紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その1)

笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その1)

笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その1)
原作は「見かえり峠の落日」を表題とし、五作の短編を収録した内の一作で、昭和45年の11月号「小説現代」に掲載された作品である。この作品の主人公は「竜舞の銀次」という渡世人である。

「竜舞」……実にかっこいい通り名である。竜が舞う如く足が速いという異名かと思ったが、実際、群馬県太田市に「竜舞」という地名があり、銀次の生まれ故郷なのである。
上州の太田宿といえば、国定村にも近く、紋次郎の出生地、三日月村のモデルとされた藪塚にも近い。笹沢氏は多分、上州の地図を広げながら、この作品の構想を練っていたであろう。そして、その地図上にある「竜舞」という地名に目をつけ、銀次の出生地としたのではないだろうか。

この銀次役を「天知茂さん」が演じている。正直、天知さんがよくこのオファーを承諾されたと思う。
天知さんと言えばかなりの大物で、ニヒルで渋い俳優さんである。明智小五郎役や「非情のライセンス」での会田刑事役など、私も記憶に残っている。眉間の皺がトレードマークで、貫禄ある風貌の方だった。この時は、40歳を超えておられたと思うのだが、原作では年齢が書かれていないので、あまり比較はできない。
「長身で大柄」「端正な顔に凄みがある」という外見が少し書かれてはいるが、どちらにしても原作のイメージがどうのこうのと言えない状況ではあったことだろう。とにかく、紋次郎の番組存続のためなのである。
紋次郎シリーズを手がけた大映とは、倒産時まで本数契約をされていたので、急なオファーだったが一肌脱いでくださったのだろう。

「見かえり峠の落日」でも国定忠次がからんでくるが、この作品も忠次の存在が大きい。「見かえり……」では江戸に護送される忠次一行とすれ違うのだが、本作品は忠次が処刑されてからが重要なテーマになっている。

笹沢作品に出てくる渡世人の中では、竜舞の銀次は珍しい人物設定である。。それは、自ら「関わってしまう」というところと、連れをつくっていたというところだ。「関わりは持ちたくない。」と人の頼みを拒絶するも、最終的には関わってしまう渡世人の話が多いのだが、銀次は違う。

「頼まれると嫌と言えない。頼みを引き受けて、その度に損をする。」
「そういう性格なのだろうが、それも度重なるとお人よしではすまされなかった。自分の馬鹿さかげんに、呆れ返ることもあった。何のために十年近くも、渡世人として世間の裏表を見て来たのかわからない。相手を信じるわけではないのだが、頼まれると断り切れない。それがいつも、騙され裏切られるという結果になるのだ。」(原作より抜粋)

銀次は自分でも自覚しているのだが、「人を信じやすい性質」なのである。信じやすい性格のため、十年前に、恋女房のお玉にも逃げられている。近くに住む浪人者と駆け落ちされているのだ。ということは、女房に逃げられてから、流れ渡世人となったことになる。この経緯を読むと、今までの笹沢ワールドの渡世人とは、一線を画していることがわかる。何となく、天知茂さんでは、役不足感を抱いてしまう。

ドラマは、瀕死の小三郎が銀次に「一思いにやってくれ。」と、喘ぎながら頼むシーンから始まる。なぜこんなことになったのか?という「つかみ」はOK。

時はさかのぼる。
若い娘に、父親が綱五郎という乱暴者に痛めつけられているので、助けて欲しいと懇願される銀次と小三郎。娘から「親分さん」と呼ばれて、助けを求められる展開は、まさにオーソドックスな任侠時代劇。笹沢作品であれば、「親分さんってのは、やめておくんなせぇ。」と言う台詞がほしいところである。
二人は頼まれるがまま、現場に出向く。そして、抜刀する浪人崩れの綱五郎の腕を、銀次が斬る。このときの動きは、まさに武士の刀さばきである。
綱三郎は、「てめぇの面、忘れねぇぜ!」と、捨て台詞を吐いて斬られた腕を押さえながら去る。

娘は、銀次に礼を言うが、助けられた娘の父親からは、礼の言葉はなかった。それどころか、
「綱五郎からまた仕返しをされる。」
と恨み言まで聞かされるのである。手傷を負わせただけの半端なやり方が気にくわなかったらしい。
そんな態度に小三郎は怒るが、銀次はそれを制して
「こっちも体を張ったんですぜ。」
とだけ言い残して、その場を去る。

何の助けもせず、見物をしていた住人達も、無言でバラバラとその輪を崩す。
所詮、無宿の渡世人は、人助けをしても堅気からは感謝されないのである。

見物人が去った後、旅姿の商人風の二人の男が残る。手代の男が「確か、上州太田の在の生まれ、竜舞の銀次とか言っておりました。」と、もう一人の年輩の商人に教える。
「上州の生まれか。行き先は?」
「そこまでは……。」
銀次たちに、何か用でもあるのか。

