探ろうとしているようである。
しまいには背を向けて豆餅を食べている紋次郎に、「親分さんも、とばっちりを食いたくなかったら、中野へは寄らない方がいいんじゃありませんか」などと忠告する。

そこに茶店近くで、騒ぎが起こる。酔っぱらった女がチンピラにからまれ、嬌声を上げている。やがて女は帯を解かれそうになり、その声は悲鳴に変わる。その光景を目にして、喜助は紋次郎に助けを求める。しかし、その頼みに対して吐いた紋次郎の台詞が洒落ている。

「あっしは、とばっちりが嫌いなほうでござんして……。」

「とばっちり」つながりの気の利いた台詞であるが、これは脚本家のオリジナルである。

見るに見かねて伊作が、チンピラたちに素手で向かっていく。その時点で、彼はただの堅気の商人ではないことがわかる。まさに、「義を見てせざるは勇無きなり」とばかりの心意気である。
原作では伊作は女を助けには行かないのだが、脚本家さんは彼に、一本気な性格を与えたようである。このキャラクターは、この後にもからんでくる。

何とかチンピラたちは追い払われ、髷を崩し乱れた着物姿で女がフラフラとこちらにやって来る。この女は、オープニングに出ていた女、お銀である。髷を崩し、しどけない姿であるが江波さんは色っぽくて美しい。
紋次郎はその姿を目にして、表情を変える。紋次郎が知っている女だからだ。テレビ版は4年前の回想シーンとなる。ちなみに原作は、2年前となる。

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

【紋次郎は苦しそうに身体をよじりながら山道を行く。どうも腹痛のようである。(それにしてもよく腹痛を起こす……笑)よろけた拍子に崖からすべり落ち、咄嗟に掴んだのは木の根っこ。眼下は木曽川の激流。木の根っこが重みに耐えかねて、抜けそうになるその時、山道を通りかかったのがお銀だった。お銀は帯をほどいて紋次郎に掴まらせ、転落から救ったのである。その時から、お銀は紋次郎の命の恩人になった。(それにしても、命の恩人もよく出現……(笑)。
崖から引き揚げられるシーンは、多分清滝川、保津峡の崖だと思う。帯の間から落ちた十手に気づく紋次郎に、お銀は「おとっつあんの形見だ。」と答える。
昔、若い渡世人に惚れて子どもができたが、育てられず里子に出し、それ以来酌女として男から男、宿場から宿場を流れ歩いていると言う。】(回想)

紋次郎はお銀に中野宿まで同行してほしいと言う。4年前の恩返しに「帯」を買いたいと言うのだ。喜助と伊作は「お銀」という名前と形見の十手、中野宿……ということで気色ばむ。お銀は「そんなこともあったっけねえ。あの頃のことは何もかもが、懐かしいねえ。」と高笑いをするが、すぐに表情がこわばる。喜助と伊作が豹変したのだ。二人は紋次郎とお銀に匕首を突きつける。が、その前に紋次郎の錆朱色の長脇差を喜助が手にしている。

「えーっ!長脇差は肌身離さずじゃ、なかったの?!」である。で、リバースして見てみた。床几に腰掛けて豆餅を食べている紋次郎は、腰から長脇差を抜いて立てかけている。ダメじゃないですか!「ただの行商人じゃないと思っていたが……」と、口にする前にもっと警戒すべきだったんじゃないんですか、紋次郎サン。命の恩人に出逢って、思わずいつもの警戒心を解いてしまったのだろうか。

二人は匕首で脅されながら、中野宿まで連行される。
中野宿では忠治の子分たちに取り囲まれる。どうもお銀は、密偵「まぼろしの銀の字では?」と疑われているようである。視聴者はオープニングで、お銀が密偵「銀の字」ではないことを知っているので、興味は半減である。では、紋次郎はなぜ一緒に拉致されたか。

「八州の手先になって、売り出しているのは、けしからん、」というのだ。

八州の手先?売り出す?……う~ん、わからん。八州の手先といえば「二足草鞋」を意味するが、「売り出す」の意味がわからない。渡世人が売り出すと言えば、一家を構えて縄張りを広げることであろう。
紋次郎のような、街道をねぐらとする無宿渡世人が何を売り出すというのだろう。二足草鞋となり、八州の道案内をする見かえりに、賭場を黙認するとか抗争に目をつぶるとか言うのならわかるが……。

原作では、紋次郎は道連れを嫌うし口もきかない得体の知れない渡世人……銀の字かもしれないお銀と知り合いのようだが、金で雇われた仲間ではないか。それに、忠治が潜伏している中野宿を目指しているというのは、怪しいということで拉致されている。

土蔵の二階にいる男が声をかける。
「鹿安、板割りの浅……帰えったか。」
喜助は鹿安、伊作は板割りの淺……両名とも忠治の有名な子分。ということは、声の主は「国定忠治」。
急な階段越しに見えるのは、笹沢左保氏が演じる忠治親分。なかなかの貫禄だし、カツラがよく似合っている。
その姿を目にしたお銀は、驚きの目を見張る。知り合いのようである。お銀の表情の変化を紋次郎は見逃さない。
淺太郎が日光の円蔵からの書状を忠治に渡す。ろうそくの灯りを頼りに書状に目を通す笹沢忠治。目の動きといい落ち着いた態度といい、堂に入った演技で全く違和感がない。

