紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」
若狭街道は、若狭国と京都を結ぶ街道で、別名鯖街道と呼ばれておりやす。日本海で獲れた魚介類が、京都へ運ばれる道であったようでござんす。
この街道にあるのが「熊川宿」。この熊川はもとは40戸ほどの小さな村でしたが、秀吉の頃交通、軍事の要衝となり発展しやした。その後江戸時代も、近江の国境に近い宿場町として賑わい、最盛時は200戸を越えていたとのことでござんす。

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

この街道に、紋次郎兄貴は姿を見せやせんでしたが、宿場という言葉に惹かれて訪れたのが一昨年の夏でござんして、今記憶の糸をたどっておりやす。

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」


平成8年には、重要伝統的建造物群保存地区に選定され、町並みが保存されておりやす。資料館や道の駅など、観光地化しつつありやすが、街道筋には瓦葺きの家が並び、水路には清流が流れ、昔の宿場の風情は残されておりやした。

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

旧街道をそぞろ歩くと、土蔵や卯建のある町家、再現された番所など、結構見所があるんでござんすが、あっしが興味を持ったのは大岩(子守岩)。

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

街道沿いにある大きな岩でござんすが、子どもがすべり下りて遊ぶには恰好の傾斜……。
しかし、昔からここで遊んでも子どもが怪我をすることがない……という言い伝えから「子守岩」と呼ばれていると言うことでござんす。なるほど岩肌はめらかで、岩石なのに優しいぬくもりが感じられやした。
「ふうん、子どもを守る岩か~。紋次郎には、間引かれた赤ん坊の念がこもった夜泣石ってぇのがあったなあ。」
と思いながら、街道から少し外れた空き地に入ってビックリしたんでござんす。

「えっ?!これって夜泣石?!」

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

「夜泣石は霧に濡れた」の番組映像に出てきた、「夜泣石」にそっくりな岩がそこに……。
そしてその岩の上部には、「祠」のようなものが祀ってありやす。何の説明もされておりやせんので、これが一体何なのかはわかりやせんでしたが、衝撃的でござんした。

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」


あのテレビに出てくる「夜泣石」も良くできていて、どこで撮影されたのか、それとも美術さんが作ったものなのか、と思っておりやしたが……。
こうして眼前に彷彿とさせる岩と祠が現れるとは、驚きでござんした。

日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

この熊川宿に来ての一番の思い出が、観光マップにもない勝手に思いこんだ「夜泣石」でござんした。
さてあの小さな祠には、何がお祀りされているんでござんしょうねえ。

それではどちらさんも、御免なすって。

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Re: 日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

私もここ、若狭湾ツーリングの時に何回か行ってます。
お夕さんが撮影すると、本当に江戸時代にタイムスリップしたようですね。
私の行った日の写真フォルダを今見たら、バイクと宿場町のコラボ写真や、唐箕などの昔の農具の積み上げられた古道具屋(?)、江戸時代というより昭和30年代から時間が止まったような天然レトロ民家など、変化球みたいな写真ばっかりでした。
通行人が誰も居なくなるのが待てなくて、はじめっから江戸時代のような写真は諦めていたようです。(笑)

日本には古来、巨石信仰がありました。
神仏が宿るとされていたり、弘法大師の伝説があったり。
まんが日本昔話でも、死んでいった人や動物は、よく岩になってますよね。

おそらく町や道を作る時、どうしても撤去できなくてそのままになった大岩に、後付で伝説が生まれたものでしょう。
どこだったかの道で、道路に岩が出っ張っていて危険なんだけど、民間伝承が昔からあるので除去できない、というのをTVでやってました。

映像版の夜泣石、撮影地は、北の風景の見え具合から考えて、亀岡盆地南部だと思うんですが、あれは作り物なのか、本物の岩なのか、どっちなんでしょう?

  • 20120501
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

宿場と聞くだけで、舞い上がってしまいます(笑)。
この熊川宿、仰るとおりレトロ感満載で、いろんな年代が軒を連ねているといった雰囲気でした。もう少し、統一感があってもいいかな?と思いましたが、なかなか魅力ある場所で、また訪れたいと思っています。

巨石信仰はどちらかというと、西日本に多いように思います。私の地元にも、巨石を信仰の対象にしている山があります。

巨木信仰は、東日本が多いのかもしれません。先日も、甲州にあるスギの巨木(樹齢1200年)を見てきました。天狗が呼び寄せた2匹の龍が住んでいたという秘境の滝も見に行きましたが、まさに手塚さんの「ハトよ天まで」の世界でした(笑)。

昔の人は、科学的に物事は考えられなかったかもしれませんが、精神的には豊かであり、想像力が今よりずっと秀でていたと思います。
人間的といえるのは、どっちなんだろう?と時々考えたりします。

天狗といえば、本編の次の回に「天狗」が出てきます。まだまだ、書き上げるには時間がかかりそうで、足踏み状態であることをお許しください。
天狗伝説も調べると面白そうですね。

  • 20120501
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

お夕さん、TOKIさんも、こんばんわ。

本当に夜泣石にそっくりですね。似たような風習や地方地方に悲しい言い伝えが多いんでしょうか。お夕さんの写真を見せて頂いて、現実にそこに行ったかのような気分になれます。

今日は、逗子王様さんから、紋次郎ファンに情報を頂いたので、お夕さんにお知らせに来ました。

逗子王様さんのブログの「決闘鍵屋の辻にぶった切られた 」

http://blogs.yahoo.co.jp/sumahama00/29449192.html





  • 20120508
  • おみつ ♦suWcSb.M
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  • 編集 ]
Re: 日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

おみつさま、コメントをいただきありがとうございます。

思わぬところで、思わぬ出会いがあるものです。
この大石を見たときは、目を疑いました。
あんな大きな石は、そうそう動くことはないはずですから、昔からあったんでしょうね。どんな謂われがあるのか、知りたいものです。

逗子王さんの記事の紹介、ありがとうございます。
先日黒澤さんの「七人の侍」のメイキング映像を観て、職人技の凄さを再認識したところです。

森一生監督もまた名監督ですから、ご紹介いただいた作品を私も観たくなってきました。
契約しようかな、と思っています。

いつもお気遣いいただき、ありがとうございます。
また、情報をお待ちしております。
お元気で、お過ごしください。

  • 20120508
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

お夕さん、急ぎお知らせしたい事がありましたので、以前頂いたアドレスと、念のためこちらのメールフォームからメールをお送りいたしました。

  • 20120509
  • おみつ ♦suWcSb.M
  • URL
  • 編集 ]
Re: 日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

おみつさま、ありがとうございます。

  • 20120509
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 日々紋次郎「熊川宿に夜泣石を見た」

お夕さん、またメールフォームに連絡を入れております。コメント欄を使って申し訳ないです。

  • 20120509
  • おみつ ♦suWcSb.M
  • URL
  • 編集 ]
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