紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第12話 「木枯しの音に消えた」

第12話 「木枯しの音に消えた」

第12話 「木枯しの音に消えた」
(原作 第13話 1972)(放映 1972.4.15)
紋次郎の生みの親、笹沢左保氏が1971年の1月から「小説現代」に毎月連載していた13本目がこの作品である。前回にも書いたが、笹沢氏はこの回で限界だと感じたという。その時の経緯を紹介したい。

「……その頃からテレビの紋次郎が人気を集め始めて、いわゆる紋次郎ブームということになった。その最中に、紋次郎を散らせるのが、最も紋次郎らしい姿だったかもしれない。だが、そうなったからには、あまり勝手なことは許されない。人に迷惑をかけることになったのでは、それはぼくのわがままというものになってしまう。第1回目のシリーズを終えたテレビでは、再開までの半年間、ぼくの原作が貯まるのを待つということになった。テレビの第2シリーズ分まで、原作は書かなければならない。それだけではない。紋次郎を育てた「小説現代」に対する義理もあり、その意向は尊重しなければならなかった。それに、読者の要求に応ずることが、第一の義務であった。読者の支持、紋次郎を続けろという多くの要望があるうちは、書かなければならない。」(「紋次郎の独白」より抜粋)

この作品が掲載されたのは多分放映2ヶ月前ぐらいである。もう原作が追いつかない状態になっている。中村氏は、アキレス腱断裂という大怪我をした後も撮影に臨む義理立てをし、原作者も紋次郎ブームに関わる人たちに義理立てをしている。「木枯し紋次郎」存続の裏にはいかに大勢のファンの期待と、作品に携わった人たちの魂の後押しがあったかがうかがわれる。

テレビ版と原作とは大きな違いはなく、ほとんど展開は同じである。
紋次郎のトレードマークである、左の頬の傷とくわえた楊枝のいわれが、明らかにされる重要な作品である。
おそらく紋次郎が18歳の頃、命を粗末にし無茶なことばかりしていた折、5人を相手に斬り合い頬に刀傷を負った。その時の傷が左頬の傷になるのである。
また、左腕を骨折したとされており、20日ほど源左衛門宅で世話になっている。その時、源左衛門の娘「志乃」から楊枝の吹き鳴らし方を身につけたとしている。
また中村氏は多分、怪我が完治していないので、このシーンは代役が演じていると思われる。ほとんど顔が見えないのであるが(殺陣が竹林ということもあって)幾分顔の輪郭がふっくらしているように見える。

「六地蔵の影を斬る」の回でも書いたが、市川バージョンでの紋次郎は、楊枝を人に向かっては飛ばさない。しかし原作では、半次に楊枝を切断された直後、顔に向かって飛ばしている。楊枝は右の頬に突き刺さり、半次は悲鳴を上げる。
テレビ版では顔ではなく、半次の三度笠の掛け紐を射抜き、スローモーションで三度笠が落ちる。今でこそCG処理ができるが、当時はほとんどアナログである。楊枝が紐を射抜くなどということは容易ではない。よく見ると楊枝が飛ぶ前に、髪の毛状の糸が見え、楊枝(葦でできていてストロー状)がその糸にそって飛んでいくのが見える。超絶技巧である。不可能を可能にすることに職人気質がうかがえ、挑戦することに価値があるとしたスタッフの心意気がすばらしい。
また、二つの賽子が真っ二つに斬られて転がるシーンもよく撮られている。

半次役に歌手の「荒木一郎」。およそ時代劇らしからぬ長髪、派手な着物、三度笠の色も妙に赤っぽく奇妙な出で立ちだが、それが半次の狂気じみた不気味さを表現している。その点、荒木一郎は失礼ながら適役なのかも知れない。稲荷山の兄弟の兄、仙太役に「戸浦六宏」。渋い脇役である。兄弟という設定であるが、あまり似ていない。
この二人の実の妹は飯盛女の「おつね」で、過酷な客とりや折檻ののため命を落とした。その意趣返しのため、雇い主だった巳之吉を殺しに来たのだった。原作通りだと、この兄弟の言い分ももっともで肩を持ちたくなる。
しかしテレビ版では、巳之吉を殺したら縄張りを譲ると箱田の六兵衛に言われその気になるような、狡猾な兄弟に設定している。また半次には、田丸屋の使用人を馬で引きずり回すという残忍な性格を与えている。このシーンは明らかに、マカロニ・ウエスタンの私刑をなぞっている。こんな狡猾で残忍な兄弟なんだから……最後に斬られても仕方ないといったところか。
この兄弟がガツガツと膳部のモノを喰らうシーンは実に品がなく、いわゆる紋次郎食いとは似ても似つかない。

