紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「お控えなすって」

日々紋次郎 「お控えなすって」

日々紋次郎 「お控えなすって」

お控えなすって、お控えなすって、早速のお控えありがとうござんす。
手前、紋次郎兄貴に惚れ込んで渡世の道に入りやした若輩者、「お夕」と申しやす。

あっしが紋次郎兄貴と出会いやしたのは今から37年前、あっしは鼻垂れの13歳でござんした。(恥ずかしながら歳がバレちまいますが)週に1回、土曜日の10時半からの短い出会いにいつも胸をときめかしておりやした。何せ13歳という多感な時期に、紋次郎兄貴という究極の渡世人にお出会いしやしたんで、のめり込みやしたねえ、いろんな事に……。

まず、紋次郎演じる中村敦夫さん。紋次郎放映後のほとんどのドラマを観させていただきやしたねえ。その頃といいやすとあっしと同年代のお人が興じていやしたのは「中3トリオ」(山口百恵・桜田淳子・森昌子)だの「御三家」(西城秀樹・郷ひろみ・野口五郎)だの……。
そんな中、32歳の渋い敦夫さんに惚れ込んでいるなんてこと、小心者のあっしには兄弟分にも言えやせんでした。
あの時はわからなかったんでござんすが、今思いやすと「男の色気・美学・哀愁」に心を奪われていたんでござんすね。という訳でいわゆる「男の子」には全く興味がござんせんでした。

読む本といえば「木枯し紋次郎シリーズ」(講談社発行の単行本)に始まり、「御子神の丈吉シリーズ」「潮来の伊太郎シリーズ」「さすらい街道」「雪に花散る奥州路」「地獄を嗤う日光路」「見かえり峠の落日」……などの股旅物の他に「地獄の辰シリーズ」やミステリー小説などにも手を出しておりやした。結構、笹沢氏にもはまりやしたねえ。あと、松本清張氏の「無宿人別長」「佐渡流人行」も読んでおりやしたか……。そうそう、村上元三氏の「次郎長三国志」も好きでござんしたねえ。およそ女子中学生が読む代物ではござんせん。ちょっと変わったところでは、笹沢氏の「紋次郎の独白」というエッセイ集も好きでござんした。
敦夫さん著「渡世人気質」なる本も購入いたしやして「モンジロー語」で書かれたエッセイはお気に入りでござんした。と言うわけで、あっしの拙ブログ名もそれに因みやして「紋次郎気質」というタイトルになりやしたんで。「雪に花散る奥州路」「紋次郎の独白」「渡世人気質」につきやしては、花風鈴姐さんのブログに、恥ずかしながら書籍の紹介をさせていただいておりやすんで、お暇でござんしたら覗いてやっておくんなせえ。

http://blogs.yahoo.co.jp/hirosigerubi3/47204173.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hirosigerubi3/46114258.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hirosigerubi3/45077727.html

「渡世人気質」や「紋次郎の独白」に感化され、「モンジロー語」にはまりやして、当時大学ノートに渡世人言葉でエッセイのまねごとを書いておりやした。さすがに残ってはおりやせんが、今も同じようなことをしているんで、成長してねえというかまだまだ修行が足りねえようでござんす。

さてあっしが紋次郎兄貴に出会い、盃を交わしてえぐらいその生き様に心酔していた9月、あっしは危うく命を落としかけやす。
交通事故でござんした。登校中に軽トラにはねとばされ、頭部を強打、意識不明、脳内出血、1ヶ月近く寝たきり、後遺症が残るかも……
散々な目に遭った訳でござんすが、不思議と自分は冷静でいられやした。
今思いやすと、これも紋次郎兄貴に出会っていたからでござんしょう。
「死ぬときが来たら黙って死ぬ」「死んじゃいねえから生きている」
兄貴の死生観を、幼いながらも少しはわかっているつもりだったんでござんしょうねえ。ジタバタしても仕方ねえ、なるようにしかならねえってんで、腹くくってましたねえ。今の方がジタバタしそうで、情けねえ話でござんす。
そんなこんなで長いこと病院に草鞋を脱ぐ羽目になっちまったんですが、何としても第2シーズンの紋次郎兄貴に会いてえが一心でリハビリをしておりやした。兄貴のお陰でハリができたんだと思いやす。感謝いたしやす。

