紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第19話「 女郎にはたった一言」(中編)

第19話「 女郎にはたった一言」(中編)

第19話「 女郎にはたった一言」(中編)
(原作 第54話)(放映 1978.2.8)
テレビ版では、佐七と子分が添状について話をしているとき、お秀が酒を運びに入ってくる。「酌をしろ。」と言われて近づいたお秀を抱きすくめ、「今夜一晩買い切ってやろうか。」と佐七が迫る。今夜にも身請けされようとしているんだから客は取らない、とお秀は突っぱねるが、なおもしつこく佐七が抱きつく。本当にもう!男ってヤツは……である。
お秀は部屋を飛び出して逃げるが、子分が追いかける。廊下を駆けるお秀と子分の姿を、長五郎と広吉は何事かといぶかしげである。

お秀が「かくまっておくれ!」と飛び込んだ部屋に紋次郎の姿。針仕事をする紋次郎に、お秀は驚く。紋次郎が繕いをするシーンは何度も出てきているが、厳密に言うと、夜に行燈の光だけでは手許が暗くてとてもできるものではない。
しかし今回、紋次郎がとった部屋はかなり上等である。相部屋ではないし、布袋さんの置物なんかも見える。
「旅人さん、器用なんだねえ。」
「所帯を持ったことがあるのかい?」
「持ちたいと思わないのかい?」
矢継ぎ早に尋ねるお秀にやっと口を開く紋次郎。
「考えたこともござんせんよ。」
部屋の外はまた、お秀を捜す子分の足音がドタドタと聞こえる。
お秀は紋次郎に身の上話を聞かせる。

十五のとき、この旅籠に売られ宿場女郎として5年……(というと、現在20歳という設定)。人並みに所帯を持てるなんて思わなかったが、1ヶ月前に信州の生糸問屋「信濃屋」の若旦那に見初められ、今夜にもその若旦那が金を持って身請けに来てくれる……と言うのだ。
興奮気味に喋るお秀の顔は明るく、幸せいっぱいである。お秀は途中で紋次郎の手から繕い物を取り上げ、代わりに仕上げてしまう。以前であれば「手前のことは手前でいたしやす。」とむげに断ることが多かったのだが、今回は素直に渡している。紋次郎に身の上話を聞かせるのに、面と向かって……というのも不自然なので、繕い物で場を「取り繕う」ことにしたのだろう(笑)。

ここでお秀が紋次郎に「今夜ここに置いておくれ。」と頼む。若旦那が迎えに来るまでは、綺麗な身体でいたい、一晩買い切ってくれればあの嫌な客も諦める、と言うのだが紋次郎はあっさり断る。理由は「持ち合わせがない」ということ。お秀は一晩でなくても一刻半(約3時間)でいいから……五百文払ってくれればいいから、と頼むが「宿代払うのが精一杯でござんすよ。」と無い袖は振れない状態。

「五百文も払えないって言うのかい?!」
お秀は呆れ顔で詰め寄る。五百文といえば、今なら1万円ぐらいだろうか。女から、金のことで呆れられた紋次郎は、少し狼狽した表情を見せる。どうせ断るのなら、ここは無表情でいてほしかった。
「そんな薄情な男にはもう頼みはしないよ!お前さん、あたいの幸せ妬んでるんだろ?!だったらそんなケチな根性、捨てるんだね!」
ケチな根性と言われるが、縁もゆかりもない宿場女郎に、何の見かえりもなしで五百文払え、というのも相当厚かましいのではないだろうか。

お秀はポンポンと啖呵をきって、部屋を出て行こうと襖を開けると長五郎が立っていた。長五郎はその五百文を自分が払うと言って、お秀を部屋に呼び込む。まるで紋次郎への当てつけのような振る舞いであるが、それには魂胆があってのことだった。

酒の相手をしてくれるだけでいいから……と長五郎はお秀を部屋に残し、酒を頼みに行く。お秀は、もうすぐ迎えに来る彦十郎との約束を回想している。
原作では野外の濡れ場が赤裸々に記述されているが、さすがにテレビ版は回想という形であっさりと映像化している。人物に照明を当て、バックは黒一色。そのせいもあり、お秀と彦十郎の吐く息が白く見える。上半身の肌が大分露出しているのに、撮影現場は随分寒かったようだ。

うっとり思い出しているお秀の背後から佐七が忍び寄り、猿ぐつわをかませて襲う。もがくお秀の脚と、からみつく佐七の脚。
どうも長五郎が手引きしたようである。

一方子分たちは部屋で、いつの間にか意気投合した広吉と酒盛りをして騒いでいる。
その隙に、長五郎が添状のある次の部屋にそっと忍び込んだとき、代貸が入ってきた。咄嗟に、この旅籠に桑名の十蔵の回し者、紋次郎が泊まっている……と口にする長五郎。
機転が利くというか、小賢しい男である。
長五郎の口から出任せに、子分たちはいきり立つ。こうして全く関係のない紋次郎だが、佐七一家から命を狙われることになる。

