紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

Articles

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)
(原作 第45話)(放映 1978.1.18)
忠治はもうすぐ、大事な来客があるという。命の次に大事な、大恩ある客人を迎えるらしい。
「お銀さんは、親分さんのお客人以上に、あっしにとっちゃあ大事なお人だ。たとえ八つ裂きにされようと、刃を向けられねぇお人なんでござんすよ。」

原作では紋次郎と忠治のやりとりがもう少し続く。

「おめえには死んでもらうぜ」
「お好きなように、なすっておくんなさい」
「おれに逆らう者は、生かしちゃあおけねえのさ」
「ただ一度、国定の親分さんに、申し上げてえことがござんす」
「ああ、聞いてやるとも。渡世人も、死ねば仏だ。堅気衆と同じように、遺言ってものがあってもいいはずだからなあ」
「はっきり、申し上げておきやす。人にはたとえ八つ裂きにされようと、刃を向けることができねえ相手ってのがござんす」
「言い訳は、よしねえ。泣き言にも、受け取れるぜ」
「親分さんにも、必ずそうした相手がおりやすでしょう」
「笑わせるねえ。おれには、敵か味方かそのどっちかなんだ。味方のためには、力を貸してやる。敵となりゃあ、笑いながらでも叩っ斬ってやるぜ」
「何もかも、そのようにうまくゆけば、ようござんすがね」
(原作から抜粋)

原作では、この問答がこの後重く忠治にのしかかることになる

泣く子も黙る国定忠治の命令に、一歩も退かず強く拒む、紋次郎の意地。この時点で紋次郎は忠治に殺されても不思議ではないのだが、そこへ客人の「助右衛門」が到着したという知らせが入り、始末は明日に延期となる。

一方、土蔵に監禁されているお銀の元に、板割りの淺太郎がやって来る。テレビ版ではこの淺太郎に、情のある好青年というキャラクターを与えている。チンピラに絡まれているお銀を助けたのも淺太郎だった。もしかしたらお銀に惚れたか、と思えるほどの肩の入れようである。
「自分はまだ若造でかけ出し者だが、人を見る目はあるほうだ。十手を持っている本当の訳は?忠治親分とかかわりがあるのでは?」とお銀に尋ね、お銀の縄目をほどく。
柱に縛り付けられている江波さんのうなじが、ハッとする程美しい。少し乱れた髷の後れ毛と襟の抜き方が絶妙で、同性が見ても艶っぽい。
お銀の曖昧な返事に、淺太郎は語る。「本当のことを言ってくれないとお銀も紋次郎も殺されてしまう。それに、女を斬る役は一番若い自分の役になるだろうが、それこそぞっとしない話だ。」

そこへ紋次郎が連れて来られる。子分の七兵衛が淺太郎に「親分に、小諸の助右衛門さんが客人として来たので、座敷に来い。」と話す。それを聞いて表情が変わり、助右衛門の名前を呟くお銀を紋次郎は見逃さない。どう見ても、忠治とかかわりがあるのは明らかである。淺太郎はそれを聞いて土蔵から出て行くのだが、錠前を閉めていないようだがそれでよかったのか……(笑)。

テレビ版での回想シーンで、お銀が身の上を語った内容を思い出す。
……若い渡世人に惚れて、子どもをもうけたが里子に出した……。

一方、お銀と忠治の関係は、八州の中山に問われて、十手持ちの「銀の字」の口から語られる。

この語りの中で、原作との違いも少しある。原作では、忠治が浅太郎に経緯を語っている。

【原作】

お銀の父仙太郎は、二足草鞋の博奕打ちで追分宿で忠治とぶつかる。仮にも十手持ちを殺したら追っ手がかかるので……ということでサイコロ勝負となり、忠治が60両ほど勝った。しかし、仙太郎は最後の勝負に娘のお銀の身体を賭け、結局忠治は勝ちお銀を抱いた。
その後仙太郎はつまらない喧嘩で斬り殺され、お銀は子どもができたことに気づく。しかし育てられないので、小諸に住む荒物屋の助右衛門に里子に出した。その子は忠太といって、助右衛門が育てていたが、善光寺に来たついでに会いたいと連絡が入った。大事な客人は助右衛門であり、今日は我が子忠太との初対面となる。

