紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」
ずいぶん前に、TOKIさんからロケ地のことは教えていただいたのですが、やっと先日、足を伸ばすことができました。
このロケ地は時期が重要で、葉が青々としていたり、柿の実がたわわになっていてはいけないのです。落葉して、空には木の枝だけがシルエットになっている状態がベストです。

紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」


「龍胆は……」で出てくる柿畑は、京都市立芸術大学近くの西山、大枝にある柿の名産地がロケ地です。
文五郎と藤兵衛が話しながら歩いたり、子分たちが走り回ったり、野天の賭場小屋がかけられたりしていた場所です。
その日は寒いながらも冬の雲から青空がのぞき、日差しも柿畑の斜面に降り注いでいました。
 
この付近は、京都縦貫自動車道の大規模な工事が行われていて、山裾はずいぶん形状が変わっていましたが、畑はほとんど残されているようでホッとしました。畑に続く道は細く、軽自動車が1台やっと通れるかという幅です。

紋次郎の影を追う「京都ロケ地

紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」


民家を何軒か通り過ぎると、道の両側に広大な柿畑が広がります。斜面をゆっくりと上っていきますと、ドラマで見たような景色があちこちに見え始め、心が高揚してきます。
畑で作業をしておられたおじいさんに挨拶をして、少しおしゃべりをしました。
「昔、このあたりで時代劇の撮影があったんですけど……」と尋ねましたが、ご存知なかったようでした。(なにしろ40年も前のことですから)
この近くは猿による被害が多いようで、柿畑の周辺もネットや柵(電流も流れてる?)で囲まれていました。

紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

栽培されている柿は富有柿が多いようですが、私は見分けはできませんでした。柿は枝振りがおもしろく、空に走る稲光のような印象を受けました。この畑の中を並木道のように、文五郎と藤兵衛が歩いていたわけです。

紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

道を上りきったところに、「九社神社」があります。映像作品ではチラリと鳥居が見えます。杉木立に囲まれ、こじんまりした感じでいい雰囲気です。


紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」
*画面左下にお狐さまが……

鳥居をくぐると足元から何か視線を感じます。目を落とすと、なんと大杉の根元に小さな「お狐さま」がこちらを見ています。ここで正式に祀られているのかわからないのですが、なんとも不思議な感じを受けました。
特に、「狐火を六つ数えた」を原作とする記事を書いていたときですから、なにかご縁があったのかもしれません。
後でわかったのですが(TOKIさん情報によると)、30年以上前からここに鎮座されていたようです。もしかしたらこのお狐さまは、当時の撮影風景を眺めていらっしゃったのかもしれません。

紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

小さいながらも村の鎮守として風格があり、本社も舞殿もりっぱでした。

紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

特に舞殿は、そびえる杉とツーショットで、風情がありました。
私は、村の鎮守の社が好きで、愛着を感じます。オープニングで市川監督が撮影した、舞殿で長脇差を抱いて横になる紋次郎の姿。あの映像のかっこよさに惚れて、鎮守の社に惹かれるようになったのだと思います。

紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

この周辺は、自然風景保存地区に指定されていますので、これからもこの風情は護られていくだろうなあ、と少し安心しました。
しかし、大規模な工事現場を目の当たりにすると、やはり違和感は否めなく、急に天保年間から現代に引きずり込まれる感じを受けました。
開発と風景保存……どちらも大切ではありますが、一度失われたものは戻りません。共存できる智慧を、みんなで出し合うことの必要性を強く感じました。

紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」


「お狐さま、お護りくださいね……」

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Re: 紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

おおっ!
「かつて紋次郎が歩き、私自身も青年期を過ごし、今もこよなく愛するこの風景を、同じく紋次郎の映像で日本の風土の美に目覚められたお夕さんにも、ぜひ見てもらいたい。」
これが、お夕さんと知り合って以来の、私の悲願でした。
とうとう実現し、ブログにもアップして頂き、感無量です。

写真、素敵ですね。
私はよく知ってる風景ですが、5枚目など、こう切り取れば絵になるとは思いもよりませんでした。

柿畑に面する一番高い場所に、建売住宅が4~5軒建ち並んでたでしょ。
あそこに、私の居た下宿があったのです。
柿畑で作業していたおじいさん、たぶん私も知ってる人です。

