紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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笹沢左保股旅シリーズ 第二話「狂女が唄う信州路」(その2)

笹沢左保股旅シリーズ 第二話「狂女が唄う信州路」(その2)

笹沢左保股旅シリーズ 第二話「狂女が唄う信州路」(その2)
入牢して、ふた月が経過する。丈八の月代は一層伸び放題になり、髭も見える。しかし、川津さんの端正な顔立ちは健在であり、より男っぽさが増し魅力的に見える。吉兵衛は以前より、元気がなくなり弱っている。後28日で、二人の刑期が終わるのである。

仙太郎は根負けしたのか、最近は丈八にはあまり手を出さなくなった。四番役の忠次が牢を出た後、何か考え事をしているようである。仙太郎は手慰みに、2個の胡桃をゴリゴリと掌の中でこすり合わせながら、もの思いにふけっている。何を考え込んでいるのか。

吉兵衛はもう娑婆には出られないかもしれない……と弱気なことを言う。持病の喘息が悪化しているのか、咳き込んでいる。吉兵衛の背中をさする丈八の優しさ。このふた月の間の親交ぶりが、うかがえる。吉兵衛は自分の身の上話を静かに始める。

茶屋女との間に娘がいる。3歳のときに見捨ててしまい、それっきり会ってない。去年の暮れに、信州洗馬宿の砥石問屋に嫁に行ったと、風の噂で聞いた。今頃、孫でもできているだろう。娑婆に出られたら、まっさきに会いに行きたい……と胸の内を話す。
しかし洗馬宿のある中山道、とりわけ木曽路は、追放お仕置きの身では立ち寄ることはできない。だが吉兵衛は、一目見たら死罪になっても悔いはない、としみじみと話す。

流れ老渡世人にとって、最後の望みは血のつながりだった。一所に落ち着かず、流れ歩く無宿人にとって、地縁はない。しかし、血のつながりはある。
どこで野垂れ死んでもいい身ではあるが、死ぬ前に一目、自分が生きてきた証である血のつながり……娘と孫を見たいのである。

吉兵衛は丈八に、自分が死んだら洗馬宿の娘に届けて欲しいと、守り袋を首からはずす。
娘の名前は「お京」、線香の一本でもこの守り袋にあげてくれれば、成仏できると伝えてくれ、と丈八の手を握りしめながら、守り袋を渡す。丈八は、守り袋にしばらく目を落とし、無言で自分の首に架ける。
花沢さんの切々と訴える演技は、胸を打つものがある。

牢役人が一番役の仙太郎を呼び、何やらヒソヒソ話をしている。
吉兵衛は「作造り」が始まる、と丈八に教える。新しく収容される囚人が近々増える。そのために、「作造り」と称する囚人の人減らしが行われるのである。平囚人の中から、誰を闇に葬るかは役付き囚人たちが決める。一番役の仙太郎は丈八を選ぶに違いない、と吉兵衛は言う。

「覚悟はできておりやす。」
と言う丈八に、吉兵衛は驚く。
「無駄には死にたくありやせん。仙太郎を道連れにした方が、みんなのためでもござんすからね。」

丈八は、むざむざと殺されはしない。仙太郎も道連れにするつもりなのである。その後、他の囚人に殺されようと構わないと思っている。

原作では、作造りが段階を追って行われる。まず3人、次に4人、5日後には3人があの世に送られる。
10人が殺され、次が最後……その中には丈八も含まれるだろうと、吉兵衛は予測する。じりじりと迫り来る、恐怖感があるはずだが、原作は淡々と書かれている。
丈八以外の平囚人たちは、次は自分の番かも……と生きた心地がしなかったようだが、丈八の心情はまったく書かれていない。丈八は死を怖れていないからである。

テレビ版は、そのあたりの経過は省略されている。また、丈八への何日も続いたリンチも省略されている。映像として流すには、あまりに暴力的だったのかもしれないが、少しは入れて欲しかった。テレビ版の丈八への仕打ちは、何日かの絶食と、丈八の代わりに佐助を殺したことぐらいしか印象に残らない。

それぞれの死体は、牢医に金を掴ませてあるため検死もない。まさに、地獄の沙汰も金次第なのである。牢役人も見て見ぬふりなのだから、同じ穴の狢である。

テレビ版では、その夜に作造りが闇の中で行われる。暗闇の中、影絵のように囚人達が争う様が映し出される。いよいよ作造りが始まったのだ。
丈八は仙太郎を道連れにしようと、紐状の布を手にして身構えるが……。

笹沢左保股旅シリーズ 第二話「狂女が唄う信州路」(その2)

しかし翌朝、死体になっていたのは仙太郎だった。牢内で反乱が起こったのか、意外な展開となる。丈八も口にするが、全く拍子抜けである。吉兵衛は「因果応報だ。」とも言う。

原作では、仙太郎の死後、出牢した忠次から豪勢な牢見舞が届く。忠次は仙太郎が死んだことを知らず、牢名主や仙太郎他、役付きの囚人たちに牢見舞を送ってきたのである。皮肉な話としているが、この後の展開への伏線である。

テレビ版では、この後切り替わり、娑婆に出た丈八と吉兵衛の姿がある。吉兵衛が被る笠は真新しく、丈八の笠は黒ずんでいて、年季が入っている。
杉木立越しに街道を歩く二人の姿……。このシーンは、紋次郎作品でもよく見られるカメラワークである。

二人は吉兵衛の娘、お京の嫁ぎ先である洗馬宿に向かう。途中吉兵衛は、喘息の発作に見舞われるが、足を止めようとはしない。丈八はそんな吉兵衛を抱き起こし、背中をさする。
「少し、休んでいきやしょう。」
と、勧める丈八の言葉には従わず、先を急ぐ吉兵衛。
「おめぇさんに、付いて来てくれと頼んだ覚えはねぇんでぇ!」
と強気な吉兵衛に、
「頑固じじいめ!」
と言いながらも、同行する丈八。人情味がある丈八である。

洗馬宿近くで、野良に出ていた農婦から、お京の消息を聞いて喜ぶ吉兵衛。
お京は、扇屋という砥石問屋に嫁に行き、男の子を授かったという。お京は器量よしだし、若旦那は役者にしてもいいくらいの男っぷり……お似合いの幸せな夫婦のはずだが、
「お京さんに会いに行っても、無駄足になるだろう。」
と、意味深な言葉を残して去っていく農婦……一体どういうことなのか?