【テレビ版】

父仙太郎はまじめな堅気の十手持ち。大物の忠治をお縄にする意地があったが捕縛に失敗する。そして、忠治にサイコロ勝負に勝ったら捕まってやってもいいが、負けたら娘を差し出せと持ちかけられる。勝負はあっさり負け、娘は忠治のものになる。泣き叫ぶお銀の声を耳にし、仙太郎はそれを苦にして自害。
今際の際に駆けつけた仲間の「銀の字」はお銀の名付け親で、同じく十手持ち。仇をとって忠治をお縄にしてくれという遺言を聞き、それ以来忠治捕縛に執念を燃やす。

テレビ版では、父仙太郎の十手持ちの意地や、友情にも似た「銀の字」の執念が織り込まれていて、美談に変わっている。
原作では「銀の字」は、テレビ版と同じくお銀の名付け親にはなっているが、姿は一切見せずミステリーのままで進行する。

一方蔵の中では、紋次郎はいつの間にかお銀から身の上話を聞かされている。
「ふふふ……女ってな、どんな生きものなんだろうねぇ……」
自嘲気味にお銀が笑う。この後の台詞回しは江波さんは本当にお上手である。

一夜限りの、それも無理矢理の契りだったのに、その忠治に惚れてしまった女。
女ってものは……とひとくくりにされるのは同性として業腹ではあるが、そんなことは絶対にあり得ないとも言い切れないので、まあ良しとする。

父の形見の十手を持ち、惚れた忠治を追って上州と信州を流れ歩く身……馬鹿な母親だと呟く。

紋次郎は、その里子に出した助右衛門が来ている事をお銀の話で知る。

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

原作の紋次郎はお銀から身の上は聞かされない。なぜなら、監禁されているところが別だからだ。テレビ版は、お銀が身の上を喋った時点で、ミステリー性が完全になくなった。
銀の字がお銀ではないこと。お銀は一体何者なのかも、わかってしまっている。

その代わりにと言うのも変だが、テレビ版では、原作にはない親子の対面シーンがある。笹沢忠治は我が子、忠太の顔をまじまじと眺め「今日までほったらかしにして申し訳ござんせん」と畳に額をすりつけて、助右衛門に詫びを入れる。子分たちも膝を揃えて畏まっている。
忠治は我が子の存在は知っていたが、せっかく堅気に育てられているのだから……と会わずにいた。しかし一昨日、急に助右衛門から会いたいと使いが来た。上州に墓参りに行くついでがあるらしい。忠治は上州に墓参りに行く助右衛門たちを送るために、ついて行くと言い出した。
これには子分たちは驚いた。今、上州に足を踏み入れたら八州が待ちかまえている。円蔵がせっかく文でそのことを教えたのに、危険だと必死に止めるが忠治は不義理はできないと、聞く耳を持たない。

夜が明けて、紋次郎はお銀を斬ることを命じられたまま、蔵から出される。
お銀は「忠治があたしを殺すのも、悪くない趣向だねえ」と自嘲的に笑い、捨てばち気味である。原作ではこの台詞を聞いて、紋次郎はお銀の正体に気づく。

忠治は鹿安が止めるのを聞かず、旅支度をして出立しようとする。そこへ蔵から出されたお銀が叫ぶ。
「忠治は死にたいんだろ?!行かせておやりよ!」

周囲の者すべてがその言葉に驚く。そして助右衛門もギクリとする。お銀は助右衛門に、思わせぶりな挨拶をする。その姿に忠治はハッとするが、お銀は構わずまくし立てる。
江波さんの流れるような啖呵はさすが、お見事!聞き惚れてしまう。あんな胸のすくような啖呵を、一度でいいから切ってみたいものだ。(どんなシチュエーションで?と言われそうだが)
忠治はハッとして近寄り、お銀に触れようとするが「触るんじゃないよ!」と手を振り払われる。