大学がこの地に移転し、ここにあった古い寮の跡を仲間5人で借りて下宿し始めました。
ここから大原野にかけては、柿林、竹林、棚田、農地、菜の花畑、神社など、日本の原風景がそのまま残っていました。
紋次郎の映像で山里探訪が趣味になっていた私は、バイクでいつも散策し、こんな所に住めたことを喜びました。

たしか81年の春だったと思います。
紋次郎の再放送が始まるというので、テレビが無いので実家にずっと戻り、観てました。
そして「竜胆は夕映えに降った」の放映日。
観ていた私は、座布団ごと数メートル吹っ飛ばんばかりに驚きました。
「こ、これ、俺の下宿の裏やないか!」
親分の立ち話する小道は、私の部屋の窓のすぐ外。
子分が前を走る神社は、私たちが月見をしたりする神社。
紋次郎に出てきそうな日本の原風景だと思っていたら、本当に出ていたとは!
こんな偶然が有っていいものか。

下宿に戻って話すと、みんな見たがりました。
数年前の下宿同窓会でこの紋次郎の映像を持っていったら、みんなで「オオ~~~ッ!」となりました。

お狐様、やはり着目されましたか。
あの場所でずっと昔から、紋次郎、私、お夕さん、と、この地にやってきた人を見ておられたんですね。
私が居た頃はこれくらいの数がありましたが、不思議なことに数年前からお狐様の数が減っており、去年撮影した写真を見たら、お夕さんの写真には写っている赤い台座のお二方が居られませんでした。
この記事で見ると戻ってきておられますが、どこへ行かれてたんでしょう?

ちなみにこの柿畑、火の玉を見た下宿仲間が二人おり、うち一人は「おっ、これが人魂ってやつか。」と、わざわざ近づいて見に行ったそうです。

なお、この地で柿狩りをする観光客には、大家さんも柿畑の持ち主だった関係で、うちの下宿のトイレを提供する決まりになっていました。
撮影の交渉を取り付けたのなら、出演者も、ひょっとしたら敦夫さんも紋次郎の衣装で私の下宿に上がってこられていた可能性もあるんだな…と思うと、胸が高まります。(笑)

  • 20120129
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

いいところですねえ。
ここなら毎日、紋次郎が見たであろう風景を感じることができますね。
この周辺でTOKIさんは青春時代を過ごされたんだ、と思うとうらやましかったです。
時代劇のロケ地としては、うってつけの場所ですものね。

このあと、大原野神社と金蔵寺にも足を伸ばしましたが、静かな佇まい……というかほとんど無人でした。
金蔵寺は途中から、山中を彷徨してやっと着きました。(紋次郎の関所抜けを想定しながら…笑)
どちらも時代劇のロケ地に、よく使用されているようですね。

ロケ地さがしを担当されるスタッフさんは、あらゆるニーズに応えなければならないので、情報収集量は膨大なものだったと想像します。

憧れのドラマのロケ地が、目と鼻の先にあった?!
驚かれようはよくわかります。
意外なところで、意外な接点があったなんて……。
わかった時点で、もうその場所は特別な地になりますものね。

紋次郎のロケ地は、交通の便が悪いところが多かったので、機材やスタッフ陣の輸送や撮影の危険性など、いろいろあっただろうなあと、現場を訪問して感じます。
時間、労力、経費面からも、テレビドラマの時代劇が減るのがわかります。(全部セットなら話は別ですが)
でも、あのロケ地の美しさや風情があってこそ、「ああ、日本の自然っていいなあ」と思い、ドラマに深みを感じるわけですから、大切にして欲しいですね。

下宿のトイレ……あるかも知れませんよ~。
紋次郎を愛するがゆえ導かれし青年と、紋次郎との約束の地だったのかも……。
(ちょっと、クサイ仲だったりして…笑)

