紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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笹沢左保股旅シリーズ 第二話「狂女が唄う信州路」(その1)

笹沢左保股旅シリーズ 第二話「狂女が唄う信州路」(その1)

笹沢左保股旅シリーズ 第二話「狂女が唄う信州路」(その1)
原作は「雪に花散る奥州路」の表題で、4話収録されている中の1作である。その4話は表題作と本作、そして「木っ端が燃えた上州路」「峠に哭いた甲州路」。本作以外は全部、テレビ版での紋次郎作品として翻案されている。

なぜ、この作品は紋次郎に翻案されなかったか。それは主人公が、小伝馬町の牢屋敷に入牢するというところから始まるからである。
原作の紋次郎は入牢経験はあるが、市川崑劇場では設定したくはなかったようである。それだけに、アクシデントのためとはいえ映像化され、日の目を見ることができたことはラッキーであった。

テレビ版は原作とほとんど同じ展開である。
主人公の丈八役に川津祐介さん。男前な正統派の男優さんである。テレビ番組の「ガードマン」で、私もよく見ていたが、どことなく垢抜けていて、知性を感じる俳優さんだなと思っていた。調べてみると慶応大学の医学部に籍を置いていたとあり、「やっぱり……」と納得。
中村紋次郎よりは5歳年上であるが、貫禄がありながらも、若々しさを感じる。

ドラマは3年前(原作では6年前)に起こった、丈八が背負う宿命の事件から始まる。丈八の命を狙って、数人のヤクザ者が襲いかかる。丈八の姿は、前回の長次郎と同じく饅頭笠で、紋次郎の三度笠とはシルエットが違う。

4人を難なく斬り捨てた後、丈八は長脇差を鞘に納め、その場を立ち去ろうとする。しかし背後に人の気配がし、丈八は反射的に長脇差を後ろに振るった。残党のひとりだと思ったのだが、叫び声は図らずも女のものだった。
スローモーションで、女の腕が片袖と共に宙を舞い、丈八の驚きの顔。丈八は、たまたま傍を通りかかり、竹藪に難を逃れていた女を、敵と勘違いしてしまったのだ。

場面は切り替わり、大きな萱葺き家の前の地べたに正座をする丈八。屋根にはうっすら雪が見え、あたりは寒々としている。
右腕を切り落とされた、女の家である。乳飲み子をかかえた農家の若嫁は、大怪我のため乳も出ないと言う。地元の貸元の取りなしで、丈八は賭場で稼いだ二十両を詫び金とする。
襲ってきた連中は、賭場で勝った丈八の二十両を、奪い返そうとして追ってきたのだった。

長脇差と誓文は、貸元が預かると言う。誓文には金輪際抜き身の長脇差は持たない。もしこの誓いを破ったときは、自分の右腕を斬り落とされても不服はない、という内容だった。丈八は誓文に血判を押す。
ここに、「抜かずの丈八」という異名が誕生したのである。

川津さんの声は、抑揚がなく沈んでいる。原作の丈八の雰囲気を表現するための演出である。

「丈八は今年で三十一歳になるが、二つ三つは老けて見えた。顔そのものは彫りが深いし整っていて、むしろ若く見られるはずであった。だが、その何とも陰鬱で虚無的に暗い表情が、若さを感じさせないのである。およそ熱っぽさのない冷ややかな目つきも、丈八を世捨人のように分別臭くさせていた。」(原作より抜粋)

笹沢作品に登場する者は、必ずと言っていいほど、「彫りが深く整っている顔」である。日本人独特の、扁平な顔立ちでは、まず主人公にはなれない(笑)。
川津さんはその点、合格である。ただ陰鬱ではなく、どちらかというと爽やかさが隠せない顔立ちである。目の色に明るさがある。

丈八は自ら木刀を削りだし黒漆を塗り、鉄環、鉄鐺を取り付け鞘のように設える。柄や鍔もあり、外見は本物の長脇差そのものである。職人技であり、テレビ版の丈八さんは器用である(笑)。

丈八は若い者に賭場に誘われ、「鉄砲の吉兵衛」という老渡世人と出会う。
この吉兵衛役に「花沢徳衛さん」。頑固だが人情味溢れる雰囲気を持つ、名脇役である。60歳過ぎの渡世人役であるが、実年齢とピッタリである。お互い名乗ったところで、吉兵衛は「抜かずの丈八」と見抜く。丈八は街道筋では名が知れ渡っているようである。

連れだって賭場に入ろうとする二人を待ち構えていたのは、火盗改めだった。丈八と吉兵衛は火盗改めに引っ立てられる。

ここで芥川さんのナレーションが入る。小伝馬町の牢屋敷の説明である。絵図と共に語られる説明は原作通りであり、笹沢氏の丁寧な時代考証ぶりがうかがえる。

話は変わるが、人気だったドラマ「JIN-仁ー」で、主人公の南方先生が入牢する際、キメ板で殴られたり、「金は持ってないのか。」と訊かれるシーンがあった。その時、「私、このしきたりを知ってる!でもなんで知っているんだろう?」と不思議に思ったのだが、中学生の頃に読んだこの作品の記憶があったからなのである。
「つる金」という袖の下や、「キメ板」での荒っぽい洗礼、恐怖の縦社会など、牢屋敷内の理不尽な世界が、この後繰り広げられる。
その中で一番まずいこと……娑婆での関わりが悪かった知り合いと、牢内で出くわすことである。