「おめえは……」

「分かるもんかい!穴のあくように見たってね。七年前に、たった一度河原で抱いた女のことなんざ、思い出すはずがあるまい。」

原作では、夜の暗い河原での出来事として、思い出すどころか顔さえはっきり見ていないという設定である。しかしテレビ版は不自然としたのか、撮影技術上難しかったのか、まだ日が高いうちの河原での出来事となっている。

お銀の剣幕に、さすがの忠治もタジタジであるのが、面白い。

忠治はやっとお銀が誰なのか気づく。

「どうだい。てめぇの子を産んだ女の首、刎ねようって朝の気分はさ。」

忠治は答えられない。

「そんな不実な男のために、こっちは大変な知らせ、何とか間に合わせようと、上州から信州、信州から上州駆けずり回ってさ。バカな話さ。」

そしてすごい勢いで叫ぶ。
「バカ野郎!!」

このときの江波さんの表情は半端ではない。激昂しているのだが目が据わっている。今まで溜め込んでいた苦しみや哀しみを、一気に吐きだしたかのような演技である。
このただならぬ様子を制したのは紋次郎である。

「お銀さん、よしなせぇ。言えばなおさら、惨めになるだけでござんすよ。」

しかしお銀は、一生に一度のことなんだから言わせておくれよ、と返す。一生に一度……この後の、お銀の宿命を暗示しているかのようである。

笹沢忠治はお銀に詫びる。十手持ちの仙太郎の娘の名がお銀だったことさえ知らなかった。子どもができたこともずっと後になるまで知らなかったと……。
実生活では、浮き名を随分流した笹沢さんである。もしかしたら私生活でも、こんなやりとりがあったのではないか、と想像するのは不謹慎だろうか。

天下の忠治が詫びをいれたが、お銀は勢いが止まらない。
「はん!茶化をおやりでないよ。あたしゃね、忠治って男の死に様を見て笑ってやりたいね。死ぬがいいんだ。死ぬ気で、行きやがれ!上州を!」

この忠治を恐れぬ言いぐさに、腹を立てた子分のひとりが、お銀を黙らせようと襲いかかるが、紋次郎が楯になる。もみ合った相手の長脇差を奪い取ると、浅太郎が斬り込んでくる。

「これで勝負は、五分と五分だぜ。」
そう言うと、浅太郎は紋次郎と鍔迫り合いを演じる。浅太郎が肩入れをしていたお銀を助けようとしているのに、紋次郎に向かってくるのはどうなのかと思うが、ここは忠治一家の面子にかかわるらしい。

原作には、忠治の子分と紋次郎の争いはない。
テレビ版では「忠治一家に楯つく気か!」と、子分に言われている。その通りで、ここで楯ついて子分の何人かを叩っ斬ったら、歴史が変わってしまう(笑)。
(後編に続く)

トラックバックURL

http://kogarashi1940.blog10.fc2.com/tb.php/177-1538296d

この記事へのトラックバック

この記事へのコメント

Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

映像版見ましたが、江波さんの熱演、いいですね~~。

原作を読んで釈然としないのは、「まぼろしの銀の字」です。
これ、実在するの?しないの?ひょっとして正体はこれまで出てきた誰かなの?…と気を持たせられるのですが…。
どうやら実在するようだけど、話に出てくるだけで、一度も登場しない。
読み終わった後、なんか、喉の奥に魚の小骨が刺さったような感じが残っちゃうんで、やっぱり登場させたほうがいいですね
(そういや「雪燈籠」には「実在しない金の字」ってのも居ましたなあ)

ところで私は、小学校の頃に見たTVのコントのせいで、国定忠治と聞くと、てんぷくトリオが浮かんでくるよう刷り込まれておりました。
おかげでこの原作、とくに弁当の数をめぐる掛け合いを読む時は、てんぷくトリオが演じているようにしか頭に描けず、困ってました。
今回このテレビ版を見たおかげで、やっと普通の国定忠治としての上書きが出来そうです。(笑)

それにしても、綺麗な紅葉の写真ですね。

  • 20111203
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

「まぼろしの銀の字」
原作では、その名の通り幻のままでしたね。

「まぼろしの銀の字」は実在したかどうかはわかりませんが、八州の中山誠一郎は実在して忠治を召し捕っているんですね。
幕末には甲府代官を経て、明治時代は横浜に住んだとか……。
なかなかの人物だったようです。

