紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

第20話「 甲州路の黒い影」(前編)
(原作 「さすらい街道」第2話)(放映 1978.2.15)
原作「さすらい街道」が翻案された作品は今回だけである。
「さすらい街道」は1970年(昭和45年)11月~1971年(昭和46年)8月まで地方紙に連載された小説である。ちなみにこの1970年の4月に、「見かえり峠の落日」が「小説現代」で発表され、これが笹沢氏の時代小説の先駆けである。
「見かえり峠……」は短編であったが、この「さすらい街道」は6話からなる長編である。丹次郎が登場して4ヶ月後の、1971年(昭和46年)3月に「木枯し紋次郎」は登場する。

主人公は「夜番の丹次郎」という渡世人。夜番という俗称は下総(千葉県北部の香取郡)に夜番という地名の村落があり出身地であるとされているが、一風変わった名前ではある。私はてっきり、作者の創作だと思ったのだが、ネットで調べてみると、実際に成田市に今も「夜番」という地名が残っていたのでビックリである。

余談だが後の作品、「無宿人 御子神の丈吉」の「御子神」も、房州(千葉県 南房総市)にある地名である。竜舞の銀次の「龍舞」は群馬県太田市に地名がある。
笹沢作品に出てくる渡世人であるので、やはりそれなりにかっこいい俗称が必要であっただろう。笹沢氏は名前を付けるため、当時の地名を史料から探しストックされていたのかもしれない。

丹次郎の容貌は紋次郎の原型でもあるので、相似点が多い。

道中合羽は茶色の棒縞
長身 痩せている
抑揚のない低い声
年は30歳
青白い顔は病人のよう
切れ長の目が涼しく、眼差しが陰鬱に暗い
鼻筋が通っていて、薄い唇だが口許は引き締まっている
面長でこけた頬
整った顔立ちだが、無表情
虚無的な暗さ
月代がのびていて 無精髭が目立つ

そして丹次郎の特徴を決定的にするものに、顔の左半分の大きな傷がある。
左耳が刃物で削ぎ落とされ、三分の一しか残っていないのである。そして傷跡は耳から頬を通り顎まで達している。
紋次郎の左頬の疵よりは随分と目立つものであるが、この疵が丹次郎に影を落としていることは容易にわかる。

さて前段が長くなってしまった。
この作品の目玉は、監督が中村敦夫氏本人であることと、実験的な映像処理を施しているというところであろう。
いつもながら、中村氏が監督する作品は一風変わっている。オーソドックスという枠を嫌う傾向があり、今回も面白い趣向ではあるがやはりチープ感は否めない。しかし、当時としては精一杯の技術だったのだろう。

主人公が丹次郎であるので、ストーリーは変更されてはいるが、「笹子の天狗」という化け物(らしきもの)は登場する。
しかし正体は、原作とテレビ版では大きく違う。もう一つ原作と違うのは、行方不明の息子を捜す母親が出てくるところである。

第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

話は、甲州路の笹子峠に天狗が出て、人を襲うといううわさ話から始まる。原作では上諏訪の「鍋屋」という旅籠屋で、行商人が相宿となった連中に奇怪な話を聞かせる。

「1年ほど前から、笹子峠と勝沼宿の間で七人の男と女が恐ろしい死にざまをしている。手足を折られ、喉を食いちぎられた上、金を奪われている。けものなら金を盗まないだろうし、盗賊としても手足を折る、喉を食いちぎるなど尋常ではない。そこで笹子の天狗だという噂が広まっている。」というのだ。

奇怪な話や言い伝えと言えば、「女人講……」「怨念坂……」「獣道……」が思い起こされる。敢えて比較すれば、テレビ版の展開では「怨念坂……」が一番近いと言えよう。

テレビ版は、山中で村人たちが焚き火を囲みながらうわさ話をしている。内容は原作とほぼ同じである。
その近くの川で紋次郎は足袋を洗っていて、焚き火に足袋をかざしにくる。そして否が応でも、その奇談を聞くことになるのだ。紋次郎が足袋を脱いで、川で洗濯するというのは初めて見る。何気ない日常を見るようで、興味深い。