その後洗馬宿に着き、扇屋の若旦那、清吉に吉兵衛は声をかける。
清吉役に「小林勝彦さん」。なるほど、整った顔立ちの方だが、この俳優さん、時代劇ではよく悪代官をされていたので、何となく油断できない印象を受けてしまう。先日観た古い時代劇でも、悪役で出演されていた。
大映東京のニューフェイスとしてデビューし、その後大映京都に移籍されている。声優さんとしても活躍されたようであるが、2005年に68歳でお亡くなりになっている。

お京に会わせて欲しいと吉兵衛は申し出るのだが、清吉は何となく浮かぬ顔で言葉を濁す。これからお京に会いに行くので……と言う清吉の後を二人はついて行くのだが、そこで目にしたのは正気を失っているお京の姿だった。

黒猫を抱いて子守唄を唄うお京は「日色ともゑさん」。日色さんはその後、紋次郎作品の「明鴉に死地を射た」で、千鶴役をされている。武家娘の千鶴役とは全く違う雰囲気で、幼さが残る面持ちである。
しかし、洗い髪を乱し猫を放り投げ、走っていく姿は痛々しい。
丈八は子守唄を耳にして、自分が誤って斬ってしまった女のことを思い出す。片腕で赤ん坊を抱き、丈八を見る女の姿は、丈八の脳裡から消えることはないのだ。

清吉は、自分の方が気が狂いそうになる……と顛末を話す。
半月ほど前に、牧野の伊兵衛親分のところにならず者たち3人が草鞋を脱いだ。友蔵という男が主犯格で、店の前で赤ん坊をあやしているお京に目を付け、連れの者と河原でお京を襲ったというのだ。お京はショックのあまり、次の日の朝には気が触れてしまっていた。

「何ていうことをしやがる!」
吉兵衛は、口惜しさと怒りで顔がゆがむ。丈八はその傍らで、遠い目をしてお京の姿を見る。

本山宿に出かけている友蔵たち一味を、吉兵衛と丈八は木の下で待つ。吉兵衛はひどく咳き込み、うずくまっている。
伊兵衛一家の代貸は、渡世の義理で、友蔵たちに手を貸すと答えたと丈八は伝える。丈八は吉兵衛のために、伊兵衛一家に出向いて話をつけに行ったようである。

吉兵衛は「年をとっても、おれはまだ渡世人だ。畜生野郎を黙って見逃す訳にはいかねぇ。」
と、お京の仇をとるつもりである。
「とっつぁん、その身体だ。とても荒っぽい真似は無理ですぜ。」
と、丈八は吉兵衛の身体を気遣う。

木枯しの音が終始聞こえる。
三度笠から見える丈八の横顔は、紋次郎のそれとよく似ている。笠の縁が、目のすぐ上にくるようにアングルに気を遣っている。三度笠の形状は違っていても、どのあたりまで顔を見せるか、というのは重要な点である。一番かっこよく見せるアングルは、紋次郎作品を踏襲している。

川津祐介さんは、シルエット的には、笹沢作品の渡世人にピッタリなのだが、台詞回しにはぎこちなさがあるように感じる。台詞をなぞっているように聞こえてしまうのだ。スポット状態での出演なので仕方がないのだが、台詞が丈八のものとしてこなれていないように思う。過度の抑揚をつけずに演じようとしているのが、こちらに伝わってしまう。

丈八に助っ人を頼んでいるわけではないから、口出しするな、と吉兵衛は丈八を制する。頼まれないからと言って、知らん顔はできないと、丈八は自分から関わろうとする。
「抜かずの丈八」にドスを抜かせようとは思っていないから……と、吉兵衛は丈八を巻き込むことを心配する。しかし、丈八は吉兵衛から離れようとはしない。

前回の長次も、自分から関わろうとしたが、今回の丈八も同じである。折角自由の身になったのにおかしな男だと、吉兵衛に言わしめるが、丈八にとっては牢内にいても娑婆にいても、さほど変わらないのだ。
どこに身を置いても、死とは隣り合わせだし、骨を拾ってくれる者はいない。生き方には、人の数と同じだけいろいろあるだろうが、「死」だけは誰でも平等に与えられる。人は誰でもいつか死ぬのである。遅かれ早かれ、一度はやって来るものなのである。

頼まれてもいないのに関わろうとするのは、牢内で世話になった吉兵衛が、命をかけようとしているからである。吉兵衛は娘のために、命を捨てようとしているのだ。
そして丈八は、お京と、自分が人生を狂わしてしまった片腕の女とを重ね合わせている。お京の人生を狂わせたのも、丈八が女を誤って片腕を切り落としてしまったのも、結果としては同じ罪だと思っている。吉兵衛の助っ人になり、お京の仇を討つことは、せめてもの罪滅ぼしと思っているのかもしれない。単なる、吉兵衛やお京への同情だけではないのである。


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