紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その六

「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その六

「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その六
一方木曽では、作業中に太い枝が落ちてきて、杣頭の伝吉が大怪我をする。怪我で寝込む伝吉を看病するおたみ。そして、その傍らに紋次郎が正座している。
ここでやっと、熟年、中村紋次郎を拝顔。シャープな輪郭ではなくなっているが、やはり紋次郎である。ただ前述したが、左頬の傷跡が少し違うが……それでも私にとっては、誰がなんと言おうとも紋次郎である(笑)。
何年も恋い焦がれ、待ち続けた再会のときである。この想いは例えるなら……初恋の人と同窓会で再会する……といった感じだろうか。若かったあの頃とは違い、貫禄も分別もある大人の顔である。

伝吉は紋次郎に頼み事をする。息子の小平次は、評判の悪い木崎の五郎蔵の身内になり、命懸けで危険な大仕事をしようとしている。その小平次を、何とか連れ戻して欲しいというのだ。本来なら、もう紋次郎は堅気の杣人である。おたみと所帯を持ちこの木曽谷の土になるのが「運命(さだめ)」なのだが、もう一度だけ草鞋を履いてもらえないだろうか、と頼む。
おたみが、紋次郎と所帯を持つ……と言われて、はずかしそうに慌てるところが初々しい。紋次郎はその人柄と腕の良さで、杣頭の伝吉に認められているようだ。おたみと所帯を持つ……紋次郎は、そのことについては一言も語らない。

紋次郎の回想シーン……木曽川に転落して流されてきたのを、伝吉が率いる杣人集団に助けられたのである。川を流されるシーンや岸辺にずぶ濡れで横たわるシーン。よく見ると、吐く息が白い。かなり寒い中での厳しい撮影であることがわかる。

「そりゃあ、私だって兄さんのことは心配だけれども……でも紋次郎さんには何の関わりもないわ。」
おたみが伝吉をそっと咎めるセリフなのだが「関わりのない」という文言で、紋次郎の表情がハッと変わる。
その目の演技が、テレビ版の頃と比較すると感情の動きがよくわかる。渡世人の頃は感情が死んでいた紋次郎が堅気になり、人並みの感情を持つようになったか。感情をあまり表に出さないのが今までの紋次郎像だったが、今回は違うようである。

「関わりがない」……幾度この言葉を、紋次郎は口にしてきただろう。渡世人として街道をねぐらにしていた頃は、いちいち何でも関わっていては、いくつ命があっても足らない。従って、「あっしには関わりのねえこって……。」と、行き過ぎることを旨としていた紋次郎。
しかし今は、堅気同然の身である。伝吉には言葉にできないぐらいの恩義がある。堅気であろうがなかろうが、「関わりがない。」とは言えないだろう。
紋次郎がここで世話になる一年前に出て行った小平次。何の面識もない小平次だが、命の恩人である伝吉のたっての願いである。紋次郎はそれには返答せず、「おやすみなすって……」と静かに小屋を出る。

「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その六

向かった先は物置小屋。もう気持ちは固まっている。
小屋の奥のムシロをめくると、そこには渡世人だった紋次郎が、片時も手離さなかった物たち……錆朱色の長脇差、古ぼけた三度笠、すり切れた道中合羽に振分け荷物。埃をかぶって、忘れられたように5年間眠っていたものたちに、月光が差し込む。薄汚れているのだが、私には美しく見える。

テーマソングのメロディーが流れる。何度聴いても、このメロディーは好きだ。アレンジの仕方次第で、どんなシチュエーションでもピッタリくる。あるときは勇気を与え、あるときは切なさを表現し……どんな場面のBGMにもなり得る、名曲だと改めて思う。

紋次郎は、かつて自分の体の一部であった物たちをしみじみと見つめる。その表情は複雑だ。この堅気としての5年間を噛みしめているようにも見えるし、渡世人だった頃を思い出しているようにも見える。
おたみが遅れて入って来て、自分がこの物置にしまっておいたのだと言う。それにしても中途半端な隠し方だ。
「知っておりやした。」と紋次郎。
そりゃ、そうだろう。ムシロが不自然にカーテン状に吊してあるのだから、すぐにバレる。
私なら、土に埋める(笑)。

