紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第17話「 女が二度泣く水車小屋」(後編)

第17話「 女が二度泣く水車小屋」(後編)

第17話「 女が二度泣く水車小屋」(後編)
(放映 1978.1.25)
庄太は、世話になった森田屋弥兵衛と神社の祭りに出かける。その姿を茂兵衛の子分たちが見つけ、茂兵衛に知らせる。どうも弥兵衛の孫と勘違いしているようで、庄太を立ち退きの人質にとろうとしているようだ。

神社はお祭色で賑わっているが、この神社は嵯峨の愛宕神社と台本でメモ書きされている。
愛宕神社といえば、私は幼い頃父親と訪れた記憶がある。目的は、火伏せのお札を授かりにいくため。いわゆる「愛宕講」で、代表者が愛宕山にお参りし、お札を村の愛宕の祠に納めるというものである。清滝から登ったと思うのだが、かなりしんどかったという記憶だけが残っている。
撮影陣はあの距離を登ったのだろうか。だとしたら、かなりの強行軍である。しかし、実際の映像では本の一瞬である。
庄太は弥兵衛と別れて祭の露天を見て回っている。足を留めたのは面売りの店。ここで庄太の母の妹、「お夏」と再会する。

庄太はお夏の長屋に連れてこられる。お夏は庄太から、姉のお常が旅の途中、悪漢に捕まって殺されたことを知る。そして、庄太の父を殺した侍が飯田にいると聞いて、仇を討つべく旅をしていたと言われ驚く。
庄太から「お夏姉ちゃん、飯田にいるなら、その侍を見たことがねえかい?」と尋ねられ、お夏は動揺しながらも否定する。

そこへ、源之介が帰ってくる。水を飲むために柄杓を持つ手には、刀傷が見える。庄太はじっとそれを見ていて、いきなり懐から印籠を掴んで、源之介に投げつける。庄太は気づいたのだ。そして印籠を手にした源之介も、庄太が何者なのか気づく。

外に走り出る庄太をお夏が追いかける。
冬枯れの田んぼ道を走る庄太、名前を呼びながら追いかけるお夏。そこに紋次郎の姿。「庄太~!」と呼ぶ声にハッとして顔を上げる紋次郎に、庄太は「おじちゃん!」と駆け寄る。
「仇の侍を見つけた。姉ちゃんは知らないって言ったけど、なぜあの侍が姉ちゃんの家にいるのか。なぜ、ちゃんの仇を討ってくれないんだ!」
と一気にお夏に叫んで、また走っていく。
紋次郎はお夏の辛そうな顔を見る。

庄太は「おじいちゃ~ん!」と叫びながら、森田屋弥兵衛の家を目指して走るのだが、待ち構えていた茂兵衛一家の者に捕まってしまう。

紋次郎とお夏は、川縁にいる。水面がきらきら光り、二人の黒いシルエットを際立たせて美しい映像である。台本には「嵐山」と書かれている。
お夏は静かに胸の内を紋次郎に話す。

源之介とこんなことになるなんて思ってもみなかった。何度死のうと思ったか……でも死ねなかった。そして男と女の間なんて、そんな残酷なことから結ばれることもあるんだと知った。血を吐く源之介を見て、この人と一緒にいよう、ついて行こうと決心した。なぜだかはわからない。でもその時は、お義兄さんを殺したことも姉さんのことも、私の中にはなかった……私と源之介の命は蜘蛛の糸のように細い儚いものなのかもしれないが、私はその細い糸に一生懸命しがみついている……。

紋次郎は無言で聞いていたが、ここでやっと口を開く。
「お夏さん。あっしは面倒くせえことはわかりやせんがただ一つ、身寄りのねえ庄太が可哀相だと思いやしてね。」
お夏は、ハッとする。
「あんなちっちぇえ命を、ひとりぼっちにしておいちゃあ、いけねぇんじゃねぇんですかい。」