しかし、まさに丈八がそうであった。牢名主の次の権力者である一番役、「三津田の仙太郎」が、丈八の天敵となる。仙太郎は以前、娑婆で丈八に痛い目に遭わされたことがあったのだ。

この仙太郎役に「垂水悟郎」さん。垂水さんは紋次郎作品第2シーズン「地獄を嗤う日光路」でこの後、民蔵役として出演されている。凶悪な犯罪者というより、どちらかというと知能犯的な雰囲気。劇団民藝出身の俳優さんである。

仙太郎は渡世人ではあるが、盗みもすれば女も襲うという無法者。今から4年前、酔って煮売屋で暴れている仙太郎を丈八は引きずりだし、小川の中へ投げ込んだと原作にはある。
丈八の命は、一番役の仙太郎に握られていると言っても過言ではない。
反対に吉兵衛は、牢名主と旧知の仲で、その点は救いであった。

笹沢左保股旅シリーズ 第二話「狂女が唄う信州路」(その1)

仙太郎は丈八を、4日間も絶食状態にする。見るに見かねて吉兵衛は、そっと自分の飯を差し出す。吉兵衛の立場が悪くなるからと、いったんは断る丈八だが、牢名主に貸しがあるから大丈夫だと吉兵衛は言う。その言葉に、あっという間に飯を流し込む丈八。それを苦々しく見る仙太郎。

吉兵衛に対する丈八の言葉遣いは、実に丁寧なもので、渡世人としての心構えがしっかりしている。
丈八は問われるままに吉兵衛に、3年前から長脇差は木刀であることを明かす。原作は6年前であるが、テレビ版では3年前としている。長脇差を抜かずに、修羅場を切りぬけるとは大した腕と度胸だ、と吉兵衛は感心し、おめえさんほどの男が、こんなところで命を落とすことはない、と小声で続ける。

「娑婆にいても畳の上では死ねねぇ身体だし、骨を拾ってくれる者もおりやせん。どこを死に場所にしようと、あっしは苦にならねぇんで……」

原作と同じセリフである。丈八の死生観を表している。この丈八も、紋次郎とベースは同じである。
テレビ版ではこの後、丈八は目を閉じ、片腕で赤子を抱く若嫁の姿と子守唄を思い浮かべる。

原作では吉兵衛に
「人を斬る長脇差に頼ろうとする自分が、いやになった。」
「一旦斬ったとなると、どうにもならない。斬ってはならなかったと悔いても取りかえしがつかない。それで、長脇差は持たないことにした。」
と異名である「抜かず」の訳を話す。

あの誓文の言葉は、丈八自らが戒め、課したものであったことがわかる。
紋次郎シリーズの中では、武士でありながら木刀を腰にしていた「雷神は二度吼えた」の堀田又兵衛がいた。又兵衛は臆病者で、相手を確認せず実の兄を斬ってしまった。自分の性格の弱さから、真剣を捨てた又兵衛と事情は違うが、誤って斬ってはならない者を斬ってしまった悔恨の情は同じである。
紋次郎も何回か、長脇差が使えず窮地に追い込まれたことはあるが、何年もの長い間、ということはなかった。

牢内は暗く陰鬱である。それに拍車をかけるように雨が降り雷が鳴る。
雷鳴のたびに、牢内は青白い稲光に包まれる。照明さんの腕の見せ所であり、不気味な雰囲気が出る。

仙太郎は手下である四番役の忠次に命じて、丈八にリンチを行おうとする。しかし忠次はキメ板を仙太郎に返す。この忠次、もうすぐ出牢のようで、あまりもめ事を起こしたくなさそうである。
牢内は重苦しい雰囲気が流れる。牢内の多くの者は、仙太郎の横暴ぶりに嫌気がさしているようであり、牢名主さえうんざりしている。

仙太郎は自らキメ板を何枚も手にし、百叩きを行おうとするが、止めに入ったのは佐助。
この佐助は芝居っ気のある剽軽な男で、仙太郎のそばで機嫌取りをする囚人である。この佐助のキャラクターは原作にはなく、テレビ版だけ。
そんな佐助は、女形のような役者言葉で、仙太郎にすがろうとするが突き飛ばされる。

次に丈八をかばって進み出たのは、吉兵衛だった。咳き込みながらも気丈に、「やるんだったら、俺をやってくれ!」と丈八の前に出る。
「とっつぁん!」と丈八は止めに入るが、すかさず
「うるせぇ!ここは三下の出る幕じゃねぇ!おい、仙太郎。鉄砲の吉兵衛と言やぁ、関八州じゃあ、ちっとは名の通った男だ。百叩きをやるんなら俺からやってくれ。どっちが先にくたばるか、根比べだ。さあ、やってもらおうじゃねぇか!」
と啖呵を切り背中を向ける。

