紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第21話「 命は一度捨てるもの」(中編)

第21話「 命は一度捨てるもの」(中編)

第21話「 命は一度捨てるもの」(中編)
(原作 第35話)(放映 1978.2.22)
画面は切り替わり、大徳屋佐之助が、取引先の店から供の者と帰るところ。かなりの土砂降りの中、提灯を掲げているので夜という設定なのだろうが、どう見ても日は高そうである。自然の陽差しなのか、ライティングのせいなのか光の反射が強く、灯籠を明るく照らしすぎているのが残念。
店の者を先に帰らせたところで、大徳屋は何者かに襲われる。
簔笠姿の男三人がダンビラを振りかざすのであるから、あの浪人たちだとわかる。しかし、驚いて逃げる大徳屋を実際に襲うのは違う男。脇差しで大徳屋に突進して、刺す。
大徳屋は「お前は……。」と末期の言葉。顔見知りの犯行であることがわかる。

その犯行を見てしまった男がいた。それは、吾市である。番傘をさして立ちすくむ吾市に近寄る犯人は、何か一言二言吾市に話す。吾市は怯えた目で頷く。これも顔見知りのようである。
ここまで来るとこの犯人は誰なのか、想像出来てしまう。テレビ版、このあたりも残念。

原作では大徳屋は殺されてはいない。
ひのき曲げ物を大量に、江戸と大坂の商人に横流しをしていると誰かが尾張藩の役人に密告したのである。曲げ物というのは、ヒノキや杉の薄い板を曲げて丸い器に作った物で自由取引きは禁止されているのだ。藩にとっては税金の対象であるので、由々しき問題である。
大徳屋は夜明け前に、陣屋に引っ立てられる。しかし佐之助の行為は不正であるが、奈良井宿の諸経費を助けるためで公然の秘密であった。宿民の中で、その秘密を密告するなんて言語道断である。

テレビ版では殺され、原作では陣屋に引っ立てられる大徳屋である。宿民の誰もがその犯人を憎み、捜し出そうとする。
テレビ版では、戸板に乗せられて運び込まれた大徳屋佐之助にお鶴は嘆き悲しみ、縋って泣く。

程なくして現れた長兵衛は、「下手人の見当は大体付いている……しかしそいつの名前を言ったらとんでもないことになる。きっとみんなはそいつを、嬲り殺しにするだろう。そうなるとお咎めを受けるのはこの宿のみんなになる。役人が来るまで、今夜のところは静かに引き取ったほうがいい。」と言い出す。

遅れて吾市もやって来て、事の成り行きに呆然としている。宿の者から「法事であの近くを通りかかったはずだから、下手人を見たはずだ!」と詰問されるが何も答えない。あのとき、犯人から口止めをされているからだ。

原作でも密告者を見たのは、長兵衛と吾市とされている。ただその成り行きがどうだったのか、また吾市が口止めされていたのかは記述されていない。

ショックで伏せっているお鶴の枕元に長兵衛は座り、
「必ずわたしが下手人を見つけ出す。高砂屋の番頭でいられるのも、あんたのおかげだ。恩は忘れない。心配しないで気を休めて……。三年前、奈良井宿に来てお鶴さんに会ったことを思い出す。幼馴染みっていいもんだ。」
としみじみと話す。
お鶴は「ありがとう、長兵衛さん。」と背中を向けたままだが礼を言う。

外は土砂降り。障子越しに雨が降っている様子がシルエット状に映る。実際、そんな風に映るはずはないのだが、なかなか映像としては趣がある。長兵衛は大雨の中、番傘をさして大徳屋を後にする。

翌朝早く紋次郎は旅籠の高砂屋を後にする。店の者から、長兵衛は夕べから熱を出して伏せっている、と聞かされるが、紋次郎は長兵衛に会わずに出立する。

その頃、宿場外れで惨殺された吾市の遺体が宿の者たちに発見される。吾市は大徳屋殺しの下手人を知っていたのに違いない、だからそいつに殺されたんだとみんなは騒ぎだす。
そして、下手人を知るのは長兵衛だけとなる。

ここで原作とテレビ版との違いで大きな不満がある。テレビ番では、吾市が殺されることに紋次郎が関わらないことである。いや原作でも関わらなかったのだが……(笑)。ややこしい話である。

