紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その3)

笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その3)

笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その3)
*上記の写真は、実際の暮坂峠付近の林

夜陰に紛れて銀次は晒し場に来る。峰打ちで四人の警護の者を一瞬で倒す。置かれてある忠次の首をそっと下ろすが見つかり、一人は倒すがもう一人は逃がしてしまう。手早く風呂敷に首を包むと、背中に負う。

さて気になるのは、銀次が軽々と包みを扱うことだ。人間の頭部はかなり重いはずだ。調べてみると、体重の10%ということである。忠次は身長は低いものの小太りで、23貫もあったという。計算すると、体重約86㎏で頭部は8.6㎏……これはボウリングの球よりずっと重い。それを軽々と背中に回す様子に、違和感がある。
首を運ぶといえば、新木枯し紋次郎での「賽を二度振る急ぎ旅」。このときの音右衛門の首の扱い方も、どうかと思ったが、このあたりはもう少しこだわってほしかった。余談だが、原作では「童唄を雨に流せ」で、紋次郎は生首を運んでいる。

逃げようとする銀次の前に現れたのは、黄色い合羽姿の男……冒頭で騙された末吉である。この展開は原作にはない。
末吉も首を狙っていたのである。末吉のために小三郎は命を落とした。その上、末吉は小三郎の黄合羽を羽織っているではないか!黄合羽は小三郎の墓前に残してきたはずだった。銀次は怒り、小三郎の仇を討つ。視聴者にとっては、胸のすく思いであろう。(ちょっと話ができすぎているが)銀次の手には、小三郎の黄合羽が残る。

異変に気付いた人声が騒がしくなる中、銀次は走る。いくつもの御用提灯が夜の山道に列をなす。銀次は夜道を駈け抜けていく。さすがに竜舞である。ボウリングの球……じゃない(笑)、忠次の重い首を担いでいるとは思えない走りっぷりである。

一晩中走り、夜が明ける。朝霧の中、銀次は「忠」と墨で書かれた岩を見つけ足を止め、間道を確かめる。その先をひた走り、銀次はとうとう暮坂峠にたどり着く。黄合羽を取り出し、その上に忠次の首の包みを置く。周囲にはうっすら雪が見える。峠と呼ぶには、広々としすぎたロケ地である。荒涼とした景色が広がっている。
実際、私は「暮坂峠」を訪れているのだが、ちょっと現地とは雰囲気が違う。記事はこちら

そこで待っていたのは……お静ではなく、なんと久平衛だった。銀次の周りを、何人かの人足たちが取り囲む。
「ご苦労さんでしたね。久平衛は堅気の材木屋だが、多くの人足たちを取り仕切っております。そこの連中も、腕に覚えのある者ばかりでございますよ。」
と、言葉は丁寧だが好戦的な構え。身を明かして仕事を頼んだので、のちのち面倒なことになると困る。銀次には死んでもらう、と恐ろしいことを淡々と言う。別れてから、ずっとつけてきたのか。

「おめぇに頼まれてためにやったことじゃねぇ。横取りされてたまるかい!」

久平衛の合図と共に、人足たちが襲ってくる。熊笹の茂みに入り、銀次は長脇差を振り回す。人足たちも集団で、刀や鳶口を手に銀次に襲いかかる。人足といえど、この連中は堅気とは言えない。銀次は次々に敵を斃していく。天知さんの殺陣は洗練されていて、無駄のない動きである。最後の人足に、突きを入れて斃した銀次に、久平衛は短刀を振りかざす。

そのとき、走り寄ってきたのは……お静だった。お静は着替えたのか、立派な出で立ちで正装している。
銀次は動きを止めてお静を見つめる。

「銀次さん、許してください。」

これが、本作品のドンデン返しである。

久平衛が頼まれた「さるお方」と言うのは、お静だったのだ。久平衛はお静の父親の代からの番頭だった。この大仕事を引き受けさせるのは銀次しかいないと目をつけ、万が一断られた場合を考え、一芝居を打ったという。
しかし騙したとはいえ、父親の遺言の話は嘘ではないし、お静が命を懸けて遂行しようとしたことは真実……忠次を回向したい気持ちが、久平衛とお静を突き動かしたのは本当なのだと訴える。久平衛たちは、竜舞と異名を持つ銀次の足が欲しかったのである。

そのとき、どこからか小柄が飛んできて銀次の太腿に突き刺さる。苦痛に顔がゆがむ銀次の前に現れたのは、冒頭に出てきた浪人崩れの綱五郎。小三郎が「執念深く付きまとうのでは……」と心配していた通りになったのである。
末吉に続き、綱五郎がまた絡んでくるという設定は、原作にはない。あのとき、銀次に腕を斬られた腹いせに、こんなところまで追ってきたという設定には驚く。腕を斬られたあと、久平衛に雇われたという。久平衛は本当に、用意周到である。しかしこんな札付きのゴロツキを雇うとは、忠次の首盗みの秘密を知る者を増やすだけではないか。

笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その3)

「俺もとんだ間の抜けた一人芝居をやらかしたようだな。だがな綱五郎、首を欲しがられる大親分の国定忠次も、所詮磔台の露だ。ヤクザ者の末路は似たり寄ったりよ。おめえもせいぜい、堅気の人間に騙されねえようにしな。」

銀次は、手の込んだ久平衛の策略……堅気の狡猾さに怒りを持っている。しかし、クライマックスの展開だけでなく、この台詞もテレビ版だけのオリジナルだが、少し腑に落ちない。自分と比較して、忠次の器の大きさに心服していたはずなのに、似たり寄ったりとは……?

「うるせえ!」
綱五郎はまた小柄を投げつけるが、銀次は身をかわす。一触即発の間に入ったのは、お静。

「久平衛!忠次親分の首を盗んだったら、この人も凶状持ち。役人に私たちのことを言えるはずがないじゃないか!殺すことはありません!」
お静が、久平衛に叫ぶ。
「それじゃあ、手はずと違います。首盗人のご詮議はそう甘くはございません。」
と、久平衛は慌てて言う。

「どけ!」と綱五郎が吠える。

「銀次さんの真心に、私は借りがあります。私を代わりに……。」と、お静は綱五郎の前に進み出る。
銀次の表情が変わる。
「最後の最後まで、人を騙したおめえさんが……?」

原作にはない、お静の行動である。お静は銀次の真心に、自分の命で借りを返そうとする。

しかし、綱五郎が刀を振りかざすのを止めようとするお静をかばって、久平衛が斬られてしまう。

「忠次の首はこの浪人崩れにとっちゃ出世の手づるだ。忠次を回向したとなりゃ上州だって信州だってちっとは、草鞋銭がつり上がるだろうぜ。初めからド素人に手渡す気なんかなかったのよ。」
綱五郎の本性が出る。

木枯しの音が聞こえる。足を負傷した銀次と、右腕が使えない浪人崩れの綱五郎の死闘が始まる。
片腕であっても、元は武士。綱五郎の攻撃はなかなか手強い。三度笠は斬り飛ばされ、銀次の足元はよろめき気味。しかし銀次も遮二無二、長脇差を振り回す。髻が斬られ、ザンバラ頭になる綱五郎。
なかなか決着はつかず、仰向けに倒れた銀次に綱五郎は斬りかかろうとする。しかし銀次の長脇差が、一瞬早く綱五郎の胴に走る。
綱五郎を斃したが、抜き身の長脇差を手に、肩で息をしてよろめく銀次。

「お静さん、忠次を手厚く葬るために、竜舞の銀次という渡世人がこんな無駄骨だ。見られたざまじゃねえや。これが、忠次とあっしの差というもんでござんしょうかね。」

銀次のテレビ版だけの台詞である。どうも銀次の台詞が、いちいち気になる。

無駄骨……?何に対して、無駄骨なのか。お静のために、忠次の首を命懸けで盗むことについては成功したではないか。お静が心底、忠次の首を欲しがっていたのも真実だったし、色仕掛けで、銀次にその気にさせた訳でもない。銀次に抱かれようとしたのは、銀次が仕事を引き受けた後である。
ただ、忠次の首を手に入れた後、命を奪うという手はずになっていたことや、久平衛と結託していたことは否めないが……。しかしそれも、お静は身を挺して、止めようとした。

最後の言葉は、忠次への嫉妬とも聞こえてしまう。忠次は死んだ後も堅気から慕われ、手厚く葬られようとしている。しかし銀次は、忠次の首のために使われ、危険を冒したのに最後は殺される手はずだった。

「後生です。お願いします。これで傷の養生をしてください。」
お静は、ふくさに包んだ小判を差し出そうとする。

「人の心ってやつは、金じゃあ元に戻らねぇものもあるんですよ。」

人の心とは、すなわち銀次の心である。お静に抱いたほのかな恋心か。絶対に、人の頼み事は聞かない……と心に決めたのに、お静の一途な姿に惹かれたのは事実である。そんな純愛ともいえる心が、傷つけられたというのだろうか。
銀次は、忠次の首を抱えて足を引きずりながら歩きかける。

「待ってください!あの夜のことは、銀次さんの真心にお返しするあたしのせめてもの志だったんです。それだけは、それだけは信じて!」
そのお静の悲痛な叫びに、銀次は忠次の首を静かに置く。お静の気持ちが通じたのか。