中学3年生の修学旅行……確か江戸方面?だったかと思いやすが、ほとんど覚えておりやせん。相州方面も行ったような……。しかし覚えていることがたった一つだけありやす。
ほとんどみやげは買わず(浮いた分、本を買っておりやした)、自分のみやげとして買った物といえば、布製の巾着と長い煙管!?
巾着は紺地に黒い縞模様、ファンの方ならおわかりかと……そう、紋次郎兄貴の合羽の模様と同じでござんす。
煙管と言えば「暁の追分に立つ」のお梶姐さんでござんす。クルクル回すことぐらいはできるようになりやしたが、アブや蝿までは落とすことはできやせんでした。
好きな花と言えば野菊、桔梗、竜胆……(いずれも原作や紋次郎に関係しやす)、特に青い花が好きになりやした。そういえば一時期コンニャクを食べない時期もあったような……(今は結構好きでござんす)

当時、土曜日の10時半になりやすと、もう大変でござんす。集中して観るために部屋は真っ暗にして、誰も寄せ付けず一人でテレビを独占しておりやした。オープニングから次週予告が終わるまで、それこそ「目を皿のようにして」状態でござんした。しまいには、おとっつあんに懇願して三脚とカメラを用意してもらい、テレビ画面をモノクロで撮るなんて真似までしておりやした。録画なんぞできる世の中じゃござんせんからねえ。涙ぐましい努力でござんした。その点今の世の中は、幸せでござんすねえ。

主題歌を歌う「上條恒彦」さんにもはまりやして、レコードを何枚も買いやした。ファンレターも出しやして、自筆の返事が来て喜んでおりやしたっけ。中3の頃でござんして「受験勉強、がんばれ!」と書かれていたように記憶しておりやす。ありがたいお言葉に励まされ、一応がんばらせていただきやした。

不思議と「中村敦夫」さんにはファンレターを出そうという気持ちは起こりやせんでした。まず、「天上の人」としか思っちゃおりやせんでして、畏れ多いことと思っておりやした。13歳そこそこの餓鬼からファンレターをもらっても嬉しかねえだろうなあ、とも思っておりやした。憧れのお人ではござんしたが、とても同じ世界におられるようなお人ではござんせん。存在するけれど実在していないといった感覚でござんした。(わかったような、わからないような)
とにかくあくまでも、ブラウン管の向こうにおられるお人だったんでござんすよ。

最終回の「上州新田郡三日月村」を見終わったときは、放心状態だったように思いやす。もう二度と紋次郎兄貴に会えねえかと思うと、本当に哀しゅうござんした。
「中村敦夫」さんとはその後、林中、右京、先生、竜五郎といろいろな形で出会わせていただきやしたが、やっぱり中村紋次郎が一番でござんしたねえ。

おっと、自分語りばかりにお付き合いいただいたようで、申し訳ござんせん。
懐かしさのあまり、長居をいたしやしたようで、そろそろお暇させていただきやす。

今後ともよろしくお引き回しのほどをお願いいたしやす。
どちらさんも御免なすって……。

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Re: お控えなすって

お夕様。こんばんは。あっしは若輩者で修行が足りず、お夕様のように渡世人言葉を使いこなす程の技量もセンスもないので、普通の言葉で御免こうむりやす。((+_+))実は、この記事を会社の自分のデスクのPCでこっそり読んでおりまして、笑いをかみ殺すのに苦労しました。いや~最高っす!しっかし、なかなかに渋い中学女子だったんですね。私はと言えば生まれて初めて好きになった芸能人が加山雄三。映画「若大将」シリーズを見てしびれました。そして、中学時代がGSプーム。タイガース。テンプターズ、スパイダースetc。中三でピーターに狂い、高校時代は「青いリンゴ」の野口五郎。わりかし正統派(?)の女子でしたか??でも、番外で中二で「プレイガール」の沢たまき「おねい」に憧れ、レコード会社に手紙を書き送り、沢たまきについて問い合わせたり、「ベットで煙草を吸わないで」とか「星の流れに」などの何とも荒んだ女を歌ったレコード買いましたっけ・・(笑)

Re: お控えなすって

私の紋次郎遍歴もほぽ花風鈴様と同様です。リアルタイム当時は「あれ?何か違うぞ」と言う感じで、番組を意識して、その後何回かあった再放送も見ていましたが、まだまだその魅力が分かる域に達しておらず、やっと今紋次郎の男の魅力が感じられる年代に達したと言う所でしょうか。(遅すき゜~)((+_+))そして、その価値観・死生観にしみじみこんなに奥の深い作品だつたのねぇ・・と日々感じ入っています。遅ればせながら紋次郎に関する物を買いまくっている今日この頃です。ネットの功罪は多々あれど、やはり本当に便利ですよね。ネットのお陰でこうして紋次郎ファンの方々とお知り合いになれて本当に感謝です。

