紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年) その一

「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年) その一
先日、スカパー!の「時代劇専門チャンネル」で、「帰って来た木枯し紋次郎」が放映されました。ヒロインの「坂口良子さん」が急逝されたので、追悼の意味もあったのかもしれません。
ビデオで持っていたのですが、改めて録画をして見直しました。やっぱり何度観てもいいです。

しかし紋次郎が帰って来てからも、はや20年経っているんですねぇ……。感慨深いものです。

今回は久々に……って、2回目なんですけど、「お夕」と「ユッピー」の対談形式で語りたいと思います。

「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

〔対談者の紹介〕

お夕(リアルタイムの中村紋次郎を愛してやまない大年増)

ユッピー(木枯し紋次郎って何者?時代劇もほとんど観ないしキョーミないし……という今どきの女子)

*********************************

ユッピー「お夕姐さん、帰って来たってなってますけど、何年ぶりに帰って来たんですか?」

お夕「そうさねえ、『市川崑』と銘打っての作品からっていうと、ざっと20年ぶりってことになるかねぇ。」

ユッピー「へえ~、20年経って、またどうして?」

お夕「市川監督は、16ミリで撮ったドラマ編だと年が経つと画質が落ちるってんで、どうしても35ミリでもう一度撮 りたかったって話だよ。」

ユッピー「紋次郎の日本風景の映像美にこだわってってこと?」

お夕「そうそう、それをハイビジョンに転換して、『永久保存』したかったってことだよ。」

ユッピー「市川さんって、セルフリメイクの作品も何本かあるみたいだけど、これもそんな感じなのかなあ。でも、 敦夫さん、ビックリだったでしょうね。」

お夕「そりゃ、そうだよ。『昔の名前で出ています』ってなもんだよ。」

ユッピー「なに、それ?意味わかんないし~」

お夕「例えが古すぎたかね(笑)。敦夫さんの気質から言うと、マンネリ化が嫌で、いつも新しいことを目指すって お人だからねぇ。もうとっくに、紋次郎からは足を洗ったって思っておいでだったろうからね。
でも心を動かされたのは、『永久保存』っていうところだったみたいだよ。」

ユッピー「やっぱり敦夫さんも、あの映像美にはこだわってたんだ。」

お夕「監督をはじめ、スタッフも役者も、あの作品に惚れ込んでいたってことだねぇ。」

「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一"

ユッピー「スタッフって言えば、20年前と同じ人がいたってこと?」

お夕「そうだよ。有名なところでは、美術は西岡さんだし、殺陣は美山さん。美山さんは、当時体調が悪くて点滴を 受けながら、殺陣の指導をしていたってことだよ。こりゃあもう、執念に近いねぇ。」

ユッピー「当時の敦夫さんは、おいくつだったんですか?」

お夕「1940年のお生まれだからねぇ、撮影当時は52歳だったんじゃないかね。」

ユッピー「52歳でドラマ編紋次郎の続編を撮影したってこと?」

お夕「そうだねぇ。まあ正確に言うと、32~33歳から5年後の紋次郎役だから、15歳ほどの若作りってことなんだけどね。」

ユッピー「お夕姐さんも顔負けですね(笑)。」

お夕「失礼だよ!あんた!」

ユッピー「すんませんっ!」

お夕「でもねぇ、実際15歳も若い役作りは大変だったろうねぇ。激しい殺陣に備えて、敦夫さんは、伊豆の競輪学校 で訓練して体を鍛えなすったって聞くよ。一旦引き受けたら、とことんやるなんざ、紋次郎の心意気とおんなじだねぇ。あたしゃ、侠気を感じるねぇ。」

ユッピー「ところで、この『帰って来た……』は原作があるんですか?」

お夕「細かいところは、よく似た原作があるようだけど、基本的には劇場版オリジナルってところだねぇ。」

ユッピー「じゃあ、誰がストーリーを?」

お夕「笹沢さんが監修はしているかもしれないけど、脚本家じゃないのかねぇ。」

ユッピー「じゃあ、市川監督?弟の勝行さん?敦夫さん?」

お夕「第一稿は勝行さんだったんだけど、市川さんがそれに乗り気じゃなかったんで、後から敦夫さんが加わったって『市川崑大全』のインタビューでは答えていなさるね。」

ユッピー「へえ、いろいろ大変だったのね。」

お夕「当初は、テレビドラマの特別編っていう位置づけだったんだけど、できが良かったんで、劇場版の上映になったそうだよ。往年のファンが大勢押し寄せたってのは、役者冥利に尽きる話だよねぇ。」