  • 20120129
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

お夕姐さん、ならびにTOKIの兄貴、ごめんなすって。

わたしも、ドラマの第一話『川留め・・』を初めて観て、自分にとっても馴染みのある、東海道は静岡の宿場『鞠子(現在の丸子:”まりこ”)』の、「かつて、こんな景色であったであろう」というセットに『おぉぅ・・・』と軽くのけぞってしまいましたが、TOKIさんのように、ご自分が住んでいた下宿のすぐ近く、しかもとても思い入れのある風景がドラマに登場していたとなると、感慨もひとしおでございましょう。とても羨ましいです。
わたしも是非、いつかこちらには一度伺ってみたいと思いました。

Re: 紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

こんにちわ。
いやー、相変わらずマニアックですね~。
緑のない柿畑が何ともいいです。

>この近くは猿による被害が多いようで、柿畑の周辺もネットや柵(電流も流れてる?)で囲まれていました。

の下の写真、森と枝と空と雲は芸術的です。

大河ドラマ「平清盛」での平正盛役の中村敦夫さんの出番は束の間でしたね!

やはりこのようなロケ地に足を運び、原作のそして映像の中へ思いを巡らされるお夕さんのイマジネーションとその情熱はすごいです。

「好きこそものの上手なれ」と言いますが、ここでは常にお夕さんに圧倒されます。

  • 20120202
  • 小父さん ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

ケンシロウさま、コメントをいただきありがとうございます。

紋次郎ファンとしては、少しでもお近づきになれることがあらば、天にも昇る心地というものでございましょう。
原作に出てくる地名を通過するだけでも、心ときめくんですよね。

『鞠子』といえば、丁子屋のとろろ汁ですね。いつか食したいものです。

関連の地を訪れる度に、フィクションということを忘れてしまうほど、紋次郎サンの存在は大きいことを再認識します。

ケンシロウさんも、もし足を伸ばされました折は、お知らせ下さいね。

  • 20120202
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

柿の木の枝ぶりがこんなに面白いなんて、ここに来て初めて知りました。
空に走る稲光のような、天に昇る龍のような造形美に、思わずシャッターをきったというわけで……。

本当に自然が織りなす美しさは、すばらしいです。
小父貴さまも山を愛する方ですから、その美しさは体感されていますよね。

また、いろいろとお教え下さいね。

  • 20120202
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

お夕さんのブログを、当時の下宿仲間に教えました。
皆、感激してましたよ。

この洛西の地は、大阪と京都の府境という立地にもかかわらず、日本の原風景がかなり残ってるんですね。
私はこの地に来る時は、枚方亀岡線から脇道に入って、一休宗純が晩年暮らした出灰から逢坂峠を越えて、金蔵寺か善峰寺へ降りるのですが、周りからかなり離れた山中に、民家が4戸程度だけの集落があったり、もっと驚いたのは、四方数キロに全く民家の無い所にポツンと1軒だけ建っている廃屋があったり。
こんな所で暮らしていた人は、どんな思いだったんだろう、寂しくなかったんだろうか、などと考えてしまいました。
もっと南の渓谷には、水車の残骸が5~6基、草に埋もれてラピュタのロボット兵のごとく眠っております。
また、ここいらの山にはカタクリが自生するだけでなく、日本では貴重なトリュフも生えます。
(探偵ナイトスクープでやってましたね)

この柿畑のある山は大枝山で、酒呑童子の大江山とはここのことだとする説もあり、峠には酒呑童子 の首塚大明神が有ります。

紋次郎の映像の自然美は、「よくこんなところが残っていたなあ」と感じさせるだけではなく、撮り手の高い美意識にも感動します。
「甲州路」で、竹林を背景に髪をなびかせるお妙さんの静止画。
竹林の映る川面を背景にした紋次郎とのツーショット。
「馬子唄」のラストで去っていくお政さんと紋次郎の絶妙の構図。
「木枯しの音に消えた」の、菜の花がアクセントとなった竹林を通して見た、紋次郎の歩く風景。
菜の花畑をスローモーションでスキップする、幼年時代のお志乃。
などなど。

どれも額縁に入れて飾りたいです。
またあの音楽とも相まって、「日本の風土って美しいんだなあ」と、初めて見た時から40年経過した今も、心に染み渡ります。
企画書に、「自然美を生かすような映像を作る」と書かれていたのでしょうか。

