紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠(前編) 奈良井宿~鳥居峠」

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠(前編) 奈良井宿~鳥居峠」

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠(前編) 奈良井宿~鳥居峠」
*奈良井宿の向こうに鳥井峠があります。

紋次郎作品に必ずと言っていいほど登場するものに「峠」があります。何度もタイトルに使われているように、この「峠」にはドラマがあり、風情があり哀愁があります。

今回私が訪れたのは、中山道の奈良井と藪原間にある「鳥居峠」。
この峠は作品に何回も出てきており、つい最近では「命は一度捨てるもの」で、玄斎先生を紋次郎は背負いました。
「一里塚に風を断つ」では体をかわした途端、新八が落ちてしまい、「黒髪が風に流れて」では鳥居峠は深い霧に包まれます。また「死は遠い空の雲」では、崖崩れと落石のために、鳥居峠は通行不能になります。

今回は、奈良井宿の方から薮原宿までの峠越えです。
奈良井宿は今までに何度か訪れましたが、鳥居峠は初めてです。約6㎞の道のりで高低差は260メートル。宿の人に尋ねると、ゆっくり歩いて3時間ほどということでした。

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

奈良井にある今も続く唯一の旅籠、「越後屋」さんが今夜の宿です。大きな荷物は置かせていただき、1時頃出発しました。

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)


鎮神社です。立派な社殿があり、旅人はここで峠越えの無事を祈願したのでしょう。

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

舗装された車道から石段を登りますと、中山道らしい風情のある山道になります。しばらく石畳が続きいい雰囲気です。春蝉の声が林に響き、時おり風が吹き葉擦れの音も聞こえます。梅雨の中休みのような爽やかなお天気で、汗をかいてもすぐにスッとひきます。

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

奈良井側からの道は樹木の種類も多く、山道も起伏があり変化に富んでいます。何か所か橋が架けられていて、湧き水が川になり道を横切るように流れます。

紋次郎が街道にいた頃の道は、現在と違いもっと細く険阻なものでした。
宿の方の話ですと、何回も土砂崩れがありその度に道が変えられたということです。したがって、どの道がいわゆる中山道なのかははっきりしない、ということでした。当時の街道は自然災害によって、いろんなルートがあったというわけです。
「死は遠い……」の作品にも同じような状況が記されています。

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

実際、歩いていますと旧街道かと思われるような、獣道のようなものもありました。獣といえば道すがら、何か所か「熊除け」の鐘が設置されていました。道中、獣に襲われるということも、もしかしたらあったかもしれませんね。紋次郎も猪や天狗に襲われていますから……(笑)怖い、怖い。

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

道沿いには石仏や道祖神が、旅人を静かに護ってくださっています。今までに何人の旅人を見守り、見送ってくださったのでしょうか。

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

「中の茶屋」と呼ばれる休憩小屋がありましたが、残念なことに落書きだらけ。こんな自然が美しく静謐なところで、善からぬことを考えつく輩がいるなんて、情けないやら腹が立つやら。
茶屋の近くには案内板があり読んでみると、ここは「葬沢(ほうむりさわ)」と呼ばれる地。
戦国末期、木曽義昌の軍勢に武田勝頼の兵士が五百人も殺され、その戦死者でこの谷が埋もれたといわれています。その死者を葬ったということで「葬沢」と名付けられたとか……。何百年も昔のこととは言え、そんな曰く付きの場所だと知ると、あまり長居はしたくありませんでした。

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

鳥居峠手前に一里塚跡の石碑がありました。普通一里塚は、両側に土盛りがあり榎や松が一対植えられていますが、全くその痕跡はありませんでした。この次の一里塚は、薮原宿にあります。

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

鳥居峠にさしかかりました。
「中利茶屋」跡にある休憩所はきれいに整備されていて、トイレもあります。水場には清冽な水が流れ、たくさんの旅人の喉を潤わせたことでしょう。水は本当に冷たくて手を入れると、痺れるくらいでした。
「五街道細見」で、「宿より十二丁一軒家」とあるのは、この場所にあった茶屋のことだったのかもしれません。

紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

樹木や電線が視界を遮りますが、奈良井宿が見えました。こうして見ると本当に、奈良井宿は山懐に抱かれた宿場ということが、よくわかります。

(後編に続く)

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Re: 紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

どの写真も、いつもながらのすばらしいショットです。紋次郎作品の情感に立って写されているからなのでしょう。心に届きます。

  • 20120716
  • いなさ ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

お久しぶりです♪

何とか話題に付いていけそうなのでお邪魔をいたしました(笑)

鳥居峠・・・
もう何年、いや何十年ですね、越えたのは。
初めて木曽路を歩いた時ですから。
紋次郎全盛の時でしょうね。

中津川から馬篭峠、妻籠から開田高原の地蔵峠、藪原からの鳥居峠越え、奈良井宿の夕暮れ。

懐かしいですね。
私は逆コースで越えた事になりますね。
奈良井からの峠越えの方が勾配がきついのでは思います。
ただ、宿場から宿場というコースでしたから荷物は担いでおりましたが。
大きな岩をぐるっと回る難所が頂上付近にあった様な気もしますが、記憶違いかも知れません。
なにせかなり昔のことですから・・・

いつもありがとうございます。
後編を愉しみにしたおります。
では、又♪

Re: 紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

いなささま、コメントをいただきありがとうございます。

奈良井宿や鳥居峠は、どこを切り取っても絵になります。
奈良井宿は夕刻、たくさんのアマチュアカメラマンがひしめいておりました。
それを見ていると、「やっぱり日本人やなあ……」と思ってしまいました。DNAにすり込まれているんでしょうかねぇ。

私はいつも、「紋次郎サン、どうぞ写真に写り込んでください!」と念じてシャッターをきっています。なんだか、心霊写真みたいですけど……(笑)。

  • 20120716
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「中山道 鳥居峠 奈良井宿~鳥居峠」(前編)

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

ぶんぶんさんは、宿場歩きや峠越えがご趣味でいらしたんですね。
昔は仕方なく、手段として歩いていたのですが、今は一番時間と労力が必要なのに「歩く」を選び、それを楽しむ現代人。
時代は大きく変わりました。

鳥居峠は今はすっかり整備されて簡単に越えられますが、昔は難所の一つでした。
ぶんぶんさんが仰る難所は、旧コースかもしれませんね。
私が歩いたコースでは、厳しい難所はありませんでした。(職場の裏山踏破の方が、大変でした……笑)
しかし人を背負ってなんてことは、絶対にできません。

  • 20120716
  • お夕 ♦wikz35BA
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