紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

Articles

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(後編)

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(後編)

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(後編)
(原作 第45話)(放映 1978.1.18)
今回の紋次郎はほとんど動いていない。このシーンで初めて殺陣らしい動きを見た。子分に追われて、紋次郎はその場から一旦去る。

残されたのは忠治とお銀、助右衛門。
お銀はすべてを語り出す。

「八州一の切れ者、中山誠一郎の手先がまぼろしの銀の字で、自分の名付け親。その銀の字が一年前から、助右衛門の家に現れるようになった。伜の忠太を餌にして、忠治を上州までおびき寄せる。うまくいけば二百両、そして助右衛門を代官所で雇い上げるという約束になっている。」

切羽詰まった助右衛門は、道中差しを構えてお銀に体当たりする。刺されたお銀は、板塀の壁伝いに身体を二転三転する。スローモーションで無音。お銀の髷が、崩れて揺れるのも効果的である。ストンと崩れ落ちたお銀に駆け寄ったのは紋次郎。時すでに遅し……「しっかりしなせぇ!」と抱き起こすも、お銀には死相が現れている。忠治も「お銀……」と、静かに声をかける。

お銀は木彫りの鈴を取り出す。この鈴は忠治がお銀を抱いたあの日に残していった鈴。お銀は忠太を助右衛門に預けたとき、この鈴を形見として託した。年に一度は忠太をそっと見に行っていたが去年、忠太の姿はなく新しい土饅頭の上にこの鈴が置いてあった。忠太は亡くなっていたのである。憎い忠治だが、可愛い忠太の父親……まぼろしの銀の字の企みを伝えたかった……。
長台詞を、息も絶え絶えの中続ける江波さんの演技力はすばらしく、集中して見入ってしまう。

お銀は忠治の胸に顔を埋めて、事切れる。

「お銀さん!」紋次郎はお銀に呼びかけると同時に、憤怒の形相で助右衛門に斬りかかり、助右衛門の首を刎ねる。首は宙を飛び、助右衛門の身体は血しぶきを噴き出しながら倒れる。一瞬の出来事なので、見ている者はビックリである。久しぶりの「首チョンパ」である(笑)。

原作での紋次郎は鹿安の腰の長脇差を引き抜き、無造作に助右衛門の首を斜めに断ち割り、続いて脇腹、とどめは無表情で喉を抉っている。
読んでいるとこちらの方が残酷に感じる。それも無表情というところが、怖い。

実は私は、何冊か当時の台本を所有している。原作と台本と映像との違いを考察するコーナーも、立ち上げようかと思ったのだが、とてもエネルギーが足らず(というか筆力と分析力が足らず)当分無理。で、それはまたの機会にして、この回の台本での大きな違いは、この「首チョンパ」である。
台本では原作通りのとどめの刺し方なのだが、実際はご覧の通りである。忠治が、お銀の首を刎ねろと命じたのに掛けて、監督が「首を刎ねる」に変更したのだろうか。結構特撮なので、美術さんや小道具のスタッフさんはご苦労されたのでは……と思う。

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(後編)

テレビ版は大分省略して、紋次郎はすぐに助右衛門を斬っているが、これはどうも尺が足りなくなったからだろう。
原作では忠治と紋次郎の押し問答がある。

「国定の親分、助右衛門を叩っ斬らねえんでござんすかい」
 紋次郎が言った。忠治は、返事をしなかった。七人の子分も、凝然と突っ立っているだけだった。
「助右衛門は、叩っ斬っても構わねえ野郎ですぜ。それも親分が、斬らなくちゃあならねえ相手でござんしょう」
 紋次郎は、忠治の横顔を見やった。
「斬れねえ。助右衛門は一年前に死ぬまでの忠太を、わが子と変わりなく育て上げてくれたお人だ。おれには、助右衛門に義理がある。義理がある相手は、どんな事情があろうと手めえは斬れねえ」
 忠治が、蒼白な顔で答えた。
「さっきとは大分、話が違うようでござんすね」
「いじめるんじゃあねえ、紋次郎」
「そうですかい」
  (原作より抜粋)

