紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

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第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

(原作 第42話)(放映 1978.3.15)
タイトルに賽がつく作品はもう一つあり、ややこしい。「新……」の第5話「賽を二度振る急ぎ旅」で、この作品も今回も同じく脚本は「新田郡」さん。「新田郡」と言えば、ファンなら誰でも知る紋次郎の生国である。当然ペンネームで、C.A.Lのプロデューサーの「宮本進」さんが書かれた脚本である。原作とほとんど展開は同じであるが、少し人物設定に工夫が見られる。

さて、「賽」と聞いて一番に思い浮かぶのは、「賽は投げられた」である。そして次に浮かぶのは、ペドロ&カプリシャスの「ジョニーへの伝言」。
あの歌詞の中に「賽は投げられた」という一節がある。ネットで調べてみると「古代ローマ時代、ポンペイウスと対立したカエサル(シーザー)がルビコン川を渡ってローマへ進軍するときに言った言葉」とある。意外にも古く、またカエサルの言葉だったとは……ちょっと驚きであった。
投げられた賽の目は変えられない……事は既に始まっているのだから、考えている余裕はない、もはや断行するしかないのだということ。このストーリーにも通じるところがある。

この回は、いつも賽を肌身離さず持っている渡世人「賽の目の重兵衛」が出てくる。ストーリー展開上、あまり重要な人物ではないのだが、薬味といった雰囲気か。

久しぶりにアバンタイトル……と思ったら、トンデモ映像が目に飛び込んで来る。
「全く、もうっ!」である。
むさ苦しい、獣のような男たちに追いかけられる村娘。挙げ句の果ては押し倒され着物を全部はぎ取られ、全裸(後ろ姿だが)で野外を逃げる。当時の、夜9時台のテレビドラマで、この破廉恥なシーンが許されていたことに驚く。これをもし「つかみはOK!」と考えていたなら、相当ガッカリである。

その後も、男たちの狼藉シーンが続く。相当悪い奴等……という印象である。
村人たちは窮状を、陣屋に訴え出てくれ、と名主に頼む。しかし名主は、訴えたら昔、村人たちが男たちを虐待した事を追求され、咎を受けるのに違いないから訴えられないと拒む。村人と、この無法な集団との関係は……?ここでアバンタイトルは終わる。

主題歌が終わり、女郎と客の会話。客の男は女郎に、「藤岡に家を持たせてやる代わりに、約束を守ってもらうよ」と話す。声の主である男の顔は見えない。次のシーンは女が代官所から人目を避けるように出てくる。そして身なりの酷い若い男が、大勢の捕史に取り囲まれ捕縛されるシーン。
「御用」と書かれた提灯は、時代劇ではよく見られる小道具である。この形状の提灯は、実は御用提灯ではなかったという。(名和弓雄著「間違いだらけの時代劇」より)
さて、この3つのシーンが関係していることは明らかである。

原作の出だしはなかなか渋い。「闇である。」から始まる。
紋次郎は、陣屋の仮牢の中にいる。その牢内の闇を、視覚的なものだけでなく、心の中も『無』として表現されている。この闇とタイトルの虚空とが呼応しているように感じる。
テレビ版も原作のように、渋い始まりにしてほしかったが、残念である。

この牢の闇の中に、紋次郎を含めた三人がいる。一人は若い渡世人、もう一人は「賽の目の重兵衛」という渡世人。若い男の方は、入牢した経験がないので落ち着きがないが、重兵衛は余裕綽々である。重兵衛は何度か入牢しているようで、今回も「訴人の引っかけ」だから、すぐに放免されると見ている。

「訴人の引っかけ」……凶悪犯に対する訴人があった場合、その犯人を油断をさせるために、何もしていない連中を牢屋に投げ込むのである。世間の目をそちらに向かせ、凶悪犯人が油断している隙に、大捕物の準備をするというやり方だという。そういうターゲットになるのが、旅の渡世人であり、紋次郎もたまたまそれにひっかかってしまったということである。「無宿人狩り」でなくて良かった。
いつもながら原作者、笹沢氏の知識の深さには驚いてしまう。当時の、警察力や組織についての調べ上げは本当に凄い。

