紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第24話「 虚空に賭けた賽一つ」(中編)

第24話「 虚空に賭けた賽一つ」(中編)

第24話「 虚空に賭けた賽一つ」(中編)
(原作 第42話)(放映 1978.3.15)
紋次郎が歩く後ろを、重兵衛が追いかける。ロケ地は多分、京都の郊外。亀岡あたりではないだろうか。刈り取られた稲が稲架(はさ)がけされている。最近ではほとんど見られなくなったが、私が子どもの頃は田舎での日常風景だった。主にハンノキが稲架がけに利用されており、夏は程よい木陰をつくり、休憩するにはうってつけの木である。

ここで、撮影時期が気になった。稲刈り後の稲架がけは、多分10月。しかし放映は3月。大分タイムラグがあるのだが、どういうことだろうか。前回は梅が咲いていたのだから、季節がまるで逆行していることになる。

重兵衛は紋次郎に行き先を訊く。「西へ行く」という答えは、つまりは亀穴峠に向かうことを意味する。重兵衛は、亀穴峠に向かうことは避けた方がいいと進言するが、紋次郎はそのつもりはないと断る。
「とばっちりを受けることもあるかもしれないから……」と、なおも食い下がるが
「いちいち気にしていたら旅なんかできやせんよ」と頑なな紋次郎である。
「あっしはただ、紋次郎さんの貫禄にあやかりてぇと思いやしてね」と重兵衛は紋次郎の後をついて行く。

原作も同じであるが重兵衛の台詞がもう少し長い。

「あっしは一切、道連れを作らねえことにしておりやすんで……」

「紋次郎さんが、そうだってことは、百も承知しておりやすよ。だから、道連れにはならねえ。おいらはただ、おめえさんと同じ道を、同じ方角へ向かうってだけなんで……。もの好きな野郎だと思われるかもしれねえが、この世に退屈しきっておりやしてね。ちょいと紋次郎さんの貫禄に肖って旅がしてみてえと、まあこう思いやしてね」
(原作より抜粋)

ここで注目したい言葉が「この世に退屈しきっておりやしてね。」である。
今までも何人か、この世に退屈した渡世人が出てきた。この世に退屈するというのは、昨日と同じ今日があり、今日と同じ明日があると思っているからである。
紋次郎にとっては、昨日は無かった事に等しいし、明日があるとも思っていない。いや、今日があるとも思っていないだろう。あるのは、今だけである。この世に退屈するという余裕も無いはずである。

この重兵衛は、「小判鮫の金蔵」とよく似ている。
紋次郎と同じ牢に居たということで、テンションが上がり、憧れを持って一緒に道中する。そのいっときは、退屈ではないのだろう。
考えてみれば退屈な人生ほど、面白みのないものはない。それがいつまで続くのかが、わからない。そんなことなら自分の人生を、賽子に賭けてもいいのではないか、と思う重兵衛の気持ちもわからなくはない。

なぜ危険な状況になるかもしれないのに、その道を行くのか。原作と同じ説明が、芥川さんのナレーションで行われる。
渡世人というものは、表街道ばかりを歩くとは限らない。とにかく最短距離を行くのが鉄則である。そのためには抜け道や間道の悪路、難路でも行くし、川も歩くし山越えもする。
亀穴峠の麓の山辺村を通過する道を選ぶと、十石峠街道を行くよりは、3分の1ぐらいに距離が短くなる。

二人は同じ道を行き、掛け茶屋に入る。
紋次郎は「豆餅と煮込みうどんを……」と店の親爺に頼む。重兵衛も「あっしも、おんなじ物を頼むわ。」と「おんなじ物」を強調するあたり、紋次郎への憧れが見える。
店には先客がいて、店の親爺と亀穴峠の八郎の話をしている。
紋次郎は重兵衛と床几に座り、聞くとはなしに聞いている。

紋次郎が脚を組んで座っていることに、違和感を覚える。敦夫さんは脚が長いので、その姿はそれで美しいのだが、今まで床几に脚を組んで座ったことがあっただろうか、と細かい事だが疑問に思った。