全く立場が逆転している。忠治をいじめたのは、後にも先にも紋次郎だけではないだろうか(笑)。
紋次郎は、忠治に助右衛門を叩っ斬る気がないことを確認し、自分がその代わりを務める。もちろん自分の怒りもあるだろうが、忠治の意を酌んでの行動だった。

テレビ版のままだと、紋次郎の怒りだけが先行して、堅気を斬ったことになってしまう。
ここは原作を尊重して、なぜ紋次郎が助右衛門を斬ったのかを……それこそ言い訳をしてほしかった。

この後原作では、街道に忠治と紋次郎だけの姿がある。そして紋次郎は、三日月を見上げる忠治の頬に光るものを見る。

「国定忠治の涙を見た者は、おめえひとりだけだろうよ」
「だが、今宵だけよ。こんなふうに霞む三日月を見ることは、二度とあるめえ。明日からは、また国定忠治だ」
と紋次郎に背を向ける。

テレビ版では紋次郎と忠治の語らいがある。紋次郎の生みの親である笹沢氏と、紋次郎で一世を風靡した中村敦夫さんがツーショットで演じることは「二度とあるめえ」である。
空には三日月がかかる。この三日月はどうも夕月のようで、辺りはまだ明るい。

このロケ地は多分広沢池であろう。広沢池は、12月の初めに水が抜かれ「鯉揚げ」が行われる。その後、翌春まで水底が見える状態となる。この映像は、ちょうど水が抜かれた後であろう。

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(後編)

忠治は、紋次郎を八州の手先と疑ったことを詫び、決まった女がいるのかと問う。紋次郎に、そんな女がいるはずがない。

「お銀はおれに、死ねって言いやがった。だがおれには見えてたぜ。あん時、本当に死にたがってたなぁ、お銀よ。そうとわかっていて、おれにはお銀を生かすことも、殺すこともできなかった。」
「二度と拝めぬ三日月か。」

「あっしもこんな風に、三日月を見るのは生涯二度とありますめえ。」

「国定忠治の涙を見た者は、おめえひとりだけだろうよ。」

紋次郎は忠治に最後の言葉をかける。
「親分さん、随分とお達者で……」

そして忠治に、深々と頭を下げる。忠治は紋次郎に背を向けて去っていく。

原作の紋次郎は、しなびた八つ手の葉を頭上に放り上げ、楊枝を飛ばす。お銀は、忠太の墓の上に舞い落ちていた八つ手の葉を、大事に持っていたのだった。テレビ版のような鈴は、出てこない。
そしてこの話は終わるのだが、テレビ版はまだまだ続く。

紋次郎は忠治と別れた後、宿場で帯を買い求める。華やかな帯が並ぶ店には場違いの紋次郎が、無造作に赤い帯を選び値段を訊く。

「これは……いかほどで?」

「百文でございます。」

「百文……」

と復唱した紋次郎の声が、裏返っているのが、何となくおかしい。
巾着からゴソゴソと金子を出している紋次郎を、健気で可愛いと見るのは、私がオバチャンになった証拠だろうか。

国境の峠にさしかかった紋次郎は、バラバラと八州の捕方たちに囲まれる。歩いている道にバラスが敷かれていたり、自動車の轍らしきものが見えていたりして、少し残念である。
本来なら手はず通り、忠治がやって来るはずだが紋次郎である。
まぼろしの銀の字は「違う!こいつは上州新田郡の木枯しの紋次郎だ!」と叫ぶ。
銀の字、紋次郎の特徴もしっかり把握しているようである。あなどれない。

紋次郎は銀の字を確認して、お銀と助右衛門が死んだことを告げる。銀の字は驚くが、ここで八州の中山が、ネチネチとやって来る。
この役は「石山雄大」さん。前シリーズ「背を陽に向けた……」でお町の恋人、茂兵衛役で出演されている。前回は百姓の若者だったが、今回は腕利きの八州さまである。随分と役柄が変わったが、こちらも年月が経ち貫禄がついた結果か。