小三郎は、娘だけでも喜んでくれたから良かった……と気を取り直して明るく言う。しかし、あの浪人崩れの男、執念深く付きまとうのでは、と心配を口にする。この予想はクライマックスで的中するのだが……。

笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その1)

この小三郎役は」倉丘伸太郎さん」。丸顔で眉毛が太く童顔。いわゆる、昭和の顔といった感じの俳優さんである。明るくしゃれっ気のある、一本気な若い渡世人役である。しかし調べてみると、敦夫さんより1歳だけ年下なので、ちょっと驚いた。やはり丸顔は若く見える。

タイトルロールが終わって、信州路を行く二人。その後を商人風の二人も追っている。
水飲み場で休んでいるところで、二人は若い男に声をかけられる。そしてまた、頼まれごとをされるのである。

男はこの先の山之内に住む、小作の伜の末吉と名乗る。年貢が納められず地主の清右衛門に五両を借金をした。姉と二人で奉公して返そうとしたが、待てないと言われ、姉はさらわれた。何とか姉を救い出してもらいたい、と言うのだ。土下座をして、借金を返すために貯めた僅かな金だが……と末吉は銀次に渡そうとする。
小三郎は、話を聞き頷く。引き受ける気、満々である。それを見た銀次もまた、その気でいる。そして、気持ちだけは受け取るが、先立つものは路銀だから……と差し出された金を受け取ろうとはしない。
「少しはお役に立てるかもしれやせん。」と、また引き受けてしまう。これがいわゆる「渡世の道で男を磨く」というものなのだろうか。まさに「強きをくじき弱きを助ける」……自らが、他人のもめ事の渦中に身を置こうとするなどとは、今までの笹沢作品にはなかった人物設定である。

その後、末吉の話を真に受けた二人は清右衛門を訪ねるが、騙されたことを知る。末吉の話は全くの出鱈目だったのだ。

末吉は清右衛門の小作人だったが、親が死んでからは札つきの遊び人となって村を飛び出した。しかし半月ばかり前、心を入れ替えるから女を下働きとして預かってほしいと言ってきた。足を洗うために必要だからと、給金を前払いして欲しいというので、五両を渡した。しかしそれは芝居で、女は末吉の情婦。金を引き出したら、体を取り戻しに来ると女と約束したらしい。今では女は末吉に嫌気がさし、手を切ってここで真面目に働いている、と言うのだ。

借金のカタに姉が掠われたなどとは、真っ赤な嘘だったのだ。清右衛門の話を聞いた銀次は、潔く引き下がる。
銀次たちが去った後、「今どき珍しい、話がわかる渡世人だ。」と清右衛門は感心する。

しかし話はそこで終わらなかった。事情を知らない村の百姓たちは、清右衛門のところにヤクザが因縁をつけに来たと思いこみ、二人を襲う。この清右衛門は、地主として小作人たちに慕われている人物だったのである。
鍬や鋤、棒きれを手にした大勢の百姓たちに囲まれ、二人は逃げる。笹沢作品では、百姓たちが集団心理で、暴力行為に走るというパターンが何度か出てくる。
堅気衆には長脇差を抜かないのが、真っ当な渡世人の姿である。しかし、逃げる途中に小三郎は足を滑らせ、興奮した百姓たちに滅多打ちにされる。助けに帰ってきた銀次は、棒きれを振り回して百姓たちを追い払うが、小三郎は深手を負って倒れている。

霧が白くあたりを覆う中、銀次は瀕死の小三郎を背負い歩く。小三郎が大事に引き回していた黄色い道中合羽が、霧の中に微かに見える。このシーンは、実に美しく撮られていて寂寥感と虚しさが漂っている。
銀次は背中の小三郎に「すまねぇ。」と謝る。そして前述した、頼まれたら嫌と言えない云々と、自分のお人よしさを悔やむ。小三郎は最期まで、話に乗ったのもドジを踏んだのも自分だと、銀次に世迷い言は言わない。
あんなに明るく、良き相棒の小三郎だっただけに、その姿は余計に痛々しく見える。そして、オープニングの「一思いにやってくれ。」に、話が繋がるのである。

痛みに苦しむ小三郎を、長脇差で銀次は楽にする。小三郎が眠る土饅頭の上に、銀次は小三郎の黄色い合羽を被せ、近くに咲く白い梅の小枝を供える。
原作では、小三郎の亡骸を合羽で包み、その上に土を盛る。合羽は小三郎と共に埋められ、土饅頭には長脇差が突き立てられる。

