紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第18話 「流れ舟は帰らず」(前編)

第18話 「流れ舟は帰らず」

第18話 「流れ舟は帰らず」(前編)
(原作 1971.4月)(放映 1972.5.27)
原作では第2話であるが、テレビ版では第1シーズンの最終回となる。実は市川監督は、この「木枯し紋次郎」を13話ぐらいで終了して「股旅」を撮りたかったらしい。しかし視聴率が思いのほか高くなり、終わらせる訳にはいかなかったという。
第2話は題名からして最終回には相応しいので、当初からの予定であったのだろう。「赦免花は散った」と同じ文体(「~は~」)で、テレビ版の題名の中では一番短い。
市川氏自らが監督した作品は「川留めの……」「地蔵峠の……」「峠に哭いた……」のシリーズ初めの3作品と、この「流れ舟は……」で計4作品である。

展開は原作とほぼ同じではあるが、作品に流れている雰囲気が随分違う。これはキャスティングによるものが大きい。とにかく出演する各々のキャラクターが濃すぎるのだ。その中でも一番印象が強いのは「お藤」である。
お藤役に「吉田日出子」。独特のキャラクターの持ち主である。キャスティングが先行して、脚本が書かれたのではないかと思われる。
原作のお藤は「十九か二十の娘、美人ではないが、可愛らしい顔をしている、お嬢さんであることは、そのおっとりした仕草でわかる」
と書かれているが、吉田日出子のキャラではないように思われる。
テレビ版のお藤はとにかく個性的すぎる。パニックに陥ると放浪するのだ。本人は目的地に向かっていると思い込んでいるが、実際はとんでもない方向に向かっており、結局放浪となる。健気で一途であるだけに、憎めない。紋次郎もいつになく、お藤の扱いには戸惑ってしまい、お手上げ状態になる。
実は私もお藤に負けないぐらい方向については自信がなく、地理にはとんと疎い。大体1回で目的地に到着した試しがない。それだけにお藤には親近感を持つ。
お藤は「江戸であれば、道に迷うことはないのに……」と、追われている途中、山林の中で紋次郎に言う。
そんなお藤に紋次郎が諭す。
「野や山にも目印はたくさんありやすぜ。夜なら星、昼ならお天道さん、吹く風も木立の種別も、ちょっと気をつければ多すぎるほどでさあ」
私にとっても、肝に銘ずべき名言である。思わず「そうなんですか、私もこれから気をつけます」と画面に向かって言いかけた。

原作ではお藤の父親が襲われて、死ぬ間際の頼みを紋次郎は引き受ける。しかし実のところ言葉で意思表示はしていないのだ。

「どうせアテのない流れ旅を続けているのだし、どこへ足を向けても同じことだった。ただ意志を言葉にしなかっただけである。殊更のように引き受けたとか、承知したとか意識したくなかったのだ。だから、彦三郎が礼金だと差し出した二十両も、紋次郎は受け取らなかった。
紋次郎には、この世でただひとり気を許していた幼馴染みの兄弟分に、裏切られるという苦い経験があった。以来、何かを頼まれて引き受けるということを、しなくなった。常に自分の気まぐれか、自由意志で行動することにした。そうすればどんな結果が出ようと、裏切られることにはならないのである」(原作より抜粋)

第18話 「流れ舟は帰らず」

テレビ版ではお光からお藤を捜すように頼まれるが、あっさり断っている。
紋次郎にとって「お光」というのは特別執着のある名前のはずだが、何の反応も示さない。間引きから救ってくれた姉のお光の話は原作では第4話を待たないと提示されない。「お光」という名前だけでは、紋次郎は心を動かされない。初めて姉のお光がらみで関わるのは第8話の「川留め……」でお光そっくりのお勝との出会いである。

今まで登場してきた女のほとんどは、紋次郎に頼り助けを乞うのにお藤は違う。これもめずらしい存在であり、お藤からは助けて欲しいとは頼まれていない。しかし、いつの間にか関わってしまっている。
とにかく行く先々で、フラフラして危なっかしいお藤と出会ってしまい、呆れながらも助ける羽目になるのだ。頼まれていないことに関わる紋次郎は、めずらしいかもしれないが、あまりに世間知らずで純粋なお藤を助けざるを得なくなったか。
空腹で倒れるお藤のために百姓家で干芋を貰い受けたり、逃走中、お藤に草鞋を履かしてやったり……と世話を焼く。
何度も紋次郎の助けを借りずに、江戸に向かおうとしては気を失うお藤の寝顔をしげしげと眺める紋次郎。
「一人でこっから抜け出すのは無理なようですぜ。とにかく腹いっぱい喰って身体を治すことが一番だ」と思いやりの言葉を呟くなど、今回の紋次郎は実にヒューマニストでフェミニストだ。

私が好きな紋次郎の細かいディテールの一つに、紋次郎が破れた合羽を繕う場面がある。男っぽく野性味溢れる紋次郎が、慣れた手つきで糸と針を使いこなす。その意外性が逆に、真実味があり実在感が増す。原作では「破れた鉤裂きを不器用に繕ったあとが見られる」といった説明が時々見られる。この繕いの手元はきっと中村氏本人であろう。中村氏は若い頃アメリカのバークレイで遊学をしており、その時ウーマンリブの闘志たちと一緒に生活をしていた。当然家事も担当していたので、掃除、洗濯、料理、裁縫はお手のものだったに違いない。
(事実今でも、一人自宅にいるときや休日は、冷蔵庫の種々雑多の食材で焼きめしをつくっておられるとか……)
それともう一つ、小道具ひとつ一つにリアリティーがあること。紋次郎が繕いを終わり、糸と針を振分け荷物に収めるとき、中身がチラリと見える。その中に折りたたんだ小田原提灯が見える。他にも薬や紐、筆らしきものも見える。そういう細かいところまで丁寧に作っているところはいつもながら感心してしまう。因みにこの小田原提灯は、第2シーズンの第20話「暁の追分に立つ」で使われている。
(後編に続く)

