紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」
東海道の御油から掛川までの裏街道として「秋葉山みち」(秋葉街道)があります。東海道は海岸線を歩きますが、秋葉山みちは山岳道です。
紋次郎はあまり東海道を利用しません。東海道には厳しい関所がありますし、大きな川もあります。また大名の御城下も数多くありますので、何かと警備が堅固。無宿の流れ者にとっては敬遠したくなるものでしょう。
この秋葉山みちが出てくる作品には「雷神が二度吼えた」があります。

「東海道を御油から、北にそれる。とたんに、東海道の賑わいが、嘘のように感じられる。」
から始まる「雷神が……」ですが、多分前の宿場「赤坂」も通過しているのではないかと思います。

赤坂宿と御油宿は極めて近く、16町(約1.7㎞)しか離れていません。五街道細見によりますと、御油には「この宿売女あり」赤坂には「ここにも昔より遊女ありし所なり」とあります。宿引きの留女や飯盛女については「東海道中膝栗毛」や広重の「東海道五十三次」にも出てきます。この両宿は距離が短く、集落も小さかったので、宿泊客を確保するための手段としてたくさんの飯盛女がいたようです。
赤坂宿は、享保年間では83軒もの旅籠があったといいます。

紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

以前から、赤坂宿で気になっている所といえば「大橋屋」さんです。広重も描いたという大橋屋さんは、東海道で今も営業を続けている唯一の旅籠です。
創業は慶安2年(1649年)、現存する建物は正徳6年(1716年)の建築と伝えられています。創業時の屋号は「伊右エ門 鯉屋」というそうで、五街道細見では「三ツ井伊右衛門」とありますが、それでしょうか。

紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

大分前に一度、宿泊の電話をしましたが、泊まれませんでした。今回は違うところに宿を取りましたので、外から眺めるだけです。いつかは泊まりたいと思っていますが、1日2組ということですので、難関かもしれません。

紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

赤坂宿から御油宿に向かいます。途中に関川神社に寄りました。なかなか雰囲気のある神社で、宿場をずっと護ってきたのでしょう。

紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

この神社の楠は町内一の巨木で、推定樹齢は約800年だということです。暑い日は木陰で旅人が涼をとったことでしょう。年末ですので、お堂の前には門松が用意されていました。

紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

さて御油といえば、松並木です。この約600m続く松並木は、国の天然記念物に指定されています。東海道の両側にそびえる松は、徳川家康が植えさせた三河黒松(木肌が亀の甲羅のようにひび割れてているのが特徴)とのこと。

紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

実に見事な並木ですが、残念なことは車が行き交うことです。生活道路なので仕方がないのでしょうが、風情や安全面を考えると、進入禁止の方がいいように思います。
思っていたより松並木の距離があり、往復するだけでも楽しかったです。強風を防ぎ、夏は涼しい木陰をつくり、旅人も癒されたのではないでしょうか。
松にはそれぞれ番号がついていて、維持管理がされていますが、ところどころ、切られたあとの切り株だけが残されています。枯れたのか、病気にかかったのか、と少し心配。

紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

さてこの地は弥次喜多道中では、狐に化かされているかも、と半信半疑になる話が出てきます。当時は夜は暗く寂しい街道だったんでしょうね。
私が訪れたときは、公園を作る工事中で、並木に平行して竹林が作られていました。

紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

この後、赤坂や御油の留女には目もくれず、松並木を足早に通過したに違いない紋次郎のあとを追って行きます。

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Re: 紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

随分ごぶさたしています。
お夕さんやっていますね。
いやー、凄すぎます。
確かトラ狂であったとも思いますが、紋次郎一筋にこれだけ熱中されるのには頭がさがります。

私なんざー、飽きやすの好きやすだから、この惚れこみ用には驚くばかりです。

写真や記事からは風情を感じますし、全体が日本の故郷ですね。
ひょっとしたら私を含めてたくさんの日本人がこの故郷を振り返ってないのかも知れませんね。

  • 20130213
  • 小父さん ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

はい。
まだ、飽きもせずやっております(笑)。

昨年は、虎への愛はかなり薄れておりましたが、今年は強力新人も獲得しましたので、期待したいと思います。

日本の原風景は、一度失われると二度と戻ってきませんので、大切にしたいものです。
そういうところに身を置くと、心の底からホッとします。

  • 20130213
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

紋次郎好きだけに、江戸気質の古い人間です
陰暦正月を迎え、はや四日目
明けましておめでとうさんにござんす
今年もよろしゅうおねげぃ申しあげます


それにしても、お夕ねえさん
素晴らしい旅をしていなさる
1716年建築の大橋屋さんは、
あの赤穂浪士討ち入りが1701年でありやすから、そのすぐあとの建築でござんすね
歴史の重みを感じ、恐れいりやす

あっしも、京都~日本橋の全行程、自転車で走破いたしやしたが、こんなに風情のある宿場が、いだに存在しているとは、気がつきやせんでした

以後、宿場を通過する際には、注意深く散策いたしやす

では、今年もよろしゅう
お頼み 申しやす

ごめんなすって

  • 20130214
  • makkun4 ♦v8iNFFOw
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Re: 紋次郎の影を追う「東海道 赤坂宿・御油宿」

makkun4の兄貴、コメントをいただきやしてありがとうござんす。

陰暦の正月……さすが江戸気質の兄貴。
新年、明けましておめでとうさんでござんす。
本年もご贔屓のほど、よろしゅうお頼申しやす。

京都~日本橋間を走破なすったんで?
健脚でいらっしゃる。
道中、いろんなことがござんしたでしょうねえ。
また良ければ、お教えくだせえ。

平成の世の中、今も宿場の風情を守る旅籠があること自体、驚きでござんす。
これからも旅籠を愛する旅人のために、営業を続けていただきてぇと思いやす。

こちらこそ、これからもよろしゅうお願いいたしやす。

  • 20130214
  • お夕 ♦wikz35BA
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