第16話「 二度と拝めぬ三日月」(後編)

中山は、信州中野で紋次郎が忠治に会ったことを確認して、「我らと組んで、忠治召し捕りに力を貸さぬか?礼金だけでなく我ら陰の八州の力で、忠治に代わる上州一の大親分に仕立ててやるぞ」と卑怯な誘惑をする。
紋次郎の顔が怒りでゆがむ。

紋次郎は怒りにまかせて長脇差を抜き、次々に八州の捕方たち、銀の字、そして中山誠一郎までを叩っ斬る……が、これは現実ではなく紋次郎の妄想。もしそんなことになったら、この先のシリーズの展開はとんでもないことになる。どんな悪人であっても、役人を斬り捨てることはあり得ない。

ただ一度、前シリーズのテレビ版最終回、「流れ舟は帰らず」で、紋次郎は橋奉行出役を斬っている。最終回だから、この後の展開は考えなくてもよかったからであろうが、今回はそうはいかない。
実は、台本では実際に斬るように脚色されているが、やはりこれはマズイと考えたか、鉛筆で「イメージ」とメモ書きされている。

この付け足しは、やはり殺陣のシーンがあまりにも少なかったからだろう。紋次郎は凝然と立ちつくし、怒りをグッと押し込め一言だけ口にして立ち去る。

「あっしには関わりのねえこって」

この場面でこの台詞は大当たりである。

さて、この中山誠一郎は実在の人物で、1850年(嘉永3年)8月24日未明に、忠治を上州田部井村で召し捕っている。この作品の設定は天保11年であるので(1840年)である。
と言うことは、この10年後に忠治はこの中山に捕縛されるのである。

「お銀さん。とうとう借りは返せなかったようで……」

紋次郎は心の中で呟き、赤い帯を空中に放り上げ、楊枝を飛ばす。

「木枯し紋次郎のその声を、木枯し紋次郎は耳にしたような気がした。」

芥川氏のナレーションが入るのだが、どこかおかしい。自分の心の呟きを、本人が耳にした?!単細胞の私の脳みそでは意味がわからない。しかも、台本にもその通りの記述がある。

原作を読んでみる。
前述した八つ手の葉に楊枝を飛ばした紋次郎。

お銀さん、とうとう、借りを返すことはできなかったようで……
木枯し紋次郎のそうした声を、忠治は耳にした気がした、とある。これなら理解できる。紋次郎の気持ちを察して、忠治が心の耳で聞き取ったのだろう。

私としては、忠治と別れ去っていく紋次郎……微かに鈴の音がするので振り返ると、お銀の墓に供えていた鈴が風に揺れて転がり落ちそうになる。そこへ楊枝が飛んで、鈴の紐を土饅頭に縫いつける……としてあっさり、終わって欲しかった。
その後の八州に出合うシーンや、紋次郎の妄想シーンもなくてもよかった。紋次郎の、反体制の精神はわからないではないが、この場面は必要なかったのでは、と思う。

今回の紋次郎が、実際に手にかけた相手はたった一人、助右衛門だけだった。これも珍しい。
アクションシーンが少なくても、銀の字はだれか?お銀は何者か?裏切り者はだれか?というミステリーに重点を置き、忠治やお銀の人間模様をからめるだけで十分見応えはあったと思うのだが……。
ミステリー性が薄められたのと、エンディングまでが間延びしたのが残念である。

一番印象に残ったのは、やはりゲスト出演の笹沢さん……玄人はだしの演技とカツラがよく似合う男っぷり。そして江波杏子さんの、伝法肌の姐さんっぷりと今際の際の演技。
紋次郎は助演男優賞に終わった感がする(笑)。



トラックバックURL

http://kogarashi1940.blog10.fc2.com/tb.php/178-51c47ed4

この記事へのトラックバック

この記事へのコメント

Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(後編)

台本まで持っておられるとは、さすがはお夕さんです。

原作を読んでしっくりこないのは、土饅頭の上に落ちていた八つ手の葉をお銀が大切に持っていることです。
これを忠太の形見とするには弱いと思ってましたが、TV版では鈴にしたのは賢明だと思います。