「1年ほど前だったかなあ、境町の軍造を殺って男を上げたのは……」と笹沢忠治は紋次郎に尋ねる。
「えーっ?!それって、つながりがわからないと思うんですけど……。」である。

原作では前回は「桜が隠す嘘二つ」。この作品は映像化されていないので、原作を読んだ人しかわからないのだが、そこで実は紋次郎と忠治は会っているのである。
いや忠治どころか、当時の大親分のお歴々の前で紋次郎は自分の推理を披露して忠治からも一目置かれた。「境町の軍造」という親分も出てくるが、紋次郎が殺したわけでもないし、話は全く別物である。大体紋次郎が、「男を上げる」などと考えるはずがない。が、しかし渡世では、紋次郎の名前は知れ渡っているのは確かであり、畏敬の対象にはなっている。

その一件が紋次郎一人の力なら、大したもんだが、八州の指図によるものなら許さねぇ……というのだ。渡世人つぶしの為に、八州が渡世人を養っているという噂もあるとか。
はーん、この説明でやっとわかった。テレビ版は少しややこしい。

「あっしには言い訳なんぞござんせんよ。」

「言い訳」なんて台詞を口にしたら、認めているようなものではないか。ここで、こんな台詞を言うべきではない。
案の定、子分の一人が長脇差を抜きにかかる。
それを制して子分の七兵衛が「八州取締出役の中山誠一郎が、まぼろしの銀の字をはじめ手勢を信州に送り込んでいるが、銀の字がどんな面かはわからない。お前は、十手を持っているお銀と本当に知り合いなのか?」と尋ねる。

ここで「出役」のことを「でやく」と言っているが、正しくは「しゅつやく」である。この間違いは時々耳にする。漢字の読み方は本当に難しい。

「申し開きをしろ!」と命令されても、「何の言い訳もない」と紋次郎は突っぱねる。ここで業を煮やした忠治が、「手前が十手持ちの女の仲間でねえと言うのなら……女を叩っ斬れ」とドスのきいた声で命令する。
「叩っ斬らないなら、お前と女二人の素っ首刎ねて、八州の中山誠一郎に届けてやる。」と凄み、何度か「叩っ斬れ!」と大音声で叫ぶが紋次郎は「お断りいたしやす。」の一点張り。

笹沢さんは作家になる前の若い頃、ヤクザとも渡り合ったという猛者である。それだけに、このシーンの台詞回しには凄みと貫禄が備わっている。人間、何が功を奏するかわからない(笑)。ちなみに当時の忠治は原作によると31歳なので、紋次郎よりは年下となるが、ここはやはり10歳ぐらいは年上にしておかないと雰囲気は出ないだろう。

原作での忠治の容貌である。
「正面に、小太りの男が腰を据えている。色が白くて、髭が濃い。月代を、伸ばしていた。凄まじいほどの威圧感が、その貫禄に感じられた。青白いような眼光を放ち、目の鋭さが異様であった。睨まれただけで一人前の渡世人が、緊張の余り震え出すと、言われるだけのことはある。」

実際史料によると「身長は5尺5分(152㎝)、体重は23貫(86㎏)、色白で顔がまるく鼻筋が通り、月代、眉は濃く太り気味で、相撲取りのようである。」という風貌である。意外と身長は低かったようだ。笹沢さんは確か、170㎝の身長だったと思うので、実際の忠治よりはずっとスマートでいらっしゃる。
(中編に続く)

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Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

紋次郎が堅気の世話になる理由「腹痛」「崖から転落」。
一番最初の「一里塚」では、食あたりで苦しむ紋次郎の、死生観を含んだ心模様が、かなりの行数に渡って描写されていました。
少年時代の私はこの部分に大変感動し、何度も何度も読み返しました。

これ以降、腹痛と崖転落は何度も登場しますが、そのたびにだんだん大掛かりになってくるんですよね。
でも心理描写は薄れ、別の部分の描写が詳細になってるのが残念でした。
(読んでてプッとお茶噴き出し、ここでのコメントのネタに使ってるのもありますが)

原作では崖から転落して激流にポッチャンでしたが、テレビ版は激流は無理だった代わり、腹痛とのコラボときましたね。
呻き声をあげて身悶えするする紋次郎は、「一里塚」の原作に感動した者としては、なんだかなあと思ってしまいます。

「あっしには言い訳なんぞござんせん。」
今回もまずい使われ方でしたねえ。
ていうか、このセリフを使わなければならないという制約が、原作も含めたこの時期の作品の足を引っ張ってる気がします。
笹沢さんも目の前でこれを使われて、「このセリフ、こんなにも決まらないものだったのか」と気付いてくれたでしょうか。