先客は60歳過ぎの身なりのきちんとした男で、八郎が召し捕られた様子を喋っている。
年季が明ける姉のお春を迎えに、倉賀野の宿外れで一人突っ立っていたのを訴人され捕まった。八郎は、死んだ父親の格子柄の片袖を掲げて、目印としていた。ここで映像が入る。

(大分歳を食った……笑)八郎が遠くを眺めやるようにして立っている。手にする棒きれには、木綿の茶色の片袖がくくりつけられている。
日没後の空の色合いが美しい。藍色のグラデーションは、下方にいくに従ってうっすら赤みを帯びている。八郎の足元は照明が施されているが、バックの山の稜線や八郎のシルエットなどが影絵のように美しく、叙情的である。

亀穴峠の兄弟たちは、姉の年季明けを、一日千秋の思いで待ち続けていた。その中でも末っ子の八郎は姉に可愛がられていただけに、姉への思慕が強く単独行動に出てしまったのである。
八郎を捕らえたあとは、残りの兄弟たちもおびき寄せて一網打尽……というのが、代官陣屋の考えだろう、怖ろしい話だ……と客は噂話を終える。
そのとき、向こうから軽い旅装の女がやって来る。粋な感じの年増……多分水商売の女。

「すいませんね、旦那様。」と華やかに笑い、床几に腰を下ろす。
旦那様と呼ばれた客は声をひそめて女に確認する。
「うまく運んだようだな。」
ここでドラマの冒頭のシーンとつながり、この女の正体が大体わかる。

原作では先客としてこの二人は初めから一緒にいて、八郎の話はこの女が店の親爺に喋っている。

「いじらしい心根じゃありませんか」
「それを訴人するなんて、世の中には薄情者もいるもんですねえ」
と同情する風情で、女はずっとしゃべり続ける。
同席する男は「藤岡の織物問屋、田原屋」の隠居で、金持ちで有名とある。女はその隠居の囲い者のようである。

第24話「 虚空に賭けた賽一つ」(中編)
*上記の写真は洛西にある「竹林公園」

掛け茶屋を出た二人は竹林を歩く。この竹林はかなり整備されていて、大切に育てられている様子が見える。ロケ地はどこだろうか。洛西あたりの竹林だろうか。道端に見える小屋は土壁に瓦葺き……しかし瓦がかなり新しく現代風である。

ここで重兵衛が「どうしても、こっちの道を行きなさるんで?」
と紋次郎に訊く。紋次郎の意志は堅い。
「ひとつ、あっしの賽に尋ねてみやしょう。」と賽を振って手の甲に伏せる。
丁なら考え直す、半なら前に進むと決めるが、出た目は「三六の半」。
「半になるように仕掛けたんでござんしょう?」と紋次郎がすかさず言うが、
「いかさまはいけねえや」と重兵衛は認めない。
危険であっても、重兵衛は紋次郎と旅を続けたいのであろう。退屈な重兵衛にとっては、スリルを味わうのも暇つぶしにはいいのだろう。

前に進んですぐに、風切り音が聞こえ矢が飛んでくる。二人は咄嗟に身をかわす。どうも亀穴峠の兄弟が放った矢らしい。しかしどうして兄弟たちから命を狙われるのかが、わからない。
重兵衛は心細そうに
「胸騒ぎがするので、もう一度賽に訊いてみやしょう。」と賽を振って手の甲に伏せる。
「四と二」。いわゆる「死に目」という縁起の悪い目が出る。
「今からでも遅くはねえ。引き返しやしょうよ。」と震える声で引き留める重兵衛に、
「そんな訳にはめえりやせんよ。」と取り合わない紋次郎。

