紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その七

「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その七

「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その七
早朝、伝吉の元に「紋次郎がいない。」という一報が入る。
おたみはハッとして、物置小屋に駆け込むと……やはり、紋次郎の持ち物が消えていた。おたみは振り返り、紋次郎の姿を目で追い求めるが、そのすべてを知り、放心状態でストンとしゃがみ込む。その鈴木さんの演技はなかなかのもので、情趣がある。きっとこのシーンは、いろいろと監督から注文が出たであろう。
草鞋は二度と履かないと、昨夜は言ったのに……。それは、紋次郎の優しい嘘であった。

堅気として所帯を持ち、一緒に暮らせると思ったのに……去っていく紋次郎に肩を落とした女には、「新……」シリーズ、「旅立ちは三日後に」のお澄がいた。
本当に紋次郎は、罪作りな男である。

深い霧の中を、紋次郎の姿がかろうじて見える。三度笠が歩くリズムで上下している。
とうとう、渡世人「木枯し紋次郎」が、街道に帰って来た!

「イヨッ!紋次郎。待ってました!大統領!」(笑)

大統領は、大げさかもしれないが、観ている者はここで大喝采である。

私としては、紋次郎が旅装を整えるシーンを見たかった。市川監督なら「地蔵峠の雨に消える」で、手際よく身支度をするシーンを撮ったことを覚えておられると思うのだが……。あの無駄のない手際よさで、堅気の紋次郎から「木枯し紋次郎」に戻る様を見たかった。

紋次郎の口許には、トレードマークの長楊枝。堅気のときは、咥えていなかったのだろう。道中合羽の、大きなつぎあてが見えるのも嬉しい。

BGMが現代風でかっこいい。電子音とパーカッションが効果的である。重低音でのベース音がずっと続く。まるで紋次郎が、先を急ぐ足取りのようである。
今回の音楽担当は「谷川賢作さん」である。詩人、谷川俊太郎氏のご子息。当時は30歳を過ぎたばかりの、新進気鋭の作曲家、ピアニスト。作曲家「佐藤允彦氏」に師事とあるので、ジャズから始められたようである。

テレビ版での音楽は「湯浅 譲二さん」で、前衛音楽的な要素があり、それが時代劇の中では斬新だった。今回の谷川さんの曲作りも、その要素は十分にある。
はじめ、音楽を聞いたとき頭に浮かんだのが「どら平太」。「どら平太」は2000年に役所広司さん主演で公開された映画である。このときの音楽に似ている……と思って調べてみたら、やはり谷川さんの作品だった。それどころか、後半の市川作品の音楽のほとんどは、谷川さんの手によるものだった。スタッフの中ではキーパーソンだったようである。

「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その七

朝霧の中、紅葉する山道、雪を被った山脈、斜光が輝く葦原。そして、水しぶきを上げて歩く川沿い……様々なパターンを駆使して、小平次を連れ戻すため、街道を急ぐ紋次郎の姿を映像化している。
その合間に、お真知が匕首を用意し、出かける準備をするインサート・ショット。そして、何かを決意したかのような引き締まった表情で、スッと立つお真知。一体この匕首で、誰を狙おうとしているのか。
翌朝、お真知がいないと連絡を受ける五郎蔵。ここでも五郎蔵の母親が、口を挟む。

「紋次郎を捜しに行ったんだよ。よくないことだねえ……。」

紋次郎は、小平次をすでに探し当てていた。旅籠から出て来た小平次を、少々手荒いやり方で確保(笑)。貫禄ある紋次郎の手に掛かれば、小平次などは、赤子の手をねじるようなものである。

木崎宿を闊歩する五郎蔵一家。会話の中で、五郎蔵たちの企みが明かされる。
役人達にばれないように、百姓たちを煽動して一揆を起こさせ、それでお上への運上金を取りやめさせる。桐生の織物問屋の奸計である。65年前の「天明の一揆」に倣うということで、同じ筋書きだと言う。

一揆になれば、商家の打ち壊しや略奪に波及するだろうから、自分たちも加わっていただくものはいただく。
運上金が中止になれば、桐生の旦那衆から礼金ももらえる。百姓衆がお咎めを受けようと関係ない。こちらでお咎めを受けるのは、丑松と熊太郎と小平次だけである。遠島は免れないが仕方ない、ちゃんと言い含めてある、と言う五郎蔵。いわゆる、若いモンは「鉄砲玉」なのである。
これで小平次が、何をやらかそうとしていたのかがわかる。