忠治が関連するといえば、「御子神の丈吉」と「龍舞の銀次」ですかね。
ちなみに私は昨年、忠治の墓がある「養寿寺」を訪れましたが、ひっそりしてました。

「てんぷくトリオ」
おおっ、懐かしい。

私は東海林太郎さんの、「赤城の子守唄」を思い出します。(古すぎですが、懐メロで……)

  • 20111204
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

ところで「きょうの猫村さん」の好きな人のことをネコムラーと呼ぶのだそうですね。
では私たち紋次郎ファンは何と呼ぶのでしょう。

モンジラー?
モンジリアン?
モンジリスト?

ここで皆さんと一緒に、紋次郎ファンにふさわしい呼び名を考えていきませんか?

  • 20111204
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

いやあ、なかなか難しい3択です。
コメントをいただいてから、丸一日考えましたが(笑)、未だ決められずにいます。

もうしばらく、考えたいと思います。

  • 20111205
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

忠治どんには離縁歴があり、かつ二人の妾がいたってぇ事ですが、お銀を借金の形に抱くとは思えねぇんでござんすよ。『自称』国定忠治の倅ってぇのがいっとき上州界隈を騒がせたそうでござんすが、さて、怪しいもんだとあっしは思っておりやす。
世の中にゃ『次郎』ってぇラーメン屋がござんして、そこに通いつめる連中を称して『ジロリアン』って言ってるみてぇですよ>tokiさん。
 ならば、、、次郎つながりでモンジロリアンってのも第四の選択肢ですかねぇ(笑)・・けど、冗談はともかく、こいつは難しい問題でござんすよ。
tokiさん、あいも変わらず冴えているのは結構でござんすが、学のねぇあっしに知恵熱を出すような問答は無しにしておくんなはい。

では、モンジリニストにするかモンジリアンにするか、ちょいと考えるんで、これにてご免被りやすジリニスト。

  • 20111205
  • 峠花の子文太 ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

お夕さん、小文太さん、レスありがとうございやす。

あの三つの中からというわけではなく、もっと他に候補が、と考えておりやした。

ラーメンの「ジロリアン」そうでござんした。
なら「モンジロリアン」も有力候補でござんすな。

このお夕さんのブログは、紋次郎ファンの集う茶屋。
ハイカラに言えばモンカフェというわけにござんす。(笑)

  • 20111205
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

こんばんは♪

紋次郎とハイカラがどうもマッチしないのですが、
モンジローズとか
モンジ&ブラザーズとか
モンジニアーニとか
モンジャンとか
頭に浮かびますが、道連れ無しの紋次郎には似合わないですね。
「一人追っかけ紋次郎」の、ぶんぶんでした(笑)

では、又♪

Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

おはようございます。
いつもいつも感心しちゃいます。すてきな写真と文。でも、専門的な分野なのでなかなかコメントできず、勉強不足でごめんなさい。
お夕さんはコメントくださってるのに。
(でも、職場でもよませてもらってるんですよ。)(*^。^*)

くださるコメントもすごく光ってって魅力的。
ステキな方だな~って思ってます。

今日はあったかいですね。
よい一日をお過ごしくださいね。

  • 20111207
  • てのりぱんだ ♦C/Rcg83E
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

お立ち寄りのみなさま、コメントをいただきありがとうございます。

》小文太さま
いろんなマニアックな方々がおられるんですね。
それぞれユニークな呼び名が考えられていて、感心してしまいます。

「ジロリアン」……私はうっかり「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の「デロリアン」かと思ってしまいました(笑)。