~続く~

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この記事へのコメント

Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

待ってました!「帰って来た木枯し紋次郎」!
私は、製作されると言うのは当時に雑誌で知ったのですが、封切時期や上映している映画館がわからなかったので見逃してしまい、ビデオリリースされてから見ました。

本当に、「これ!これですよ!これでこそ紋次郎!」と、見ていて血湧き肉踊りました。

肝心のラストのドンデン返しが今ひとつ釈然としないので、お夕さんの考察を待ちたいと思います。

ところでこの話は、弘化3年(1846年)の出来事なので、それまで発表されていた、赦免花説「天保6年に数え30歳だから、1806年生まれ」でいくと、紋次郎数え41歳の出来事、ということになります。

で、笹沢さんがこの後発表した小説 「帰って来た木枯し紋次郎 生きている幽霊」は、この映画の事件の3年後の出来事として、映画との年号もあわせてあります。
となると、小説「生きている幽霊」の時点で紋次郎は44歳ということになるはずです。
なのにこの小説では出生年が変えられ、38歳にされているのです。
後付けの「生きている幽霊」説なら、この映画の時点の紋次郎は35歳、ということですね。
(わかりにくくてすみません)

  • 20130617
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

お待たせいたしましたっ!

とは言え、またこの後もお待たせする羽目になりそうです(笑)。
ぼちぼち、やります。
が……これから書こうと思っていることを、TOKIさんに先を越されてしまいました(笑)。

当時の紋次郎を愛していた者にとっては、本当に涙がチョチョ切れるほどの感激モノです。

気になるところは随所にありますが、とにかくよくぞ作ってくださった、という感じです。

紋次郎の年齢については、元来の算術嫌いの私にとっては難問です(笑)。
私の感覚としては、紋次郎はずっと三十過ぎのままです。(今の三十過ぎの男性とは、えらい違いですが……)

笹沢さんも、サバを読んだ訳ではないでしょうが、ある意味、もうどうでもよかったのかもしれません(笑)。

  • 20130618
  • お夕 ♦wikz35BA
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七つ立ち♪

こんばんは♪

私も劇場に殺到した口です(笑)
ファンとしては、いち早く復活の紋次郎を観たいですよね。
能書きは後で、颯爽とスクリーンでの立ち回りを観て感動しました。

その場所に立ち会える気分はDVDとは、違ったものでした。
それこそ、待ってました!と声を掛けたいものでした。

ハイビジョンと言えば、市川崑監督の「木戸をあけて」TVスペシャルですが、やっと映画公開そしてDVDのリリース、中井貴一、浅野ゆう子の市川ファミリーの時代劇。幻になりつつありますね。
様式美が冴え渡る作品かと…

ありがとうございました。
では、又♪

Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

あああっ!しまった~!
「その2」から、最初からのレビューが始まることを想定せずに、先走ったことを書いちゃいました。
すみません、編集ボタンでそこは削除いたします。(笑)

笹沢さんが紋次郎の年齢を、「生きている幽霊」から6歳若くしたのは、40歳という年齢を節目にして、そこに差し掛かる紋次郎を書きたかった為なのかも知れません。
あと、「峠花の小文太シリーズ 白刃が消した涙文字」でも年齢描写が少しあり、「また計算があわんぞ」と色々考えたのですが、これは執筆が時系列順でなく、小文太登場第一話よりも遡る話だ、と考えれば説明が付きました。

  • 20130618
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

お夕さん
やはり、待ってましたってな感じでござんす。ユッピーさんは気質の衆でござんすか・・・いちいち、その疑問、よくわかりやす。あの茶屋で集った紋次郎を知らない衆と同じ世代のおひとりなんでござんしょうか。兄貴も「川止めに水は濁った」頃に比べ、若いエキセントリックな風貌が心底強い貫禄に変わりやした。♪頼れるものはただ一つ、おのれの腕と腰のドス、のあの名調子も聞きたかったですね・・・。

  • 20130619
  • いなさ ♦-
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

劇場でご覧になったんですか?!
うらやましいです。
紋次郎ファンで、会場は熱気があったでしょうねぇ。

テレビ版との大きな違いは、やはり映像の鮮明さと明るさです。
が……あの、ざらついたテレビ画像も、捨てがたいものがあります。
当時のファンは、あの画質でインプットされている訳ですから……。

今は、ハイビジョンだったり3Dだったり……これから先は、一体どうなるんでしょうね。

いつもお世話になりまして、ありがとうございます。

  • 20130619
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

コメントいただいた部分、実は次の記事を書いていましたので、全くシンクロしておりました。通じるモノがあるようで、ご縁を感じます(笑)。
削除されたんですか?
お気を煩わせ、申し訳ないです。

次回のレビューは、ざっくり感満載ですが、ただいま奮闘中です。

次々回で、ストーリーに触れていきたいと思っていますが、映画ですので、こちらもざっくりとしたものになると思います。

また、宜しくお願いいたしますね。

  • 20130619
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

おお、私の削除した投稿と同じことを草稿に書いておられましたか。
やはりファンの琴線を熟知した作りこみだったんですね。
ということは、私が感涙に咽んだあんな箇所やこんな箇所も取り上げられる可能性が大です。
こりゃあ、楽しみだ!

