紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第17話「無縁仏に明日をみた」(後編)

第17話 「無縁仏に明日をみた」(後編)

第17話 「無縁仏に明日をみた」(後編)
(原作 1972年) 放映(1972.5.20)
紋次郎はよく人を背負う。この回で3人目であり、この後第2シーズンでも何人かを背負う。そしてただ背負うだけではなく、かなりの距離を歩く。いかに脚力があるかと感心してしまうが、粗食であれだけの体力があるということには驚いてしまう。毎日、かなりの距離を歩いている賜物か、苦もなく峠を越えてしまう。女性ファンとしてはお妻が羨ましい限りであり、しばらくお妻と我が身を同化させる場面であろう。

原作とテレビ版では展開、設定に大きな相違点が3つあると思う。
その違いの一つに、お妻の設定の違いがある。原作でのお妻は弱々しくおとなしい印象を受けるが、テレビ版ではなかなか強かな面が見える。演じるのは「野川由美子」。どちらかというと明るく庶民的で、おきゃんな感じの役が多く、今回のお妻のような役柄はめずらしいのではないかと思う。
原作でのお妻の存在は薄く、寅吉の策略に加担した割合はテレビ版より低い印象を受ける。
テレビ版でのお妻は亭主の力蔵に、楊枝を作ってくわえさせている。紋次郎にあやかろうという訳であるが、これは原作にはない。情夫の寅吉の指図で「紋次郎に仕立てろ」と言われてのことだった。後で父親思いの一太郎を、紋次郎殺しに利用した寅吉をなじり、斬られそうになる一太郎をかばって寅吉に殺される。テレビ版では、ダメな亭主を見限り殺しを手伝う悪女だが、我が子を想う哀れな母親として命を落とすという設定である。我が子を想うのなら、我が子が慕う父親を何とか真っ当にさせようとするのが本当だろう。その点、何となくどっちつかずで、居心地が悪い感がする。女として生きたかったのか、母親として生きたかったのか。
原作でのお妻は、その場では刃にかかることなく、一太郎と追われるように故郷を後にする。

2つ目は紋次郎の傷の癒し方である。原作では3日間、意識不明の紋次郎を農家の老婆が世話をする。堅気の者に看病されるなど、滅多にないことであり、この老婆の話から寅吉の企みに気づく。
テレビ版の紋次郎は自力でのサバイバル。藁縄で止血し、ヨモギや硫黄で殺菌、泳ぐ川魚を長ドスで捕らえ生で喰らう。岩陰に体を横たえ雨をしのぐ。まさに野獣が野性の本能で、自らの傷を癒そうとするかのようである。
映像のバックミュージックは、上條恒彦が歌うテーマソング。誰にも頼ることなく、助けを求めることもしない。原作以上に自分に厳しく、明らかに力蔵との対比を狙っている。

テーマソングが流れるシーンはいつも重要なメッセージがある。
アキレス腱断裂からの復帰第1作目「土煙に絵馬が舞う」のエンディング。待ちに待った紋次郎の再開に、この曲は花を添えてくれた。
紋次郎がいない1ヶ月の間、フジテレビは笹沢氏原作の股旅シリーズを急遽放映した。紋次郎によく似た4人の主人公は、どれも魅力的ではあったが、やはり紋次郎のようなオーラは感じられなかった。
それだけに「待ってやしたぜ、紋次郎兄貴。やっぱりおめえさんじゃねえと始まらねえ」といった、高ぶる気持ちをこの主題歌は表してくれたと思う。
もう1作は「月夜に吼えた遠州路」の川の中での大立ち廻り。圧倒的に不利であるのに、生きんが為、懸命に敵に向かっていく紋次郎の姿と主題歌がかぶさる。思わず「紋次郎、がんばれ!」と心の中で叫びそうになる。
ドラマ内で流れる主題歌は、どんな逆境にあろうと絶対に諦めない紋次郎への応援歌であり、共感して観る者への応援歌でもあるのだ。

第17話 「無縁仏に明日をみた」(後編)

3つ目は決定的な相違点である。楊枝の使い方である。テレビ版の紋次郎は市川監督の意向もあって、武器として使うことはなく、ヒューマンな使い方に徹している。人に向かって飛ばしても、直接身体に刺さるということはなく、顎紐を切ったり刀の柄に刺さったりで唯一、人の身体にというならば、「六地蔵の……」の金蔵の口許ぐらいか……。
しかしこの回の原作は、なんと連続5回も敵に向かって飛ばしている。振分け荷物から取り出した新しい楊枝を5本……と書かれているのだが、一体紋次郎は何本楊枝を常時持っているのだろう?と思ったりする。
生死をさまよった3日間を過ごした老婆の家に、夜陰に乗じて5人の男が紋次郎を殺しにやってくる。右脇腹の刀傷のため、まともに戦えない紋次郎は暗闇の中、次々と楊枝を飛ばし混乱させる。絶体絶命状態であるが故の作戦であることはわかるが、テレビ版では設定が違うので楊枝は武器として使われない。

