紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」
前回の紋影「東海道 赤坂宿・御油宿」の続きです。

「その裏街道にはいってから、点在する百姓家や田畑を見ることができるのは、豊川、新城までの五里程度であった。豊川の上流沿いに続いていた幅の狭い平野部も、新城をすぎたところで途絶えてしまう。」(「雷神が二度吼えた」原作より抜粋)

今回は新城市の鳳来峡、宇連川沿いある湯谷温泉に宿をとりました。この温泉は開湯1300年と言われ、日本百名湯にも選ばれています。この温泉地から、鳳来寺山パークウェイを上ると、鳳来寺周辺に着きます。

「門谷をすぎて、三州鳳来寺の峯の薬師への九丁の上りにさしかかった」と記されていますので、パークウェイで行くのは全くの邪道です。しかしながら、時間がないので(実は体力がないので……笑)車で山頂駐車場に向かいました。

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

この山道を行く旅人はたったの四人。先頭は道中姿の武士、堀田又兵衛、やや遅れて紋次郎。その後ろに若い渡世人、二瀬川の亀吉と旅姿のお里。この四人は全く縁もゆかりもないのですが、この後最終的には道連れになります。
途中でお里が亀吉に、大野までどのくらいあるか訊きます。亀吉は「峯の薬師をすぎてから、一里ほどで大野だぜ」と答えます。

五街道細見を見ますと、まさにその通り。「三州鳳来寺峯の薬師」と「大野」間が一里と記されています。

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

この「峯の薬師」とは、鳳来山にある鳳来寺のご本尊です。鳳来寺は702年、利修仙人が開山したと伝えられる歴史ある寺で、多数の参詣者が街道を往来したとされています。

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

また、家康とゆかりのある鳳来山東照宮も鎮座しています。日光・久能山と並ぶ三大東照宮のひとつとされる立派な構えです。

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

本来ですと、鳳来寺や東照宮への参詣者、参拝者が、この街道を往来したと思うのですが、原作では物寂しい山道といった雰囲気で書かれています。狭い街道を、善男善女がひしめく中を紋次郎が歩く……など想定外ですから、小説内ではあまり触れなかったのかもしれません。

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

表参道からではなく、まさに裏街道(笑)から訪れたのですが、年末の酷寒日。山陰では山水が凍り、つららがあちこちに見られました。いつものように、ほとんど無人状態。見かけた人は数人という、まさしく原作の雰囲気でした。

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」


駐車場から行く山道は舗装されていて歩きやすく、絶景でした。山並みが幾重にも重なる美しいグラデーションは、市川バージョンのオープニングの景色とダブります。
この景色を、紋次郎たちも目にしたのでしょう。

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

紋次郎たち四人は、峯の薬師の門前にある掛け茶屋に入ります。その茶屋でお里は、乾の重蔵の子分たちに絡まれますが、又兵衛の一喝で難を逃れます。
実際に、鳳来寺の峠道にお店はありましたが、残念ながら訪れたときは閉店でした。

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

峯の薬師から一里、南の山麓にある「大野宿」に入ります。ここは、秋葉街道と別所街道が交わっており、交通の要衝として賑わいました。今はバイパスが町並みの外を走りますので、車はほとんど通らず、静かな佇まいです。緩やかにカーブを描きながら、約600メートルにわたり家並みが続きます。

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

町の中程に「若松屋旅館」という明治元年創業の旅籠が、今も営業されているようで、興味深く前を通りました。後で調べますと「秋葉講」の定宿として、参詣する人々で賑わったとありました。また、宿泊したい旅籠が見つかりました。

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

宿場の南端には大野神社があります。宿場には必ずと言っていいほど神社があり、宿場を護っています。

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

紋次郎たち一行は、大野に着く前に夜になってしまい、鳳来山の下り路で見つけた廃屋で野宿をします。従って、大野宿は通過するだけで、残念ながら他に記述は見当たりません。
この後紋次郎たちは秋葉山みちを進みますが、掛川まで抜けられたのは紋次郎だけでした。そして紋次郎の腰には、あの名刀志津三郎兼氏が落とされることになるのです。

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Re: 紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

今の宿場街をみますと、当時はにぎわっていたんだろうな~、と想像する場所のような気がいたします。その時間がいいな、と思います。写真をみせていただいて歩いていた人々の情景とそこを行く紋次郎さんに想いを馳せました。

つららも実物はみたことがないので
珍しく思いました。

日本っていいところがほんとにいっぱいあるんだなーって、こちらに来させてもらうたびに思います。

  • 20130228
  • てのりぱんだ ♦C/Rcg83E
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Re: 紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

ぱんださま、コメントをいただきありがとうございます。

宿場と聞いただけで、俄然テンションが上がる私です(笑)。

様相が随分変わってしまっても、宿場の息遣いが残っている気がします。
そういう所を探すのが、楽しいんですね。
宿場が賑わっていたとき、どんな旅人が往来したのだろう……と想像するのも楽しいです。