長五郎の案内で子分たちが紋次郎の部屋を襲うが、さすがに紋次郎。異変に気づき、抱き寝の長脇差ごと布団をはねのけ、三度笠と振分け荷物を抱えると窓から逃げる。子分たちも追いかけるが見失ってしまう。せっかくまともな旅籠に泊まるはずだったのに、今回も受難の紋次郎である。こういうゴタゴタに巻き込まれる確率が高いので、やはり紋次郎には野宿がお薦めである。

原作では、クシで脚を負傷した紋次郎はお秀たちとつかず離れずで道中する。
野外で二人がイチャついているときも、我関せずで松原で休憩し干し魚を囓っている。しかしその姿を長五郎たちは、添状を奪った二人の用心棒だと勘違いする。紋次郎に聞こえよがしにその噂をするのだが、紋次郎は無言。肯定も否定もしない。関わり合うのもバカバカしいのだ。
腕の立つ渡世人紋次郎が、用心棒としてお秀たちについている……この勘違いの情報が、広吉によって佐七にもたらされる。

お秀は少し後ろを歩く紋次郎の姿に疑いを持つ。さっき村で見かけて随分になるのに、なぜ私たちを追い抜いていないのだろう。あとをつけて来ているのではないだろうか、と彦十郎に訊く。しかし彦十郎は、左足を引きずっているようだから、足を怪我しているのだろう。だから早くは歩けないのだ、とお秀の疑念を打ち消す。そのあとに言うお秀の言葉がなんとも腹立たしい。

第19話「 女郎にはたった一言」(中編)

「また旅馴れている渡世人が、何だって足に傷を負ったりするんだろう。ドジな話だねえ」
「そんな言い方をするのは、やめなさいよ。お秀……」
 当人たちは声をひそめて話しているつもりなのだろうが、後から行く紋次郎の耳にははっきりと聞こえていた。東から微風が吹いて来ているし、あたりが静かすぎて声の通りがいいのである。(原作より抜粋)

「紋次郎の足の怪我は、誰のせいなんだよ~!」とこちらも声を荒げてお秀に言い返したいぐらいである。どうかすると、女郎の本性がつい出てくるお秀の言葉遣いでは、大店のお内儀がつとまるのか、甚だ疑問である。

紋次郎は二人の会話が聞こえていても、全く無反応、無表情で聞き流している。

このあとの二人の会話も甘ったるくて、聞いていられない(読んでいられない)。この二人の周りだけは、春爛漫なのである。原作の季節は春……紋次郎作品にしては珍しく、のどかでホンワカとした風情の中、まるで新婚旅行さながらの二人の熱々ぶりである。

じゃれ合ってお秀は、彦十郎にしがみついたのだが、その彦十郎がよろけた。この若旦那は、二十七、八で、色白の二枚目、いかにも華奢な男と記述されている。しがみつかれたぐらいでよろけるとは、この男もこれから先、大店を切り盛りできるのか心配である。ホントに頼りない。
身体を預けたもののその主がよろけたので、お秀は両膝を地面に強く打ち付け悲鳴を上げる。読者は(いや意地の悪い私だけか)、ドジだねえ、ざまあ見ろ!と思う。

四つん這いになって動けないお秀……近づいてくる紋次郎。転んだ腹立たしさが、無様な恰好を見られたということで怒りに変わるお秀。

「やいやい、この唐変木の間抜けめ!」
お秀は逆上気味に、木枯し紋次郎を怒鳴りつけた。
紋次郎は立ちどまって、冷ややかな目を女に向けた。
「どうして、わたしたちのあとを、つけてくるんだよ!さっさと先へ行くなり、ほかの道を行くなりすればいいじゃないか!」
(原作より抜粋)

原作には「カッとなったりしたときには、人間の地というものが出てしまう」と書かれているがその通りである。お秀のその振る舞いは、まさに宿場女郎そのものである。人間、隠そうとしても地が出てしまうのである。
さすがに若旦那の彦十郎は、丁重にわびを入れる。彦十郎も、どうしてこんな女を選んだのだろうか、と呆れてしまう。

並の男だったら謂われのない因縁に腹を立てるところだろうが、紋次郎は心を動かさない。聞こえてはいても、心に届いていなければ、その悪口は無に等しい。
紋次郎は、無言で無表情のまま二人を先に行かせ、姿が見えなくなってからまた歩き出す。本当に、この二人連れはめんどくさい。