紋次郎にとっては、源之介とお夏のことに、とやかく言う筋合いはない。男と女の結びつきなど、どんな背景であろうと悪縁だろうと所詮、男と女。
紋次郎にとっては一番面倒くさい話であり、ひとりぼっちになった庄太の方がずっと気がかりなのだ。自分たちのことばかり考えているお夏に、チクリと一言釘を刺した紋次郎である。

茂兵衛たちは庄太を人質にとって、弥兵衛を立ち退かすつもりである。脅迫文を読んだ弥兵衛はすぐさま指定された水車小屋に急ぐ。
一足後に弥兵衛の家を訪ねた紋次郎も、置かれていた脅迫文を目にして外に飛び出す。庄太のために買ってやった、玩具の兜を上がり口に置いて……。
紋次郎は、野天の賭場で稼いだ金で兜を買ったようである。

柱に縛られ暴れる庄太を見て、伊佐吉が「こいつはじいさんの孫じゃねえ、音蔵親分を殺した女の子どもだ!」と気づく。
庄太も伊佐吉に向かって「人殺し!母ちゃんを殺した人殺し!」と叫ぶ。
庄太を助けに紋次郎が来るかも知れない、と恐れる伊佐吉だが、「今更しようがない、その時はその時だ。紋次郎を叩っ斬るほかねえ。誰か源之介の旦那を呼んでこい!」と茂兵衛は子分に命令する。

そこへ弥兵衛がやって来る。
弥兵衛は「庄太の代わりに自分を殺せ!」と子分たちに叫ぶ。この弥兵衛じいさん、血のつながりのない庄太だが、身体を張って護ろうとする見上げた人物である。
茂兵衛なんかに先祖伝来の土地を渡すぐらいなら、死んだ方がマシだとも言う。なかなか気骨のある老人である。

茂兵衛の言うことを聞かない強情ぶりに、とうとう「仕方ない、子どもの命をもらおうとするか。」と庄太に危機が迫る。弥兵衛は身体で護ろうとするが、子分の刀が振り下ろされるまさにその時、木枯しの音と共に楊枝が飛んできて刀を持つ手に突き刺さる。
このあたりの展開は、お茶の間時代劇風でオーソドックスである。今回の楊枝は、人に向かって飛んだことになる。ギリギリ間に合ったが、いつもであれば、弥兵衛も庄太も命はなかっただろう。

第17話「 女が二度泣く水車小屋」(後編)

アコースティックギターの音色はどこかフラメンコ調で、BGMとしてはなかなかいい……と思った矢先、曲調が変わりいつものBGM……ガッカリである。
この時の殺陣は動きがあり、それを追うカメラワークもよく、スピード感がある。立木や水車小屋を使っての殺陣はいい感じなので、音を消しての鑑賞をお薦めする。
伊佐吉との対峙は曲調がまた変わり、エレキギターの音色でマカロニウエスタン調になる。このBGMも何となく作為的であまり好まない。

水車小屋の前で伊佐吉は紋次郎に斬られて倒れる。茂兵衛は卑怯にも、小屋の中で息を潜めている。紋次郎が水車小屋に近づいたところ、壁板の隙間から長脇差を繰り出して刺そうとするもかわされ、逆に紋次郎に刺される。親分のわりには呆気ない死に方である。

水車小屋が出てくる作品としては「水車は夕映えに軋んだ」が有名である。大原麗子さんの帯が、水車に巻き込まれていくシーンは絶品で、印象的な演出だったが、今回はあまり印象には残らない。作品のタイトルがなかなか決まらなかったせいもあるだろうが……。
タイトル候補の「死神が六つ数えた」を匂わす台詞が台本には書かれている。