ラストの脳内メッタ斬り、私も不要だと思いました。
紋次郎はこんなことで人を斬らないし、また、殺したいという発想すら持たない人間でしょう。

それにしても、私は第一回の首コロンでドン引きしました。
以降出てこなかったので、やはりあれは評判が悪かったので止めたのだろう、と思って見ていたら、前作を上回る「首宙返り」…。
仮に原作にそう書かれていたとしても、映像で見せてしまうと、それまでスラスラ鑑賞できていたのに、そこでリズムが狂っちゃうんですよね。

今回、見終わった直後は江波さんの熱演など印象に残るのですが、冒頭の「ヨロケ紋次郎」「脳内メッタ斬り」「首宙返り」のビジュアルインパクトが強すぎて、1時間もしたら、こればっかり頭に残ってるんです。
やはりこれからは、お夕さんがブログに書かれた部分までを見ることにして、危ない部分はスキップすることにします。(笑)

  • 20111212
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(後編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

台本はわずかしか持っていませんが、貴重な資料だと思っています。思わぬ発見があったりして面白いものです。

忠太の形見が鈴というのはいいのですが。忠治が鈴を身につけていたというのは、イメージから少し離れているように思いますね。

ま、でも風鈴の佐吉や鳴神の伊三郎も身につけていますから、その辺からヒントを得たのかもしれませんけど。

首コロンや首チョンパの件ですが(笑)、やはり映像化すると生々しくていただけません。
原作での笹沢氏の筆致は、簡潔で乾いた感じなので、あまり気にせずサクサク読めます。
しかし、映像でリアルに表現すると、「ドン引き」されることもあるということですね。

監督さんや脚本家さんは、原作の行間をいかに読み取れるか、が決め手だと思いますね。

脚本家といえば「市川森一さん」がお亡くなりなられたとのこと……。

ご冥福をお祈り申し上げます。

  • 20111212
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(後編)

お夕さん、こんばんわ。
この頃マイぷれすがちょっとおかしくてすごくつながり難いし、参加者数も500人を切ってしまっていて・・。だからコメントのお返しは別の機会にしてこちらに書き込みさせて頂くことにしました。
( ^-^)
いつもコメント頂戴し、本当に有難うございます。
m(_)m

さっき16話だけさらっと詠ませていただきましたが、さすが、お夕さん!読み応えあるわあ!!

本当にいろんなことに気づかれるんですね。
原作とテレビの比較別サイト、お夕さんが書かれるならどんな風になるのか見てみたい!

笹沢佐保が国定忠治やったんだ!知らなかった!
でもなんとなく出好きな感じだから(^^;;ちょうどいいかも・・。

江波杏子さんは極道の女房とか姉御とかやらせると天下一品でしたね。

私はとてもじゃないけどお夕さんみたいにセリフ一つ一つの意味まで考えて見てないから、深い意味などわからなかったけど、原作と読み比べると違って見えてくるものがあるんですね。

まだまだ続く紋次郎シリーズ。今度は見やすいところにリンクを張りなおして読ませて頂こうと思ってます。

ことしもよろしくね。( ^-^)

Re: 第16話「 二度と拝めぬ三日月」(後編)

九子さま、コメントをいただきありがとうございます。

原作者がドラマに出演……それもチョイ役でなく準主役。
なかなかできることではなかったと思います。
この企画は、誰が考えたのでしょうね。

原作は一話完結ですのでドラマ化しやすいかもしれませんが、紋次郎の世界観に一貫性を持たせるのは難しかったと思います。

もっと簡潔に書ければいいのですが、お読みいただいている方には申し訳ないと思っています。
ストーリーをなぞっているだけでは、下手な読書感想文並……。
九子さんの、センスの良い書きぶりを見習いたいです。

本年も、宜しくおつき合いくださいませ。

  • 20120105
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
コメント投稿フォーム

管理者にだけ表示を許可する

Paging Navigation

Navigations, etc.

About This Website

/