一方テレビ版のお秀には同情する。「信州の若旦那に会うまでは、きれいな身体でいたい。」と宿場女郎ながら操を守ろうとしたお秀だが、佐七が無理矢理その思いを奪ってしまったのだ。遣り手婆さんが若旦那が迎えに来た、と知らせに来るも浮かない表情。テレビ番のお秀は、原作よりずっと健気でかわいげがある。
若旦那が身請けの金を渡したところにお秀が涙ぐんでやって来る。そして本当に迎えに来てくれたことを実感し、堰を切ったように若旦那の胸でワッと泣き出す。1ヶ月前の口約束だけを頼りにしていたお秀なので、実はずっと心配していたのだろう。

翌朝、朝靄の中お秀と彦十郎は店の主人に見送られ信州に向かう。「幸せにな。」という言葉を背中で聞く二人の行く末は……どう考えても幸せにはならない予感……死亡フラグが明らかに立っている。
一方、佐七も旅立つ準備をしている。命より大事な添状を確かめようと文箱を開けると、なんと空っぽ!佐七たち一行は大騒ぎである。

宿を出て行ったのがお秀と若旦那と聞いて、佐七は「昨日の腹いせに盗んだのに違いない!」と憤る。このあたりのストーリー展開は、勝行さんはうまい。原作よりずっと必然性がある。
その様子を盗み聞きしていた、長五郎と広吉は大笑いをしている。この二人が、添状を盗んだのは明らかである。テレビ版では誰が盗んだかが早くにわかるが、原作は最後である。

二人は、あずかり知らぬところで大変な事になっているとは露知らず、仲良く歩いている。殺風景な荒野である。山を切り崩した造成地のようにも見える。原作では、春めいたのどかな景色が印象的だが、テレビ版は荒涼たる景色……ますます二人の行く末が案じられる。

二人が座って休憩をしていると、佐七一家が追いついて「添状を返せ!」と怒鳴る。殴られ倒れた彦十郎の懐から身請けの証文が見える。佐七はそれを添状と勘違いする。彦十郎は証文を盗られまいと抵抗するが、あっさり斬られてしまう。

身請け証文が命取りになってしまったわけである。
ここで疑問。なぜ彦十郎が身請け証文を持っているのか。女郎を身請けするときは、抱主に「身請け証文」を一札入れることになっている。ということは、身請けした彦十郎が、証文を持っていてはおかしいのではないか。詳しいことはわからないので、どなたか教えていただきたい。

さっきまで幸せの絶頂だったお秀だったが、最愛の彦十郎が目の前で惨殺され、奈落の底に突き落とされる。全く理不尽な「死」である。しかし視聴者は、この「死」を少なからず予感していたはず。ここは紋次郎ワールドだから……この二人がこのままで済むはずがない。
しかし驚いたことに、原作はこのままで済んでしまうのだ。お秀と彦十郎はどちらもケガひとつせず、それどころか佐七一家に遭遇することもなく、旅を続けるのである。紋次郎ファンからすると、こちらの展開の方がずっと理不尽であろう(笑)。
(後編に続く)

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Re: 第19話「 女郎にはたった一言」(中編)

原作のこの回、「遠州中の町」「見付」「天竜川」といった地名や、「その蔦屋のお秀だったら、一昨日の夜、死にましたよ」「死んだ……?」「いまここにいるこのお秀は、生まれ変わった別人でしてね」といったくだりが、私の好きな小仏の新三郎シリーズを想起させるものの、繰り返して何度も読もうという気になれないのです。
ヤなヤロー共には天罰が下らず、どちらかというと同情してしまう佐七一家が紋次郎に殺されてしまい、モヤモヤ感が後に残るんで…。

さすがは池広監督。
「紋日」と同じように、佐七を悪逆な男にして、殺されても仕方が無いという風に変えてくれましたね。
それにしても、紋次郎の宿代はどうなったんでしょう。

池広一夫さんといえば、横溝正史シリーズ「八つ墓村」も、この人が監督。
またこの作品は、西岡善信さんがプロデューサー・美術で、映像京都の作品。
キャストも、松尾嘉代さん、江幡高志さん、常田富士夫さん、鰐淵晴子さん、内田朝雄さん。
ナレーターは鈴木瑞穂さんと、紋次郎で見た顔ぶれです。

そして中村敦夫さんが、久弥と二役とはいえ、あの多治見要蔵を。
女性を手籠めにしたり拉致したり、村人を惨殺しまくったり、かつて紋次郎に斬られた連中のやっていたような悪行で、しかも頭に懐中電灯をつけて白い長襦袢を羽織って暴れまわるという、後世に残るような役を。

池広監督や西岡プロデューサーは、紋次郎ワールドを深く愛し、大切にしておられる方です。
ですから、自分たちの作った紋次郎のイメージを壊すようなことを望んでいるとは思えません。
なのに、なぜこの役に中村敦夫さんを起用したのかが疑問なのです。

去年の新聞のインタビューによると、敦夫さんは「紋次郎と呼ばれることに以前は反発もあった」とのことでした。
当時、製作者側がこの気持ちを汲んで、あえて敦夫さんを起用したのかなあ、とも思いますが、どうなんでしょう?