ひそめていた身体を起こし立ち上がった瞬間、「危ねえ!」という重兵衛の声。紋次郎は咄嗟に横に身体をかわすが、同時に重兵衛の胸板に竹槍が突き刺さる。竹槍は完全に胸を貫通している。紋次郎が身をかわした結果、重兵衛に竹槍が刺さったことになる。竹林の中を走って逃げていく人影。
紋次郎はそのことを詫びるが、重兵衛は
「気することはねえ……紋次郎さんの身代わりに死ねるなんてのは、悪かねえ気分ですぜ……。」
と苦しい息の中、答える。
連中は明らかに紋次郎の命を狙っている。
陣屋の門を出たところで、手代から金を受け取った紋次郎の姿が、訴人して報酬をもっらているように見えたのだろう、と重兵衛は解いてみせる。脂汗が光り苦悶する重兵衛の顔。橋本さんの熱演である。
「おいらの賽のいうことも、満更じゃねえでがんしょ?賽の目の重兵衛、これで思い残すことはねえ……。」
と言い残し、事切れる。

原作での重兵衛も台詞はよく似ているが、その表情には微かな笑いが漂っている。そして苦しい息の中でありながら、紋次郎に諭している。

「おいらにしたって、おめえさん同様に明日をも知らねえ流れ旅の毎日だったが、命を粗末に扱ったことは一度もねえ。好んで危ねえ橋を、渡らねえでおくんなせえ」
「へい」
「おいらの賽の言うことも、ちっとは聞いてやってもれえてえ」
「へい」
「紋次郎さん、おいらもこれで死ぬほど退屈しなくてもすむことになりそうだ」
(原作より抜粋)

死ぬ間際にありながら、紋次郎を気遣う重兵衛である。そして退屈だった日々も終わる。
紋次郎の身代わりで死んだ者は何人もいるが、誰も未練がましいことを言わないところに救いがある。

紋次郎は無言で、落ちていた賽子の一つを重兵衛に握らせ、もう一つを自分で握りしめる。

だが、あれほど重兵衛が「この先は行かない方がいい」と賽の目で訴えたのに、結局紋次郎は前に進む。テレビ版では、紋次郎の心内がわからないので、頑固者としか映らないだろう。
原作では、なぜ紋次郎がそれでも引き返さないかが述べられている。

「この道が危険だからと引き返せば、安心できるというものではなかった。前へ進んでも危険なら、後退しても無事ではすまない。つまり、安心ばかりを選んで生きるということはできないのが、無宿の流れ者、渡世人なのである。
行く手にあるのも『無』、引き返してもやはり『無』であった。だからこそ、前へ進むほかないのである。妨げる者がいたら斃し、自分が逆に斃されたら死ぬまでのことだった。」
(原作より抜粋)

厳しい生き方である。いつも死を覚悟していなければ、生きていけない。
賽の目通りに動こうが、無視しようが、どっちにしろ『無』の世界を歩く身なのである。
原作の冒頭部分にあった『闇』と同じである。闇の中であれば、前も後ろもない。見えないから、他人がいるのかもわからない。あるのは『今』であり『我が身』だけなのである。しかし、何もない『闇』の世界にいる自分も、本当に存在しているのか疑わしくなる。哲学的である。

この後、亀穴峠の兄弟7人と紋次郎との死闘が繰り広げられる。元はと言えば、誤解から始まった闘いであるので、紋次郎にとっては理不尽なことである。そして理不尽なことで、全く関係のない重兵衛が死んだ。
しかし、紋次郎がいくら説明をしたところで、連中は冷静に耳を貸すこともないだろう。まさに「賽は投げられた」状態である。
(後編に続く)

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Re: 第24話「 虚空に賭けた賽一つ」(中編)

綺麗な紅葉の写真だなあ!
内容読む前に、ずっと見とれてしまいました。

「退屈」の意味するもの、紋次郎の足の組み方などは、私は気が付きませんでした。
お夕さんの観察力と洞察力はさすがです。

この小屋の有る竹薮風景、見覚えが有ります!
私が洛西在住時、スケッチしたものとそっくりです。
特に、ラスト近くで出てくる、四角い小さな窓に竹の格子がある小屋。
この窓の形からして、間違いなく昔これをスケッチしました。