さすが、年老いたとはいえ「鉄砲」と異名を持つだけあって、威勢がいい。
「この老いぼれが!」と不敵な表情の仙太郎に、牢名主も「何人やったら、気が済むんだ。」と声をかける。
仙太郎は吉兵衛を無視して、丈八をを引きずり出そうとするが、そこに牢役人がやってくる。仙太郎は腹立ち紛れに、吉兵衛を殴りつける。

テレビ版では、恐怖の牢内の様子が大分薄められているが、原作ではもっと酷い。
何人もの男たちが、牢内で殺され、闇に葬られている。そのすべては病死で片付けられているのだが、その理由と手口が尋常ではない。
名前を呼ばれたのに返事をしなかった、仙太郎の足に唾が飛んだ……それだけの理由で、二人の平囚人が一晩、体を逆さまにされて殺された。丈八への報復のための序章である。
原作では、「蛇の生殺しを楽しむようなやり方」と書かれている。

そして原作では実際に、丈八は百叩きの目に遭っている。しかし丈八は音を上げなかった。その結果、リンチは十日間も続く。
閉塞感の中、絶望的な仕打ちであり、読んだだけでもうなされそうな惨状である。

テレビ版では、牢役人が佐助に差し入れが届いたと、饅頭を持ってくる。佐助は喜んで受け取り、牢名主をはじめ、役付けの囚人たちに配る。仙太郎も饅頭を頬張り、機嫌を直しかけるが、世間話の中で佐助が信州出身であることがわかったとたん、豹変する。

丈八と同じく信州無宿だということで、丈八の代わりに佐助をいたぶるというのだ。佐助は泣き叫び、許しを乞うが聞き届けられない。
丈八は仙太郎に飛びかかろうとするが、忠次をはじめ手下たちに体を押さえ込まれる。怒りに満ちた、川津さんの目の演技がいい。セリフはないのだが、怒りと口惜しさがその目の光に表されている。

牢内には漬物の樽があり、その塩と糠で濁った水を裸の体にかけるのだ。その後着物を着せると体は温まり、発疹ができる。そして、気も狂わんばかりのかゆみと痛みで七転八倒し、最期を迎えるというのだ。なんという私刑だろう。

ここまで具体的に、原作にも書かれているということは、史実なのであろう。人の命を何とも思わない、悪魔の所業である。
忠次は「ちょいとしたお楽しみさ。」と軽く言い、仙太郎は面白そうに笑っている。

さすがにそのリンチは映像化されていないが、その後闇の中、格子越しに差し込む光が、佐助の死体を照らす。ムシロをかぶせられた佐助の死体は戸板に乗せられ、牢から外に出される。
何の関係もない人間が、丈八のために殺される。丈八にとってはこの上ない精神的な苦痛である。


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Re: 笹沢左保股旅シリーズ 第二話「狂女が唄う信州路」(その一)

「抜かずの丈八」真崎 守で漫画にもなっています。
タイトルは「丈八しぐれ」週刊プレイボーイに二回連載されサンコミックス(私の元勤め先)で単行本化。
最後のドンデン返しが泣かせますね。
自分のけじめのため女の元へ旅立つラストが秀逸です。
では、又♪

Re: 笹沢左保股旅シリーズ 第二話「狂女が唄う信州路」(その一)

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

丈八の情報、ありがとうございます。
「抜かずの丈八」の異名、結構気に入っています。かっこいいですもんね。

「丈八しぐれ」……「しぐれ」って雨のことなのかなあ、と思い調べてみました。
辞書によると「涙ぐむこと。涙を落とすこと。また、その涙。」ともありましたから、こちらの意味でしょうか?それとも二つの意味を重ねてあるのでしょうか?

話が変わりますが、私は「牛肉のしぐれ煮」が好きです(笑)。

  • 20140107
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
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Re: 笹沢左保股旅シリーズ 第二話「狂女が唄う信州路」(その1)

このVTRをどこにしまったのか見つからなくて、ずっと探してたんですが、ようやく発見できました。
10数年前に録画した時、冒頭の墓地のある竹薮を見て、「おお~~!ここ、洛西に住んでた頃に行ったぞ!」と舞い上がり、保津峡も出てきて喜んだのを覚えてます。
今からじっくり鑑賞し、原作も読み返したら、あらためてコメント書きますね。

  • 20140119
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 笹沢左保股旅シリーズ 第二話「狂女が唄う信州路」(その1)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

実は、私も録画したものを探していたんです(笑)。
お互い、見つかってよかったですね。

ロケ地をご存知なんですね。竹はやっぱりいいですねぇ。
保津峡はエンディングですか?

また、コメントをお待ちしています。

  • 20140120
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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