第12話 「木枯しの音に消えた」

お志乃(お豊)役に「十朱幸代」。年齢設定は19歳、ちょっと無理があるかと思ったが、原作にこんな一文があった。
「二十前なのだろうが、崩れた感じがお豊という女を老けさせていた。」というのであれば、良しとする。しかし十朱は崩れた感じは受けない。原作ではこうも書かれている。
「……何とも、自堕落な恰好であった。髷ばかりではなく、どことなく崩れた感じのする女だった。顔に、ほつれ毛がかかっていた。気品があってなかなかの美人なのだろうが、いかにも荒んだ女というように見えた。」
「十朱幸代」はどちらかというと、コケティッシュな感じのする緩く甘い雰囲気である。また輪郭もうりざね顔で、苦労を重ねたすれた飯盛女という感じはしない。汚れ役というのも珍しかったのではないだろうか。しかし、何となくお姫様っぽく、男好きのする可愛さがある点などを考えるとこれでいいのかとも言える。
この頃、「木枯し紋次郎」に出演を希望する女優が大勢いたそうである。作品の人気や完成度の高さで、紋次郎に出演するということは、一種のステイタスになっていたようだ。

原作のお豊(お志乃)は風邪をひいていているようで、細い首に真綿を巻き付けているが、テレビ版はそれを再現していない。また、紋次郎を招き入れた部屋のすぐ近くで、15歳になったばかりの「お駒」が芝居っ気たっぷりで客をとっているシーンもない。(これについては、お茶の間ではやはり流せないだろう)しかし、この二点があるかないかで、当時の飯盛女の悲惨な生活ぶりの表現に差が出たように感じる。

お豊に「助けてやっておくれ」と頼まれるが冷たく断る紋次郎。
「人は人、あっしはあっしということに、しておいておくんなさい」(原作)
「人は人、あっしはあっしと思って生きておりやすんで」(テレビ版)
紋次郎の生き方を如実に表しているセリフである。私はこの場面の紋次郎の表情や雰囲気が好きである。「余計なことに関わりを持ちたくはねえんで」と言うときもだが、お志乃が紋次郎の顔を見つめて懇願していても、紋次郎は目を合わせずこれらのセリフを口にする。そして無言で立ち上がり身支度を手早く調え、玉代の三百文を蒲団の上に投げ落とす。原作では床の間に置くのだが、テレビ版の方がより非情である。
そんな薄情で非情な紋次郎という設定なので、「お願いだよ、紋次郎さん」と呼ばれた後の行動のギャップが大きくなる。
お豊の「紋次郎さん」と呼ばれた瞬間、紋次郎の動きが止まる。聡明な視聴者や読者ならここで、お豊がお志乃であることに気づくだろう。笹沢氏は紋次郎シリーズで、時々キーワードを配する。その一言でトリックや企みに気づくという趣向である。

巳之吉と稲荷山兄弟との決闘の場へ急ぐ紋次郎。その姿や足もとの映像と、木枯らしを受けてざわめく竹林が交互に映し出され、紋次郎の心象風景のようだ。心がはやる紋次郎は、途中から疾走する。

稲荷山の兄弟と対峙した紋次郎がとった手段は今までの殺陣にはない、斬新なものである。原作では「成功率は低い。これまでにも一度だけやって、失敗しているのだった。」とある。しかし、それまでの原作にはそういうエピソードはない。失敗した後はどうなったのか、気になるところである。二人を一度に攻撃する他の策は、私には思いつかない。
因みに、紋次郎シリーズの先駆けとなる作品集、「見かえり峠の落日」に収録された「鬼首峠に棄てた鈴」には、一人を相手に壁に投げたドスと竹槍で、注意力を二分するという策はある。

ラストシーンの、お志乃と紋次郎の楊枝を吹き鳴らす心の交流は本当に切ない。楊枝を飛ばす名シーンは数多く語られるが、楊枝を吹き鳴らす絶品と言えば、文句なしにこの回のこのシーンだろう。
この後名セリフが続く。
「お志乃は死んだよ。紋次郎さん、あんたの知ってるお志乃のきれいな思い出だけを持ってっておくれよ」
このセリフは原作にはなく、脚本家が考えた名セリフである。お志乃にとってきれいな思い出の最後は、幼少の頃、紋次郎と過ごした短い日々だったのだろう。
「おめえさんのことは思い出しもしねえが、忘れもしやせん」
一見矛盾しているようだが、紋次郎の心を表現するとしたらこれ以上のセリフはないだろう。笹沢氏の言霊のセンスの良さがうかがえる。
いわゆる泣けるシーンである。