原作での紋次郎は、奈良井宿の西の外れで騒動に出遭う。吾市が乞食浪人たちに絡まれていて、十数人の人々がそれを取り囲んで見守っているのだ。浪人にぶつかって刀に触れたということで、浪人二人が吾市に絡んでいるのである。
紋次郎は脇をすり抜けようとしたが、吾市から助けを求められ脚に縋りつかれる。泣き出しそうな声で哀願する吾市。そして見物人の一人からも頼まれる。
「ある出来事に絡んでの大切な生き証人だから、何とか助けてやって欲しい。」と言うのだ。

奈良井宿を抜けるとき、大徳屋が陣屋に引っ立てられたことで騒然となっていたことを、紋次郎は知ってはいた。しかしそれと吾市とのつながりは知る由もない。紋次郎は無言で助けを求める吾市の手をはずし、浪人たちの嘲りも無視をして先を急ぐ。結果、大切な生き証人だった吾市は殺されてしまう。

この件の原作は、無情で淡々としていて乾いた感じの筆致である。

「二人の浪人が、吾市を追いかけた。次の瞬間、吾市の絶叫が突っ走り、成り行きを見守っていた男女の何人かが悲鳴を上げた。紋次郎は振り返った。…(中略)…路上の飛び散った血が、乾いた土にたちまち吸い込まれた。…(中略)…十数人の男女が、吾市のところへ一斉に駆け寄った。
蝉が鳴き出した。
草むらにのめり込んだ吾市は、そのまま動かずにいた。唸り声も、漏らさなかった。死んでいるのである。早くも、蝿が集まって来ていた。奈良井宿の人々は、呆然と吾市の死骸を見おろしていた。」
(原作より抜粋)

人の命の儚さを想う。さっきまで助けを求め、紋次郎の脚にしがみついていた命ある者が、一瞬にして命を絶たれ物言わぬ骸になったのである。
「蝉が鳴きだした。」の表現で、静寂が破られたはずなのに、しんとした無常観が漂う。

宿の人々は紋次郎に、抗議と非難の視線を浴びせるが、紋次郎は無表情である。
宿民が交わす会話から紋次郎は、吾市は大徳屋を密告した者を知る生き証人だったこと、残された生き証人は長兵衛ただ一人なのだが、彼は夜中に高熱が出て助かる見込みがないほど重病であることを知る。
長兵衛を助けるためには福島にいる名医「多田玄斎」を呼ぶしかないが、玄斎は足が不自由で福島から出たことがない……もはや風前の灯火の長兵衛の命だということである。

第21話「 命は一度捨てるもの」(中編)

紋次郎は宿民たちを後にして歩き出す。
鳥居峠を越えたところで、吾市を殺した浪人たちに出遭い、ヘラヘラ笑う二人を無言で一瞬にして斃す。そんなことなら、吾市を簡単に助けることができたのに……と思う。
いつもそうなのである。面倒なことに関わりたくないために、拒否して通り過ぎることを選択するも、そのことで更に面倒なことになってしまうのである。

浪人を斃し鳥居峠を下り、薮原、宮の越を通り過ぎ、福島宿に着く。原作では、その間の紋次郎の心情は一切書かれていない。淡々と紋次郎の行動を追うだけである。紋次郎は福島の多田玄斎の住まいを訪ねる。紋次郎を突き動かしたのは、吾市を見捨てたために事態が悪化したことへの自分に対するけじめである。

テレビ版でも同じく、玄斎の元へ急ぐ紋次郎ではあるが、微妙にその原動力が違う。
お鶴が紋次郎を追いかけて走ってくる。「おい、おい、身重なのにそんなに走っていいのかいな。」と余計な突っ込みを入れたくなる。
「もう少し宿に留まって欲しい。主人を殺した者をどうしても見つけ出したい。下手人の糸口を知っているのは長兵衛さんだけだが、高熱で口もきけない状態。吾市さんも殺されたと聞いた。長兵衛さんを助けるために、福島宿の玄斎先生を奈良井宿に連れてきて欲しい。」と頼むお鶴に「御免なすって」と背を向ける紋次郎。
その背中にお鶴は叫ぶ。
「長兵衛さんは紋次郎さんに鯉を食べさせようとして大雨の中、弁天池へ……。二十年ぶりに会った紋次郎さんを喜ばせてやろうとして、それであんな病気になってしまったんだよ。幼馴染みを見捨てるつもりだろう!紋次郎さん!紋次郎さん!」

この台詞を背中で聞いて、テレビ版の紋次郎は福島宿に向かう。テレビ版の紋次郎は、吾市を見殺しにしたという負い目はないので、明らかに二人の幼馴染みのために動き出している。
それとも鯉の話を聞いたからか(笑)。