観るのはお夕さんが書かれた部分までにしておこう、と思ったのですが、面白そうだったので最後まで見てしまいました。
…地雷を踏んでしまいました。(笑)

  • 20111127
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

紋次郎は、「堅気の衆とは関わらない」ことをモットーにしていますが、その実結構助けてもらっています(笑)。
命の恩人とは、いつもハッピーエンドにはなりませんので、そこが哀しいです。

崖からあわや転落シーンは、保津川落合かと思います。
夏に行きましたが、足がすくみました。安全対策は万全だったでしょうが、あんなところでの撮影はやっぱり怖いです。

最後まで観られたようですが、ここまで来れば「毒を食らわば……」です(笑)。
「矢でも鉄砲でも…地雷でもかかって来い!」の覚悟で、この後もよろしくお願いします。

  • 20111127
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

姐さん、ありがとうござんす。

姐さんの心遣いに、あっしはまだまだ半端もんだと改めて気が付きやした。
国定忠治、桃次郎もとい菅原紋次郎、それに「二度と拝めぬ三日月」・・
国定忠治は直情的=感傷的な渡世人ってイメージが強うござんして、対照的な紋次郎を組合せたこのエピソードはあっしの中では秀逸と思っておりやす。

いやはやお夕の姐さん、今回こいつは腰の瓢箪を断ってから、改めて読まさせていただきやす。

では、酔いが覚めるまで待っておくんなせぇ。素面の時にまた草鞋を脱がさせてめぇリやす。

ご免なすって。


  • 20111127
  • 峠花の子文太 ♦-
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Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

小文太さま、コメントをいただきありがとうございます。

忠治と紋次郎……仰るとおり、対照的な存在と言えやしょう。
性格も境遇も全く違いやすが、笹沢氏の粋な計らいで、この二人は同じ三日月を眺めやす。
そのひとときだけ、この二人の心は無常観で繋がったんでござんしょうねえ。
満月じゃなく、三日月……このあたりも哀調が帯びておりやす。

さっき空を見上げやすと、おぼろげながら三日月が見えやした。

冷えてきやしたんで、あっしはこれから一杯ひっかけてきやす。
御免なすって。

  • 20111127
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

>ここまで来れば「毒を食らわば……」です
なるほど。毒を食らわば、街道脇の草むらに倒れ込み、運命を受け入れるのですな。
もしかしたら石川良庵先生が通りかかってくれるかも知れやせん。

矢や鉄砲や地雷なら何とかなりやすが、首コロンなどがあるというのなら、それこそ雷に桑酒を強いるというもの。紋次郎に蒟蒻を強いるというものでござんす。(笑)

紋次郎さんが「帰って来た木枯し紋次郎」で、崖から落ちて手当てしてもらっているうちに堅気の杣人となった理由がわかりやした。
「自分はこんなにも崖から落ちやすい体質だから、これ以上旅を重ねていけば、また堅気の衆に迷惑が掛かっちまう」と悟ったからにちげえありやせん。(笑)

  • 20111128
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

あっしは良庵先生より、玄斎先生にお頼もうしやす(笑)。

笹沢親分は、国定忠治がお好きだったと思いやすんで(少なくとも次郎長よりは)、きっとご機嫌で演じておられたんでしょうねぇ。
さすがに濡れ場はなかったとはいえ、江波姐サンとの共演は、嬉しかったんじゃねぇかと推察いたしやす。

崖落ち、腹痛、雷、岩がゴロリン、猪、子どもにブスリ、弓矢、竹槍、長脇差、大水、雪崩、難破……等々、いろいろありやした。
どれも野垂れ死にしなかったってぇことは、「捨てる神ありゃあ、拾う神あり」だったんでござんしょうねぇ。

しかしここまで来ると、守護霊であるお光さんのご加護があったとしか、言いようがござんせん。

いろいろ考えさせていただき、ありがとうござんす。
自分の中だけで思い巡らすと、煮詰まっちまいやすが、コメントをいただくと違う角度から見られて、楽しさ倍増でござんす。

これからもご鞭撻のほど、よろしくお願いいたしやす。

  • 20111129
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

お夕さん 横から割りこんでスミマセン…
殺したら殺したで許されず…
生かしたら生かしたで、また…
「あっしには言い訳なんぞござんせん…」
笹沢先生の呟きのように思えてきました…南無…

Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

白さま、コメントをいただきありがとうございます。

笹沢忠治サンは、悩める男でしたね。
泣く子も黙る……のはずが、自分が涙して……人間味がある忠治サンでした。

「あっしには言い訳なんぞござんせん。」
なるほど、この台詞は忠治サンが口にした方が良かったのかもしれませんね。

  • 20111129
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

こんばんは♪

手当でしたら、関八州随一の名医と謳われた・内藤了甫を父に持つ野州河内郡「乙井の姫四郎」に一票です(笑)

では、又♪

Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(前編)

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

おおっ、そうでした。
姫四郎さんがいました!

でも治療の後、お誘いがあったらどうしようかと……。
いや、こんな大年増、相手にされないか(笑)。

とにかく、名医であることは確かです。

  • 20111202
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
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