原作では以下のように記されている。
「同夜、田丸屋飯盛下女志乃狂乱し、村田屋飯盛下女志乃は入水して死すと記録にある。」
木枯らしの音の荒涼さと結末の哀しさが相乗効果を生み出している。

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Re: 第12話 「木枯しの音に消えた」

お夕さん、こんばんわ。長くなります(笑)

「木枯しの音に消えた」の中で紋次郎が5人を相手にして左頬の傷を作るエピーソードが18歳ですね。
原作「川留めの水は濁った」で姉のお光の亭主だった定吉にお光の死んだ訳を聞かされ、「21年ぶりにお光は死んでいるという実感が沸いた。もう二度と、お光が何処かで生きていると、想像することは出来ないのであった」と書かれています。

その文章の通りに、その後にTV版とは違い原作では「流れ舟」で、鬼の十兵衛の情婦の名前が「お光」でも紋次郎は特別な感情を持ちませんし、「上州新田郡三日月村」でもお光を思い出した描写はありません。

それが、「年に一度の手向け草」では10歳の時に故郷を出奔した後の9年後から必ず年に一度、伊勢崎のお光の墓参りを欠かさないで15回目の墓参りになると書かれていますね。

一度お光に対する心の整理をつけさせたと思われる紋次郎に、再び墓参りをさせるように設定をしたのは、「TVからもいろんな触発をうけた」と笹沢先生が話された様に、やはり紋次郎の心の奥にはお光への叶わぬ思いを持たせた方が、読者には共感されると読んだ為と思ったのですが、どうでしょうかね。

未だこれから先の原作はこれから読むので、まだ不明な点が多々あります。こんな細かい事をあれこれ考えるのが、またファンの密かな楽しみですね。

お夕さんが指摘された「よく見ると楊枝が飛ぶ前に、髪の毛状の糸が見え、楊枝(葦でできていてストロー状)がその糸にそって飛んでいくのが見える。」ここは気づかなかったので今度見てみます。

花風鈴さんが書かれていた、草鞋を編む時の手が敦夫さんの手ではなく吹き替えだったと言う所も凄く気になりました。



  • 20090530
  • おみつ ♦aiP0wTO2
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Re: 第12話 「木枯しの音に消えた」

おみつ様、コメントをいただきありがとうございます。
「流れ舟…」の「お光」の件、私も紋次郎が反応しないのが不思議に思っていました。
「飛んで火に入る相州路」では人質にされているという「お光」を助けに単身乗り込むんですが……。
「流れ舟…」に関しては、脚本化するときにお光の名前を変えるべきでしたね。まさか37年後に、そんな些細なことにこだわるファンが出てくるなんて、当時は想像できなかったでしょうからね。

笹沢氏はテレビから少なからず影響を受け、読者から「原作の紋次郎が甘くなった」と指摘を受けることがあった、と書いておられますが、この辺りのことを指しているのかもしれませんね。

どちらにしてもやはり、一貫性を持たせるためには「お光」の名前を安易に使ってはいけないということですね。

  • 20090531
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第12話 「木枯しの音に消えた」

お夕さん、こんばんわ。
ドラマの順番に原作を読んでしまったので混同してお夕さんを惑わせてしまいました。「流れ舟」は原作2話でしたね。失礼しました。
だとすれば笹沢原作では「川留め」のお勝がお光に生き写しであった為に紋次郎の魂を揺り動かしたのであって、「お光」の名前だけで紋次郎が感傷に浸ることは無いと設定されていて、人物設定の「ぶれ」はいささかも無かったということですね。笹沢先生は本当に凄いです。
ドラマの「相州路」は小仏の新三郎がお染を探し恩を返そうとする旅を、巧みに紋次郎がお光の面影を追い求めている脚本に仕立て上げていました。紋次郎の哀切を視聴者に忘れさせないように、放映も第2シーズンの中盤ぐらいでいいタイミングであったし、ドラマ制作サイドの狙い通りであったのではないでしょうか。
ただお夕さんのおっしゃるようにドラマの「流れ舟」でお光の名前を違う名前にするべきでしたね。
拙ブログのミラーサイトを製作中です。
http://blog.goo.ne.jp/monnjirounoaneomitu/

  • 20090601
  • おみつ ♦aiP0wTO2
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Re: 第12話 「木枯しの音に消えた」

おみつさん、コメントをいただきありがとうございます。
別原作を「木枯し紋次郎」に脚色することは、なかなか難しかったのではないかと思っています。原作が追いつかない状態でしたから、大変だったろうと思います。
また、描かれている季節も放映時と違ったりしますから、どれでもドラマ化できるというわけでもありませんし……。