笹子の天狗の奇怪な話の合間に、化け物が旅人を襲う映像がはさまれている。
天狗と言われている化け物は、どう見ても人間である。毛むくじゃらの身体に振り乱した髪、身につけているものは猟師風。獣のような叫び声、鋭い爪、身軽な動きなど、ブックレットにあるようにまさに「猿人系未確認生物」である。

原作の記述でも「四つ足で歩いたり、二本の足で立ったりする。猿といった感じだった。」とあるので、あながち唐突な創造物ではない。しかし原作での身なりは、「白い襦袢と白袴」となっていて、その出で立ちが天狗のようでもあった……とあるので、テレビ版でも再現して欲しかった。

天狗の奇怪な姿もさることながら、ゆがむテレビ画像もかなり前衛的である。見方によっては、「仮面ライダー」に出てくる怪人出現のようでもある(笑)。

原作での丹次郎は「群雲の伝兵衛」を追っている。伝兵衛は丹次郎にとって、仇討ちの相手であるのだ。
行商人の話から、笹子の天狗に伝兵衛が関与しているかもしれないということで、丹次郎は話に興味を持ち確かめに行く……という関わり方である。

一方テレビ版は、紋次郎が歩く足元に笹子の天狗に襲われた旅人が転がり落ちてくる。体中血だらけの瀕死の男は江戸の呉服商の手代、松吉と名乗る。
宿場外れにある温泉宿「笹屋」に湯治に来ている主人に五十両を届けに来たが、笹子の天狗に襲われた。このことをご隠居に伝えて欲しい、というのが最期の言葉だった。その言葉を言い終わる直前、飛び出してきた天狗に紋次郎は腕に手傷を負わされる。一瞬のことだったので、紋次郎も防ぐことができなかったようだ。
紋次郎が人の頼みを聞く条件として、今際の際というのがある。今回はまさにその通り。ここで接点を作っておかないと、展開はない。

原作にはない人物で老女が出てくる、この婆さんは「三戸部スエさん」。前シリーズ、「明鴉に死地を射た」でお熊婆役で共演した女優さんである。
この婆さんは自分の伜を捜していて、峠に日長一日座り、通る旅人を呼び止めては声をかけている。20年前に行方知れずになった伜は、右手に傷があるので確かめさせてもらえないか、と言うのだ。紋次郎は右手を差し出すが、もとより人違いであるのはわかっている。婆さんは紋次郎の右手の甲をしげしげと見て、伜ではないとわかり丁重に謝る。
この峠は保津峡の落合の崖上がロケ地ではないだろうか。松が崖にへばりつくように生えている。

紋次郎は、死んだ松吉に頼まれた言付けのために、湯宿の「笹屋」を訪ねる。
笹屋の屋内のセットは重厚で、美術さんのこだわりが見られる。入り口の腰高障子を開けて入る紋次郎の姿を、屋内から逆光気味で撮影している。いろりの間の床が光っていて美しく、紋次郎の三度笠姿もかっこいい。

紋次郎の声に、奥から出てきたのは「大谷直子さん」演じるお美代という女主人。大谷さんは、清楚だが芯のある未亡人といった感じである。黒目より、少し明るい目の色が印象的な美しい女優さんである。

原作では、湯宿や江戸の呉服商も出てこない。丹次郎は伝兵衛の行方を探るために、伝兵衛が宿泊したというお美代の家を訪ねる。
このお美代が、非常にミステリアスな未亡人なのである。宿場外れの大きな一軒家に、一人でひっそり住み、日暮れから朝までは小料理屋で働いている。このお美代の亭主が、一番最初に天狗に襲われた被害者である。

伝兵衛は、お美代の亭主の仇討ちをしてやると言って峠に向かったが、天狗に出遭い這々の体で逃げ帰ってきた。その後お美代の家で4日も逗留したという。
丹次郎は4日も逗留したことに不信感を抱く。なぜ、見ず知らずの伝兵衛をそんなに長く泊めたのか。その上伝兵衛はその後、地元の久蔵という貸元の家にも草鞋を脱いでいる。天狗を退治するどころか、逃げ帰ってきたのに、接待を受けるのはやはりおかしい……。
原作の丹次郎はまるで探偵のようで、謎を解くためにあちこち聞き込みをする行動派である。

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Re: 第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

お夕さん、こんばんわ。
随分と遅くなりまして、申し訳ござんせん。(って、難しい!(^^;;)

お夕さん、さすが!
いつもながら読ませるわ!
テレビ見てないのに、見てるみたいに引き込まれてしまいます。

大谷直子さん、いい女優さんでしたよねえ。
当時から、あんまりいろいろなとこへは出なくて、ポリシーがある女優さんだった気がする。
どうしていらっしゃるのかしら?

