紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その四

「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その四

「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その四
木曽山中とされるロング・ショット。重なる山々のグラデーションが美しい。ロケ地は木曽なのだろうか。秋色に輝く樹々に目を奪われる。アバンタイトルの荒涼な雰囲気と違い、豊かな自然の恵みを感じる。木曽川とされているシーンは、六丁峠から遠望する保津峡。

日下氏のナレーションで、木曽の杣人(そまびと)の解説がなされる。
木曽路にある三留野宿から岩伝いに木曽川をおりると尾張藩の御用林があり、一般の者は立ち入ることができない。
御用林を切り出せるのは、許された杣人集団だけであり、規律正しく統制がとれた集団である。

さて杣人は「そまびと」と読むのだが、ウィキペディアにある「帰って来た……」の解説には「すまびと」と誤読されている。そのせいか他のサイトの解説や紹介にも、紋次郎は「すまびと」になった……とある。一度間違えると、他にも影響を及ぼしてしまうようである。私も気をつけようっと……(苦笑)。

霧が流れ、斧の音が響く山はいかにも深山といった雰囲気で、すがすがしい空気が画面を通してこちらにも流れて来そうである。

この杣人集団の中に、紋次郎がいた。樵の作業着姿は、すっかり堅気である。
紋次郎は5年前、崖から木曽川に落ちて流されたところを、杣人集団に助けられたのである。5年の歳月で、紋次郎は誰もが認める杣人になっていた。以前から紋次郎は、結構器用になんでもこなすと思ってはいたが、斧さばきも大した腕になっていたようである。
この杣人の風情は、「新木枯し……」での「人斬りに……」でも見せているが、今回は本格的である。

紋次郎は一人前の証である「もくざ」なるものを杣頭から渡される。「も」と書かれた一枚の紙であるが、自分が切り出した木材に「も」という字を彫り入れてもよいという証である。賃金にも関わるというのだから、今で言えば「正社員」として登用されるといったところか(笑)。
仲間の杣人たちからも「めでてぇな。」「苦労してきたかいがあったな。」と、祝福を受ける。
「苦労してきた……」ということは、紋次郎は器用というだけではなく、一人前の杣人になるためにコツコツ努力をしたということである。やはり紋次郎は、労を惜しまず黙々と働くという人物像である。

「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その四

この杣頭、伝吉役に「加藤武さん」。市川監督の金田一シリーズでの常連さんである。頑固だが、温かみのある人物を好演している。
この世話になった杣頭のために、紋次郎はこの後、一肌脱ぐことになる。

本編ではまだ、帰って来た中村紋次郎を正面から見ていない。後ろ姿と声だけである。早く見たいというファンを焦らす作戦なのだろうか?

木を切り出している山を駆け下りる、渡世人の影。
小屋に薪を取りに来た杣頭の娘「おたみ」(鈴木京香)に、声をかけるさっきの渡世人。「小平次兄さん!」と呼ばれた男は「金山一彦さん」。おたみは驚いた顔をして小平次を小屋に引っ張り込む。
6年も消息不明だったが今は木崎の五郎蔵一家の身内になり「弁天の小平次」と呼ばれているという。二の腕には弁天の彫物まで入れ、一端の渡世人気取りである。

そこへ、杣頭の伝吉が入ってきて小平次とバッタリ会う。小平次は無沙汰を詫びるのだが、伝吉は怒る。伝吉は怒り心頭で「出て行け!」と言葉を吐き、次の間に姿を消す。
どうも小平次は五郎蔵から大きな仕事を頼まれ、遂行する前に故郷に立ち寄ったらしい。聞く耳を持たず追い返す伝吉に立腹し、小平次は小屋を飛び出してしまい、そこでバッタリ紋次郎と出合う。

伝吉は口では荒っぽい言葉を吐いてしまったが、小平次が出て行った後、ガックリと肩を落とし息子の行く末を案じる。
金山さん、若くて向こうっ気が強い小平次役には適任である。誰かに似ている……と思っていたが、最近「橋下徹氏」に似ていることに気づいた(笑)。
おたみは兄、小平次の後を追う。黄色く色づいた木々の葉が、秋の光に美しく照らされる。
おたみ役の鈴木京香さん。撮影当時は24~25歳で、初々しい娘役である。素朴な山の娘だが、その清楚な姿は化粧っ気がなくとも美しい。
小平次は今任されている仕事は、やってのけたら遠島になるかもしれない危ない仕事なのだ、と自慢げに話し、山中に消える。

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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その四

山々の連なる自然描写は、光と陰の色彩対比が素晴らしく、「木曽にもう一度行きたいなあ」と思いました。
お夕さんの指摘されておられる、嵯峨の六丁峠から保津峡渓谷を眺めた風景は、自分で撮影した写真と比べるまで木曽だと信じてました。
本来なら駅舎と跨線橋が見えるのを、松の枝で巧みに隠しているもんで。
全く同じ写真を撮ってやろうと再び現地へ赴いたら、松などどこにも生えておらず、これは美術さんが、どこかから持ってきた松をセットして撮った物らしいのです。

また、ゆったりとした荘厳な音楽がバックに低く流れ続けているのも、なんとなく木曽の雰囲気を出してる気がするのです。
木を切るコーンという響きが聞こえそうで。

中村紋次郎が登場する前に、旅人姿の小平次が植林帯を駆け下り、「お!紋次郎!?」と思わせるフェイントも、意図なんでしょうね。

「橋下徹 氏」、確かに!(笑)

  • 20130709
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その四

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

木曽の山とされているロケ地は、どこなんでしょうね。

木曽は私のお気に入りの地で、中山道の中でも、一番色濃く当時の街道の風情が残されていると思います。
本当にいい所ですね。

今回の音楽は、洗練されていて良かったと思います。
「新木枯し紋次郎」バージョンだったらどうしよう!と思いましたが、一安心でした(笑)。

  • 20130710
  • お夕 ♦wikz35BA
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