Re: お控えなすって

shinnosuke姐さん、草鞋を脱いでいただきやしてありがとうござんす。
あっしも、流行病の如く紋次郎兄貴に再び魅せられやした。37年前に罹患したときより、症状は重いようでござんす。潜伏期間が長かった分、重くなっちまったんだと思われやすねえ。
37年前と違い、今はいろんな親分さんや姐さんとすぐにお近づきになれやすんで、電子瓦版の縄張りはすげえモンだとつくづく思いやすねえ。
あっしも電子瓦版の渡世に入って、まだまだ日が浅いモンでして、あたふたの連続でござんす。とにかく息切れしねえように、がんばりてえと思っておりやすんで、今後ともよろしくお願いいたしやす。

  • 20090702
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: お控えなすって

お邪魔いたしやす。
お夕さんの筋金入り紋次郎フリーク、そして渋すぎる中学生時代じっくり拝見いたしやした。
あっしなんぞは最近、本を読み始めた未熟者にござんす。
ですが37年前、紋次郎の生き様を羅針盤にしようと決意した気持ちに少しもブレはござんせん。
今の世の中、イジメや人間関係で虚無感に苛まれてるお方が多いとか。例えば最近では大学教授をメッた刺しにした教え子がおりましたが、この事件にしても、チョッとは人との関わりを期待したためのものであって、いっそ人との関わりなどハナから持たないといったところから始めて、その先はそれから考えるといった姿勢で良かったんじゃないかと思うんですが如何なもんでござんしょうか。

Re: お控えなすって

お夕さん、こんにちわ。
本当に同じ時期に同じような想いを持ってたんですねぇ。
私はとんでもない田舎に住んでいたんですが、父が印刷工場をやっていて、今の家電芸人のように新しい家電好きな人で、当時はまだ珍しかった「電子レンジ」「業務用クーラー」畳一畳分もあった「ステレオタイプオーディオコンポ」観音開きの家具調の扉のついた「大型TV」などなど家にありました。おかげでテープレコーダーも自由に使えて「木枯し紋次郎」の音声を録音したり出来たのでした。
当時木枯し紋次郎の音声を録音して聞いていたという方を他に二人ほど確認していますが、カメラで画面を撮ったというのはお夕さん以外知りません。まだカメラも高価だったと思います。
各々の家で使える物でどうにか紋次郎を残したいと思う「乙女心」がいじらしいぐらいですね。
成長期の交通事故は大変でしたね。良くご無事で快復されたと胸を撫で下ろしました。
私は祖父が残した米屋を、印刷工場の仕事の傍ら切り盛りしていた母の手伝いをしていて、よく自転車で米の配達の手伝いをしてまして、重い米を担いでいたために「腰椎分離症」を患い、腰痛で中学・高校は体育の授業は見学でした。今もこれで足が時々痺れたりします。
辛く悲しい事もあったように記憶していますが、今はただ何もかもが懐かしく、そしていい思い出だったように感じます。

  • 20090703
  • おみつ ♦aiP0wTO2
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Re: お控えなすって

桐風庵さま、コメントをいただきありがとうござんす。
紋次郎兄貴の生き様から学ぶことは、多々ありやす。
自分から繋がりを持とうとすると、やはり何かしら期待をしてしまいやす。見返りが自分の期待通りじゃねえと、裏切られたような気持ちになったりしやす。見返りを求めたりするぐらいのケチな根性しか持てねえ輩は、変に関わりを持たねえ方が賢明でござんしょう。
他人様に何かをしてあげて、「こんな良いことをしてあげた」と思うこと自体が、もう、自己満足でしかねえんではないかと思いやす。
紋次郎兄貴は今まで、命がけで修羅場をくぐってきやしたが、報われたことはござんせん。しかし、誰かの為にという思いは持ち合わせておりやせんし、全て自己責任の下、自分だけの倫理観だけで行動した結果でござんす。だから、見返りは求めることはねえんでしょうが、それにしてもいつも、結末は哀しいものでござんすねえ。