有名な観光地でなく、ひっそりとした佇まいを見せる町並みが私は好きです。

  • 20130228
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

本当に、紋次郎の影をしっかり追っておられますね。
この先、もしや三宅島まで行かれるとか?
撮影地しか追ってない私は、修行が足りませんなあ。

それにしても、連なる山々の写真を見ると、頭の中で、「心は~むかし~死んだ~♪」と音楽が流れる私は、パブロフの犬でしょうか。(笑)

  • 20130301
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

追っても追っても、紋次郎サンには出逢えません(笑)。
わかっているんですが、やはり「影を慕いて」……です。

実は私は、この山並みを眺めながら、「だれかが風の中で」を実際に聴いておりました(笑)。ホント、馬鹿ですねぇ~。

♪~馬鹿は死ななきゃ なおらない~♪(笑)

  • 20130301
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

山並みの画像を拝見した瞬間,私にもOPの映像が重なりました.今はもう,紋次郎が歩いた未舗装の山道など無いのでしょうね.

モノクロの街道風景も郷愁を誘います.つげ義春の劇画にでも出てきそうな気がしました.

鳳来寺の彩色が鮮やかですね.私には青みがかった寒色系の色彩が印象的なのですが,韓国で見たお寺の色遣いを思い出しました.
利修仙人をネットで引いてみたら,百済とも関わりがあったようですね.「鳳凰に乗り、空を自由に駆け巡ることもできた」そうですから.

  • 20130302
  • トラの父 ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

トラの父さま、コメントをいただきありがとうございます。

おおっ、あのOP映像をご存知なんですか!
本当にあの映像は絶品ですものね。

モノクロ写真は、便利な時があります。
ゴチャゴチャした色彩の、人工物が映り込みそうなときは、モノクロモードにしています。

利修仙人のことをお調べになったんですね。
龍、鳳凰、鬼……私のお気に入りのものがオンパレードで出てきます。
そのくらいあの山には、神格化されても余りあるパワーを感じましたね。

  • 20130302
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

お夕さん、ご無沙汰しておりますうちにめっきり春のご様子で
なにやら楽しくなっています。

お夕さんのツアコンでこの宿場街訪ねてみたくなっていますのよっ、笑

紋カフェも1年経ちましたか〜、まさに光陰矢の如しですねぇ〜、
中村紋次郎殿とお夕さんの紋次郎節はご健在で真に嬉しいものです。

啓蟄 の丁寧なご説明ありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお頼申しますぅ〜

  • 20130308
  • 淡青 ♦pDmV/urE
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Re: 紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

淡青さま、コメントをいただきありがとうございます。

仰るとおり、毎日があっという間に過ぎていきます。
ついこの間、「早く紋次郎の季節になって欲しい。」と木枯らし一号を待っていたのに、もう啓蟄が過ぎ去りました。

紋次郎サンにとっては、めぐる季節など一顧だにしないでしょうが……。

こちらこそ、これからもよろしくお願いしますね。

  • 20130308
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

お夕さん、拙ブログの第一号コメント有難うございます。勢い!に乗って作っちゃいました(笑)

「信長のシェフ」を見ると「時代劇の灯は消えじ」という言葉が浮かびます。今年は時代劇の当たり年で、ドラマや映画が目白押しですが、2月のTV朝日の「上意討ち」を見て暗澹たる気分になりました。役者が古すぎるし、内容が辛気臭い。視聴率が未公開なので数字も悪かったのでしょう。NHKの「塚原卜伝」も主役が剣豪に見えないし、殺陣がコントか!と思え一話で脱落。

時代劇の衰退は、昭和の時代劇スターに頼り過ぎ、新しい時代劇スターを育てなかったのが原因と思っています。やはりドラマのヒットには物語の面白さは勿論、絶妙な配役が肝。木枯し紋次郎も中村敦夫さんでなければあれほどのヒットになってないし、信シェフもミッチー信長でなければどうなっていたか。

今は信長公と俳優・及川光博に注目し、鋭意研究中です(笑)

四月のフジTV「女信長」来年のNHK大河「黒田官兵衛」の信長、そして今夜の「火天の城」椎名桔平信長、楽しみです。

  • 20130309
  • おみつ ♦suWcSb.M
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Re: 紋次郎の影を追う「鳳来寺峯の薬師 大野宿」

おみつさま、コメントをいただきありがとうございます。

「火天の城」は、やはり地元住人としては映画興行に少しでもお役に立たねば(そんな大層な)と、映画館に足を運びました。

美術監督は、あの西岡善信さんでしたね。
CGが結構使われていたり、アクションシーンは必要だったのか?とか、いろいろありますが、いかに安土城築城が大変だったのかがわかりました。

今は石垣と礎石だけが残っている状態ですが、山頂からの景色はなかなかいいです。
信長もこの景色を眺めたのかなあ、と思うとワクワクします。もっとも、かなり地形は変わってしまってますが……。

「徳川家康と三人の女」では5年前、敦夫さんが信長でした。年齢的にはちょっと無理がありましたが、貫禄があって良かったです。

  • 20130310
  • お夕 ♦wikz35BA
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