土饅頭の前に佇む銀次に声をかける男がいた。それはずっと後をつけてきた、商人風のあの男だった。
年輩の男は、丁寧な言葉遣いで、信州須坂で商家を営む久兵衛と、その手代の六助だと身を明かす。須坂で嫌われ者の綱五郎を斬ったという噂の銀次に、折り入って頼みがある、と言うのだ。銀次の生まれの太田の在は国定村の近くだし、その貫禄といい気風といい、国定忠次そのままだと、久兵衛は持ち上げる。
「あっしは、忠次ほどの男じゃござんせん。それに、他人様の頼みを引き受けるのは真っ平なんでござんすよ。」
と銀次は断る。
それはそうだろう。さっき、他人に関わったばっかりに、相棒を亡くしたばかりなのだから……。

原作では、二日後に忠次が処刑されるが、それに関わる頼みで……と口にする久兵衛の話を最後まで聞かず、銀次は足早に去っていくのだ。そしてその先の草津の旅籠で、再び久兵衛から頼まれている。

テレビ版では時間の制限があるので、そのあたりは端折ってある。さる人からの願いで、処刑後の忠次の首を盗んでほしいというのが、久兵衛の頼みだった。
「忠次の首を盗む?!」
銀次は唐突な話に驚く。
忠次に大きな恩義のある者から、忠次を手厚く弔い、末永く供養したいから首を盗んで欲しい、と久兵衛は頼まれたと言う。

原作では、忠次のことについて、詳しく記述されている。忠次は追っ手が迫ると、幾度も信州に逃げ込んで、ほとぼりが冷めると上州に戻ってきている。従って信州には懇意にしている者や、心服者も大勢いたはずだ。その中で忠次から大恩を受けた者が、報いたい一心で久兵衛に頼み込んだらしい。

忠次は大戸の関所破りという罪で、大戸で磔になる。二日後に処刑され、その首は三日間晒される。もう、時間がない、切羽詰まっている。竜舞の銀次親分を男の中の男と見込んで、お願いすると久兵衛は頭を下げる。
忠次と言えど、大罪人の首を盗むとなれば、自分は凶状持ちになってしまう……と、銀次は承知しない。その様子に久兵衛は失礼ながら、と三十両もの大金を出そうとする。結局、堅気の者は何でも金でカタをつけようとするのである。
「あっしは礼をもらわねえと、人の頼みを聞けねえというわけじゃござんせん。ただ、引き受けたくねえだけで……。」
銀次はそう断ると、足早に去っていく。
良かった、それが賢明である。こんな大ごとには関わらない方がいい。


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Re: 笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その1)

おっしゃる通り、この銀次は他の笹沢渡世人とは毛色が異なっておりますね。
「崇高」ではあるが、紋次郎や新三郎などの「孤高」とは少し離れた性質。

また、天知茂さんが演じた本作主人公も、他の三作とは違うキャラです。
無宿人というと農家の出などが多いですが、天知さんが演じると武家崩れような貫禄で、無宿人というより浪人か、どこかの代貸しという雰囲気です。
また、本作を見た当時、この1年前の竹脇無我「清水次郎長」で、大前田英五郎を演じていたのを見てたので、とても流れ者には見えませんでした。

制作サイドも、この原作主人公を、さえない薄汚れた姿で映像にすると、やるせない話になってしまうので、貫禄充分の天知さんにしたのかもしれません。

本作の自然描写も美しいですね。
お夕さんの書いておられる、朝霧の風景。
清右衛門屋敷の茅葺門から見える棚田。
あとのほうの民家でも出てきますが、ただ古い日本家屋というだけでなく、そこから外を見た風景も素晴らしい、撮影向けの家のリストを西岡善信さんは幾つも持っておられたんでしょうね。

この綱五郎の、特徴的な額の形は…「流れ舟」の橋奉行!

  • 20140210
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その1)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

今回の銀次は、人間らしさが残る渡世人だと思います。
弱い者が、難儀をしているのを見過ごせない……無宿渡世を生き抜くには、致命的な性格でしょう。

天知さん主演ということで、急場しのぎのこのシリーズも、グンと重厚感が出ましたね。ただ、天知さんが韋駄天のごとく足が速いというキャラクターは、ちょっと違うかなあ、という感じはします(笑)。

ロケ地の自然描写は、どのシーンも魅力的でステキです。風光明媚な美しさではなく、枯れた感じや朽ちたものに心を奪われます。
私は郊外に出かけるときは、いつもデジカメ片手に、時代劇に使える場所はないか、キョロキョロしています。(仕事でもないのにね……笑)

  • 20140211
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
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