紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第23話「 笹子峠の月に映えた」(前編)

第23話「 笹子峠の月に映えた」(前編)

第23話「 笹子峠の月に映えた」(前編)
(原作「潮来の伊太郎」)(放映 1978.3.8)
*今回の写真は甲州、赤石温泉近くにある「氷室神社」
原作が紋次郎ではない、という作品はいくつかある。今回は「潮来の伊太郎」である。
笹沢氏が描いた渡世人は数知れず……架空もあれば実際に名の知れた渡世人もいるが、この潮来の伊太郎はちょっと珍しいのではないだろうか。
1960年(昭和35年)の8月に橋幸夫さんが歌った「潮来笠」が大ヒット。当時を知らない人も、「潮来の伊太郎~ちょっと見なれ~ば~♪」の歌詞とメロディーのさわりぐらいはご存知だろう。漫才ブームのときはよく「ぼんち」のおさむちゃんが、橋幸夫さんの真似をして笑いをとっていたのを思い出す。

作詞は佐伯孝夫氏、作曲は吉田 正氏である。
この歌ができた経緯は知らないが、当然フィクションである。したがって、笹沢氏が生み出した伊太郎もフィクションには間違いないが、小説界に伊太郎がデビューする13年前に歌謡界に彼はいたのである(笑)。
歌詞は3番まであるのだが、伊太郎の素性も姿形も特定されていない。「薄情そうな渡り鳥」とあるので、旅鴉として街道をさすらう渡世人であることはわかる。

その歌謡界にいた伊太郎を、笹沢氏は小説界に登場させたのである。

中肉中背でほっそりとしてはいるが、逞しい身体つき。年の頃は28~29歳。精悍な顔で目つきが鋭く、眉毛は濃くて男っぽい。日焼けがしみて、浅黒い肌。眼差しが暗く沈みきった表情。道中合羽は萌黄色に黒縞。黒鞘の長脇差は半太刀拵え。

ここまでは今までの渡世人と共通している部分が多いが、大きく違うのが右手に鹿皮で作った「弓懸け」を着用していることである。以前に負った傷の後遺症の痺れが、右腕を襲うことが弱点である。また他には、右腕の半ばから背中にかけて、般若の彫物があるのが特徴である。

「潮来笠」の伊太郎ではあるが、ほとんどは笹沢氏が肉付けをしている。
さて、この小説を書くのにあたって、笹沢氏はだれに許可を取ったのだろうか。「登録商標」なるものがあったのだろうか(笑)。少なくとも、「潮来の伊太郎」の名前の認知度は非常に高いので、本屋で目にした者が興味を持つことは確かであろう。

「笹子峠」と言えば、「天狗」と連想してしまうのは、第20話の「甲州路の黒い影」のせいだ。記憶力が乏しい私は、よく混同してしまう。

今回のテレビ版の展開も、複雑で難しい。多分ザッと観ただけでは、訳がわからない。今でこそ何回も繰り返し観ることができるのだが、当時は1回限り。
「なんだかストンと落ちないなあ。」と思いつつ、あの頃はテレビを消していたのではないだろうか。

オープニングは、原作もテレビ版も「人捜し」から始まる。行方がわからなくなったのは「お袖」という女。原作の伊太郎は「お袖」を捜して、旅を続けている。捜すお袖とは別人であるのは、わかっているのだが伊太郎は気にかける。
原作のお袖は、笹子峠近くの村に住む十七になる娘。日暮れ前までは居たのに、急に神隠しに遭ったかのように忽然と姿が消えたというのだ。村人たちが総出で捜している最中に、伊太郎は村を通りかかるのである。

テレビ版も居なくなったのは「お袖」だが、捜しているのはその弟の留吉。十歳くらいの男の子で、堂宇に腰掛けて姉の帰りを待っている。
留吉の独楽が紋次郎の足もとにころがったので、それを拾ってやる紋次郎。「姉のお袖が黙ってどこかへ行ってしまった。お袖は三味線を持っている。もし見かけたら、戻ってくるように伝えてほしい。」と紋次郎に頼む留吉。
紋次郎は、出会ったら伝えると約束して遠い目をする。