ところでお引越しされたんですか?
住所を直したいので、またいつでも御連絡頂けると嬉しいです。

子安石、きっとテレビで使われたとこだと思うわ。
( ^-^)

Re: 第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

九子さま、コメントをいただきありがとうございます。

おほめの言葉……恐縮です。
ありがとうございます。

大谷直子さん、お綺麗でしたね。
芯がしっかりしていながら、どこか愁いがあり気品もありましたね。
昔の女優さんは、少し翳りのある雰囲気の方が多かったように思います。

住所は変わっておりません。
狩り場(勤め先)が変わっただけで、いまだ一所に棲息しております(笑)。

  • 20120509
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

原作の丹次郎シリーズもいいですね。紋次郎と同時期に書かれたようですから笹沢氏のバイタリイティを感じます。〆「お夕さん、写しなさった花の野道の風景。身にしみるほど綺麗でござんすねぇ。黒い影なんぞ、ひとつもござんせん。忘れることはござんせんし、思い出すばかりでござんしょうよ・・・。」

Re: 第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

いなささま、コメントをいただきありがとうございます。

「さすらい街道」も、お読みになっていらっしゃるんですね。
丹次郎は、紋次郎より熱いものを持っていると思います。それは、旅の目的があるからでしょうね。
紋次郎とはまた、ひと味違う魅力のある人物です。

トップの写真は、甲州には全く関係なく、「美濃街道」の大野周辺です。
「天狗」の写真をトップに……とも思いましたが、あまりに不気味すぎたのでやめました。2枚セットで、なんとか中和させようと思いまして……(笑)。

この地は本当に美しい所で、まるで桃源郷のようでした。
ここには写っていませんが、大勢の人が訪れていましたよ。人影が入らないようにするのが、大変でした。
(ちょっと紋次郎ワールドからは、離れていますが……)

  • 20120511
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

お夕さん、こんにちわ。リストお送りしました。お体お大事に。

  • 20120512
  • おみつ ♦suWcSb.M
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  • 編集 ]
Re: 第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

こんばんは♪

「夜番の丹次郎」、原作はかなり昔に読みました。
笹沢氏が社会派ミステリーから、時代小説(と言っても時代劇にミステリーを融合したスタイルでしたが)に転換したことが驚きの時代でした。
「見返り峠の落日」義理と人情の世界に虚無心を無理やり押しはめての時代小説でした。
これは、新しかったです。
長谷川伸や子母澤寛の時代小説とは違い、儒教の世界観から一気に安保世代に時代を移した活劇と思いました。
これは、天保に時代を移したハードボイルド小説+ミステリーと感じて読んでいました。
でなければ、あの時代に股旅物なんて読もうと思いませんものね。

閉話休題
夜番の丹次郎」お夕さんの記事を見るまで、「夜番の丹治」と思い込んでおりました。
丹次郎じゃないよ~なんて、調べたりしました(失礼をいたしました)
ついでに「半身のお紺」なんていう初期の作品も思い出してしまいました。
初期の笹沢作品には歴史上、伝説上の人物と主人公を絡ませる作品が多いですね。
時代小説は諸手を挙げて受け入れる時代では無かった事と関係しているのでしょう。

またまた、テーマから外れてしまいました。
「夜番の丹次郎」プロフィールは紋次郎の原型かとも思いますが、特徴は痣だけだったのでしょうか。
特徴(楊枝とか赤いしごきとか数珠とか鈴とか弓掛け、長い紐)なんて、無かったのでしょうか。
特殊武器(三本指の長い爪とか矢立に仕込んだ匕首)は、まだ登場していなかったのでしょうか。