場所は…30年前の記憶なので不確かですが、長岡京の奥海印寺近辺だったように思います。(少し自信なし)
川久保採石場からも近いです。
洛西に暮らした紋次郎ファンとしては、この地を見つけなければ気が済みません。
うちの家の墓がこの近くにあるので、今度墓参りに行った時に探索します。

紋次郎がこの道を引き返さない理由を、原作でもテレビ版でも述べており、一応筋が通っているようですが、「ちょ、ちょっと待って欲しい」です。
茶屋での先客の話は、紋次郎の耳に入っていなかったのでしょうか。
「八人兄弟ってのは一日千秋の思いで、姉の帰りを待ち侘びていたんでしょうね」
「それで兄弟のうちの何人かが、倉賀野まで迎えに出て、姉ちゃんを待ち受けていたんでございますね」
「いじらしい心根じゃありませんか」

この会話を聞いて、紋次郎はなんとも思わなかったのか、『姉』という言葉に何も反応しなかったのか。
私としては、上記の「この道を進む理由」よりも、自分とこの兄弟を重ね、「あっしはつまらねえことで命の遣り取りはしたくねえんで」と踵を返して欲しかったです。
目的を持たない紋次郎にとって、前へ進むか後ろへ戻るかは、お天道さまの位置が逆になるだけで、同じ事のはずです。
(まあ、それではストーリーが進まないですが)

竹林公園にも行かれたんですね。
私のかつての生活エリアの写真が、お夕さんのブログに登場するととても嬉しいです。

  • 20121203
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第24話「 虚空に賭けた賽一つ」(中編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

今年の紅葉は、殊の外美しかったです。
ここは白洲正子さんが愛した寺の庭で、小堀遠州が造ったとされています。

あ、やっぱり洛西ですか。
住んでおられたTOKIさんが仰るんですから、確かだと思います。
しかもスケッチされていたかも……?
紋次郎ワールドが、呼び寄せたんでしょうか(笑)。
きっとアンテナが、働いたんでしょうね。

道を進むか引き返すか……。
これは結構、紋次郎の気紛れもあるように思います。
危険だとわかっていても進むことがありますし、長居することや、あっさり引き返すこともあります。

姉を待つ、兄弟の心情を察するような表現は、原作にはありませんね。
「訴人の引っかけ」とわかっていて、取り締まりが厳しいはずなのに、なぜそちらに向かうのか。私はそちらの方が不思議に思いますし、賢明な紋次郎らしからぬ判断だと思います。

以前村人に、進む道に役人が出張っていると聞かされ、来た道を引き返したことがあったはずなのに……。
今回はどうだったんでしょうねえ。

京都は、どこもかしこも観光客でいっぱいだったでしょうが、この竹林公園はほとんど無人でした。紅葉の季節に、竹林を観る人はあまりいないのでしょう。
昔はこの周辺には、もっと竹林があったそうですね。
「新……」が始まる少し前から、ニュータウンの入居が始まったようですが、撮影時にはまだあちこちにロケ地になる場所が残っていたのではないかと思います。

いいところで、青春時代を過ごされましたね。

  • 20121203
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第24話「 虚空に賭けた賽一つ」(中編)

見事な紅葉で目も心も癒されます。
竹林は山の急なところしかないと思いましたが、平地にでもあるのですね^^。筍取りの人から聞いた話ですが・・これだけの文章を書かれることはお疲れになるでしょうね^^。感服仕切りです。!

  • 20121204
  • 荒野鷹虎 ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第24話「 虚空に賭けた賽一つ」(中編)

鷹虎さま、コメントをいただきありがとうございます。

北海道は、本格的な冬景色でしょうね。
この写真のお庭は今頃、苔の上に紅葉の絨毯だと思います。
日本に四季があって、本当に幸せですね。

いつも駄文を長々と連ねて、すみません……。

  • 20121204
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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