紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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“紋cafe”でいっぷく「ハイスクールララバイ」

“紋cafe”でいっぷく「ハイスクールララバイ」

“紋cafe”でいっぷく「ハイスクールララバイ」
*写真は、「けいおん」のモデルになった豊郷小学校旧校舎


私の高校生時代……その3年間は、毎日が思い出深いものでした。
それはまず特殊な状況だったということにあります。
いわゆる普通科ではなかったのです。それは音楽科……音楽に特化したコース。
クラスは1クラス。40人のクラスメイトが3年間、同じメンバーで机を並べるというものでした。

幼稚園の頃からピアノを習っていたのですが、それがまたサボり放題。
ピアノの先生は敬虔なクリスチャンでいらして、穏やかな指導。私がなかなか弾けず停滞していると……隣りで居眠りをされるほど鷹揚な(笑)方でした。

「レッスンに行ってくる。」と家を出るのですが、実は周辺で遊び回って勝手し放題……。
ある時は「お月謝はいただけません。」と言われたこともあり、(サボって1ヶ月に1回くらいしかレッスンに行かなかったから)お金が入った月謝袋をそのまま持ち帰ったことがありました。当然、母からは叱られたというか、呆れられたというか……。

その頃の私の楽しみは、レッスンで順番を待っている間に、置いてあるマンガ「マーガレット」を読めること(笑)。マーガレットを読みたいがために、わざと混んでいる時間帯を選んだり(笑)していました。

“紋cafe”でいっぷく「ハイスクールララバイ」

そんなこんなで、さっぱり上達しないまま中学へ。入学して音楽担当の担任の先生から呼び出され「ピアノを習っているのなら、レッスンに来なさい。」と誘われズルズルと……。
しかしながら中学時代もサボり癖は直らず、「早くレッスンに来なさい!」と、先生から電話で呼び出されるほどでした。

元々、ピアノは嫌いではなかったのですが、教則本をコツコツと練習するのが大の苦手。自分で聞き覚えた好きなメロディーを勝手気ままに弾くことが好きだったんです。
楽譜通りに弾(か)けないなんて、音楽科に入学できるはずはなかったのですが、実技試験だけでも……と受けたら、なんと!受かってしまったのです。(多分40人中、40番目で……笑)その後の筆記試験の倍率が低いので、勉強嫌いな私は、確固たる覚悟もなくホイホイと進学してしまったのです。
これが大きな失敗のもと。

この音楽科は全県から入学できるということで、音楽を極めようという高い志のある学生が集まる訳で、私とは全く違うハイレベルの人ばかり……。
入学して1ヶ月はカルチャーショックの連続で、場違い感に落ち込みました。
しかしそこは、気の持ちよう……。音楽の実力は低くても、高校生活を楽しむことはできる……と、思い直しました。

同じ中学から入った友だちと一緒に、まず入部したのが演劇部。この演劇部、極小部で私たちが入部する前は、たった一人の男子学生だけ。あまりに可哀相なので、入ってあげようというぐらいの軽い気持ちでした。

その後、普通科の学生の助っ人のおかげで、演劇らしいこともできるようになりました。しかしこれも志低く、メンバーとふざけたり遊んだりで活動らしい活動はせず……でも楽しい部活でした。
1回だけ、県の高校文化祭で舞台に立ちましたが、その配役が私にピッタリ。少し常識から外れた女学生役。大阪弁丸出しの役だったので、台詞回しは楽でした。

さて音楽科ですが、40人中35人が女……さぞかしお嬢さんタイプの学生ばかりかと思いきや、全くその逆。普通科の女子には見られない、パワフルで個性的な女子ばかり。入学してあっという間に、みんな打ち解けました。

高校生活で楽しかったのは、やはり文化祭や体育祭、球技大会でした。行動力がありユーモア溢れた女子ばかりでしたので、やることすべてが大胆でパワフル。好き勝手に行動するものですから、担任の先生も頭を悩まされたことだと思います。

1年生の文化祭では「お茶漬け屋」を開店。長いすに緋毛氈を敷き、雰囲気を出すために竹をあしらうということになりました。そこで学校の裏山に入り、竹を何本か切って運びました。
後から担任にしかられましたねぇ。山の所有者に無断で入山して、その上竹を勝手に切り出したんですから。無茶やりやがって……(笑)ですよね。お茶漬け屋は大繁盛でしたが……。

2年生の文化祭では、自作ミュージカルを上演。演目は星新一さんの「なりそこない王子」を脚色したものでした。
結構楽しんで脚本を書いていましたねぇ。

体育祭での応援合戦では、並み居る普通科のクラスを押さえて優勝!球技大会でも好成績、と音楽以外で燃えていました。

“紋cafe”でいっぷく「ハイスクールララバイ」

本業の音楽でしたが、ずっと超低空飛行のまま。
音楽科の実技ではピアノと声楽、楽器と3部門ありまして、どの実技にもそれぞれ講師の先生がつきます。

オーケストラを組むために選択した楽器は「ビオラ」でした。バイオリンより一回り大きな弦楽器ですが、どちらかというとマイナーで地味な楽器。
家でキーコキーコ練習していると「糠味噌が腐る!」と家族から苦情が出るほど(笑)。しかし耳元で聞いている本人が、一番苦痛だったんですが……(笑)。