撮影時はよほど寒かったと見え、紋次郎が歩く水際には薄く氷が張っている。その氷の端が曲線を描き、鈍く光るのをバックにして紋次郎は歩く。

この原作で私が一番気に入っているのは、玄斎と紋次郎の根比べのところである。
約二十キロの道のりを五時間かけて歩き、やっと福島宿に着いた紋次郎は玄斎を訪ねるが、全く相手にされない。玄斎は名医ではあるがかなりの変わり者で、外へは一歩も出ず独り暮らしである。何度も目の前にいる玄斎に声をかけるが全く無視。

紋次郎は夏の陽光を浴びながらも地面に座り込む。盛り上がった入道雲が夕立を運んでくる。身の回りの世話をする老婆が障子を閉めるが、紋次郎は夕立の中、地面に座ったままである。長い夕立が上がり西の空の夕焼けも残光を消す。
夜になり、玄斎が食事をする姿が障子に映るが、紋次郎はまだ座っている。行燈の火が消え、紋次郎は桐の木の下に場所を移して、木にもたれかかって眠る。

夜が明けて、また紋次郎は元の場所に座る。玄斎が姿を現し濡れ縁に薬草を並べるが、紋次郎には目もくれない。朝飯を食べた後、玄斎は読書。正午過ぎに薬草いじりを始めた玄斎は初めて紋次郎に声をかける。
「ちょうど、まる一日がすぎたな」

その後、病人が奈良井宿にいると聞いて、玄斎は「こちらからは出向かん。諦めろ。愚かだったな。」と、部屋の中に戻ってしまう。
夕方になり二晩目……同じく桐の木の下で夜を過ごし、明け方濡れ縁の下に座る紋次郎。早朝5時頃、障子が開き玄斎が病人の様子を尋ねて、かなりの重病だと知る。
そしてとうとう、「わしは、お前の頑固さに負けた。」と奈良井に出向くことを承知する。
馬も駕籠も酔ってしまって乗れないと言う玄斎に紋次郎は言う。
「あっしが、背負って参りやす」

鳥居峠は標高1197メートル。中山道最大の難所を越えることは普通でも大変であるのに、大人ひとりを背負って越えるなどとは常人では考えられない。
しかし紋次郎は敢行する。二晩を木の下で野宿し、食べ物も口にしないままである。紋次郎の、強靱な身体と精神力には驚愕する。見方によっては、吾市を見殺しにしたことへの贖罪とも言える。

テレビ版での見物はなんと言っても玄斎役の「常田富士男」さんだろう。
常田さんと言えば、前シリーズ第10話「土煙に絵馬が舞う」での黒部の銀蔵。個性的な悪役を演じられていたが、今回は変わり者の漢方医役である。常田さんの怪演ぶり(笑)で、玄斎が実に面白いキャラクターの持ち主になっているのが見物。

テレビ版は原作ほどではないが、それでも一晩、紋次郎は粘る。翌朝になっても紋次郎がその場を去っていないので、玄斎は不思議そうな表情でいる。
紋次郎を「相当頑固な男だな……変人?奇人?」と評する。「いやいや、よっぽど先生のほうが変人、奇人ですよ」と言いたいのだが、この尋常ではない粘り腰に玄斎は共感したのか、大声で叫ぶ。「よし!参ろう!」

ここで「やしきたかじん」さんが歌う主題歌「焼けた道」の三番が流れる。歌詞入りで劇中に使われるのは初めて。それも三番って……とも思うが、歌詞の内容がタイトルである「命は一度捨てるもの」にリンクしているからか。
「だれも知らない 人はなんで生きるか 食べるためにか 殺すためにか」

なかなか意味深な歌詞である。
今まで何回も人を背負って歩いた紋次郎だが、今回が一番距離が長かったのではないだろうか。鳥居峠を、お妻を背負って越えたのは「無縁仏に明日を見た」だが、これは峠を越えただけであった。
そして背負ったのがほとんど女だったが、今回は男……「地蔵峠の雨に消える」の十太以来か。
中村氏はさすがに足腰が強く、常田さんを背負ってもふらつくこともなく、歩幅もスピードも平常と変わらず歩く。