芥川氏のナレーションが入る。
「今は遠い昔である。紋次郎が故郷を捨て旅に出たのは、丁度留吉と同じ年頃の、霜柱の立つ朝であった。」
姉の帰りを一人で待つ留吉に、幼い頃の我が身を重ねている紋次郎、という設定である。

甲州街道一の難所である笹子峠を往く紋次郎の足元には、雪が見える。その後場面は切り替わり、今までに何度も出てきた清滝川落合の崖上。ここでは雪は見えないので、別の日に撮影されたようである。

「随分と待たせるじゃねえか、天神の勢五郎!」男が長脇差をかざして、紋次郎に襲いかかる。身に覚えがないし、人違いをしているのは明らかである。すると組み合っているときにもうひとり人影が横切り、悲鳴と共に崖下に転落する。どうも女らしい。しかしテレビ版だと、なぜ急に飛び出して落ちていったのかわからない。あまりに唐突すぎる。

原作では夜の峠越えである。暗闇の中だが、小柄な人影が手にする匕首が光る。
「お嬢さん!」
と呼ばれた女は
「卑怯者、覚悟しろ!」
と声を張り上げ向かってくるところを、伊太郎は避ける。女は目標を見失い勢い余って崖下に転落する。

その後、人違いをしていることがわかるのだが、崖から落ちた女は命を落とした事に変わりない。襲った男は黒野田の佐兵衛の身内で留吉と言い、侘びを入れる。原作での「留吉」という名前をテレビ版はお袖の弟に拝借したようである。

テレビ版は夜ではないので、崖下の大きな岩に娘が仰向けで倒れているのが見える。
「お嬢さん!お嬢さーん!」と子分が崖を下りていく。

第23話「 笹子峠の月に映えた」(前編)

原作がテレビ版に生かされているのは、このオープニングぐらいである。
女が仇討ちを仕掛けたが人違いをし、命を落とす。しかし落ちた女の正体は……どんでん返しがラストに用意されている。最初と最後のドンデン返しは、原作を踏襲しているが、その間の展開は全く違う。
例えるなら、サンドイッチのパンは同じだが、中にはさんでいる具材やトッピングが違うといった感じ(笑)である。

「なんでお仲さんを手に掛けたんだい?木枯し紋次郎は名前も知らない女を殺すってのかい?!」

テレビ版は、岩陰から出てきた女が紋次郎に立ちはだかって言う。女は三味線を小脇に抱えている。紋次郎は女の問いには答えずに立ち去ろうとするが、女の「逃げるのかい!」の言葉に振り返る。

「おめえさん、ひょっとしてお袖さんじゃねぇんですかい?」女はハッとする。当たり!である。紋次郎は留吉が宿場はずれで待っている事を告げる。去ろうとする紋次郎にお袖は、お仲を殺した理由をまだ聞いていないと引き下がらない。

紋次郎が殺したと言うが、飛び出して落ちるまで2秒足らず。紋次郎は匕首を持ってつっかかってきたのが娘さんだとはわかったが、落ちていくのはとめられなかった、と言う。道理である。
視聴者はあの一瞬で、匕首を持っていたことやそれが娘だったなどとは絶対にわからない。無言で突進してそのまま落ちたのだから、紋次郎が責められるのも酷な話である。

このお袖役は、「范 文雀さん」。ジュン=サンダースさんである(笑)。国籍は台湾だが、東京生まれの広島育ちで、中国語は話せなかったらしい。目に力があり、意志の強そうな印象を受ける美しい女優さんである。才色兼備な女優さんだったが、惜しくも2002年、54歳という若さで早世されている。

「待っておくれよ!」
お袖は紋次郎に声をかけ、その後ふたりは野宿をし、黒野田の佐兵衛の娘であるお仲が、なぜ天神の勢五郎の命を狙うのか……その経緯をお袖が話す。

お仲とお袖は5年前までは三島の女郎仲間。お仲が行き倒れになったのを助けたのが黒野田の佐兵衛で、その後養女となる。佐兵衛のシマを狙う鰍沢の勢五郎に佐兵衛は闇討ちにされ、その仇を討とうとしたが敢えなく人違いをした上に、命を失ってしまう。
お袖とお仲は一緒に足抜けをしたが、お仲は貸元の養女、お袖は鳥追い女。境遇の違いに、お袖はお仲を羨ましく思ったが、そのお仲が死んでしまった。