  • 20090703
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: お控えなすって

おみつさま、コメントをいただきありがとうござんす。
今と違いやして昔は何をするにしても、手間暇がかかりやしたねえ。あっしも田舎暮らしでござんしたから、本屋に行くだけでも相当労力がいりやした。
紋次郎シリーズも本屋にねえ時は、紙に本名を書いて渡し取り寄せておりやしたが、未だに店番の婆さんの、胡散臭そうな顔つきが忘れられやせん。
しかしながら、手に入れたときの嬉しかったことと言ったら……。家族が遊びに出かけるのにもついて行かねえで、自分の部屋で独り作品世界に浸っておりやした。親からしたら、やりにくい変な娘だったろうなあ、と思いやす。
そしてその延長として今、どんな大年増になっちまったんだろう、と自分の姿を振り返っていやす。が、元来あんまり深く考えねえ質なんで、「ま、このままでいいか」と思っておりやす。
職場では「仕事に対する将来設計を考えよ」なんて、あっしが一番苦手としておりやすことを指摘されやしたが、無視しておりやす。
「昨日のねえあっしにとって、明日を考えることなんぞござんせん」

  • 20090703
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: お控えなすって

お夕様。こんばんは。お夕様の言われる「存在しているけど、実在していない」と言う感覚、本当によく分かります。仏門に入る事を「生きながら死ぬ事」と瀬戸内寂聴さんがおっしゃっています。紋次郎のストイックな生き方はまさに、僧侶のようですね。すべての欲望をそぎ落とした、そんな人間は邪悪な人間から見たら脅威なのでしょうね。金にも女にも権力にも買収されない。だからこそ却ってもっと裏があるのではと猜疑心を持つ。自分の心の鏡が汚れているから、写るものも汚れて見えるのでしょね。これでもかと言うほど、人間のエゴを見せつけています。それを紋次郎と対比させているのですね。笹沢氏の作品のどれもに通じるテーマですね。

  • 20090707
  • sinnosuke ♦jaI2r6P2
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Re: お控えなすって

続き。これまた寂聴さんの文章から引用します。「しょせん、人は他人に頼ってもダメなのです。独りで生まれ独りで死んで行く人間は、自分を頼れるものとして鍛え上げるしかないのです。」
まさに!紋次郎の人生哲学だぁ~!!(笑)自分を見失い何かにすがろうとしている人々。紋次郎を教科書に載せましょう・・なんてね。

  • 20090707
  • sinnosuke ♦Mf4VKWco
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sinnosukeさま、コメントをありがとうござんす。
最近の事件を見てやすと「ムシャクシャして」「人生がイヤにになって」「遊ぶ金が欲しくて」「無視されてカッとなり」etc…
本当に情けなくなりやす。
紋次郎兄貴は生き甲斐もなく、明日のあてもなく、信じられる人もありやせん。しかし自暴自棄にはならねえ、堅気衆には迷惑をかけねえ、自分を絶対に見失なわねえ……
生き方が実にカッコいいんでござんす。自分には生きる価値はねえと思っておいででござんすが、常に渡世人としての誇りは忘れやせん。どんな状況であろうと頑なに、一本筋を通しやす。それはやはり自分を信じているからなんでござんしょうねえ。

近々、その辺りのことを記事にしてみてえと思っておりやす。

  • 20090707
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: お控えなすって

お夕様

ここに来ておられる方のコメントを拝見すると、紋次郎は大人のためのドラマだなあと感じますね。
その魅力を中学生でわかっていたお夕さんは、当時から、大人の感性を持っていたのではないでしょうか。
中学生の時の事故は、かなり重かったのですね。後遺症に無縁で、本当によかったですね。
彼に逢いたいがためにリハビリを頑張った・・・私なりに気持ちがわかります。私も素敵な人に会えて助かりました。
彼にまつわる品物を買いたい気持ち、私もわかります。今年の夏に私が買った、腕に嵌める日焼け除け(名前、何というのは忘れました)、紋次郎の手っ甲にそっくりです。「紋次郎が着けているのにそっくり」と思うたびに、幸せな気分です。
また、いつ来られるかわかりませんが、お邪魔しに来ます。私へのコメントは、気にしないでくださいね。

  • 20090810
  • 花風鈴 ♦-
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Re: お控えなすって

花風鈴さま、コメントをいただきありがとうござんす。
実は中学生の頃から、精神年齢が変わってねぇようで、修行が足りねぇ身でござんす。
先日宿場町に参りやしたとき、草鞋を見つけやしたんですが、買いそびれてしまいやした。今それが、一番心残りでござんす。
それと、ツバの大きい帽子を被るときは目深に被り、三度笠の気分を味わっておりやす。
他人様から見れば、他愛ねぇことかもしれやせんが、こんなことを喜んでいるなんてやっぱり成長してねぇんでしょうねぇ。

  • 20090810
  • お夕 ♦wikz35BA
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