紋「狐火は、とっくに消えましたぜ」(どこが、狐火に関連があるのかは不明。前後に全く脈絡がない)
源「(自嘲的に笑う)笑っていやがる。ほら!見ろよ、おめえさんの脚もとで笑っていやがる」(脚もとで笑っているのは、死神とでも言うのか。この台詞も?)
     と源之介冷笑ー咳き込む。
     紋次郎ーじっと源之介を見る。
源「紋次郎さん……死神の野郎が六つ数えたら、いくぜ……(と咳き込む)一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……」(なぜ六つという中途半端な数なのか、これも?)
(台本より抜粋)

テレビ版では、上記のような台詞は全部カットされている。賢明な判断である。
これより後はテレビ版の展開である。

水車の陰から咳き込む声がする。うっそりと源之介が姿を見せる。
「おじちゃん、その侍だ!ちゃんを殺した侍だ!」
と庄太が声を上げる。源之介の後ろからお夏が駆け寄ってくる。
「お願いです!源之介さんを斬らないで!助けてください!」
源之介の前に回ってかばおうとするお夏を「どけ!」と押しのけて近づく源之介。
地面に這いつくばりながら、必死に紋次郎に頼むお夏。
「私のお腹の中には、この人の子どもがいるんです!」

源之介は鞘ごと刀を腰から抜いて、片手でぶら下げている。鯉口が切られ、鞘が地面に落ちる。二度と鞘には刀が収められない……源之介は死を覚悟している。
源之介は斬り込んでくるが、紋次郎はあっさりかわす。紋次郎には、源之介と刀を合わす気がないのだ。二度三度、体をかわしたとき、源之介が激しく咳き込み、口を手で押さえよろける。
それを見た庄太は、落ちていた長脇差を手にして、「ちきしょうー!」と源之介めがけて突進する。
「庄太!」
紋次郎は庄太を止める。
「はなせ!はなしてくれよー!」
抱きかかえるようにして、紋次郎は庄太の仇討ちを阻止する。
たとえ仇討ちだろうが、庄太を人殺しにはさせたくないのだ。庄太にはまっすぐ、まっとうな道を歩ませたいと紋次郎は願っている。

台本には、庄太が源之介に刀を向けるような展開はないので、これは監督が挿入したのだろうか。
私はこの、紋次郎が庄太を押しとどめたことに、大きな意味があると思う。紋次郎のスタンスに一貫性があってよかった。

台本では庄太との絡みはなく、「紋次郎さん、すまねえ」と言い残し、そのまま源之介は血を吐いて事切れる。

実際のドラマでは、ヨロヨロと源之介は立ち上がり、抜き身の刀を振り上げようとするが後ろに崩れ落ちる。
源之介は何かを言おうとするが弱々しく首を振り、口許に冷笑を滲ませて息絶える。
何かを訴えようとした清水さんの目の演技が印象的で、存在感のある役者さんである。この清水さんは、中村氏と同じく俳優座出身の方なので、親交があったかもしれない。

お夏の、哀しみ絞り出すような演技は胸を打つものがある。お夏役の倉野章子さんは、文学座で現在も活躍されているが、さすがこの若さでもかなりの演技力である。

エンディングのロケ地はまた流れ橋。庄太が橋の上から紋次郎を呼ぶ。
「おじちゃーん!おじちゃーん!」
何度も何度も叫ぶ声の向こうに、紋次郎の姿が見える。
庄太の手には新しい兜の玩具が光っている。紋次郎が買ったものである。
堤道を独り歩く紋次郎は、一度も振り返らず去っていく。このシーンは、和製「シェーン」の佇まいである。

芥川さんのナレーションの中に
「……上飯田村の森田屋弥兵衛の養女なつ、三つ子を出産せしは珍しきことなり……」
という文言は原作と同じである。こんなに展開が原作から離れているのに、三つ子を出産するところは踏襲するのかとズッコケた。

この後お夏は、弥兵衛の元で三人の子どもを育てるというわけだが、多分庄太も引き取られたのだろう。作品としては珍しく明るさが見られるエンディングだった。とにかく、庄太が死ななかったのが良かった。