傷のため握力が落ちた手から長ドスを放さないために、紋次郎は右手に下げ緒で長ドスをくくり付ける。
本ブログで既出だが、これは「地蔵峠の……」の原作主人公、三筋の仙太郎の殺陣から流用したものと思われる。
この時の紋次郎は、下げ緒をキリッと手に巻いた時から、尋常ではくぐり抜けられない修羅場であるという覚悟があったと思われる。

「死ぬときが来たら黙って死ぬだけだ」と紋次郎はいつも覚悟を決めているが、これは自分の命を粗末に考えているわけではなく、生き抜くためのあらゆる手段を講じた上で吐けるセリフなのである。座して死を待つことは絶対にあり得ない。紋次郎にとって「死ぬとき」とはどういうときなのだろう、「黙って死ぬ」とは誰に対して黙ってなのだろう。
この場合の「黙って」とは少し意味合いが違うが、原作での紋次郎は一太郎に刺されたことを一言ももらさなかった。その心意気に老婆は惚れ込み、紋次郎を助けた。

「紋次郎は別に、一太郎を庇ったわけではないのである。たとえ刺した者が一太郎でなかったにしろ、紋次郎は誰であるかを口外せずにすましたことだろう。刺されて、紋次郎が死ぬ。誰が刺したかなどということは、どうでもよかったのである。」(原作より抜粋)

原作では、新八に手渡すはずだった20両をどうしたかは書かれていない。しかしテレビ版では両親に死なれた一太郎に「新八さんに届けに来た金だ。もう用はねえ。死んだお前の親父さんの供養でもしてやってくれ」と、手渡す。
エンディングに「もんじゆうらうの墓」に2本楊枝を飛ばすところは、原作と同じである。原作では計7本も飛ばしたことになる。

さて、気になるところは一太郎のその後である。テレビ版では両親に死なれた一太郎であるので、紋次郎と同じように渡世人になるのではと私は思っている。丁度、紋次郎が故郷を捨てた歳と同じぐらいであろう。向こうっ気が強く度胸もありそうなので、一端の渡世人になるだろう。そしていつまでも憧れを持って紋次郎のことを忘れないだろう、と勝手に解釈してしまう。(桐風庵さんと同意見です)
しかし、原作ではお妻と一太郎は二人して故郷を捨て旅に出る。

「武州川越の近くにある無縁仏に『つま・いちたらう。母子地蔵』という石仏が見られるが、お妻と一太郎に関係するものかどうかはわからない。」(原作より抜粋)とあるが、私としては憎い母親を捨てて、一太郎には独りで生き抜いて欲しい。(紋次郎と同じように)そして、成人してから母親の過ちを許し、死んだ母親のために母子地蔵を建ててやるという設定はいかがなものか……。(妄想です)

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Re: 第17話「無縁仏に明日をみた」(後編)

お夕さん、こんばんわ。
お夕さんが、この作品を前後編に分けるほど力を入れたのは何故なのか?気になりました。
ドラマと原作の展開が大きく違う作品はいくつかありますが、これはドラマの方が、紋次郎が自力で生き抜いて来た生き様を視聴者につぶさに見せていて面白かったと思います。
原作の体力の無い中で、暗闇に目をならし夜陰に乗じて、接近戦で楊枝を多用した作戦も面白かったのですが、ドラマでは楊枝を武器に使わない決まりごとがあったので、脚本家は頭を捻って見せ場を考えたのでしょうね。
刀を下げ緒で右手にくくりつけ、落としそうになる場面は、馬鹿みたいに何十回と繰り返し見ました。
一太郎と三日月村を飛び出した頃の紋次郎が重なりますが、両親の愛情を一身に浴びた一太郎と紋次郎の境遇は余りにも違いすぎますね。

  • 20090718
  • おみつ ♦aiP0wTO2
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Re: 第17話「無縁仏に明日をみた」(後編)

今晩は。一太郎のその後については、私も状況から渡世人になるしかないだろうと思います。でも、非情な母親でも最後の最後に母性において息子を庇って切られます。生まれるのを待って命を断とうとしいた、紋次郎の両親とは全く違いますね。紋次郎を憧れとして一端の渡世人に一太郎は成長するでしょうね。紋次郎のいつ死んでも良い覚悟とは今日と言う日を必死で生き抜いている。悔いが無く生きているからこそいつ死んでも良いとの事なんですね。
教えられる事が多いです。

  • 20090719
  • sinnosuke ♦GZgNVSBU
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Re: 第17話「無縁仏に明日をみた」(後編)

おみつさま、コメントをいただきありがとうございます。
前後編の件、あまり理由はございません。グダグダ書いているうちに長くなってしまったんで、分けました。
敢えて言うなら第1シーズン終了間際なので思い入れが強く、初めての致命傷に近いダメージを負った件だからというか……。
どちらにしても駄文がグズグズ続いてしまい、申し訳ないと思っています。
もう少し趣旨に沿ってピンポイントで書けるようにしたいのですが、なかなか難しく、他の回も長くなりそうです。
おみつさんのおっしゃる通りこの回は、原作以上にドラマの方が訴える力が強いように思います。
楊枝を人に飛ばしたくないと同時に、力蔵の生き方と対照的な生き様を提示しようとすると、テレビ版のような展開になったんでしょうね。
脚本家の方のご苦労を思います。