「人の運命って侘びしいもんだねえ。」とお袖は、紋次郎に語りかける。紋次郎としてはそんな女二人の境遇より、お袖の帰りを待つ留吉の方が気になるようで、「戻っちゃやらねぇんですかい?」と尋ねる。
お袖は寂しそうな表情を浮かべるものの、「お仲の口利きで、堅気の商人に引き取ってもらうことになっているので、その方がいい。」と言う。

鳥追い女として流れ歩く姉と、一緒に居るよりはいい……道理である。

さて鳥追い女とはどんな存在なのか……。広辞苑によると、江戸時代の年始に、女太夫が編み笠をかぶり鳥追い歌を歌い三味線を弾き、人家の門前で合力を乞うたとある。鳥追いとは田畑の害になる鳥や獣を追い払うことで、唄や拍子木を打つ正月の行事だったようだ。

しかしお袖の話では「男の手垢にまみれ……」と言っているので、もう一つの意味である売春婦としての存在だったようである。
江戸時代、売春婦なる存在は、たくさんあったようである。今回のテレビ版のヒロインは、范 文雀さんであることは確か。しかし原作では、目立ったヒロインはいない。お茶の間のテレビ番組として、ヒロインがいないというのは、あまりに華がないので、原作を大分変えてある。

原作ではお袖とお仲は全く無関係。お袖はただの行方不明の村娘であり、最後まで行方不明……というか、最後の種明かしで行方不明の意味がわかる。
(中編に続く)

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Re: 第23話「 笹子峠の月に映えた」(前編)

原作は今年の初めに読みましたが、テレビ版は録画したまま、いつもの通りお夕さんのブログに登場したら見ようと、置いたままにしておりました。

で、お夕さんの書かれた部分まで見ようと思ったのですが、かなり改変してある上に複雑とのことで、一応最後まで見て、骨格を把握してからコメントしたほうが良いかな、と思えてきたのです。

原作にはとんでもないエロシーンまで有るんですが、この先、首コロンなども含め、眉を顰めるシーンは有るんでしょうか?
もしあるのなら、そこだけスキップして全部見てから、あらためてコメントいたします。

  • 20120922
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第23話「 笹子峠の月に映えた」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

単細胞の私にとっては複雑でしたが、TOKIさんであればスッキリ整理して、理解されると思います。

さすがに、原作のようなサディスティックなシーンはありませんが、勢五郎が女郎と絡みかけたり、その後の回顧シーンなどでは、眉がピクピクッと動きかけました(笑)。

首コロンや手首コロンはありませんので、どうぞご安心を……。

またのコメントを、お待ち申し上げまする。

  • 20120922
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第23話「 笹子峠の月に映えた」(前編)

お夕さん、こんにちわ。
例によってご無沙汰すみません。

久しぶりに読ませて頂くと、相変わらずの紋次郎さんへの入れ込み、熱い思いが伝わって来るようです。

潮来の伊太郎が原作の話があったなんて!教えて頂くまで全然知りませんでした!

橋幸夫だの、ジュン・サンダースだの、なにやら懐かしい単語が・・。(^^;;

さて、話は変わりますが、今私のブログのトップにある「健康」10月号の話ですが、もう9月もあと1週間ほどになってしまいましたが、9月のうちはまだ書店にありますので、良かったら立ち読みしてみてくださいね。雲切目薬の話です。( ^-^)

今日更新予定なので、更新されてたらスクロールしてください。( ^-^)

Re: 第23話「 笹子峠の月に映えた」(前編)

最後まで鑑賞しました。
とにかく映像が美しい!
自然描写のロケーションのみならず、構図、小道具の配置、光の具合。
そして屋内での映像も。
旧作も含めた全作品の中でも、かなり上位の美しさでした。