結局、声楽を専攻したものの、そちらもパッとせずでした。
地声が低いのでアルトだったのですが、巷の噂では「ガールバス」(笑)。そんな音域は正式にはないのですが、コーラスで男声が弱いときは男声パートに入らされましたね。

実技以外にはソルフェージュや聴音、音楽理論など、普通科にはないカリキュラムが目白押し。

実技にはそれぞれ実力順に試験のたびに順位がつけられます。そのほかのものには能力別にクラスがAからDまでに分かれていましたが、私の定位置はDクラス。落ちこぼれクラスではあったのですが、開き直れば気楽なものでした。

高校を卒業した後、クラスメイトの多くは音楽系の大学に進学しましたが、私は違う路線を選び、今に至ります。
あの濃密な3年間は、私にとって貴重な経験であり、私の血となり肉となっていると思います。

というのは、演劇部での経験は職場の飲み会の演出に、声楽はカラオケに、ピアノは職場でも時々生かされているような……。そして、あの頃の精神構造とほとんど変わらない私がここにいます。

みなさんは、どんな高校生活を送られましたか?

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Re: “紋cafe”でいっぷく「ハイスクールララバイ」

お夕さんは、私と同い年でも3ヶ月お姉さんなので、1学年上なんですよね。
すると受験時期と紋次郎放映が重なってたわけですが、両立させるのは大変だったことでしょう。
受験というのは日曜に有るから、前夜にも紋次郎の放映が有ったわけですね。
私なら両立できる自信が無いし、前夜の放映は見ると思いますが、家族の目が怖いです。
あ~早生まれでなくてよかった。(笑)

私は紋次郎の放映後から始まった、敦夫さん主演「追跡」を見て、自分も「後ろ髪を伸ばして頭にサングラスを挿し、バイクに乗って喫茶店で一人コーヒーを注文する」をやってみたいなあ、と常々思っていたのですが、中学生には無理でした。
高校に入って16歳になったらバイクの免許を取り、上記のことをやって、一人悦に入っておりました。(笑)

  • 20131227
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: “紋cafe”でいっぷく「ハイスクールララバイ」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

「追跡」の敦夫さんも格好良かったですね。
私は男物のサファリジャケットを、愛用していました。ジャーナリストにもなりたいなあ、とチラッと思ったりもしました。
「水滸伝」の林冲役もステキでした。

時代劇専門チャンネルの「雪姫隠密道中記」では、今いろいろ変装する敦夫さんが見られますよ。(リアルタイムでは見逃していました)
敦夫さん、楽しんでいるなあ……って感じです。

  • 20131228
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: “紋cafe”でいっぷく「ハイスクールララバイ」

楽しくよませていただきました。自分の事も、おもい出しました。普段高校生活なんて思い出しもしなかたけど、いいきっかけをいただきました。
私は自分の過去の記事ってあまり書いていませんが、
こんなのも、いいなあ~って思いました。
「思い出話」・・・今の土台になっていることですもんね・・・。なかなか楽しいです。

ところで、わたしも、幼稚園~高3までピアノを習っていましたがごまかしごまかしで過ごしました。キライな練習を長年、よく我慢したなあーと我ながら思います。
音楽科とは縁がありませんので、お夕さんとはレベルがちがいますが、ピアノに対する姿勢がどこか良く似ていて、ちょっと自分と重なり、くすっと笑いながら読みました。待ち時間をたのしみに・・・ってところもいっしょです。記事を読んでいて何十年かぶりにそのことを思い出しました。そ~いや、「サザエさん」を読むのを楽しみにピアノのレッスンに行ってたわあ~って。前の子が終わるのが残念で残念で・・・。いまでも、そのときの10冊以上の「サザエさん」の内容はよく覚えています。・・・いったい何を身につけに行ってたのだか・・・。^^

  • 20131228
  • てのりぱんだ ♦C/Rcg83E
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  • 編集 ]
Re: “紋cafe”でいっぷく「ハイスクールララバイ」

ぱんださま、コメントをいただきありがとうございます。

そうですか。
ぱんださんもピアノを習っておられたんですか。それも高校3年生までなんて、スゴイですね。

ピアノのレッスンの待ち時間。
私は、玄関口で並んでいる靴の数が少ないと、また戸を閉めて出直していました(笑)。そろそろ混んできたかなあ、というのを見計らって、存分にマンガを楽しんでいましたね。
当時は「アタック№1」が大好きで、布団の上で回転レシーブの真似をよくしていましたっけ(笑)。
なかなかマンガ雑誌なんかを、買ってもらえなかった時代でした。

あのときは、ゆっくり時間が流れていたなあ、と懐かしく思います。

  • 20131229
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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