紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎 「江戸の旅、おこづかい帳」(前編)

日々紋次郎 「江戸の旅、おこづかい帳」(前編)

日々紋次郎 「江戸の旅、おこづかい帳」(前編)
ここに一冊の書物がござんす。書名はズバリ「宿場」(児玉幸多著)。
大分以前に購入したものでござんすが、なかなか全部に目を通すことができず、興味のあるところだけつまみ食いをしておりやした。先日、久しぶりに引っ張り出して眺めておりやすと、巻末の史料に目がとまりやした。
それが、「弘化二年伊勢道中駄賃日記帳」でござんす。

弘化年間というと、天保の次の元号でござんすから、紋次郎兄貴の時代とほぼ同じでござんす。これを記した人物は、喜多見村の年寄役を勤めた家の出で、当時は24歳、この喜多見村は現在、東京都世田谷区に位置しておりやす。
国三郎という御仁、伊勢参宮をはじめ、奈良・高野山、金比羅、安芸の宮島、岩国の錦帯橋、大坂・京都、善光寺、伊香保温泉等々、約3ヶ月の長旅で出費した金子を記帳しておりやす。今でいうと「おこづかい帳」(笑)。
ずっと見ておりやすと、自分も道中をしているような気分になってきて、面白いもんでござんす。

さて、以前から気になっていたことがいくつかござんす。
まず、草鞋の金額はいかほどかと、どの位の期間で履きつぶしていたのか。
調べやすと、大体1日に1足は履きつぶしておりやしたようで、1足12文~20文ぐらいでござんしょうか。現代との換算はなかなか難しゅうござんすが、1両を10万円~12万円とすると、1文が20~30円。毎日300~400円の出費だったようでござんす。1ヶ月毎日草鞋を買うとしやすと、月額1万円となりやす。これはなかなかの出費ではねぇでしょうか。

紋次郎兄貴は何回か腹薬を渡され、難を免れておりやす。で、薬をどこかで入手していねぇか、と調べやすと……ありやした。伊勢国の朝熊で「万金丹」を312文で買っておりやす。結構高額でござんす。万金丹は伊勢の有名な土産だったようでござんす。他には大和国の吉野で「陀羅尼助」を48文で買っておりやす。どちらも有名な腹薬で、今もその名で販売されておりやす。

日々紋次郎 「江戸の旅、おこづかい帳」(前編)

この国三郎さんはかなり裕福だったようで、泊まる宿は木賃宿ではなく、旅籠。平均いたしやすと、180文ぐらいの宿賃……これが飯盛旅籠か平旅籠かは、定かではござんせん(笑)。

興味深いところを、ちょいと見てみやしょう。

東海道岡部宿で宿泊した翌日でござんす。

瀬戸川 川渡し(12文) ちり紙(12文)→ 嶋田宿 蕎麦(32文) 草鞋(13文)→ 大井川 川渡し(156文) 川越酒代(24文) 菓子(12文)
*大井川の川渡しの額から考えやすと蓮台には乗れそうにはありやせんので、多分人足の肩に跨って渡ったと思われやす。酒代は今で言えばチップでござんしょうか。
→ 佐夜中山 平丸餅(5文)
*この峠は「夜泣石」が有名でござんす。「夜泣石は霧に濡れた」を思い出しやす。
→ 日坂 蕨餅(16文)
*ここの蕨餅は名物→ 掛川宿 宿泊(200文)

次は大坂を見てみやしょう。結構、散財しておりやすようで。

髪結(32文)
*都会の大坂見物でござんすから、ちょいと身だしなみを整えたんでござんしょうか。
ところで、紋次郎兄貴は髪結いはしてなかったんでしょうか。どこにもそんな記述はないのでわかりやせんが、放っておいたら伸び放題になりやすしねぇ。もっとも、月代を剃った姿なんぞは見たくはありやせんがね。
 宿泊(200文) 翌日には芝居見物(772文)
*当時の芝居見物は高かったんでござんすねぇ。
みかん(24文)
*芝居を観ながら、みかんを食べたんでござんしょうか。
 夜飯代(100文)
*この後船に乗って四国へ向かいやす。 
船賃(1300文)船ふとん賃(80文)
*船中で3泊して、丸亀に到着いたしやす。3泊でこの額、ふとんを借りるにも金がかかる……高いんだか安いんだかわかりやせんが、時間がかかったことだけは、確かでござんすねぇ。 

この後、道後温泉や金比羅さんに足を運びやすが面白いことに6回も、「うどん」と記帳されておりやす。やはり「うどん」が名物で、おいしかったんでござんしょう。
代金は最安値が12文、高いときには36文とありやす。この36文のときは「うどん昼食」とありやすから、もしかしたらセットメニューだったのかもしれやせん(笑)。
(後編に続く)

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この記事へのコメント

Re: 日々紋次郎 「江戸の旅、おこづかい帳」(前編)