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Re: 第18話 「流れ舟は帰らず」(前編)

お夕さん、メール頂き有難うございました。
一昨日の夜6~8時の豪雨は1時間に120mmもの雨が降って物凄く、恐怖を覚えました。実際、その時間には県内各地で河川の氾濫、土砂崩れがあったようで自然の脅威に人間は慄くばかりです。
原作には無い紋次郎の「野や山にも目印はたくさんありやすぜ・・・」台詞も情感たっぷりで紋次郎らしさがいいですね。流石に九里子亭の脚本で安心して見ていられます。
最近菅原文太版の映画一作目「木枯し紋次郎」のビデオを手に入れ見ました。お夕さんはご覧になられましたか?
映画二作目の「関わりござんせん」はカミヤッカーさんも見ない方がいいと言われていたのでそちらは見ないことにしました。
菅原紋次郎は「紋次郎の独白」で笹沢先生がイメージにピッタリと絶賛していましたが、私には男らしい凄みはあるが、余りに華奢ではかなげで頼りなささえ感じてしまいました。「紋次郎の独白」でも菅原文太さんは気遣いの人で、神経が細やかと書かれていましたが、それがにじみ出ているようなやさしげな紋次郎でした。
中村紋次郎は体格の良さや、痩せてはいても健康的な若々しさがあって、甘いマスクの下に何物にも動じない強かさや、芯の強さも見え隠れして、やはり紋次郎の「他人を信じず自分だけを信じて生きる強さ」は敦夫さんでなくては演じられないと確認しました。
長文失礼しました。
チャッピーは幾分元気になりました。ハムちゃんはお気の毒でしたね。

  • 20090726
  • おみつ ♦aiP0wTO2
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  • 編集 ]
Re: 第18話 「流れ舟は帰らず」(前編)

「流れ船は帰らず」という作品は全テレビ作品を通して、かなり印象に残る作品でした。テレビ版はどこかにコミカルな味わいを残していて、紋次郎作品のなかのでもかなり特殊な印象を受けたのを覚えています。

吉田日出子さんのどこかずれた感じと、悪女役の松村英子さんもどこかお間抜けで憎めない感じがして、妙な笑いを誘われました。他にも随所に、一風変わった演出が見られたことも印象に残る理由のひとつです。

たとえば西部劇に登場する酒場のようなデフォルメが施された飯屋や当時の食糧事情の悪さがよくわかる、紋次郎の食べる食事。歴史的事実とデフォルメされた事実が絶妙にミックスされ、ぼくにとって紋次郎シリーズの中でも屈指の傑作になりました。

  • 20090726
  • gitan ♦-
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Re: 第18話 「流れ舟は帰らず」(前編)

今晩は。この作品は私もとても好きな作品のひとつです。さすが、市川監督の意図する所の「紋次郎」だと思います。いつも女性に頼られても素っ気なく振り切る紋次郎も余りのお藤の頼りなさに放っておけなくなるんですよね。私も紋次郎が合羽をつくろう所がとても好きです。そして、そんなシーンや「野に山にも・・」の言葉の中にも孤独感が現れていて、何かキューンとなるんですよ。腕っ節が強くて、頼りがいがあって、隠そうとしても滲み出る優しさがあって・・やっぱ惚れるなあ~(笑)

  • 20090726
  • sinnosuke ♦SYpZ2H2I
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  • 編集 ]
Re: 第18話 「流れ舟は帰らず」(前編)

おみつさま、豪雨の被害はございませんか。未だ被害が拡大しているようで、心配しています。
菅原紋次郎はチラッと地上波で、途中からの「関わりござんせん」を観ましたが、市原悦子さんのお光役にすごーくイヤな感じがしたので、即消しました。「赦免花」は観ていませんが、観たいような観たくないような感じです。どなたが紋次郎を演じられても、絶対に敦夫さんと比較してしまうので、やはり複雑な感じはします。機会があれば観るかも知れません。
男好みの菅原紋次郎、女好みの中村紋次郎と笹沢氏は評しておられますが、男性諸氏からもぜひご意見をお聞きしたいものです。
笹沢氏が江口紋次郎を観て、どのように評されるのだろうと思いますね。

  • 20090726
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第18話 「流れ舟は帰らず」(前編)

gitanさま、コメントをいただきありがとうございます。
コミカルさを感じるといえば、「川留め」「流れ舟」「獣道」といったところでしょうか。
先日宮崎駿さんが、「自分の作品の中にはウソがある」というようなことをインタビューでおっしゃっていました。たとえば「千と千尋……」に出てくる湯屋ですが、「このアングルだと絶対に瓦がそんなに見えるはずはないのだが敢えて描いた」ということです。
リアルさだけを追求しても、作品としては面白くないんですよね。三度笠の大きさや合羽の長さなどもそうだと思います。着物の柄も髪型もそうですよね。そのバランス具合が市川監督は絶妙だと思います。

  • 20090726
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第18話 「流れ舟は帰らず」(前編)

sinnosukeさま、コメントをいただきありがとうございます。
紋次郎の真の優しさが、随所に見られる作品でしたね。「口数が多くて、いかにも優しそうな男には注意した方が良い」と、私は紋次郎から早くに学びました。今の若い女子にも、老婆心ながら心に留めておいていただきたいと思っております。
「言葉にして言ってくれなきゃ、わからないじゃない!」などと言っていないで、そのくらいの心の機微が感じ取れるように、自分の心をも磨いておかないといけないなあとつくづく思いますね。

  • 20090726
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
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