テレビ版での牢内は、さすがに映像上漆黒の闇とはいかない。紋次郎たち三人が入れられている牢に、さっき御用になった男も放り込まれる。かなり痛めつけられたようで、気を失っているのか、倒れたままである。
紋次郎は板塀にもたれかかり、目を閉じて眠っているようである。
渡世人たち二人はそばにいるのが、木枯し紋次郎であることを知っていて、特に重兵衛は憧れがあるのか、同じ牢内にいることを喜んでいる。

この重兵衛役に「橋本 功」さん。最近お目にかからないと思っていたら、2000年に58歳という若さで亡くなっておられた。知らなかった。敦夫さんと同じく俳優座出身で、時代劇にも現代劇にも幅広く活躍された味のある俳優さんだった。
今回はいつも賽を持ち歩き、行く末も賽を振って決めるような博奕好きの渡世人役。人のよい、人情味のある役どころである。

紋次郎は目を覚まし、懐から竹皮に包んだ塩を口に含み指で歯を磨く。このシーンは原作にはないが、牢内であっても正しい生活習慣である(笑)。確か、前シリーズの第3話「峠に哭いた……」でも塩で歯を磨いていたと思う。
清潔感とまではいかないまでも、牢内の紋次郎には、むさ苦しさは感じられない。ただいつもと違い、ヒゲがうっすら影を落としているように見えるのは、気のせいだろうか。
口をゆすいだ後、今度は懐から楊枝を取り出して咥えるのだが、牢内によく持ち込めたものである(笑)。

第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

重兵衛の話が続く。訴人の引っかけで、召し捕ろうとしているのは亀穴峠の八人兄弟。この連中は、人目につくところには姿を現さず、兄弟が生まれ育った山辺村の者たちだけに悪さをしている。子どもの頃、村の者たちに酷い扱いをされたので、村を飛び出し、峠に小屋がけをして兄弟で住みついている。
八人はみんな男兄弟で、太郎を筆頭に、次郎、三郎、四郎、五郎、六郎、七郎、八郎と年子だという。その末っ子の八郎が、倉賀野に出てきたところを誰かに訴人され、捕まったらしい……というところで、さっき牢に放り込まれ気を失っている男の姿……視聴者は八郎であると推察できる。
八郎の年齢は、原作では16~17歳、テレビ版では17~18歳として「まだ餓鬼じゃねえか。」とされているが、テレビ版の八郎はどう見ても5~6歳は年上に見える。

亀穴峠で、八郎を待つ兄たちの姿。八郎を探しに行った七郎も、帰って来ないのでみんな苛立っている。指揮をとっているのは長兄の太郎で、浮き足立つ兄弟たちを諫めている。さすがにみんな年子というだけあって、上下が不明で誰が誰だかわからない(笑)。そして揃いも揃って、みんな汚い……その中で太郎だけは、えらく派手な色の着物を纏っている。
原作通りだと24~25歳だが、どう見ても30歳は過ぎているだろう。

八人兄弟の子どもの頃の回想シーン。
お春という姉を持つ八人の兄弟。母は死に、父も兄弟たちを残して死ぬ。貧しいが故にお春は、三島宿の女郎として女衒に売られていく。
お春は弟たちに「年季が明けて帰ってくるまでは父母の墓は守ること、名主の言うことはきくこと」と言い残し、去っていく。
このお春の少女役をしている女の子は、演技がなかなか達者である。他の子役の男の子と比べると数段上である。多分年齢も設定通りで、素朴な感じの少女である。
原作ではお春ではなく、お里になっている。なぜ、名前を変える必要があったのかは、不明。原作では、17~18歳で年季は八年、三両二分で売られたと記されている。相場で考えると、そこそこ高い値がついた方ではないだろうか。
テレビ版では「あれから10年……」と口にしているので、原作より年季が2年長い。