丑松、熊太郎が百姓を集めて一揆の人集めの話をしている所へ、馬に乗った八州廻りがやって来る。蜘蛛の子を散らすがごとく逃げて行く百姓たち。
この八州廻りに「石橋蓮司さん」。存在感のある俳優さんである。

思い起こせば、「飛んで火に入る相州路」で共演されていた。あのときは手裏剣を使うも呆気なく斃されたが、今回はかなり重要な役回り。出世されました(笑)。このキャスティングということは、この八州廻り、どうも「正義の味方」ではなさそうである(笑)。
しかし、八州廻りなる者が、単独行動をとるものなのだろうか。普通は従者や道案内人が付くはずなのだが、一人で馬に乗って見回りに来るというのも変だ。
「これは、何かある……」である(笑)。

旅籠で小平次は縛り上げられ、その傍らで紋次郎がいつもの「紋次郎食い」。このシチュエーションは、コミカルである。敦夫さんは、あの食べ方が苦手だったらしい。まさかこの歳になって、また「紋次郎食い」をするとは思わなかっただろう。
小平次は紋次郎から、父親が大怪我をしてしまい、息があるうちに会いたいという思いで臥せっていると聞かされる。小平次は驚くが、帰ることを拒む。まだ父親との確執があるようである。

その時紋次郎を狙って、竹槍が襖を突き破ってくり出される。咄嗟に身をかわし、部屋から飛び出した紋次郎の目は、女らしき人影をとらえる。
外まで追いかけたが見失い、戻ってくると部屋はもぬけの殻。小平次の姿は消えていた。
紋次郎の驚く表情……やはり20年前とは違い、表情豊かである。私が知る紋次郎は、少々のことでは動じないし、感情を表に出さないクールな渡世人だったのだが……。人間味のある紋次郎になっている。。
それにしても、旅籠の中に竹槍を持って狙うとはなあ……と、ちょっと無理があると感じる。

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Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その七

紋次郎の歩く風景、私も「待ってました!」でした。
また、自然描写が、これでもかこれでもかというくらい力が入っていて美しく。
雪を冠した山並みなど、長野へロケに行ったのでしょう。

なお紋次郎が居なくなる朝の渓谷、保津峡だと思います。
同じと思われる場所から撮った写真を送りますので、ご確認くださいませ。

悪巧み計画を子分と話すシーン、よくある時代劇なら、井上昭文さんや小田部通麿さんみたいな悪相の親分が、目をギョロリとさせてネチっこく喋るパターンが多いんですが、岸部五郎蔵は人相が悪いわけでなく、ガラの悪そうな子分達を長身で圧倒して連れ歩き、ボサッとした表情のままで、えげつない計画をサラリと語るのが印象的です。
極道者というよりは、ブラック企業の代表と言ったところでしょうか。
また、挨拶をしてくれる通行人に、無表情からそこだけ笑顔になって答えるシーンが入るところなど、芸が細かいです。

お真知の出立シーンで、最後のドンデン返しのキーワードとなるものが、ここで既に登場していたのを、このコメント書く為にもう一度映像を見て、初めて知りました。

石橋蓮司さん、その後更に出世して、ショッカーの大幹部・死神博士にまで登りつめましたね。(笑)
http://www.toei.co.jp/release/movie/1189354_979.html

  • 20130730
  • TOKI ♦nhNJg39g
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  • 編集 ]
Re: 日々紋次郎「帰って来た木枯し紋次郎」(1993年)その七

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

やっぱり信州でのロケもあったと思います。
信州は本当にステキな所で、大好きです。

写真、ありがとうございます。
保津峡もよく使われますね。
2回ほど川下りはしましたが、今なら観光客でいっぱいでしょうね。

一徳さんの長身ぶりは、尾藤虎之助が隣りにいると、余計に際立ちますね(笑)。
五郎蔵は、キャラクターが先なのか、キャスティングが先なのか、どちらなんだろうと思ったりします。
脚本化にも時間がかかったようですから、いろいろと変更があったのかもしれません。

お真知さんのドンデン返しですが、私としては「あっ!」と思うほどのものはありませんでした。
雨のシーンを見た瞬間、誰かはすぐにわかりましたから(笑)。
もっとびっくりするぐらいの、ドンデン返しが欲しかったです。

  • 20130730
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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