  • 20090719
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第17話「無縁仏に明日をみた」(後編)

shinnosukeさま、いつもコメントをいただきありがとうございます。
一太郎にとって父親、母親、紋次郎と、どんな風に心の中に映ったのでしょうね。考えると、やはり切なくなりますね。
紋次郎兄貴のような境地にはなかなかたどり着けませんが、一日一日を大切にはしたいものだと思います。悔いなく生きることは難しいでしょうが、今日一日の一期一会は大切にしたいですね。
そして、紋次郎を通してお近づきになれた皆さんとのご縁も、大切にしたいと思っています。

  • 20090719
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第17話「無縁仏に明日をみた」(後編)

お邪魔いたしやす。
ダメな渡世人の力蔵でしたが、息子に慕われて憧れをいだかれた点では幸せだったかもしれません。今時そういうことって少なくなりつつありますので。

テーマソングの流れるシーンは重要だということ。
「土煙に・・・」のエンディングはそういう意味合いがあったんですね。気がつきませんでした。さすが、お夕さん。私はただ単に、中村氏があまり動けず出番が少ないので時間調整なのだろう位にしか思ってませんでした。お恥ずかしい。

母子地蔵の締めは素晴らしいです。一票入れたいと思います。

Re: 第17話「無縁仏に明日をみた」(後編)

桐風庵さま、コメントをいただきありがとうございます。
父親に憧れる子どもってそう言えば少ないように思いますねえ。というか、子どもの会話の中から、父親の存在をにおわせるようなモノがちっとも聞こえてきません。父親の仕事を知らないような子どもも、結構いたりします。どうなっているんでしょう。
力蔵はやはり、渡世の道を選ぼうとしたことが間違いの元だったんですね。
博奕が好きなのと、渡世人として生きることとは、全く違いますからね。力蔵が堅気の道をちゃんと歩んでいたら、こんな悲劇は起こらなかったでしょうに……。

  • 20090720
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第17話「無縁仏に明日をみた」(後編)

初めまして、つい最近このブログの存在を知り楽しく拝見させて貰っています。

私も、紋次郎が好きで何年かに一度は無性に見たくなりますが、昔NHK-BSで録ったVHSテープを探し出すのが面倒になり、YOU TUBEで検索した処、第17話がありました。
この17話に出てくる「猿久保」と言う場所をよく通るのですが、通る度に思う事があります。何故、紋次郎は草津までの道を、態々遠回りをして迄でも鳥居峠越えを選んだのかと言う事です。

私は現在群馬に移り住んで、ここ20年位は良く長野に車で林道や酷道と言われる道を走っていましたので、地理や方向、時間も大体解る様になりました。

中山道の沓掛宿から浅間の登山口「峰の茶屋」から草津へ向かうのが余程近いし、峠道も楽なのですが「鳥居峠」を通らせたい理由が原作者には有ったのだろうと思いますが、20年以上納得出来ない日々です。

紋次郎好きなファンが結構いますが、ブログを更新し続けていらっしゃる方は多くはいません。いきなり出てきて失礼とは思いますが、コメントさせて頂きました。紋次郎好きな「お夕」さんなら、どうお考えになりますか?

  • 20160405
  • 鉄馬再生人 ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第17話「無縁仏に明日をみた」(後編)

鉄馬再生人さま、初めまして。

ようこそおいでいただきました。コメントをいただきありがとうございます。

お尋ねの件ですが、私は方向音痴で地理には疎いもので、はっきりとはわかりません。
わからないので調べてみました。

原作を読みますと「信州小県郡大日向村」という地名があり、東へ一里ほど行って、鳥居峠を越えれば上州……と書かれています。

「信州の上田から真田、大日向、渋沢を経て鳥居峠を越えると上州であった。」とも書かれています。現在は上田バス渋沢線が走っている道なんでしょうね。
原作では、「鳥居峠越えの大笹道はかなり利用されていた」とありますので、江戸時代はさかんに往来されていたようです。

さて話は前後しますが、猿久保の八十吉から二十両を預かった紋次郎は草津へ向かうわけですが、初めは目的もなく鳥居峠を越えて上州へ行く予定でした。

あてのない旅ですから、遠回りでも険阻な道だろうと紋次郎にとっては全く関係がありません。ただ前に伸びている街道を歩くだけです。

八十吉から「上州に行くついでに……」といった軽い感じで、二十両を紋次郎は託されます。その上「急ぐ必要はない」とも言われていましたので、遠回りかもしれませんが当初の予定通り鳥居峠越えを選んだのですね。そこで力蔵親子に出会う……ということになりました。
おっしゃる通り猿久保は佐久市ですから、沓掛から沓掛通りを北上する方が近道でしょうね。

笹沢氏は、峠で何かが起こる……というシチュエーションが好きなことだけは確かです(笑)。

久しぶりにいろいろと調べたり読んだりして楽しかったです。ありがとうございました。またよければおいでくださいね。

参考 http://www.city.suzaka.nagano.jp/enjoy/gakusyu/oozasa/pdf/guide.pdf

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