しかし原作でも言えることだが、年子でゾロゾロ男ばかりで八人とは……。笹沢さんもさすがに、八人の名付け親になるのは嫌だったようで(笑)、太郎、次郎……と順番に名前が続く。「貧乏人の子だくさん」とはよく言われるが「子だくさんが故に貧乏人」とも言える。
その中でも末っ子の八郎が、一番面倒をかけたし、八郎も姉を慕っていた。別れのシーンは、八郎がお春にしがみつき、お春は何度も振り返る。
幼い紋次郎と姉のお光を、どうしても重ね合わせてしまう。

テレビ版ではその後、兄弟たちが村の者に引き取られ、虐待されるシーンが入る。村社会の相互扶助とは程遠い有様である。
八人兄弟はその後それぞれの家を飛び出し、亀穴峠の中腹に小屋がけをして住むようになる。

「兄弟は木の実、草の根のほかに、夜になってから山辺村へ行き、畑の作物を盗んで来て食糧とした。山辺村の村人たちは、兄弟たちをそのままに放置しておいた。厄介者払いができたのだし、そのために多少の作物が荒らされても仕方がないと割り切っていたのである。」(原作より抜粋)

このあたりは、兄弟たちの悪さはさほど問題になっていない。村人たちの酷い扱いに比べれば、許される範囲だと思う。
しかしその関係が、悪化する。八人兄弟の両親の墓があるところに、道をつけるという計画が持ち上がった。兄弟たちは、姉のお里(春)の言いつけには忠実であった。絶対に許すことはできない……ということで、兄弟は村人たちに抵抗し、実力行使をする。
百姓家に乗り込んで脅迫し、煮炊きしてある野菜や米を強奪する。村の自警団と衝突して、大乱闘となる。原作ではこの3ヶ月に山辺村の男女二人が死亡、三十人が負傷したとある。
また、八人兄弟のほうが村人から金品を強奪したり、娘を犯したりする悪党ではないだけに……ともある。このあたりを読む限り、原作の八人兄弟のほうがテレビ版よりは道徳的である(笑)。

テレビ版での兄弟たちの会話は続く。
八郎は10年の年季が明ける姉を迎えるために、倉賀野に勝手に行ったらしい。10年という長い歳月でお互いの顔がわからないかもしれないからと、死んだ父親の「格子木綿の片袖」を目印に持って行った八郎。
その八郎を連れ戻すために向かった七郎が、戻ってきた。草木一本も生えていない岩場を、縄梯子で上ってくる七郎。この岩場は採石場だろうか、切り立った険しい崖である。今までも何回か、ロケ地に使われているような気がする。
縄梯子は頼りなくユラユラ揺れるし、崖はいかにも脆そうで、七郎が上ってくるシーンは見ていてもヒヤヒヤする。多分、命綱もなかったと思うので、七郎役の役者さんも体を張っての演技だったろう。

七郎は八郎が誰かに訴人されて、陣屋の牢に入れられたことを兄弟たちに知らせる。太郎は一斉にみんなが助けに下山したら、役人たちに捕まえられてしまうに違いないので、五郎と六郎だけに様子を見に行かせる。なかなか太郎は冷静に物事を考えている。村人は、自分たちが昔にした所業がバレることを畏れているので、訴人したりはしない。
では、一体誰が訴人をしたのか?……。

これがこの作品の一番の謎であるのだが、ドラマでは冒頭部分で、何となくわかるような伏線が敷かれているので、ドンデン返しの衝撃も少し弱くなる。

一方、こちらは陣屋の牢内。重兵衛と若い渡世人は、気楽に賽子を転がしている。紋次郎は無言で座っている。朝を迎え重兵衛の予想通り、紋次郎を含めた三人は放免となる。当然、八郎と見られる男は、そのまま牢内に置かれたままである。
紋次郎たちは自分の着物を身につけ、表門から出る。そのとき、紋次郎だけが呼び止められる。お前が落としたものだろうと言って、見せられたものは天保一分銀が3枚。
テレビ版の紋次郎は、その中から1枚だけを手に取り、「お納めなすって……」と言う。残りの2枚は呼びとめた役人のものとなる。
「賄賂」とまでは言わないが、それが作法というのだろうか。賭場では賭札を換金した後、半分近くを返すのだが、それに近いものなのだろうか。
原作では一分銀2枚を落とし、2枚をそのまま受け取っているので、テレビ版だけのお心遣いである(笑)。
この一連の動きが、この後大きな誤解を生むことになるとは……。