結局、「女が二度泣く水車小屋」というタイトルになった曰わく付きの作品である。
台本では、水車でお常が襲われて泣く。そしてその妹のお夏が、源之介の死を目にして水車小屋で泣く。そういう意味で二度泣く……という設定のようだったが、お常が襲われたのは水車小屋の予定が、ただの小屋に変更されている時点で、そうではなくなった。
となると、お夏が二度泣くということになる。では一度目はいつ?やはり源之介に義兄を殺され、掠われたときであろう。
「狐火を六つ数えた」「死神が六つ数えた」よりは、ストーリーにそったタイトルではあったと思う。

ここで一つ謎があるのだが、台本の表紙に鉛筆書きで№18という書き込みがあるのだ。ちなみに前回の「二度と拝めぬ……」の台本には、№17とも書かれてある。一話分ずれているのはどういうことだろう。手持ちの台本には限りがあるので確かめようがないが、台本にはあったが放映されなかった作品があったのだろうか。それともただ単に放映順が入れ替わっただけか。
謎は謎のままで終わりそうだが、それこそ「狐につままれた」感がする。

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Re: 第17話「 女が二度泣く水車小屋」(後編)

今回、個人的には高く評価したいです。
源之介の最後は、紋次郎も庄太も止めを刺さずに息を引き取る設定にしたのも良かったですね。
ただタイトルを聞いて、水車のある魅力的な風景、とりわけ水を食む動輪を想像したのに、水路も無い場所に建ててあったのと、ラストのナレーションは庄太が養子になっている様子ではなくお夏だったのが残念でした。

ラストで、紋次郎に買ってもらった兜を手にして「おじちゃ~~ん!」と叫ぶ庄太 、良かったですね。
私もシェーンと重なりましたが、「鬼首峠」で、伊三郎から貰った鈴を手に、「おじちゃ~~ん!」と叫ぶおでんとも重なりました。
(原作みたいに傍点が打てないから、関東炊きみたいだな)

「新しい紋次郎を描く」とは、以前からしたらダブルスタンダードとなる行動をとらせることなどでは絶対に無く、紋次郎というキャラを咀嚼した上で、その魅力が新しい形で出てくることである、と私は考えます。
今回の紋次郎と少年とのふれあい、とりわけ兜の玩具のくだりなどこそ、まさにそれだと思えました。

祭りの撮影地、本当に愛宕神社なんでしょうか。
私も登りましたが、大人の足で1時間以上掛かり、翌日には筋肉痛でした。
庄太より幼いエキストラも出てるし、屋台の大道具を担いで登るのは並大抵ではありませんし、神社らしきものが全く見えません。
どうも近くの空き地に変更したんじゃないのかという気がします。

今回の茅葺民家の写真も素敵ですね。

  • 20120122
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第17話「 女が二度泣く水車小屋」(後編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

台本上では出てこなかった玩具の兜のアイディアは、誰が挿入したんでしょうねえ。

紋次郎が買い与えるものとしては、結構高価な類ではないでしょうか(笑)。
最近では、お捨に買ってあげた簔笠でしょうか。お銀さんには帯を渡せませんでした。

紋次郎に別れ際、「おじちゃ~ん!」と叫ぶ子どもには、「清坊」がいましたね。
そうそう、「女人講……」ではお加代が「おとう……」と呼びかけます。あれは泣けますねえ。

別れを惜しんでもらうことは滅多にありませんが、幼子が紋次郎に心を寄せるということに奥深いものを感じます。欲得のない幼子だけが、紋次郎の本質を感じ取っているのかもしれません。

「愛宕神社」の件……ですよね~。私もロケ地ではないと思います。
燈籠がチラリと見えますから、どこかの神社かもしれませんが、もしかしたら空き地に燈籠のセットを設えて……かもしれません。

茅葺きの民家の写真は「美山」です。
昨年の早春、美山の茅葺きの民宿に泊まりました。風情があって良かったですよ。

  • 20120122
  • お夕 ♦wikz35BA
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