「あっしの亡くなった身内が着ていた合羽でござんす。首と一緒に弔ってやっておくんなせぇ。」
忠次の首は、小三郎の黄合羽に包まれている。

「死んだ人間のことを思い出すな」という掟だったのに、死んだ小三郎のことを思う銀次である。
「堅気の女に惚れるな」この掟も守れたとは言い難い。
「自分がいつまでも生きるな」テレビ版の銀次は、足に深手は負うものの、命を落とすことはなかった。

しかし原作のラストでは、久平衛の手下たちに銀次は刺されてしまい、皮肉にもこの掟は守られることになる。原作のドンデン返しからラストへは、たたみかけるようなスピード感があるだけに、虚しさが増幅する。
三本の長脇差が背中から胸に抜け、全身の力が萎えていく中、銀次の頭の中には様々な思いが巡る。忠次を手厚く葬るために、竜舞の銀次がここで命を落とし野ざらしになる。それが忠次と自分との差だと思い知らされる。しかし悔やむことはない。お静のような女のために何かやりたい、忠次のような男を手厚く葬ってやりたい、という気まぐれで引き受けただけ……と、霞み始めた空に向かって笑いかける原作の銀次。この思いは、テレビ版ではお静に話して聞かせていた。

テレビ版の銀次は、あの夜のお静の想いを、忠次の首と引き替えにして胸の奥底に抱く。しかしその想いも、峠を越えた頃には、過去のものになるのだろう。
原作に比べると、銀次とお静の心の交流が少しでも見える分、残酷さは和らいではいる。
テレビ版では、銀次のその後の消息には触れていない。一世一代の大仕事……やり遂げたのにこの虚しさ……もう二度と、他人様には関わりを持つことはないだろう。


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Re: 笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その3)

さすが!何時もながらの深い読みですねえ。
頭の重さは体重の1割!覚えておかなくちゃ!
リンクにあった「暮坂峠」
とても戦後の日本じゃないみたいな場所ですね。
それにしてもよく場所を特定されて、何より行かれますよね。そのエネルギーが凄いと思います。

たまにしか来れませんが、こちらに伺うと美しい写真と立派な硬派の文章が読めるので、必ずまた戻ってきます。( ^-^)

Re: 笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その3)

九子さん、コメントをいただきありがとうございます。

九子さんのお住まい近く、特に中山道沿いは、魅力ある地です。
それに野趣溢れる温泉もたくさんあるし、本当に羨ましい。
「峠」と聞くだけで、うれしくなってしまいます。

九子さんに褒めていただけるなんて、光栄です。

また、草鞋を脱いでおくんなせぇ。

  • 20140301
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その3)

この作品、何度も読むと、作者がこの銀次を半端者にした理由がわかってきます。
原作での一番のクライマックスは、自分で小者とわかっている銀次が、首だけになったとはいえ渡世人の最高位の忠治とともに走る点だと思うのです。
紋次郎や新三郎だったら、忠治本人と道中を続けても、べつになんとも思わないでしょうが、この時の銀次は、嬉しさでいっぱいだったことでしょう。
だからこそ、裏切られて死んでも一応は満足感を胸に…という感じですかね。
こういったテイストを独立させてシリーズ化したのが「夕映えに明日は消えた」シリーズではないでしょうか。

お夕さんが怪訝に思われたセリフ、私は普通に聞こえました。
いくら人望を集めたといっても、それはあくまで渡世人や町人の世界の中であって、政治機構から見たら所詮は無宿人だ、と。
そういえば晩年の紋次郎も、町人からも上州長脇差とあがめられ、渡世人の中に心酔者も現れてましたが、それでも関八州取締出役に付け狙われてましたね。

話は変わりますが、時代劇専門チャンネルで笹沢左保原作「八州犯科帳」が始まります。
原作は未読なのですが、作者が紋次郎の宿敵の立場から見た世界がどんなのか、興味があります。

  • 20140301
  • TOKI ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
Re: 笹沢左保股旅シリーズ第三話「暮坂峠への疾走」(その3)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

銀次にとっては、やはり忠次の存在は大きなものなんですね。
最後まで銀次はやはり関わってしまった。それも生きている者ではなく、死んでしまった者(忠次)にまで関わってしまった。
しかし、それが銀次の性分だったわけで、ある意味本望だったのかもしれません。銀次は銀次らしく、全うしたとも言えます。

「八州犯科帳」ですか。確か、原作は「朝霧に消えた男 八州さま異聞」だったと思います。当時、購入したような記憶はあるのですが……内容はあまり覚えていません。
調べてみますと1962年刊行と掲載されているものもありますが、「笹沢左保の世界」のHPでは1972年になっています……?
多分1962年というのは間違いだと思います。

情報、ありがとうございます。
体制側と反体制側……比較しながら観るのも一興ですね。

  • 20140302
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
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