  • 20120325
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第19話「 女郎にはたった一言」(中編)

写真が凄くきれい!
最初の写真の山の端が特に・・。( ^-^)
どこの宿場ですか?

Re: 第19話「 女郎にはたった一言」(中編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

原作での佐七一家は、長五郎たちにまんまと乗せられて自滅してしまいます。
気の毒ではありますが、紋次郎がもっと雄弁に、事の仔細を話せば結末も変わっていたかもしれません。
しかしながら、ペラペラ喋る紋次郎サンなんかは見たくもありませんが……。

宿代は、どの時点で払っていたのかは不明です。確か木賃宿は、最初に払って勝手に朝早く出立してもよかったと、どこかで読んだ記憶があります。
あの旅籠ではどうだったんでしょうねえ。

「八つ墓村」での要蔵役はファンにとってはビックリでしたが、それが敦夫さんの狙いだったようです。
役者としての進み方を迷っていた時期だったということで、とにかくマンネリは嫌い。
スリリングな企画に乗り、新しい分野を拡げる試みとして、いろんな役に挑戦されていたようです。
敦夫さん自身は、結構楽しみながらやっておられたようですが、紋次郎ファンは置いてきぼりをくらった感がしますよね。
私もしばらくは、その落差について行けませんでした。

もし敦夫さんがずっと「紋次郎」であったなら、今頃はどんな姿であられるんでしょうか。

  • 20120325
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第19話「 女郎にはたった一言」(中編)

九子さま、コメントをいただきありがとうございます。

この宿場は、九子さんのお膝元「妻籠」です。
この日は雨に煙る山影が美しく、まるで水墨画のようでした。
宿のおかみさんは申し訳なさそうに、「生憎のお天気で……」と仰っていましたが、私としてはまたとない雨模様。
こういうところは、ピーカンでは風情が出ませんものね。

本当に信州はステキです。

  • 20120325
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第19話「 女郎にはたった一言」(中編)

証文のお話ですが、彦十郎が持っていたのは、女郎屋が娘を買ったときの「身請け証文」という設定のような気がします。これを取り戻したというか、御破算にしたというのか、単純にそう思っていたのですが。〆「お夕さん、身請けには相当な金もかかったんでしょうが、精神的にも莫大なエネルギーが必要だったんでござんしょうねぇ・・・」

Re: 第19話「 女郎にはたった一言」(中編)

いなささま、コメントをいただきありがとうございます。

以前、飯盛女のことを知りたくて、「宿場と飯盛女」(宇佐見ミサ子著)という本を買って読んだのですが、なかなか難しいでした。
「飯盛女の奉公契約は奉公人の親権者より、奉公先の主人に請状と奉公する女(飯盛女)を引き渡すことで成立する」とあります。この「請状」は娘を売るときに渡すようです。

また、身請するときには「身請証文」を抱主宛に書いて渡すように記述されています。
どちらも、宛先が抱主になっているんですね。
もしかして、私の読み間違いかもしれませんが……。

しかしドラマの進行上、「添状」と間違われなければならないんで、そうしたんでしょうか。

飯盛女の実情を調べると、本当に苛酷な毎日だったようで、「苦界」とはよく言ったものだと思います。
もうちょっとよく勉強して、いつかまた記事にしたいと思います。

いつも、ありがとうございます。


  • 20120326
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第19話「 女郎にはたった一言」(中編)

そうですね・・・お夕さんのご研究の結果をお待ちします。小生もざっと調べてみて、次のようにも思えます。もしかしたら、この証文は正確には年季証文かもしれませんねぇ。とすれば、TVのセリフとしては「身請け証文」ではなく「年季証文」と言わなければならなかったのでしょうか。それとも『「身請け」の「証文」』と身請け関係の証文というような意味でのセリフでしたかねぇ。〆「お夕さん、こんな些細なことでも魅力はつきやしませんねぇ」

Re: 第19話「 女郎にはたった一言」(中編)

いなささま、コメントをいただきありがとうございます。

「家のため」「年貢上納のため」「わずか三両か五両の金子に詰りて売る」(『世事見聞録』)とありますが、女性が売り買いされる世の中が長く続いたんですね。

ところで娘は売り買いされるようですが、息子の場合はどうなるのでしょう。丁稚奉公とかに、出されるんでしょうかね。


  • 20120327
  • お夕 ♦wikz35BA
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