ケンシロウさん、こんばんわ。
私の住む関西には、撮影に使われた場所はあっても、紋次郎が歩いたとされる土地は無いんですよね。
琵琶湖が少し原作に出てきただけでも胸がときめくんですから、実際に暮らされた土地が劇中に出てきたら、さぞかし感動されることでしょう。

もしこちらに来られるのなら、北嵯峨や広沢池、保津峡などの撮影地を一日で色々回れる、紋次郎ファンオススメコースを、お夕さんに作ってもらいましょう。(笑)

  • 20120203
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

下宿仲間の方にも喜んでいただけ、嬉しく思います。

酒呑童子の件は興味があります。
あちこち伝説が残されていますね。
そうそう、昨日は丁度「節分」でした。

紋次郎の映像美の数々は、それに携わる人……監督さんはもちろん、スタッフの心意気や譲れない美意識のぶつかり合いが、作品のクォリティーを高めたんですね。

それとやはり、京都の空気感。
時代劇のメッカといわれただけあって、脈々と受け継がれたものがそこにはあると思います。
京都の時代劇の灯を消さない取り組みが、今こそ必要だと思います。

「時代劇ロケ地保存地区」なんて、制定してもらえればいいんですけどね(笑)。

以前もコメントをしたことがあるんですけど、「紋次郎街道ツアー」とか、「紋次郎ロケ地巡り」なんて企画を、旅行会社でしてもらえないでしょうか。(人、集まらないかなあ)

そのおりは、是非一緒に企画書作りをしましょうね(笑)。

  • 20120204
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

こんにちは、本日も外は快晴ではありますが、冷たい木枯しが吹き荒れております。

京都ロケ地のお話から飛んでしまうのですが・・m(_ _)m
わたしも一昨年、初めての三日月村訪問を楽しんだ後の帰り道、中山道・例幣使街道をゆっくりと西へ向かいながら、紋次郎ゆかりの道中を楽しみました。その中でもわたしが密かに楽しみにしていたのは、『帰ってきた・・』(原作版)で物語の舞台となった中山道板鼻宿でした。

板鼻の手前、市街地で旧街道を見失ってしまい、地図とにらめっこしている最中に出会った、”歩き中山道散策”をしてらっしゃる方にいろいろとお話を伺い、楽しい時間を過ごしましたが、その時に『板鼻そのものはあまり旧街道の名残を残している場所ではないけど、どうしてそこに行きたいの?』と尋ねられ、理由を話すとその方は納得をしておられました。

私はその時、あの物語を執筆するにあたり、きっと笹沢氏もこの地を観察したであろう・・と考え、紋次郎が逗留した花菱屋、それから歩いた道や足しげく通った無縁仏の墓、そして実在する称名寺とその鐘の音を見聞きしながら、自分の中で当時の街道のイメージを膨らませてみたかったのです。
実際に歩いた板鼻宿は、その方がおっしゃった通り、たしかに『面影はあまり残っていない』場所だったかもしれませんが(今でも大切に保存されている奈良井や妻籠などと比べての話)ひっそりと残る常夜灯や水路、格子戸のある木造家屋などを観察しながら想いを馳せる事が出来ました。

『街道ツアー』『ロケ地巡り』それから『ゆかりの地訪問会』『三日月村オフ会』今年こそ実現出来るといいですね~!(^-^)b

Re: 紋次郎の影を追う「京都ロケ地 柿畑」

ケンシロウさま、コメントをいただきありがとうございます。

『例幣使街道』……名前を聞くだけでテンションが上がってきます。
街道という言葉は、それだけで響きがいいですよね。

『板鼻宿』は紋次郎がしばらく腰をおろした土地として、注目すべきところです。私はまだ訪問したことがないのですが、面影はあまりないんですね。(ちょっと残念)
でもこの地に紋次郎サンが逗留したと思えば、流れる空気ですら感動的だと思います。

街道ファンの中では、中山道が一番人気があるようです。
歩いている人もたくさんおられるようです。
そういう方と親交を深めるのも、楽しみの一つでしょうね。

宿場の面影を残しているところは少ないでしょうが、またそちらでステキなところがあればご紹介ください。

楽しいお話をありがとうございました。

  • 20120204
  • お夕 ♦wikz35BA
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