玄斎を高砂屋に運び入れてから、紋次郎は宿場の一膳飯屋で飯にありつく。
久々に紋次郎食いが見られるかと思いきや、縄のれんの向こうにお鶴の姿が見え、場面が変わる。
原作では、一昨日の朝飯から何も食べていないが暴飲暴食はせず一人前の飯を食べただけで店を出る。
「これも長年の経験から得た知恵で、空腹に対する訓練というものを常に心掛けているのだった。」と原作には説明されている。
大したものである。ぜひ見習いたい(笑)。
(後編に続く)

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Re: 第21話「 命は一度捨てるもの」(中編)

お夕さんの書かれた所まで鑑賞しました。
この先、首コロンや必然無しヌードなどの地雷はないですか?
安全ならば、お夕さんの次のレビューまでに、最後まで見ます。

今回の自然描写、かなり美しいです!
何よりも構図が見事です。
 川辺の舟と木と人物。
 池の畔の蘆原の左手に配した樹木。
 竹林を通して見た、紋次郎とお鶴。
 玄斎先生の家の前の、藁に寄りかかって眠る紋次郎。
 部分的に凍った池の水面と紋次郎。
 奥に墓地の有る池の畔を歩く紋次郎。
プリントアウトして飾りたい、と思えたものを久々に見ることが出来ました。

また、この池もどこなのか気になってます。
八木の廻り田池が、池の畔に墓地があることで有名ですが、こんなに墓石が密集しておらず、此処ではないようです。
京都の村落で、他にこういう池の畔の墓地は情報が無く、詳しい友人に問い合わせても、廻り田池の他に知らないとのことでした。
地図やグーグルマップでかなり調べたんですが、見つからないんですね。

原作の飄々とした玄斎先生を誰が演じるのかと思ったら、常田富士男さんでしたか。
うってつけです。
またこの人、善人も悪人も、殆ど同じキャラで出来るところが凄いです。
(そういや無用ノ介で演じた悪役も「銀造」でしたね)
例のセリフをどういう風に演じるのか、楽しみです。

ところでこの常田玄斎先生、角度によってはバカボンのパパに見えて仕方ないんです。(笑)

  • 20120702
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第21話「 命は一度捨てるもの」(中編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

ご心配の件は大丈夫です(笑)。
最後まで、どうぞご覧下さい。

ロケ地の撮影は、お気に召したものが多かったようでよかったです。
私もこの池は気にはなっていましたが、特定はできません。
池の奥は墓地なんでしょうか。そのあたりもハッキリ見えません。自然の池ではなく人工的な感じですね。池の縁は石垣状になっています。
どこなんでしょうね。

常田さんって、敦夫さんより3歳だけ年上なんですね。番衆プロダクションのメンバーだったと思います。「日本昔話」は、有名ですよね。

バカボンのパパ……。
仰るとおり。実写版だったら即採用です(笑)。

  • 20120702
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第21話「 命は一度捨てるもの」(中編)

例のセリフまで鑑賞しました。
自然描写が美しいので最後まで見ようかと思いましたが、原作でのここから先の紋次郎の行動は、個人的に疑問なので、お夕さんの次のレビューを読んでからにします。

全然関係ないのですが、紋次郎が放映された時、私は中2で、社会科は世界史でした。
アッシリアが出てきたら「何の関わりもねえこって」と呟き、モンロー主義は「ヨーロッパのことは、関わりござんせん モンジロー主義」と覚えました。

そして、世界史の教科書に、どことなく中村敦夫さんに似てる人の肖像があったので、三度笠と楊枝を描き加えました。
見れば、まわりの連中数名も同じ落書きをしてました。

ジョン・ロックだったと思います。
http://www.mesacc.edu/~barsp59601/text/101/notes/introduction/locke.html

こんなことしたのは覚えてるのですが、アッシリアってどこなのか、ジョン・ロックってどういう人だったのかは、全然覚えてないのです。(笑)

  • 20120704
  • TOKI ♦nhNJg39g
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  • 編集 ]
Re: 第21話「 命は一度捨てるもの」(中編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。
紋次郎の行動に、疑問を抱いておられるようですが、私も同感です。疑問点が違うかもしれませんが、「う~ん、どうかな~。」と思う節はありますね。

ジョン・ロックですか?!
アハハ、傑作です!
社会科の教科書は、落書きの宝庫ですよね。私も人物紹介の絵や写真のほとんどは、誰なのかわからないぐらい、人相が変わっていました(笑)。
如何に笑わせるかが、優劣のポイントでした。
先生、すみませんでした……。

  • 20120705
  • お夕 ♦wikz35BA
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