物陰から様子を窺う五郎と六郎。
「奴だ。奴が金目当てに、八郎を訴人したんだ!」
大きな勘違いである。紋次郎は自分の金を受け取っただけなのだが、傍目には報酬金をもらったかのように見えたのだ。
原作では兄弟の内の一人だけが様子を窺っているのだが、紋次郎はそれを察知しているが、気にはしていない。
(中編に続く)




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Re: 第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

「着物の女の人が屋外で全裸にされ、昼日中、ストリーキングする」
冒頭のこの強烈なシーンは、前回の予告編で見てしまったので、もう何が出てきても驚かないぞとばかりに最後まで鑑賞しました。
…やっぱり、全編観終わっても一番脳裡に焼きついてるのは、アレです。(笑)

この時期の原作紋次郎は、やたらと人を殺しており、バイオレンス路線の好きな「新」ですら、殺される連中を原作より悪辣に変更し、「殺されても仕方が無い」という風にしてバランスを保ってました。
この原作も「別にこいつら、殺さなくったって」と思ってたので、悪行を増量してくれるのは有難いんですが、これを当時、両親と一緒に見てたら、気まずかったでしょうなあ。

この撮影地ですが、私の郷里の高槻の採石場が、当時こんな感じだったように思います。
二箇所ある採石場のうち、この後のロケ地から考えて、川久保採石場ではないかと推測します。

  • 20121127
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

「あんな無抵抗な村娘に、寄ってたかって何てことするんだ~っ!」
という悪印象を植え付けるには、インパクトはありましたけどねえ。

冒頭部分にこれですから、家族で観たとたん、チャンネルを変えられる可能性は大ですよね。
実際、視聴率はどのくらいだったんでしょうね。
視聴率アップのため、手を打ったのがこれだったんでしょうか。
何となく墓穴を掘ったような気はしますけど……。

私もこの原作の読後は、後味が悪かったです。
いつも思うんですけど、もっと紋次郎にコミュニケーション能力があれば、回避できたのに……と。
しかし無いものねだりですし、ペラペラ喋る紋次郎なんて考えられませんけどね(笑)。

そう言えば、「賽を二度振る……」のロケ地も、こんな荒涼とした所でしたね。あと「女郎には……」も、そうだったような気がします。

  • 20121127
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

お夕さん、最初の写真いいですね。紅葉に倒れた塔楼、墓石(?)この季節ぴったりです。この作品、このタイトルが好きです。無常の世界、生気を失った世界に、たった一つ生気のある、生臭い何かが存在する。それもその存在が生きるか死ぬか賭けている。というような意味合いではないかと勝手に解釈しています。ニヒリスト紋次郎の持つダンデニズムにぴったりのように思います。

  • 20121129
  • いなさ ♦-
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Re: 第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

>笹沢さんもさすがに、八人の名付け親になるのは嫌だったようで(笑)

姫四郎シリーズにも、兄弟の悪党が出てきてましたね。
「虚空…」が、太郎、次郎、三郎、四郎とカウントアップしてるのに対して、こっちは長兄が鬼の十郎で、鬼の九郎、鬼の八郎、とカウントダウン。
後から仲間になった者にもこの調子で名前をつけ、打ち止めになってからの仲間は「鬼の用心棒」。
なんか「村人A」みたいで笑ってしまいました。

それにしてもあれ以来、冒頭シーンが網膜に焼き付いて困りました。
「これとそっくりなの、見たことがある」と、ずっと考えてたら、そうだ!ゲゲゲの鬼太郎「目目連」だ!
さっそく今日レンタルショップで借りて見たら…
ネズミ男の衣服に妖怪「目目連」が取りつき、締め上げる。
このあと、紋次郎のほうと全く同じく、衣服から飛び出してすっぽんぽんの後姿で逃げ、走り回る。
偶然でしょうけど、全裸で手を振りあげて逃げるポーズ、構図など実にそっくり。
ただ違うのは、ネズミ男のは見てて笑い転げたのに、紋次郎のほうは眉を顰める点、ですかね。(笑)