ストーリーは確かに複雑で、1回見た現在では、まだジグゾーパズルのパーツがピシリと嵌らず浮いてる状態ですが、かなり原作を読み込み、紋次郎を理解している人の仕事だと感じました。
(って、こんな当たり前のことに感動しなきゃならないってのも、なんかなあ…)

当時人気絶頂の笹沢さんが、既存の潮来の伊太郎というビッグネームにわざわざ乗っかる作品を書くのは合点がいかない、プロデュースした人が居るんじゃないかと色々調べましたが、分かりませんでした。
そのかわり、こんなことが分かりましたが、何の解決にもなりません。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1239728332

天神の勢五郎って、「甲州路」と「上州路」の主人公を合体させたネーミングですね。
私は笹沢左保股旅小説の熱狂的ファンですが、作者に注文したいことが二つばかり有ります。
ひとつは、紋次郎が紋次郎であるゆえんを捨て去った作品は、絶対に書かないでもらいたい、ということ。
もうひとつは、ファンの中に輝き続ける名前は、永久欠番にして、もう使わないで欲しい、ということです。
この原作にも「お光」が気軽に出てきます。
姫四郎シリーズは私は大好きなのですが、唯一嫌だったのは、「新三郎」が悪役で出てくる点でした。

 追伸
作品の最後に入ってる、次回の予告編まで見てしまいました。
…インパクト強すぎで、現在、そっちのほうが頭に残ってます。
せっかく美しい映像の余韻に浸りかけてたのに、もう~!(笑)

  • 20120923
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第23話「 笹子峠の月に映えた」(前編)

九子さま、コメントをいただきありがとうございます。
こちらこそ、ご無沙汰続きで申し訳ございません。

ご紹介いただいた「健康」10月号を探しに、先ほど本屋さんに行きましたが、残念ながら既に11月号が並んでいました。
図書館に行ったらあるかもしれませんので、読みたいと思います。

お仕事が忙しくなりそうですね。
座禅の件も、広く周知されるといいなぁ、と思っています。

「縁は異なもの」と言いますが、九子さんとのご縁も大切にしたいと思います。
これからも、よろしくお願いしますね。

  • 20120923
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第23話「 笹子峠の月に映えた」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

そうですね!映像美を味わうことができましたね!
ロケ地の冬枯れの感じや、室内のしっとりした雰囲気、前景に寒梅を入れ込んだ映像など、鑑賞に値するシーンがたくさんあったと思います。

崖落ちの意味もかなり改変されて、人情味のあるストーリーになっていました。原作のままだと、ちょっとハードです。
その分、複雑にはなりましたけど……。

ネーミングの件、仰るとおり、同じ名前の人物が出てきてややこしいときがあります。
笹沢さんも当時は量産されていたので、もしかしたらいちいち名前を覚えておられなかったのかも……。シリーズが違うし、いいかなぁとか……。

笹沢ファンとしては、主人公やキーマンの名前は、オンリーワンにしてほしかったですね。さすがに「紋次郎」は唯一無二でしたが(笑)。

次回予告編ですか。
ちょっと油断されましたね(笑)。
9時からの番組ですけどね、どうなんでしょう。

  • 20120923
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第23話「 笹子峠の月に映えた」(前編)

范 文雀さん 「アタックナンバーワン」でもファンでしたが、和服もお似合いで綺麗な方でしたね。

当時の女優さん達は本当に綺麗な方ばかりで、紋次郎が関わりを持ってしまうのも仕方がないと思いますが。



「ねぇ 一緒に連れてっておくれよぉ・・・」

こんな一言を言われたら、オオカミ男になってしまいそうです。

Re: 第23話「 笹子峠の月に映えた」(前編)

Nico さま、コメントをいただきありがとうございます。

ホントに、あの頃の女優さんは綺麗でしたね。女優然とした方が、多かったように思います。
着物姿や日本髪がよく似合い、粋で艶があって、所作や台詞回しが上手い女優さん……最近少ないように思いますね。

  • 20140912
  • お夕 ♦wikz35BA
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