》TOKIさま
紋次郎ファンのみなさま、熱烈歓迎でございます。
ただ、貫禄あるお客人にしては店主が頼りなくて、申し訳なく思っています。

これに懲りませず、今後とも「紋カフェ」をご贔屓のほど、お願い申し上げます。

》ぶんぶんさま、ようこそ。
私も、なかなか思いつかないんですよね。

やっぱり「紋次郎気質(かたぎ)」から離れられなくて……。
手前ミソですが、「紋次郎カタギスト」って……無理があるなあ、かなり(笑)。

》ぱんださま
からみにくいブログですが(笑)、ようこそおいでいただきました。

身に余るお言葉をいただき、恐縮です。
「お夕もおだてりゃ木に登る」ぐらいの勢いで、ウレシイです。

ぱんださまの、ホッと癒されるカフェは私のお気に入りです。
これからもよろしくお願いしますね。

またお邪魔します。

  • 20111207
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

紋次郎ファンの皆様、こんばんわ。こちらは聖なる酔っぱらいでござんす。

『モンカフェ』=『紋カフェ』>tokiさん、洒落た呼び方でござんすが、って不覚にもバーボンを吹き出したでござんす。あとでキーボードに消えた分のバーボンの請求はさせていただきやす。因みに義理の兄貴分が10年前に日本茶カフェってぇのを出店したんですが、諸行無常にござんすよ。フランス語の綴りで「チャミセ』にするんだったら『紋カフェ』にしてた方が、繁盛したような気がします。

>ぶんぶんさん、モンジニアーニって、芸術家っぽいっすね。確かに三日月村の紋次郎は楊枝を的中させる芸術家でござんすが。

>てのりぱんださん、あんたもあったけぇおひとでごさんすなぁ。あっしも姐さんのブログとおみつさんのは峠の茶屋で勤めを放ったらかして読んでるんですよ。

>姐さん。そりゃ『デロリアン』ってもんですよ、姐さん。あっしも気質リストになって、デロリアンで幕末の渡世人の生き様をこの目で見てみてぇもんです。貫禄なんて関係ござんせん。峠の茶屋か、宿場の煮売屋。あっしらカタギリストが気軽に立ち寄れる場所を作ってくださつたんでから。

余談ですが、>おみつさん。あっしはおみつさんのような姉さんが欲しかった・・・

ってか国定忠治も三日月も関係ねぇ話で申し訳御座んせん。この責任はtokiさんです。モジリアーノとか言い出した人だし・・・

では、長々とご免なすって。

ps、上州の太田にて、転勤願いを出そうかと思っている今日この頃でござんす。

  • 20111207
  • 峠花の子文太 ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

子文太さま、コメントをいただきありがとうござんす。

「デロリアン」で天保年間にタイムトリップするってぇのは、なかなかいい考えでござんすねぇ。

もちろん兄貴を探しにめぇりやすが、多分連れはつくらねぇと断られるのがオチでしょうが……。

  • 20111209
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

今晩は、お夕さん、

緋色の落ち葉がなにやら妖しい雰囲気の
粋な写真でまずは釘付けで昨夜はそのまま
ハンブルクに戻ってきた自閉気味の淡青ですぅ~・・・笑

市川雷蔵の沓掛時次郎に小さな胸がキュ~ンだったころがあり、

♪好きでなったか、性分なのか~
♪旅から旅への渡り鳥~・・・

という後に流行った歌も覚えていて、なぜか紋次郎とダブルんですよ~・・・

コメントの皆さんの紋次郎ファンへの名づけが面白く楽しく拝見しました、
そこで末席に入れていただきたく名称を考えてみました、たとえば

紋衆(もんしゅう)、紋員、紋党、紋命(もんいのち)

なにやらこわ~い世界の集まりのようやわ~、
やっぱモンジニストみたいなんがええわぁ~・・・笑




  • 20111210
  • 淡青 ♦pDmV/urE
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(中編)

淡青さま、コメントをいただきありがとうございます。

雷蔵さんの「沓掛時次郎」ですか。
なかなか渋いですね。
昔から旅鴉には哀愁が漂い、日本人の心を掴むものがあったようです。
漂流せざるを得ない宿命が、そこにはあったんですね。

紋次郎ファンの名称をお考えいただき、ありがとうございます。
最近の私は、どの名称がいいかと「悶々」(モンモン)とした日々を送っております(笑)。

  • 20111210
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
コメント投稿フォーム

管理者にだけ表示を許可する

Paging Navigation

Navigations, etc.

About This Website

/