次回がもう一度ユッピーとの対談で、それから何回かに分けてストーリーを追うのが、これからの紋次郎ブログの計画、モンプランなわけですね。(笑)

  • 20130620
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

いなささま、コメントをいただきありがとうござんす。

今の若いお人にも、紋次郎兄貴の魅力を知ってほしいもんでござんすねぇ。
自称広報部長、いや係長?(笑)といたしやして、もっと働かねばと思っておりやす。
いなさの旦那も、宜しくお願いいたしやす。

  • 20130620
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

こんにちは。
なんだか、部外者がわりこんでるようで、もうしわけないですが・・・^^
でも、対談形式で、知らない私にもとって~もわかりやすかったです。へ~そうなんだ・・・とか思いつつ楽しませていただきました。写真にも、吸い込まれそうでした~。

  • 20130621
  • てのりぱんだ ♦C/Rcg83E
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

私の進むべき道をお示しいただいて、ありがとうございます。しかしモンプラン通り、道中を進めるかは、甚だ怪しいです(笑)。
ましてや、TOKIさんが楽しみにしていらっしゃる箇所にたどり着けるかどうか……。
外したときは、ご容赦くださいませ。

ぼちぼち、行きます。

  • 20130621
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

ぱんださま、コメントをいただきありがとうございます。

部外者なんて、全然思っていませんよ~。

あまり紋次郎をご存知ない方に、広報活動をすること。
これこそ、広報部長(仮)の使命であります(笑)。
これからも、宜しくお願いします。

  • 20130621
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1992年) その一

いえいえ、あっしは道なんぞ示しちゃあおりやせん。

この作品をもっと広報部長殿に広めてもらい、ヨッパライ・ウルトラマン・紋次郎を、「日本三大帰って来た」として世間に認定してもらいましょう。

  • 20130621
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年) その一

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

「日本三大帰って来た」……コレがわかる人って、酸いも甘いも噛み分けるお年頃ですよね(笑)。

広報活動、がんばりますっ!

  • 20130622
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年) その一

待ってました!! べんべん

思い起こせば1993年11月20日(土)
今のかみさんとのデートをすっぽかした雨の中、宝塚劇場・帝国ホテルをすり抜け、朝一で並び市川監督・中村紋次郎さんの舞台挨拶を見に行き、初回から3回観ました(笑)

あの封切りからもうすぐ20年と、1972年1月1日「川留めの水は濁った」からは40年以上と、月日の経つのは早いものですね

さて、そんな紋次郎好きの私も、先日の坂口良子さんの訃報で、この映画が地上波で追悼されるか期待したけどなかったですね
仕方なく、ヤフオクでVHSビデオを手に入れ、一人追悼上映して見返しました

ま、手水の占いで「木枯し紋次郎が来る!」とのセリフには突拍子もない事ができるなぁ~と見ながら、展開していくストーリーだが、最後に・・・・

結果「お百度に心で詫びた紋次郎」と同じく、せっかくの骨を埋める決意も夢と砕け散って草鞋を履く事になるんですね

次回、対談形式でユッピーちゃんとの会話の展開も楽しみです


Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年) その一

Makkun4さま、コメントをいただきありがとうございます。

そうですかっ!
リアルタイムで観られたんですか!

それも、リアル市川監督とリアル敦夫さままで?!
いい想い出ですね。
20年前でも、きっと鮮明に覚えていらっしゃることと思います。

坂口良子さんの急逝には、本当に驚きました。
お幸せな、第二の人生をお過ごしのことだと思っていましたのに……。
ご冥福をお祈りします。

ストーリーについては、ちょっと違和感がありますが、とにかく紋次郎が帰って来たというだけで、テンションは上がりますよね。

平成の紋次郎は、いつ帰って来るのでしょうか(笑)?
今度、帰って来るには、かなりの覚悟が必要な気がします。

  • 20130626
  • お夕 ♦wikz35BA
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