ミラーサイトを覗かせていただきました。なかなか渋くてかっこいいですね。
楽しみにしています。

  • 20090602
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第12話 「木枯しの音に消えた」

こんばんは、この回はスカパーe2では昨日放送だったんですが、Youtubeでダイジェスト版を観ていて、楽しみにしていました。
それにしてもゲスト陣が豪華でしたね。十朱幸代、荒木一郎、大瀧秀治(悪そ~・笑)、左とん平・・(敬称略)『稲荷山の兄弟』はおっしゃる通り滑稽で、荒木氏はハマり役でした。
お志乃(お豊)に『吹いてみておくれよ』とせがまれた紋次郎の吹き鳴らす”木枯しの音”は、オープニング一発目と同じ音ですが、なぜか妙に悲しげに聴こえますね。

Re: 第12話 「木枯しの音に消えた」

ケンシロウさま、コメントをいただきありがとうございます。

この作品の、紋次郎とお志乃の別れのシーンは名場面ですね。
あの、お互いが楊枝を吹き合う余韻は、ホントに切なく哀しく心に残ります。

原作の後述が、テレビ版に無くて良かったです。
あれば、なおさら哀しいですものね。

  • 20110624
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第12話 「木枯しの音に消えた」

大滝秀治さんのファンなのですが、当時は「秀治」じゃなくて「譲二」が役者名だったんですね。

「おめえさんのことは思い出しもしねえが、忘れもしやせん」

この台詞の時、自然に涙が流れてきてしまったんですが、隣で観ていたカミさんは、「何処がいいの?!」って冷めた口調で言うんです。

Re: 第12話 「木枯しの音に消えた」

Nicoさま、コメントをいただきありがとうございます。

この台詞は、本当に心に響きます。
「思い出す」ということは記憶をたどることで、自分の意志が働きます。
「忘れもしない」ということは、意志ではなく体に染みついているといった感じでしょうか。
「忘れもしやせん」……最高の言葉だと思いますね。

紋次郎サンに「忘れもしやせん」と言われたら、私は胸を押さえて卒倒するでしょう(笑)。

  • 20140526
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第12話 「木枯しの音に消えた」

お夕さん。BS6時、楽しみに拝見しています。昨夕のこの作品は紋次郎TV作品の中でも名作のように思えます。40年程前のラストシーンのセリフは今でも心に残っていました。それにしても、今更ながらですが監督陣のすばらしさに驚きます。この作品「木枯しの~」にこもる、哀しさのなかの柔らかさや優しさのような適度な表現は、演出の出目監督の手腕にもよるのでしょうか。今夕も楽しみです!

  • 20140527
  • いなさ ♦-
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Re: 第12話 「木枯しの音に消えた」

いなささま、コメントをいただきありがとうございます。

いなささんの情報で、今回の再放送を楽しむことができ、ホントに感謝しています。

この回のクォリティーは高く、原作もテレビ版も、傑作の一つだと私も思っています。
ラストの余韻は、甘く切なく哀しく……そして美しく……脚本や演出も秀逸です。
この作品のファンも、たくさんおられると思いますね。

  • 20140527
  • お夕 ♦wikz35BA
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はじめまして

はじめまして
いま、tvkで土曜日8時から放映されていて見ています
小学生の頃に見ていましたが、ストーリーは全く記憶になく、上條さんの♪ど~こかで~だ~れかが~という歌声だけ
いま、中村敦夫さんは朝ドラで加賀のお爺ちゃんを演じられていて、今朝も拝見しただけに・・・なんかしみじみ思います
始めにテロップが出るんですよね
いまの時代には良くない?合わない?表現が出ますが・・・って
必要なんでしょうが、貧困、差別を、今でも現実にははびこっているのに、作品にはできないんですよね
この回はホントに豪華な俳優陣ですよね
十朱幸代さんも左とん平さんも、ほっぺふくふくです
子どものころの記憶に肉付けしたいとweb検索して、こちらへお邪魔しました
名ガイドさんに出会えたと嬉しく思ってコメントさせていただきました
ありがとうございます

  • 20150704
  • ぐりこ ♦-
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Re: 第12話 「木枯しの音に消えた」

ぐりこさま、コメントをいただきありがとうございます。

リアルタイムの紋次郎を、ご存じでいらっしゃるんですね。
あれから40年以上も経ってしまったことに驚きますし、その再放送を楽しめるなんて、当時を考えると夢のようです。

十朱幸代さん、かわいいですよね。
40年以上経っても、容貌があまり変わっておられない!さすが女優さん、と思います。

この回は、傑作の一つに数えられる作品だと思っています。特にラストシーンが、作品の重要な部分を占めると思うのですが、この回は記憶に残りますね。

迷ガイドになっていないかと心配をしておりますが(笑)、また良ければおいでくださいね。
ありがとうございます。

  • 20150704
  • お夕 ♦wikz35BA
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