本当にお夕さんは、江戸時代関係の色んな本を読んでおられますね。

紋次郎は腹を壊しやすい体質なのに、腹薬はなぜかいつも他人に恵んでもらってますよね。
「次男坊」だったかで、自分が他人に薬をあげるシーンが有りましたが、自分で薬を飲んで切り抜けることは無かったんでしょうか。
それとも、いつも薬屋までの間に使い果たしていたのか、どうなんでしょ。

紋次郎の凄い所は、いつでも刀を新しく買えるお金をキープしていたことです。(by「一里塚」)
また、帯や玩具の兜など、他人に物を弁償するためのお金も常備してたわけですね。
禁煙したのは、こういうお金を作るためだったのかもしれません。(笑)

  • 20121110
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎 「江戸の旅、おこづかい帳」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

「水車……」では、貝殻に入った傷薬を出していたように記憶しています。
「無縁仏…」では、傷薬をきらしていたのか、ヨモギをもんで傷にあてたり、硫黄を塗り込んでいたような……。

紋次郎サンの所持金は、平均するとどれくらいだったんでしょうね。
刀ですか。おいくらぐらいしたんでしょう。
さすがに、国三郎さんのおこづかい帳には、記されてはいませんでした(笑)。

スカンピンだったといえば、「人斬りに……」での紋次郎サン。橋の架け替え人足で、日当百文を稼ぎますが、博奕で増やすことが出来ず焦りましたね。

財布をすられることもありましたっけ。
どういう状況ですられたのかが、気になります。

なんやかやと本は読みますが、読んだ直後に忘れてしまうという記憶力の無さに、自分ながら呆れることがあります。
これも歳のせいでしょうか……。

  • 20121110
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎 「江戸の旅、おこづかい帳」(前編)

刀の値段、色々調べたら名刀なら200~300両、安いものなら1両くらい、と幅がありました。
渡世人の長脇差なら、もっと安いでしょう。

紋次郎が後半腰に差していたのは「直光」「兼定」といった銘刀ですから200~300両クラスでしょう。
それがいくらになるのか、江戸時代の貨幣価値をこのサイトで調べたら…
http://home.a05.itscom.net/hotaru/page154.html
うわ~~~3000万円クラスだ!
そんなのを2回もタダで貰えるなんて、ちょっと羨ましい。(笑)
だったら「紋日」で、あんな阿漕なことしなくても、名刀を売り払って安い長脇差に替えて、浮いたお金をなぜ使わんのじゃあ~~!(怒)

財布をすられたのは「木枯しは三度吹く」でしたね。
あの用心深い紋次郎が、人混みや擦れ違いざまに巾着切りに遭うとは思い難く、宿で入浴中に盗まれたのかもしれませんね。

  • 20121111
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎 「江戸の旅、おこづかい帳」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

刀の値段を教えていただき、ありがとうございました。
ホント、ピンからキリまであるんですね。

「紋日」で、刀を売るという考えは念頭になかったのか……私も同感です。
ドスは身体の一部だと思いますが、そのくらいの覚悟は必要だったと思います。

風呂の中まで、財布は持っていかないと思いますので、そうかもしれませんね。
入浴中でも長脇差は、手元に置いておくこともあったと思いますが、財布はどうだか……。

あ、そう、入浴中に目釘を抜かれたことはありましたっけ。(「地蔵峠の……」)

  • 20121111
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎 「江戸の旅、おこづかい帳」(前編)

紋次郎がどうやってオカネを手にしていたのか,私はずっと疑問でした.オカネを稼ぐ事に直結したストーリーはどこかにあったのでしょうか.お夕さんのように全編を隈無くご覧になった方に,一度お訊きしてみたかったのですが,いかかでしょうか.

賭場で稼ぐにしても元手が要るはずですし,峠の飯屋での支払いもキャッシュでしたね.草鞋を脱いだ先で駄賃のような小金をくれる慣習でもあったとすれば,すっきりするのですが.紋次郎の貨幣収入の源泉は何なのでしょう.


喜多見村は私の家のすぐ近くで,江戸期に建てられた古民家も保存されています.当時を知るための古文書も大切に保管されているようですよ.

  • 20121113
  • トラの父 ♦-
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Re: 日々紋次郎 「江戸の旅、おこづかい帳」(前編)

トラの父さま、コメントをいただきありがとうございます。

紋次郎サンの収入源につきましては、拙ブログ「紋次郎兄貴の生業」をご覧下さい。
http://kogarashi1940.blog10.fc2.com/blog-entry-90.html#more

実際本当に、これで食いつなぐことができるのかはわかりませんが……。

金や物には執着しない紋次郎サンですので、ポンと金を置いていったり、恵んでやったり、ということもあります。
金に汚いのは、どの時代でも嫌われますね(笑)。

今回の出典は、「世田谷区立郷土資料館」にある史料からだそうです。
歴史あるものを大切にしている地域って素敵ですね。

  • 20121114
  • お夕 ♦wikz35BA
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