  • 20121129
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

いなささま、コメントをいただきありがとうございます。
1枚目の写真は、地元の紅葉の名所です。

「虚空」という言葉は効いていますね。
仏教用語でもあるようです。
本来は賽を二つ振って賭けるのに、一つだけというあたりも意味深ですよね。
「生きるか死ぬか」を賭ける……。
まさに紋次郎の世界ですね。

  • 20121129
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

タイトルや登場人物に数を入れるというのは、笹沢作品にはよく見られますね。
実際、紋次郎も「次郎」ですし……でも次男坊ではないですけど……(笑)。

紋次郎と鬼太郎!?
次郎と太郎ですな(笑)。
こんなところでオーバーラップするなんて……と思いました。

言い替えれば、紋次郎ワールドも紙一重で鬼太郎ワールドになるかも。
そうそう、この八人兄弟は、最終的には妖怪扱いでしたね。

  • 20121129
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

亀穴峠、藤岡、倉賀野。
これらの地名から、舞台は藤岡市上日野にかって在った亀穴集落。
そこで生まれ、幼くして両親に死なれ、引き取られた親せきで実子と差別され暴力に晒され、最後は公権力に保護され児養で育った俺ら兄弟。
文次郎は昔から好きでよく見ていたけど、その舞台が俺らの村だった時何の因縁かと思ったものでしたね。

  • 20160630
  • やままやー ♦ZL0pXV7k
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Re: 第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

やままやーさま、はじめまして。
コメントをいただきありがとうございます。

本当に亀穴は実在しているんですね。はじめ、この地名を目にしたとき、変わった名前なので印象に残りました。地名の由来は何なのでしょう。

そして同じような境遇も……。
貴重なお話、ありがとうございました。

Re: 第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

文次郎ではなく紋次郎でしたね。
なんか変とは思ってたんですが。
亀穴の地名は、亀穴峠からで、その峠名は、峠の北側の小幡方面にあった窪地に由来ではないかと聞いたことがありますが、確定したものはないようです。
私も紋次郎が好きで、たぶん全シリーズ見てると思います。
特に好きなのが第三話の”峠に哭いた甲州路”ですね。
お妙のしぐさや表情がいいですね。
本当は第一話のはずだったものが、元旦の放送にはあまりに暗いとして後に回されたとか。

  • 20160701
  • やままやー ♦ZL0pXV7k
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

やままやー さま、コメントをいただきありがとうございます。

地名の由来、早々に教えていただきありがとうございます。各地の地名の由来を調べることは、結構面白いものだと思いますね。

紋次郎のファンの中で、「峠に哭いた……」をベストに挙げられる方は多いですね。

市川監督が、敢えて紋次郎原作ではないこの作品を選ばれたということは、やはり思い入れが大きかったんだと思います。

お妙さん役の「黒沢のり子さん」は確か、中村敦夫氏が探され推挙されたと思います。
調べてみますと、「のり子」の前は「妙子」という名前で活動されていたようです。
これも「因縁」を感じます。

Re: 第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

>お妙さん役の「黒沢のり子さん」は確か、中村敦夫氏が探され推挙されたと思います。

そうだったんですか。
中村のセンスだったんですね。
どおりで波長が合うわけだ。
監督の思い入れと中村の思い入れでできたものならファンが支持するのはある意味当然ですね。

因みに、話は前後しますが、私の兄(亀穴の5兄弟の長兄)は○太郎です。
昔の長男はみんな太郎だったんですかね。

  • 20160702
  • やままやー ♦ZL0pXV7k
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第24話「虚空に賭けた賽一つ」(前編)

やままやーさま、コメントをいただきありがとうございます。

黒沢さん、ホントに美しい女優さんでしたね。
あどけなさと妖艶さを併せ持つ、ミステリアスな雰囲気の方でした。
特に最期……峠の向こうを見る前に、事切れたときの安らかな顔は印象に残っています。

名前の件ですが、男子の場合は何となく兄弟関係がわかりますが、女子はこだわりがなかったようですね。
最近の命名事情は、だいぶん様変わりしましたけど……。

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