「これを、二度と使ってほしくないんです。おとっつぁんに義理を果たす気でいるのなら、いらぬ気遣いよ。」
「そう言ってくださると気が楽になりやすよ。」
「渡世人じゃない紋次郎さんが、そこまで義理を重んじることはないわ。」

紋次郎は、再びムシロを無造作に被せる。
「おたみさん、安心しておくんなはい。あっしは二度と草鞋を履きやせん。」
紋次郎の声のかけ方は、以前のような無感情な言い方ではなく、気持ちがこもっている。やはり堅気になり、人間的な感情を取り戻していたようである。

「紋次郎さん……」
おたみの、ほっとしたやわらかい微笑み。このまま紋次郎が、草鞋を履かずにいてくれたら、この木曽谷で所帯を持てるのだから、自然と顔も綻ぶというものだ。

一方、こちらは上州の木崎。お真知の寝所をそっと見に来る五郎蔵。
「五郎蔵親分、どうしたんです?」と、飛び起きて驚くお真知に
「いや、何でもない。」と、板障子を無表情でスーッと閉める五郎蔵。

「あの人、いつもああなんだ……。」
と呆れるお真知。本当に得体の知れない煮え切らない男である。

五郎蔵の屋敷内の調度品はどれも年季の入った代物である。箱階段であったり、重そうな引き出しの箪笥であったりと、よく設えてある。それらが照明で照らされると重厚な光を放ち、上質な映像になる。
照明もよく工夫されていて、暗くてはっきり見えない黒い部分が、画像に配置されている。この黒い部分が大事な点で、陰影をつけることで映像に奥行きが出る。暗いから、かすかな光でもその部分が強調されて印象に残る。それはまるで、「夜景」で有名なレンブラントの作品を観ているようである。

照明は「下村一夫さん」。1985年には「ビルマの竪琴」で市川監督と仕事をされている。以来、市川作品には関係が深く、何度も一緒に作品作りに携わっておられる。ベテランの、確かな技術とセンスの良さが随所に見られる。



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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その六

紋次郎の表情、私も同じことを思ってました。
原作どおりの感情のこもらない目つきを旧作ではよくやってましたが、瞼に脂肪がついて目尻が下がり、昔ほど切れ長の目でなくなってしまったのもあるかもしれません。

紋次郎が堅気の杣人となった経緯を、発端しか描写してませんが、おたみとの祝言も含め、堅気となることが紋次郎の本心である、とは思いたくありません。
(「旅立ちは三日後に」で本当にこう考える紋次郎は、私の中では同姓同名の別人だということになっております 笑)
後年書かれた花菱屋での薪割り奉仕と同じく、世話になった恩を勤労奉仕で返そうとして、まだ返し切れないと思っている、ということに私はしておきたいです。

突然ヌ~~~と出現する五郎蔵ですが、本当に富士通FMVのCMでキムタクに絡む役や、めぞん一刻の四谷さん役とカブります。
これって市川監督が考えたキャラを一徳さんが演じているのか、本来の一徳さんのキャラからこう作ったのか、どうなんでしょう?

  • 20130723
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その六

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

私としては、あまり感情を表に出す演技より、抑えた感じの方が紋次郎らしくて好きなんですが……。

敦夫さんの切れ長の目、魅力的でした。あの目と、横顔の顎のラインがステキでした。(特に、三度笠を被っているときの)
目の周りの皮膚は薄いので、一番たるみやすいんですよね。(私自身はもう、諦めています…笑)

紋次郎の堅気への想い……私もTOKIさんに、同感です。腰を落ちつけたいとか、旅に疲れたとかは、思って欲しくはないです。
ふっと頭に浮かんでも、自嘲的に心の中で苦笑して欲しいです。

一徳さん……どう考えても、その昔、人気アイドルグループ「タイガース」のリーダーだったとは思えません。ましてや、愛称が「サリー」だったなんて信じられません(笑)。
しかしながら、当時から知的な魅力はありました。

あの風貌やキャラクターは愛すべきところなんですが、私は彼のよく響く低い声が好きです。
今年だけでも、4本も、出演映画が公開されるようです。本当に引っ張りだこのご活躍ですね。
それだけに、存在感のある俳優さんなんだと思います。

  • 20130724
  • お夕 ♦wikz35BA
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