原作を読めば判る事なんですが、再読もなかなか・・・

いつもありがとうございます。
長々と下らない話で(ちなみに、下らないは関西からの下り物が上質で、、関東物が粗悪とのことから来たそうですね)失礼をいたしました。

では、又♪

Re: 第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

録画したDVDをどこにしまったか探していて、コメントが遅くなりました。
天狗の正体が気になって、最後まで見てしまいました。
いや~~なかなかユニークな天狗さんでござんした。

「夜番の丹次郎」 、未読なのでさっそくamazonに注文を入れました。

昔の日本人は、大自然に畏怖の念を抱いてました。
あの平賀源内でさえ、奇妙な頭蓋骨が発見された時、門人が「鳥だ」「魚だ」という中で、「これは天狗の髑髏だ」と言い放ちました。
たぶんこれは、和歌山のお寺で天狗の頭蓋骨として保存されているのと同じもので、海洋生物のものでしょう。
http://youshowhm.exblog.jp/12708847/

源内がどういう意図でこう言ったのかは色んな説がありますが、科学者としてのアイデンティティを抜きにして、こう言っているところが面白いです。

そうかと思うと、明治期の落語「天狗さし」では、烏天狗を捕まえてスキヤキにして売る店を開きたい、という男が出てきて、知人に「天狗はどこで仕入れたらいいか」と相談に来るところから始まります。
「天狗てなもん…居るかい?」「居らんかい?」「居らんかいやあらへんがな… さあ、絵とか面も有るし、昔は居ったかもしらんけど、わしゃ見たこと無いさかいなあ。」
と、一般大衆が「天狗は伝説のものであって、実在しない」という認識を持ってる上で成り立っている話です。
維新で、このあたりの価値観が変わったのでしょうねえ。

それでも昭和に入ってから、司馬遼太郎が雲ヶ畑のお寺に泊まった時、夜中に「天狗の雅楽」を聞いた、と書き記しています。
また、京都の山岳クラブの会長さんが、70年代末か80年代初め頃、京都北山の原生林の奥深くで、誰も居ないのにノコギリでギーコギーコ木を切り、バシバシと倒れる音が聞こえるという「天狗倒し」を体験した話をエッセイに書いておられました。
(天狗さんのコメントになっちゃってすいません。紋次郎さんへのコメントは次回に 笑)

  • 20120512
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

おみつさま、これから検討します。
いつもありがとうございます。

  • 20120513
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

私の笹沢作品との出会いは、紋次郎から始まりました。時代小説を読んでから、社会派ミステリーに進んだので、逆行していたのかもしれません。

紋次郎を読んでいたほんの1年前は、少年少女向きのルパンシリーズを読んでいた小学生でしたので、すごく飛躍してしまった訳で……。
紋次郎が私を、大人の世界にいざなってくれたと言っても過言ではありません(笑)。

さて丹次郎ですが、左の大きな刀傷だけで他のアトリビュートは見当たらずシンプルな渡世人です(笑)。
この刀傷は、両親が殺され、少年だった丹次郎も斬られたときのものだったと思います。
読んだはずなんですが、はっきり覚えてなくて……。

いつもコメントをいただき嬉しく思っています。
これからも、よろしくお願いします。

  • 20120513
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第20話「 甲州路の黒い影」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

今回は大分特殊な感じなんで、TOKIさんは閉口されているのかも……と危惧しておりましたが、全部ご覧になりましたか。

原作も読んでおられないTOKIさんを、最後まで引っ張った天狗さんの神通力!
さすがです(笑)。

天狗のドクロ、初めて見ました。
源内さんって商才がある人ですから、偽物ってわかっていながら「天狗」と言ったのかもしれません。それで、人を呼び寄せることができますもんね。

「タイムスクープハンター」で、見せ物小屋での河童騒動、面白かったです。ご覧になりましたか?

人は不思議なものや、解明されていないものに興味を持つ生き物なんですね。
私もそういう類のものは、大好きです。
(お化け屋敷は、からっきしダメですが……笑)

  • 20120513
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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